二束三文
三鹿ショート
二束三文
私が檻の中をのぞき込むと、内部の存在は目を輝かせながら、自身の長所を口にしてくる。
だが、薄汚れ、手足などの一部分が必ずといっていいほどに欠損している姿は痛々しかったために、購入しようという意欲が顔を出すことはなかった。
そんな中、私を一瞥するだけで、それ以上の反応を示すことがない存在と出会った。
他の存在とは異なり、何かが欠落しているようには見えなかったために、並んで歩いていた店員に話を聞いたところ、相手は隠すことなく、情報を伝えてくれた。
それは、大多数の人間が目的とする行為に及ぶことができないということであり、人間を模した存在としては致命的な欠陥だという話だった。
確かに、彼女が売れ残り続けることは無理からぬことだった。
それゆえに、彼女の値段は、他の存在よりも明らかに安かった。
その話を聞いて、私は彼女を購入することに決めた。
店員は驚いたような表情を隠すことはなかったが、私にしてみれば、良い買い物である。
何故なら、私が彼女たちに求めているものは、他の人間とは異なっていたからだ。
***
私の自宅にやってきたその日から、彼女はよく働いてくれた。
しかし、家事以外のことを私が命令しないことに対して疑問を抱いたのか、彼女は何のために自身を購入したのかと問うてきた。
その問いに対して、私は悩むことなく、即座に答えた。
「きみたちは物理的に破壊されなければ、動き続けるのだろう。私はただ、自分の生命が終焉を迎えるまで、誰かに隣に立っていてほしかったのだ」
私の視線の先には、写真立てが存在している。
其処には、この世から姿を消したとある家族が写っている。
彼女に対して事情を話したことはないが、私の言動から何かを察したのだろう、それ以上の言葉を続けることはなかった。
***
道を歩けば、彼女と同様の存在を必ずといっていいほどに目にするものだ。
だが、それは正常な状態ではない。
破壊され、塵として捨てられた姿である。
見目や機能が良い存在は、目玉が飛び出るほどの価格だが、平均的なものに関しては、子どもでも購入することができるほどに安価だった。
だからこそ、飽きが来れば、人々は躊躇することなく廃棄するのである。
彼女はこの光景を見て、何を思うのだろうか。
残酷とも言うことができる私の問いに対して、彼女は表情を変えることなく、
「消耗品の末路とは、このようなものでしょう」
それは彼女の思考ではなく、彼女たちという存在の中で統一されたもののようだった。
私は、彼女に対して謝罪の言葉を吐いた。
彼女は、首を傾げた。
***
その病魔は、これ以上生き続けることは無駄だと思わせるのに充分な苦しみを、私に与えていた。
私の愛した人間たちが既にこの世から去っていることを思えば、苦しみから逃れ、家族との再会を願って自死したとしても、責める人間は存在しないだろう。
それでは、私は何のために、これまで生き続けていたのか。
それは単純な話で、この世を去ることに対して、恐怖を抱いていたからである。
一瞬でこの世界から旅立つことができるのならばともかく、生命を失うことなく、怪我や病気による苦しみを味わい続けることを、私は恐れていたのだ。
病に苦しめられる中で、家族との再会よりも己が苦しみを回避するための道を選んでいるという身勝手な思考を抱いていることを思い出してしまい、私の頭痛はさらに強まった。
常に呻いている私を見つめていた彼女は、ある日、私の首に手をかけた。
段々と呼吸することができなくなってきた中、何故このような真似をするのかと、彼女に問うた。
「あなたを苦しみから一秒でも早く解放するためです。これは、私のような出来損ないを、これまで大事に扱ってくれたことに対する恩返しです」
これまでに感じたことの無い苦しみや痛みが、私を襲った。
このような行為は望んでいないと彼女に伝えようとしたが、声を出すことができなかったために、彼女の力が緩むことはなかった。
やがて、私の意識は途絶えた。
***
「彼女が、戻ってきました。再び購入されるかどうかは怪しいものです。役に立たないと分かっていながら、何故、廃棄しないのですか」
「確かに、醜い欲望を満たすことはできないが、それ以外の点においては、彼女が最も人間と遜色ないからだ」
「他の存在とは、何が異なるのですか」
「他の存在は、愛情を注いだとしても、最初の態度から変化することはないものの、彼女については、愛情を注げば注ぐほど、その相手に対する想いを強めていくのだ。大多数の人間にしてみれば価値が無かったとしても、私は彼女のような存在を蔑ろにしたくはないのである」
二束三文 三鹿ショート @mijikashort
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