20話:「―迎え受け止めろッ―」

《――見えた、あれだ……!》


 指定された緊急着陸の地点への飛行を続け、ビーサイドフィールド行政区域上空へと今しがた進入した修奈機と趣意機。

内の趣意が言葉を零す。

 緊急着陸の場所である基幹道路、3rd キャピタルビーチがその進行方向眼下に姿を現した。

 アプローチ起点となる道路上の一点には、発炎筒や蛍光器材を用いてのものであろう。上空からも判別できる大きな矢印が描かれている。


《修奈、大丈夫か?持ちそうか?》


 趣意は自機の隣を飛ぶ修奈機を見て、その傷ついた機体と危うい飛行の姿に心を痛めながらも。尋ねる言葉を送る。


《あぁ、なんとか――……ッ!?》


 それに肯定の言葉を返し掛けた修奈。しかしそれを阻むように、修奈機がガクリと姿勢を崩して高度を下げたのはその瞬間であった。


《修奈っ!?》


 今先にもあった現象。それが再び襲った事態姿に、趣意は狼狽の声を上げる。


《ッ、右主機も出力大幅低下だ……――ッ》


 それに答える修奈の声。すでに機能停止している左エンジンに続けて、同様に損傷していた右エンジンを大幅出力低下。それにより機体を飛ばし支える事が、いよいよ難しくなったのだ。


《くっ……!》


 切迫した事態に、苦い声を漏らす趣意。

 しかしすぐさま趣意はそれを補うべく手を脳裏に浮かべ、そしてそれを迷わず行動に映した。

 趣意は自機を修奈機へと、慎重にしかし素早く接近。

 ギリギリの距離をさらに躊躇なく越えて近づき、自機の主翼端を修奈機の主翼下に差し入れると。自機の翼をもって修奈機の主翼を重ね接触、持ち上げて修奈機を支えて見せたのだ。

 一歩間違えば、空中衝突を招きかねない手段。しかしそのそれは美麗なまでのバランスを保っており、趣意の技量の半端では無い高さが伺えた。


《修奈!しっかり、がんばるんだっ!》


 操縦系の絶妙な操作で、修奈機を支える姿勢を維持しながらも。趣意は修奈へ向けて励ます言葉を送る。


《――修奈、趣意、聞こえるか――ッ!》


 そんな状況にある二人の耳に。通信越しに言葉が割り入り、聞こえ届いたのはその時であった。


《えっ!?》

《!》


 それに二人は驚き、言葉と声を零した。

 通信越しとは言え、それは聞き間違えるはずの無い。

 二人にとって大切な、そして焦がれる人の声。


《自分だ、血侵だッ!地上に、お前等のド真ん前に居るッ!》


 そしてそれを肯定して答えてやるかのように。自分等の従兄弟伯父からの、そんな張り上げた声が届いた。




《おじ様……!おじ様なのですか!?》

《マジか……ッ》


 トランシーバーにはすぐに応答があった。

 推察は的中。緊急着陸機、及びそれに伴う補助機はの操縦士は。誰でもない血侵の従兄弟甥と姪である、修奈と趣意に他ならなかった。


「あぁ、お前等のおじ様だッ。道路上のアプローチ起点に居る」


 それに血侵は、少しの自嘲を混ぜて肯定の言葉を返してやる。


《おじ様っ、修奈は魔力竜から私を庇って……っ!》


 続け聞こえ来たのは、泣き縋るような趣意の言葉。


《おおまかは聞いてる。趣意、気持ちは痛いほど分かるが今は意識を逸らすな。今は修奈を地上に無事に降ろしてやるのが最優先だッ》


 しかし血侵はそれに説き促す言葉で返す。酷だが今は、泣き狼狽えて居てはならない状況だ。


《っ!――了解ですっ!》

「いい子だ」


 それに趣意からは、取り直した毅然とした声が返し寄こされた。血侵はそれにまた返してやる。


「修奈も聞こえてるな?矢印が見えてると思うが、着陸路にしてあるのは下り線側。そっちから見て右手だ、そこを逆行でアプローチして着陸するんだ。下り線は上流のハーバーノースICまでは、緊急着陸を想定して標識や歩道橋の類は無いから、障害物の心配はない」


 続け血侵は、緊急着陸機側である修奈へ向けて呼びかけ。道路側の詳細状況を伝え説明する。


《了解。これは借りを作るな》


 それに帰って来たのは了解の返事と、合わせての皮肉気な声。しかしそれが修奈なりに他者へ心配を駆けまいとする姿勢である事を、血侵は良く知っていた。


《アプローチコースに乗る――》


 そして続け寄こされる伝える声。

 修奈機は趣意機に支えられながらも、絶妙な操縦操作で姿勢と進路を変更。基幹道路へ着陸するためのアプローチコースに乗った。

 接近に伴い二機の姿はより鮮明になる。

 そして地上に脚を着けるべく、修奈機はその着陸脚を降ろし展開させる。


《ダウン正常……――ッ゛!》

《っ!》

「ッ!」


 しかしそこでトランシーバより零れ聞こえてきたのは、修奈の濁った声色。そして趣意からも驚く色の声が漏れ聞こえる。

 そして地上の血侵も目を剥き口を鳴らす。その理由、事態は血侵から、地上からも明確に見えていた。

 上空の修奈機が少しだが歪に振動。そして次にはほのかに胴より黒煙を吹き始める。損傷したエンジンの限界が、いよいよもって近いらしい。


《ッ……チクショウ……ッ》

《修奈……っ!?》


 続け聞こえ来るは修奈の悪態と、今先以上に泣きそうな趣意の声。

 いよいよもっての不穏な事態に、それぞれに困惑と動揺が走る。


「ッ、趣意ッ。お前さんは離脱しろ!」


 そこへ血侵が通信で放ち張り上げ送ったのは、趣意機に修奈機から離れ離脱を促す言葉だ。


《そんな!ですがおじ様!》


 しかし危機的状況にある修奈を置いて離れる事に抵抗が在るのだろう。趣意はそれに困惑と異議の声を返し寄こす。


「大丈夫だ、後はこっちで引き受けて受け止めるッ。修奈、そのままアプローチを続けるんだ、こっちがフォローに着くッ」


 そんな趣意にまず説くように言い聞かせ。続け修奈に促し知らせる言葉を張り上げて送る血侵。


「心配するな。迎え入れて、なんとしても引っ張り出してやるッ」


 そして続けて血侵は、確たる意識での一言を発して修奈と趣意へ告げた。


「心幻さんッ」

「大丈夫、皆まで言わなくても。やろうか」


 通信を一旦切り、そして血侵は隣の心幻に向けて呼びかける。

 それの示し要請する所を心幻はすでに理解しており、血侵に向けて端的な同意の言葉で返す。

 そして血侵は、続け心幻も身を翻し駆け。自分等の巡回車に向かった。




「運転は俺が変わるよ、血侵君は甥っ子さんとの調整に専念して」

「ありがとうございます」


 巡回車へと駆け寄り辿り着いた血侵と心幻。

 二人はそれぞれの役割を分担する言葉を交わしながら、運転席と助手席のそれぞれのドアを開け放ち、飛び込む勢いで乗り込んだ。

 運転を担うべく運転席に着いた心幻は。パーキングやサイドブレーキを手早く移行操作して、巡回車の停車状態を解除。そこからまずは徐行速度で動かし、がら空きの本線上を十分に使って展開回頭。進行方向を本線と逆行する、いわゆる逆走する形に向ける。

 車の逆走行為は昨今問題となっているものだが。本線が封鎖状態にあり、何よりこれから戦闘機を逆行で着陸させようという今の状況にあっては、問題では無い。

 何よりこれよりの行動は、トラブルに陥ったその戦闘機を無事に迎え入れるための行動であった。


「修奈、聞こえるな?お前さんの機の着陸に、こっちからは巡回車――パトカーで追走する。機体が地上に降りたら、お前さんを操縦席から引っ張り出す考えだ。すぐに操縦席を離れられる準備をしておけ」


 回答を終えて一旦停止する巡回車。

 その助手席側で、血侵はトランシーバーを用いて再び修奈へ呼びかけ。これよりの手順手はずを伝え送る。

 修奈機はエンジンの損傷具合から、爆発炎上の危険が現在発生している。その機より、着陸後にすぐさま修奈を救い引っ張り出す必要性があった。


《あぁッ。お迎えは頼んだ……ッ》


 エンジンの出力がほぼ死んでいる機体の姿勢維持に必死なのだろう、修奈の声色は苦く切迫したものだが。それでも彼らしい皮肉交じりの声が返ってくる。


「任せろ」


 それに血侵はまた通信越しに答えつつ。ガラス窓を下げた助手席ドアから、頭と肩までを突き出して身を捻って後方上空を仰ぐ。

 後方上空には、ちょうど支えての補助を解いて一旦離れていく趣意機と。そして基幹道路へのアプローチコースに乗って進入を開始し、次第に接近してシルエットの大きくなる修奈機が見える。

 そしてものの数秒で修奈機は巡回車の真上へ到達飛来。

 直上を、轟音を響かせながら飛び抜けた。


「――よし、追っかける」


 真上を飛び抜け、修奈機は巡回車の進行方向上空へ姿を見せる。

 それを視認すると同時に心幻は発し、そして静かにしかし確かな力でアクセルを踏み。巡回車はその意思を受け取り再び走行を開始。地上道路上より修奈機を追い始めた。


「修奈、コースは適正。うまく道路に沿ってる、そのまま」

《了解……ッ》


 血侵は修奈機と基幹道路を交互に頻繁に見て、その位置関係を確認。アプローチが適正なものである事をトランシーバー越しに修奈に伝える。

 基幹道路上へと進入した修奈機はすでにその速度をギリギリまで落としている。それは少し速度を出した自動車とさして差は無いものだ。そのため、巡回車と修奈機の距離は徐々に縮まり始める。


「ッー、距離感がシビアだな」


 ハンドルやアクセルを預かる心幻は、零しながらも絶妙なアクセル操作で修奈機と着かず離れずの距離を維持。指示・万一の際の即応に適した距離を保ちながら巡回車を走らせる。

 その前方上空では、修奈機がいよいよ基幹道路に脚を着けるべく高度を下げ始める。


「大丈夫だ、ピッタリだ。そのままゆっくり下げるんだ」


 また支障ない旨を発し、修奈へ伝える血侵。

 それに答えるように、修奈機はゆっくりと確実に高度を下げる。そして――


「あと少し……あとわずか、そのまま……――接地だ」


 リアルタイムで伝え告げる血侵の言葉が、直後のその一言を発し紡ぐ。

 それとタイミングをまったく同じくして。修奈機の着陸脚が基幹道路上に振れ、そして降りた。


 瞬間。着陸輪が地面道路と擦れて、鳴く音が届く。

 減速していたとは言えその大きな胴体で、そしてそれを飛ばすに足る速度で道路に脚を着けた修奈機。その機体に掛かる衝撃効果は叩きつけるそれだ。


 その衝撃に見舞われ歪に機体を揺らし振動させながら。道路と着陸輪の接触による摩擦効果で、機は大きく速度を落とす。


「っとぉ」


 その修奈機に追突してしまわぬよう、心幻はまた絶妙なアクセルワークで巡回車を適切に減速。その距離感の維持に努める。


「――ッ!」


 しかし。その修奈機が直後に見せた姿様子に、それをフロントガラス越しに見た血侵は目を見開き、そして苦く口を鳴らした。

 修奈機はその胴より、これまで以上に濃くて厚い黒煙を上げ出した。

 着陸の衝撃による影響か、エンジンがついに限界を迎え安定を失ったのか。


《ッ!……火災警報が……!》


 それは修奈にも機に備わる警告装置により知らされたようだ。通信に苦く険しい声が響き届く。


《自動消火装置が作動しない……くっ……!》


 また届く、修奈の苦く焦る声。


「修奈、飛び出す準備をしておけッ!」


 そんな修奈に向けての言葉を、血侵がトランシーバー越しに張り上げ伝えたのは直後だ。


「巡回車で操縦席に横付けする。そこに飛び降りろ、お前を回収して緊急脱出するッ」


 続けて言葉を張り上げ紡ぐ血侵。それは、これよりの修奈を救出するプランを告げる言葉。


「迎えに行って、しっかり受け止めてやる――信じろッ!」


 そして、投げて押し付けるまでの声量勢いで。約束の言葉を張り上げる血侵。


「心幻さん、チトお目こぼしをッ」


 そして血侵が言葉と同時に、動きを見せたのは直後。

 なんと血侵は開けた助手席窓から身を乗り出し、そして外に繰り出そうと動き始めたのだ。それは戦闘機より脱出する修奈を迎え受け止めるために、ボンネット上へと出て備えるための行動。

 もちろん、こんな行動は本来であれば走行中の自動車上で。ましてや管理隊隊員の身分の者が行う事は言語道断だ。

 だが、今に在ってはそれを遥かに超える優先事項が。大切な者を受け止め迎える役目が、その本来を容易く塗り替えた。


「気を付けて、運転こっちは任せて」


 そして心幻は当たり前と言うように、それを咎める事はせず。促す言葉と引き受ける言葉を合わせて紡ぎ、そして運転に意識を向ける。


「っとッ」


 血侵は走行中の巡回車の窓から器用にボンネット上に繰り出て乗ると。ハンドルを預かる心幻の視界を阻害しない位置取りで、フロントガラスに背を預けてスライディングに似た姿勢を取る。

 揺れる巡回車の上で振り落とされないように構え、そしてこれより修奈を受け止めるべく備える。


「――よし、進入ッ」


 修奈機の速度がついに巡回車を下回り、それに伴い両者の距離が急激に縮み始めたのは直後。

 しかし今度にあっては心幻は減速操作は行わず。アクセルを操り巡回車の速度を維持、いや少し踏み込み加速させる。

 同時にハンドルが繊細ながらも大胆に切られ。巡回車は加速と進路変更で、直後には減速する戦闘機の側面へ追い付き並び。さらにははエンジン音を唸らせて追い越しに掛かる。

 戦闘機を濛々と巻く黒煙を、勢いよく突き破るように走り駆け抜け。

 巡回車はその先――戦闘機の機首、操縦席の真横へと抜け出し並んだ――


「――修奈ッ!飛べェッ!!」


 その瞬間直後。キャノピーが飛ばされ解放した操縦席に、その影を――他にはあり得ない、我が甥子に間違いないその姿を見ると同時に。

 血侵は張り上げ叫んだ。

 修奈機の機体が一際の減速を見せ、完全に停止する兆候を発したのは直後。おそらく操縦士である修奈の手により、その措置が完了されたのだろう。

 そして次には操縦席より、その姿が――修奈が飛び出し飛ぶ姿を見せた。


「――ッぅ!」

「――っとォ」


 心幻の操作により、修奈を確実に受け止めるためにわずかに減速した巡回車の上で。

 修奈は飛び降りたその身を、見事に血侵に受け止められた。

 甥子のその身を受け止め、そしてほぼ反射の速さでその身体を抱きしめ、確実に捕まえ止める血侵。


「心幻さんッ!」

「オッケーッ!」


 続け血侵は心幻に届く声量で張り上げる。

 それに心幻からは負けずの張り上げる声で返事が返り、そして心幻のアクセルの踏み込みに答えて巡回車は急加速。

 その場から急速離脱していく。


「……っぁ……ったく、アンタは……!」


 急加速のそれで風圧巻き起こる巡回車の上で。しかし修奈は少し顔を離して血侵を見つめ、真っ先にそんな荒げつつも呆れ咎める一声を寄こす。

 少なからずの危険を顧みずに、自らの回収のために突っ込んで来た血侵等の行動を、少し呆れてのそれだ。


「お迎えは遅れちゃマズイからなッ」


 そんな修奈に、皮肉と揶揄うような一声で返す血侵。

 しかし二人のその意識は、直後には背後より響き聞こえた小爆発のような音に引かれた。


「――!」


 振り向き見れば、巡回車の加速により遠ざかっていく後方に。

 基幹道路上にその身を降ろした戦闘機、羅仏Z/L-32が。今まで以上の黒煙を上げて、着陸脚の内の一つの追っ手崩れ、地面に沈む姿を見せていた。


「――……ッ」


 機のその姿はまるで。相棒たる操縦士の修奈の離脱まで耐え抜き、それを見届けた後にようやく最期を迎えたかのようであった。

 そんな愛機の姿に、どこか悔しく悲しい感情を覚えているのだろう。抱き留める修奈からの苦い声と気を、血侵は感じる。


「ウチの子を、無事に帰してくれてありがとうな――」


 そして血侵にあっては。

 機にとっての相棒を、自身にとっての甥子を。最後まで耐え、無事に届け返してくれた機に向けて。

 感謝の敬意を表す一言を、静かに紡ぎ向けた。



 そんな血侵等の耳に。

 到着した消防や救急。航空宇宙隊や関係機関の車輛が響き奏でる数多のサイレン音が、遠くより届き聞こえた――

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