二:名付けと始まり
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「療師/りょうし」
無免許の医者。その中で信頼に足る人物を指す呼び名。矜羯羅街では医師免許を取る事ができず、外で免許を取った医者や他の療師に師事してその技を身につけることが多い。技術や知識は多岐にわたり、中には街の外の医者にさえ治せない病を治せる療師もいると言う噂がある。
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「それじゃあ、話を続けようか」
持ってきた薬湯を少女が飲み、顔を顰めたことを合図に
「まず君、名前を覚えてないと言ったね。それはなかなかに不便だから、僕が名前をつけようか」
少女はそれに対して「いやだ、自分でつける」と食い気味に言ったが、しばらく唸った後、命名権を渋々常に譲った。
「そうだね、君は名前を覚えていない。自分が誰なのかわからない……」
彼は数秒考え込んだ後、なにか閃いたらしく、軽快に手を叩いた。
「君の名前は
少女、改め胡は小さく頷き口を開く。
「可もなく、不可もないね。なんか簡単すぎる気もするけど、覚えやすいから今はそれでいいわ」
常はそれを聞いて「決まりだね」と言い、次の質問に移った。
「次に君、何処から来たのかも覚えてないらしい。君の姿形を見るに、君は少なくともこの国の人間の血を引いているね。ただそんなに明るい茶髪は見たことがない。染めている様子もないから、きっと君には何処かの異国の血も混じっているんだろう。何か少しでも覚えていることは無いかい」
常は自身の推理を自信あり気に披露した。しかし胡は首を横に振る。
「手掛かりになるものは殆ど何も覚えてないから、残念だけど今は分からない。ただ、朧気だけど、ここじゃない、別の薄暗い場所にいた覚えがある。あ、そうよ。常とか言ったわよね、あんた。ここってなんなの? こんなに大きな団地は見たことが無かったわ」
常はいかにも「おっと」と言いそうな顔をした。そして咳払いをすると、この場所について話し始めた。
「そうだね、とりあえず此処が何処なのか説明しようか。この街はね、『矜羯羅街』と呼ばれている集合住宅だ。歴史的な場所でね、この土地の使い道は時代によって様々なんだ。今は、なんて言うかな……」
常は頭を掻いて慎重に言葉を選び、「受け皿かな」と呟いた。
「此処に住んでる大半は貧乏人や病人でね。すれ違わなかったかい、異形の人や仮面をつけた人に」
胡は首を横に振り、「本当に道中のことも覚えてないの」と申し訳なさそうに言った。常はふむ、と相槌を打ち、続けた。
「まあ、ここにいれば嫌でも分かるだろうね。とりあえず、この場所は隔離された街だ。窮屈で薄気味悪くて、道中埃っぽくてなんかの嫌な匂いがしてるとこだけどさ、すぐに慣れるさ。ここにはなんでもある、みんな何とか暮らしてて、案外賑やかなところさ」
常はそう言って笑った。胡にとってこの街の第一印象は散々なものだが、常の言葉を少しは信用してみようと思った。
「とりあえず今日はここで休むといい。親父にはもう言ってあるんだ。明日のことは明日から、今はそれ全部飲んで休めよ」
そう言われて胡は初めて気がついた。あの不味い薬湯はまだ半分以上残っていた。胡は意を決してそれの入った碗を煽り、口の中が苦いままソファに倒れ込んだ。
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