19話:「―緊急着陸プラン―」

 場所は移る。

 ビーサイドフィールド行政区域を縦貫する自動車専用基幹道路、いわゆる高速道路――3rd キャピタルビーチ。

 その軌道上に設けられるインターチェンジ施設の一つ、ハーバーノースIC。

 その隣接する敷地内に、基幹道路会社の事業所施設が。

 そして血侵の務める〝キャピタルビーチ交通管理隊〟の事務所、基地があった。



「――いい天気になりましたね」


 会社事業所の社屋。その一階層の一角にある交通管理隊事務所の内。

 その一点で、壁際の窓より外を眺めて上空を仰ぎながら、血侵は零し発した。


 現在時刻は正午過ぎ。

 本日の明け方、少し過ぎくらいまでは。このラインイースト地方のすぐ側を通過する、魔力雲の一部がここビーサイド行政区域にも掛かり。区域はそれなりの豪雨と風に見舞われていた。

 しかしお昼が近づく頃には、魔力雲は完全に区域より過ぎ去って豪雨と風は止み。

 そして今に在ってはまるで打って変わった、雲もほとんどない快晴が上空に広がっていたのだ。


「いやー、良かったね。午前中はとんでもなかったもんね」


 その一連の気候の変化の事を発した血侵の一言に。別の声で返答が返る。

 事務所内の一角のデスク。そこに座りパソコン画面に視線を落とす、一人の人物の姿が在った。

 科学者(ヒト系)の男性。姿服装は血侵と同じく交通管理隊の制服。


 名を、心幻しんげん 堂行どうこう 静遠せいおん 会新あいしんと言う。

 歳は40代後半程の、主任階級の古参隊員だ。

 血侵とは今の同班であり、そして本日の血侵の相方でもある。

 とても温厚で、違った言い方をすれば要所を除いてぬるく適当。自分にも他人にも、少し柔らか過ぎるくらいの人であった。


 今の一言は。すっかり快晴となった天候について、血侵に合わせ続けて言及するものであった。

 そんな心幻は言葉を寄こしながらも。キーボード入力やマウス操作でPCでの業務作業を行っている。古参主任であり各種業務役割を振られている心幻には、今も進めなければならない仕事が在り、巡回の待機時間にそれを進めていた。


「えぇ。豪雨の真っただ中での巡回は、おっかない事この上ないですからね」


 それにまた、上空を眺めつつ返す血侵。

 状況を補足すると。心幻の仕事は個人情報や社外秘にあたる所も扱うものであるため、血侵が手伝うこともできる訳では無く。血侵はまた自分の役割や雑務を片付けていたのだが、それも少し前に片付いてしまい。

 今は一時の休憩を挟むがてらに、快晴となった上空を観察するに興じていたのであった。


「ん?――Lsr-19」


 その上空の向こうに、血侵は飛行する影を見止めた。そしてそのシルエットを見止め、その正体の名を零す。

 見えたのは上空を二機編隊で飛行する戦闘機だ。それは中央海洋共栄圏 航空宇宙隊の保有運用する迎撃戦闘機。

 そして昨日に血侵が扮した戦闘機メカ娘コスチュームのモチーフ元の機体機種であった。


「17空団(第17航空団)か?センチュリージャーニー基地から上がったか」


 その機の所在基地、出元を推察する言葉を紡ぐ血侵。

 直後にはそのLsr-19の二機編隊は、社屋敷地の上空を轟音を届けながら通過して行った。


「――抗生特性現象拡散派ポッドを抱いてた?」


 直後に零す血侵。

 二機編隊の通過の際に、機体がその腹部に抱き抱えていた装備が気になった。

 見えたそれは〝抗生特性現象装備〟と呼ばれるもの。この特性現象という名が示すは、魔法や魔力だ。

 そして今に口にされた抗生特性現象拡散派ポッドとは、その魔法や魔力を無力化する。一種の妨害攻撃、ジャミングに類する効果機能を有する装備であった。


「なにぞあったか?」


 そんな物々しい装備を腹に抱いて飛び抜けて行った迎撃戦闘機編隊に。血侵はそれが、その物々しい装備が必要とされる事態が起こっている事を推察して、また零す。


 ――トゥルル、トゥルル、トゥルル――と。


 事務所内の置かれる電話機が、電子音を鳴らし上げたのはその時であった。

 それは主に巡回業務の司令塔である、管制センターからの緊急要請を受け取るための電話。


「ッ」


 血侵はすぐに聞き留めたそれに反応し振り向く。

 だが今に在っては、デスクに着く心幻の方が圧倒的に電話機に近かったため、心幻のその手が受話器を取った。


「――はい。キャピタルビーチ交通管理隊です」


受話器を耳と口元に寄せ、まずは応答の言葉を紡いだ心幻。


「お疲れ様です――はい――……はい?」


 そして続く受け答えの言葉と声を発した心幻だが。それが怪訝な、そして微かな驚きを含むそれに代わったのはその直後であった。

 高い緊急出動の可能性を考慮して、すでに出動準備に取り掛かっていた血侵も。そこでの様子の変化に、電話を受ける心幻の姿を注視する。


「――飛行機の……緊急着陸ですか……ッ?」


 続け紡ぎ零された心幻の言葉。

 そして、それから明かされた要請内容の全貌に。血侵と心幻は大きく驚愕し、そして出動する事となった。




「――うへっ、とんでもない事になったね……ッ」

「仰天です、こりゃぁッ」


 それから数分後。血侵と心幻は巡回車に乗車して出動。

 心幻は助手席で記録を担当し、ハンドルを預かるは血侵。そしてその巡回車は、赤色灯を灯してサイレンを響かせ、ハーバーノースICのランプ線を下り線本線へ合流すべく進行中であった。

 その車内で、言葉を交わす両名。


 ――管制センターからもたらされた事象と指令はこうだ。


 魔力雲の気象観測に出動したティークネスト基地からの戦闘機が、気象現象である魔力竜と遭遇接触。内の一機が損傷したという。

 そして近辺の飛行場は塞がり、あるいは損傷の関係から到達が難しい状態にあるとの事だ。


 そこで急遽提案されたのが、この3rd キャピタルビーチ基幹道路を代替滑走路としての緊急着陸であった。

 この3rd キャピタルビーチは一部区画にあって、一定までの大きさの航空機の着陸に足る直線距離と幅を有し。

 何より、数年前にはそれを実際に利用可能とすべく、航空機を迎えるに足る各施設整備が行われており。そしてそれを想定したプランも作成されていた。


 それをもっての立案。そしてそれは緊急策として実施される運びとなった。


「飛行機の着陸なんて、7年前に一度訓練やったっ切りだ」


 助手席でタブレットに必要な情報を入力しつつ、心幻はそんな言葉を発する。

 実証試験として過去に一度は着陸訓練が実施されており、心幻はそれに参加した経験のある身であった。

 しかし今回に在っては一種の〝実戦〟だ。

 今日にあって唐突に訪れたそれに、心幻は驚きと戸惑いを隠せない様子であった。


「一度経験があるだけでも、相当デカいかと」


 それにしかし血侵は、訓練参加経験があるだけでも非常に大きな違いがあるであろうことを、その当人に示し返す。


「その時はほとんど見てただけだから、役には立たないよ」


 しかし当人は苦く難しい様子でそれに返した。

 そのやり取りの最中に、巡回車はランプ線を登り切って本線への流入加速射線への進入。そこで、これより合流進入すべく下り本線を目視確認するため、心幻は助手席より大きく身を捻り、血侵も進行方向への意識を保ちつつチラリと後方側方へ視線をやり。本線上の安全、通行車の有無を確認する。

 幸いにも、支障となる通行車は周辺近辺には存在しなかった。

 ――いや、それは明かせば当然であり必然であった。

 たった今流入した下り本線の上流側。巡回車よりすぐ後方に見える、ハーバーノースICの減速流出ランプ付近。

 そこに見えるは、本線上が完全に通行止めにされ。そして斜めに流すよう規制(テーパーと呼ばれる)を設置して、通行車をICより〝強制流出〟させる態勢が設けられた光景。

 そう。通行止め規制によりこれより血侵と心幻が向かう先は、一般通行車の通行が完全に無くなっていたのだ。


「ハーバーノース1だ。センウェント君とダスク君がもう張ってくれんだね」


 その通行止め規制の一点には、別の巡回に出動していた別隊の巡回車が止められている様子が見える。

 通行止め規制はその別隊が先着して実施設置したものであった。

 その巡回車の識別や、規制の様子からそれを判別し。それにあたった同班の隊員二名の名を紡ぐ心幻。


「本線上はまっさらです」


 それに続け、答え伝える言葉を紡ぐ血侵。巡回車は加速射線から本線へと変更を完了していた。

 その本線下り方向、すなわち血侵と心幻の進行方向は。もとより豪雨上がりでわずかであった通行車両が今に在っては一台も居なくなり、まっさらな道路が向こうまで開けていた。


「んじゃぁ、我々はその用意してくれた舞台を行くとしましょう」


 そして、その光景を進行方向に見ながら血侵はそんな言葉を紡ぎ。

 繊細なアクセル操作で巡回車を加速。

 自分等のための舞台と用意された基幹道路上を、目的地に向けて進め始めた。




 3rd キャピタルビーチ基幹道路はビーサイドフィールド行政区域を南北に縦貫する道路だ。

 血侵等の巡回車はその基幹道路下り線を数分ほど南下。流入したハーバーノースICより3krw程離れた距離にある、キーパーバレーICという次のインターチェンジに到着した。

 下り線側の上流はすでに通行止めされているため、下流であるこちらに一般通行車の姿は全く無く。

 先着していた警察――高速道路交通警察隊(通称、分駐隊)のパトロールカーが2台ほど、車線本線上を封鎖するような形で堂々と停車している姿が見えた。

 巡回車もその近くに走り込み、本線上端の一車線に停車。


「分駐さんがもう来てるね。どうするのか聞いてくるよ、血侵君は管制に一報しといてくれる?」

「了解、お願いします。一報はやっときます」


 車内より本線上の様子を確認しつつ、言葉を交わし今からの役割を分担する血侵と心幻。

 そして心幻は血侵から了解の言葉を受け取ると、助手席どあを開け放って降り立ち、分駐隊の方へと歩んで行く。


「高速ハーバーノース70から、ゼルコヴァ本部――」


 それを視線の端に見つつ、血侵は車載無線機の受話器を取り。管制センターに現場に着いたことをまず報告するべく、通信を開いて定型の文言を紡ぎ始めた。



 緊急着陸のためのプランは、元より基準となるものが作成されており。

 今回にあって以前の訓練以来、久しぶりに引っ張り出されたそれをベースとして。すでに具体的いかなる形を取るかの調整決定は成されていた。


 緊急着陸に在っては3rd キャピタルビーチの下り線を封鎖して使用。そしてこれを南側、下流側より上り方向に逆行の形で着陸させる手はずだ。


「――こんな所かな」

「大体、こんな感じでしょう」


 血侵と心幻は道路本線上の真ん中で、道路上を見降ろし眺めながら一言を紡ぐ。

 道路上には全車線に渡って、発炎筒やハンドフラッシュなどの蛍光器材が設置され。それをもって道路上に大きな矢印が描かれていた。

 さらに背後には巡回車や分駐隊のパトカーが、警光灯を灯して配置停車している。

 着陸の際には現在地がアプローチ起点となる。それを上空の緊急着陸機がら判別できるようにするための措置であった。


「他は?」

「今はここまでだね」


 現在の所、できる事はここまでであった。

 万が一の消火救助行動を主として行う消防救急。そして航空機に関わる詳細に携わる、航空宇宙隊の関係部隊、部署にあっては現在こちらに向かっている最中だ。

 基幹道路会社の各部署部門も同様。

 あとはそれらを。そして何より、緊急着陸機の飛来到着を待つのみだ。


「見えましたッ!」


 その時が訪れたのは、奇しくもその直後であった。

 見れば分駐隊の警官の一名が、南方上空を示している。

 血侵と心幻もそちらに視線を向ける。その向こうに見えたのは、大空の中に存在する小さな影だ。しかし遠く小さいながらも、それが航空機のものである事はすぐに認識できた。


「――」


 血侵はさらに。制服の肩章から下げていた私物の望遠スコープを掴み構え、それを覗いて改めて上空を、その機影を見る。そしてその詳細が露になった。

 影は二機の戦闘機。

 内の1機は、羅仏Z/L-32戦闘投射機。

 もう1機は、方神九七式艦上戦闘機。

 どちらも、昨日の血侵が目にしたばかりの機体機種。


「ッ」


 その見えた二機種に、その並び飛行する姿に。直後には血侵はある可能性を察し浮かべる。

 しかし――直後に2機の内の片方、羅仏Z/L-32が見せた挙動に。血侵の意識は再び持って行かれ、そして目を剥いた。

 ガクリ――と。羅仏Z/L-32は直後瞬間に、姿勢を崩して高度を下げたのだ。おそらくエンジン出直低下の類のそれ。

 その様子から、損傷した機がその羅仏の方である事が明確になる。


《……――修奈っ!?》


 そんな。泣き狼狽えるまでの声が突如として聞こえたのはその直後であった。


「ッ!」


 突如として聞こえ来たそれに、血侵は一層目を剥く。

 それは、血侵が身に付けているトランシーバーから聞こえ響いたもの。本来は相方である心幻との現場での連携を行うためのそれ。

 しかしそれがどうやら、別の通信を傍受し受け取ったらしい。


《ッ、右主機も出力大幅低下だ……――ッ》

《くっ……!》


 さらに続け傍受され、聞こえるやり取りの声。

 その、今に声が呼んだ名は血侵が知る者のものであり。そしてその二つの声は、血侵にとって大変に聞き覚えのあるものであった。


 上空で動きがあったのはその直後。

 おそらく補助援護のために同行していたのだろう、方神九七式艦上戦闘機が。

 羅仏の間隣まで危険を覚悟の様子で接近。そしてなんと、方神はその主翼端を羅仏側の主翼端と重ね、まるで掬い上げるように持ち上げ支えてみせたのだ。

 出力を失いつつある羅仏を救うための行動。

 しかしいくら低速とはいえ、機はどちらも時速数100krwを越える速さで飛行しているのだ。

 危険を伴い容易い事では無く。しかしそれを方神の側は、繊細な挙動で見事にそれを行い維持して見せている。

 それだけで、その操縦士の技量の高さが伺えた。


《修奈!しっかり、がんばるんだっ!》


 そしてそこへまたも、トランシーバーが傍受し響き届く声。

 それによって、血侵の思考推察は最早確信以上のそれへと変わる。


「マジか――修奈、趣意、聞こえるか――ッ!」


 そして血侵はトランシーバーのマイクを手繰り寄せ。呼びかける言葉と、非常に近しい者等の名を張り上げ発した。

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