14話:「―甥VS姪、おやぢを巡るプチ修羅場―」

 修奈と趣意の互いをひとまずなんとかクールダウンさせ、それぞれから話を聞き出し詳細を確認した所によると。

 修奈と趣意の双方は、一年ほど前に。皇国軍と自由藩県体の各隊の合同演習に参加した際に、初めて会って互いを知り。以来、何の縁か事あるごとに出会い――そして、互いを牽制し合う仲になったのだと言う。

 軍人、武人としての在り方の意識の違い。互いに航空機操縦士である身としての、しかし姿勢の違いなどからそんな関係に至ったのだと言うが。


 二人をどちらも知る血侵からすれば、そういった事柄以前に。

 ここまで見てきた通り、ぶっきらぼうで愛想の無い修奈と。

 血侵と過ごすときこそ人懐っこいが。実は武人肌で堅物そのものな性格である趣意。

 その両者が数度に渡り顔を合わせれば、そうなる事は想像に難く無かったが――


 最も。その実は血縁者である修奈と趣意が、しかしそれを知っての上で顔を合わせた事がこれまで無かったという点では。

 修奈と趣意の当人等はもちろん、両者を知る血侵にとっても完全に盲点であったのだが。


 ともあれ。自身のあずかり知らぬ所で邂逅し、そして勝手に拗れていた我が従兄弟甥と従兄弟姪に、血侵はその眉間を抑える羽目になった。




 ティークネスト基地の上空空域。

 その宙空空間を、二機の航空機が飛び――いや、まるで喰らい合うように、鋭く交わっていた。

 航空機は、どちらも軍用の超音速ジェット戦闘機だ。


 一方は、真艶和皇国海軍の主力艦上戦闘機。

 ――方神ほうじん九七式艦上戦闘機。


 一方は、太拳の灼炎自由藩県体 地隊航空隊の運用する戦闘投射機(諸外国における戦闘爆撃機、マルチロール機)。

 ――羅仏らふつZ/L-32戦闘投射機。


 そして。方神戦闘機を操るは、趣意――〝神壬式少尉〟。

 羅仏戦闘機を操るは、修奈――〝千万霊三等地尉〟だ。


「――ッ!」

「――ッ」


 双方は、二人は。大空の中でそれぞれの愛機を借り。互いを喰らわんとする狩り――空中機動戦闘、ドッグファイトの模擬戦の最中であったのだ。



 修奈と趣意のそれぞれ操る二機の戦闘機は。大空の中で、鋭く激しく、複雑な螺旋軌道を描きながら。

 片方の背後を取り。しかしロックオンを許す前にすかさず離脱し、相手の背後を取り返す光景を繰り返していた。



「――」


 その激しく荒々しくも、一種美麗なまでの光景を。

 しかし地上でSUV巡回車の隣に身を置き断ち構える血侵は。少しの顰めっ面で、そしてどこか呆れた色を含んで見上げていた。

 今、上空で繰り広げられるは。軍事演習も兼ねる今回の広域防災演習に組み込まれたプログラムの一つである模擬空中戦。それを修奈と趣意の操る機が描く様子だ。

 模擬とは言え、音速を越える凄まじい戦いの様子。

 しかしその操者双方の抱く感情が、子供の意地の張り合いにも近い、いやそのものである事があからさまに分かっていたからだ。


「スケールのデカい子供の喧嘩だな」


 そして零す血侵。


「しかし、褒めてもあげてください」


 だが直後。その隣から声が掛けられ届いた。

 血侵が視線を移せば、そこには修奈と趣意のそれぞれの上官。

 ぬらりひょんの三佐の善制と、志頭しづという名が明かされた、白鬼大尉の立つ姿があった。

 言葉は、内の善制からの言葉。


「彼等のそれは若者のそれではありますが、一種の闘争心です。そして二人はそれに心を乱す事はなく、どころか自信を昂らせて戦への力と変えられる心身を持ちます」


 続け、詳しくの言葉を引き継ぎ紡ぐは志頭。

 それは修奈と趣意、二人双方の技量とメンタル面を評するものだ。


「本人の前ではあまり言いませんが、どちらも操縦士としては逸材ですよ」


 そしてまた代わり、善制がまた評する言葉を紡いだ。


「それぞれの上司さんのお墨付きですか。そいつぁ、大したモンだ」


 両者のそれを聞き、しかし血侵はまた感心半分呆れ半分と言った言葉を零す。


「伯父上様としては、やはりまだまだ心配ですか?」


 そんな血侵に、志頭がそんな揶揄うような言葉を寄こす。


「否定はしません。あぁそれと、伯父上様はやめてください。自分は航空宇宙隊では一介の航空宇宙士に過ぎなかったし、今も管理隊のペーペーです」


 それに血侵は否定はせず答え。

 合わせて三佐と大尉、幹部や士官の身の上である二人に向けて、そんな遠慮の言葉を紡ぐ。


「しかし今は、大事な親族をお預かりしてる関係が優先に来ます。それを蔑ろにはできません」

「少しご辛抱ください、伯父上様」


 だが、血侵はすでに軍人、官では無く民間であり部外の者であり。そして修奈の血縁者というところが現在の関係の所だ。

 そこをもっての。善制と志頭からは、また揶揄い混じりの理の言葉が紡がれる。


「やぁれやれ。そんなら、お言葉に甘えて受け入れましょう」


 それを受け、血侵は投げやりな様子で返した。




 それから結局。定められた模擬戦の時間内に、修奈と趣意の空中戦は決着が着くことは無かった。


「――ふんっ。相変わらず貴様は、そのしつこさだけは嫌味なまでに立派だな」

「お前こそ、相変わらずの狂犬みたいな噛みつきっぷりだったぞ」


 そして地上に帰り降り立った二人は。今は駐機場(エプロン)区画の一角で顔を突き合わせ。

 トーイングトラクターに引かれて格納庫に格納されて行くそれぞれの愛機を背景に。趣意は武人口調の高慢な様子で。修奈は冷ややかで嫌味な様子で。互いに皮肉嫌味を飛ばし合っていた。


「ましてや……まさか貴様などと親族だったとは……」

「あぁ、勘弁願いたい事実だな」

「ッ……!」


 続け、趣意が憂うように言及したのは、本日明らかになった、二人が又従兄弟同士であるという事実。

 しかし修奈がそれに先制して皮肉を発し、趣意はそれに視線で刺し返す。


「やめねぇか、お前等」


 そんな二人の間に割り入り、血侵はそれぞれを叱り宥める言葉を紡ぐ。


「ふんっ」

「はッ」


 が。構わぬ、聞かぬ様子で履き捨てる二人。


(――だが。こりゃぁどっちも)


 しかしそんな両者を見つつ、血侵は感じ。ある種の確信を持っていた。

 この二人の態度のそれは。その内に子供特有の、〝気になる相手につっけんどんな態度を取ってしまう〟それ。少なくともその一種であろう事を。


(深刻に考える必要は、そこまで無いか?)


 その垣間見えたそれから、考えを浮かべる血侵。


「――そんな事より、おじ様!」


 しかしそこへ。趣意がそこまでの武人のような様相から、コロっと態度声色を変えて。次には血侵の片腕に抱き着くように己の腕を回した。


「せっかくお会いできたのですもの。この後、少しお茶がてらお話しませんか?」


 そして、一転した人懐こい表情に機体と懇願のそれを作り。血侵に向けてそんなねだるような言葉を上げて寄こした。


「ったく。まぁいいが」


 趣意のお約束のそれに。血侵は呆れの色を見せつつも、断る理由は特になく、受け入れる言葉を作ぐ。


「ッ!おい、ちょっと待て」


 しかし、そこへ思わぬ声が掛かる。


「俺もアンタには、これから顔を貸してもらおうと思ってたんだ。くだらんお茶会で邪魔されちゃ困る」


 阻むように割り入れられたのは、修奈からのそんな言葉であった。


「修奈が自分に?」


 それに少し驚いたのは血侵自身だ。基本的に自分を煙たがる修奈が。ぶっきらぼうの手本のようなそれではあるが、自ら血侵に付き合うことを求めるなど、修奈が幼い頃を境にめっきり無くなったことであったからだ。


「ッ!何を……私とおじ様の大事な一時なんだ。それを邪魔建てし、あまつさえ下らないだと?」


 それに、明確な憤慨の様子を見せたのは趣意。趣意は血侵の腕により強く抱き着きながらも、修奈を視線で刺す。


「こっちも大事な用がある。そっちこそ邪魔をしてくれるな」


 しかし修奈も言葉に圧を込めて返し。そして空いていたもう片方の血侵の腕を、その手を伸ばして掴んだ。


「おい、なにをやってんだお前等」


 唐突に。どういう訳か甥子と姪子の両者から、自身の優先権を争われ。

 そして、よく分からない珍妙な修羅場が開催されてしまった事に。少しの困惑と多分な呆れを表した顰めっ面を作りつつ、血侵は両者を宥める言葉を零す。


「――何をしてるんだ、君等は」


 そんな所へ、状況へ割り入る様に。端よりまた別種の言葉が飛び掛けられた。

 血侵等三人が視線を向ければ。そこには善制、志頭、そしてウォーホール。三人のそれぞれの上司上官が、呆れあるいは訝しむ様子表情で、そこに立っていた。


「どうしたの、血侵君」

「自分も知りたいです」


 ウォーホールからは血侵に尋ねる言葉が掛けられるが。血侵はそれに引き続きの顰めっ面でそんな言葉を返す。


「少尉。愛しの伯父上との一時を取り上げる様で悪いが、我々は今から明日以降の調整作業がまだあるぞ」

「え、あ」


 一方の善制と志頭は、二人の気質他を知っている事から大体の状況をすでに察しているのだろう。

 そして内の志頭は、趣意に向けてそんな言葉を促す。


「俺等もだぞ、三尉。まだいろいろ調整報告が残ってる」

「ッー……、了解」


 続け、善制も修奈に促し。修奈はばつが悪そうに渋い顔で了解の言葉を返す。


「さぁ、行くぞ少尉。安心しろ、おじ様との時間はまだ別に用意できるだろう」

「で、ですが……あっ、そんな大尉っ……お、おじ様~~……!」


 一方の趣意は、志頭に拘束されて血侵の腕より引き剥がされると。

 儚げな声を上げながら、しかし志頭に引きずられてその場から連行されて去って行ってしまった。


「伯父上様、算荼羅さん。残念ながら本日は甥子さんと姪子さんをお借りしなければなりません」


 一方、まだ残る善制は。血侵に向けて申し訳ない様子でそんな断りの言葉を紡ぐ。


「ですが。ウォーホールさんからお伺いしたのですが、算荼羅さんは明日はお休みとのことと」

「ん?えぇ、はい」


 しかし続け善制が紡ぎ尋ねて来たのはそんな言葉。

 確かに血侵は、本日の広域防災演習への参加の関係からのシフト変動で、明日は一日休日となっていた。

 その事実への質問を、不思議に思いつつも肯定する血侵。


「では差し支えなければ、明日は時間をご用意いただけませんか?こちらも、甥子さんと姪子さんとのお時間をご用意できます」


 それを受けて善制は、次にそんな要請提案の言葉を紡いだ。

 それに血侵はまた少し訝しむ色を作ってしまう。自分こそ明日は休みだが、広域防災演習事態は数日に渡って行われる。

 管理隊からも明日は別の要員が参加し。

 そして修奈と趣意も、明日も続けて演習に参加するものと思っていた。


「明日は我々も、少し毛色の異なるお役目がありましてね」


 それを察したのか。善制は何か含みのある色で、そんな言葉を寄こす。


「別に、休みは暇にしてますから、問題はありません」


 それをまた不可思議に思いつつも、しかし断る理由はなく。血侵は提案を受け入れる言葉を返し紡いだ――

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