2章:「―航空祭とTS―」

8話:「―祭典ともう一つの再開―」

 血侵と趣意が一日を過ごした日が終わり。郷最の地はまた翌日を迎えた。

 その日も悪くない天候に恵まれ、少し雲がまばらに見受けられながらも、澄み渡る青い空が広がっている。

 そんな大空の下を、血侵は自転車に乗り風を切っていた。

 現在の場所は、昨日も近く隣まで訪れた〝空隊〟の飛行場基地施設。〝宿遠基地〟の敷地外周沿い。広大な敷地を囲う侵入防止のフェンスと並び沿う、一般道の歩道兼自転車道の上。

 そこを、実家より借り出したママチャリを駆って、軽やかに飛ばしていた。

 その姿は昨日一日を過ごした美少女姿から男性の――独特なおやぢの身体に戻り。格好は着崩した青の作業着姿。


「――ぬお」


 そんな血侵が、何かバタバタと響く独特な音をその耳に聞き留めたのはその時。そして血侵は、その音を追いかけて視線を向けて上げる。

 上空。宿遠基地の敷地の上を、低めの高度を飛ぶ回転翼機の機影が見えた。

 それは宿遠基地に編成され所在する、〝宿遠救難隊〟の保有運用する救難回転翼機であった。

 さらにその後方より、少し控えめの別のプロペラ音が交じり届く。

 チラと振り向けば、救難回転翼機の後方より。それを追いかけそして距離を詰めて来る、べつの機体が見える。

 小柄な双発の機体。ビジネス機を原型とし、しかし物々しい装備を各所に追加したシルエットは、同じく宿遠救難隊が保有運用する捜索救難機のもの。直接の救助行動を行う回転翼機と組み、その目となる役割を担う機だ。

 その捜索救難用の双発機は、やがて相方である救難回転翼機に追いつき。そしてそのやや斜め上空を、緩やかに飛び抜け追い越して行った。


「始まってるな」


 その様子を側方上空に見つつ、そんな言葉を零す血侵。


 本日この空隊の宿遠基地では、基地を一般に開放しての航空祭が実施される。

 今、血侵が自転車を漕ぎ基地の敷地沿いを進むのも。せっかく帰省と日取りが合ったからと、その航空祭を覗きに行くためであった。

 そして今、基地の敷地上空を飛ぶ二機の航空機。それは航空祭のプログラムの一つである、救難隊保有の航空機の展示飛行のもの。

 つまり、すでに航空祭が始まっている事示していた。


 上空に見えた航空機の飛行する姿から、その事を察しつつ。

 血侵は自転車を漕ぎ進め続け、目的地を目指した。




 それからさほど時間はかからず、血侵は目的地――宿遠基地の正門に到着した。

 傍には〝空隊、宿音基地〟と大きく表示された看板が掲示される、基地へのアクセス口。普段は基地警備隊による厳重な警備が行われ、入出には厳しい管理制限が設けられているのだが。

 本日に在っては、航空祭と言う特別な日。

 明らかな不審者、物、危険物などに対する警戒にあっては、当然立哨に立つ基地警備隊員が目を光らせているが。基本は誰もが立ち入りを認められる。

 まだ朝を迎えて間もなく、航空祭が開始となってさしては立っていない時間ではあるが。それでも基地正門周りはごった返しまでとはいかずとも、すでに少なからずの訪れた人々と、その賑わいに包まれていた。

 そんな基地正門を。血侵もそこからは自転車を降りて押し歩きながら通り、敷地内へと踏み入り。

 敷地内の通りを進み、まずは自転車の駐輪場所にしていされている区画を目指す。


「どこも、雰囲気は同じか」


 その途中で見える基地内の光景、様子雰囲気に。

 かつては自身も、中央海洋共栄圏では航空宇宙隊――空軍組織の人間であった血侵は。大きくは変わらない基地内という空間の空気に、少しの懐かしさを感じる。

 そんな事を思い零しつつ、さほどかからずに駐輪場所に到着。まだ早い時間で余裕のある駐輪空間に自転車を止めると。

 まずは〝目的の所〟を目指して、また歩み始めた。



 航空祭は、その名の通り一種の祭りだ。

 本日は多数の出店業者が入っての出店を許可され。基地内の道路通路沿い、建物沿い、グラウンド等々。利用の許可された各区画場所には、最早隙間もないほどに出店の類が並んでいる。

 やはりまだ早い時間であるため、客入りこそ少ないが。準備に勤しむ出店や、すでに開店営業している出店。それらの動き喧騒で、すでになかなかの賑わいを見せていた。

 そんな賑わう様子を眺めつつ、そして後でどこかで一品二品所望するかと考えつつ。しかし血侵は今は目的地を目指すことを優先して、基地内を通る道路通路を歩み進む。

 基地内の施設建物を縫うように通る道路通路は、程なくして開けた場所気と出た。


 出た瞬間、一気に周りから施設建物の影が無くなり。ほとんど何の施設も遮蔽物も無い、とても広い範囲で開けた空間が広がる。

 そこは、この宿音基地の主要施設である滑走路。そしてそれに隣接する駐機場(エプロン)区画だ。

 遠く、滑走路を挟んだ向こうには、格納庫ハンガーや管制塔などの主要施設がまた見る事ができる。


 そんな、基地の主たる場所であり。そして本来であれば関係者以外の立ち入りを固く禁じられた空間は。

 しかし今日、今にあっては。少なくない――いや多数の人々、それも民間の人々が行き階賑わいを見せていた。

 そして、血侵から見て駐機場エプロン区画の奥側には。広くに渡ってガードロープで簡単に区切られたスペースに、多種多数の航空機が駐機する姿が見えた。



 この宿音基地に所在する航空団 飛行隊の保有する。太拳の灼炎 空隊の主力戦闘機の一機種である要撃戦闘機を筆頭に。


 対艦攻撃に主眼を置いた洋上火力戦闘機。


 古いが未だに確たる信頼を誇る、超音速偵察戦闘機。


 昨日。趣意と過ごした最中に目撃した。尖り流れるシルエットが特徴の、最新型のステルス戦闘機。


 同じく昨日に市民プールから目撃した、二重反動プロペラが特徴の四機のターボブロップエンジンを備える、長距離哨戒機。

 そしてまた同じく、昨日見た。洋上保安組織の保有する大型回転翼機。


 新型、旧型のジェット輸送機の並ぶ姿に。

 巨大なレーダードームを機体に備える早期警戒機の姿。


 果ては。地隊(諸外国における陸軍)の航空隊より飛来した、戦闘投射回転翼機や多目的回転翼機。

海外の空軍からゲストとして招かれ飛来した空母艦載戦闘機。


 さらには航空機のみに留まらず。

 この宿音基地に所在、配備される地上防空高射隊の保有する、高射機関砲に近~中距離誘導弾。

 飛行場用の化学消防車、破壊機救難消防車などの、航空機に引けを取らぬ存在感を示す車輛装備。


 地隊の各団、連隊や群より招かれ訪れた、戦車砲戦闘車や軽機動車など。いくつかの装甲戦闘車輛。


 などなどなど――



 数々、多岐に渡る航空機、車輛装備などが。駐機あるいは停車し展示されている。

 それらはいずれも、本日の航空祭のために宿音基地を訪れた機体車輛であった。


 それ等展示機体、装備に飾られ。そしてそれ等を見物する航空祭来客者で賑わいと喧騒を見せ始めている駐機場区画を。

 血侵は一眺めして、「後でじっくり見物するか」などとまた考えつつ。

 今は駐機場区画を斜めに突っ切り、やはり〝目的の場所を目指す。




 隣接する滑走路の端に近い、駐機場区画の一角。

 血侵が辿り着いたそこにもまた、駐機展示される一つの航空機があった。


 それは主力戦闘機等と比べて、一回り小柄な機体の亜音速ジェット練習機。

 一際特徴的なのは。明るめの機体塗装が主流である空隊の各航空機とは大きく異なる、オリーブドラブと土色で迷彩を描く機体塗装。

 それは、地隊の運用保有する車輛装備や航空機に施されるもの。それが示す所すなわち、その練習機が地隊のものである事を示した。

 しかし。本日他にも宿音基地を訪れている、多々の地隊の航空機や車輛装備とは違い。その練習機はゲストとして訪れたものではなく、元よりこの宿音基地に所在するものであった。


 太拳の灼炎の地上戦力組織である地隊は、そのドクトリンから独自の固定翼航空機――戦闘機部隊を保有していた。

 これは戦略戦術上の理由の他に、空隊との縄張り争いの背景も絡むものであったが。

 しかし世界の主流では、陸軍に値する組織が回転翼機を除く航空機を運用する事は。効率他の観点からすでに廃れて経つ在り方であった。

 そして地隊でもその流れは押し迫り。

 現在にあって地隊はすでに戦闘機、およびそれを用いる航空作戦の多くを空隊に移管。現在は編制としては、2個戦闘投射飛行隊と1個教育飛行隊を残すのみであった。

 そしてその内の1個教育飛行隊が、この空隊管轄の宿音基地に、間借りする形で所在しているのであった。



 そんな経緯を持つ教育飛行隊の練習機は、また他の展示機体と同様にガードロープに囲われ、一定距離以上の来賓来客の立ち入りを防いでいる。


「――いたな」


 血侵はそのガードロープ端に立つ、地隊の隊員のものである緑の制服を纏う、一人の人物を見止める。

 様子から、展示機体の警備監視の役割を担っているその隊員。

 血侵はその人物を見つけそんな一言を零すと、迷わずその人物に歩み近づく。


「よォ、修奈しゅうな


 そしてその隊員に向けて、そんな名を呼び声を掛けた。


 その隊員は、正確には20歳前程と思しき青年だ。

 黒寄りの茶髪の短髪に飾られるは、凛々しく整った顔立ちが映える。

 身長は180rw前程か。その纏う制服の上からも、スマートながらも鍛えられている事の分かる良い体躯が見える。


「!――ッ……」


 その凛々しい青年は。掛けられた声に振り向き、血侵の姿を見止めると、最初に少し驚くような顔を作る。

 しかし次にはその顔を微かに顰め。歓迎していない、という程では無いが。あまり好ましくは思わない、ばつの悪そうか色をあからさまにその顔に作った。


「アンタか……」


 そして溜息の混じる色で、またあまり歓迎的ではないそんな声を、歩み寄って来た血侵に向けて寄こした。


「久しぶりだな」


 その青年に対して。だが血侵はその歓迎的ではない様子を前に、それを知りつつも遠慮する事無く、またそんな一言を紡いで掛けた。


 修奈と呼ばれたこの青年は、血侵の親戚。従兄弟甥にあたる子だ。

 補足すると、昨日一日を一緒に過ごした趣意とは、また別の従兄弟の子である。

この修奈が幼少の頃は良く遊び相手となり、少なからずの接点付き合いのある関係であった。

そして本日に血侵がこの宿音基地を訪れた一番の目的は、修奈顔を見る事。

 修奈は現在は、地隊に入隊して隊員となり。そして飛行隊において操縦士学生として訓練勉学に励む身なのであった。


「まったく、基地にわざわざ来るなんて……」


 そんな修奈は。しかし今に在っては血侵を前に、また歓迎的でないぼやきを零す。

 幼少の頃こそ血侵に素直に懐いていた修奈であったが、成長するにつれて少し気難しい性格を垣間見せるようになり、合わせて血侵に少しつっけんどんな態度を取る様になったのであった。


「おせっかいなおやぢを、従兄弟伯父にもった事を呪え」


 しかしそんな修奈に対して血侵は。慣れた事と言った様子で構わず、そんな揶揄うような冗談を飛ばして見せた。


「中央海洋の方に移り住んだと聞いてたが?」

「あぁ、休みを利用してちょっと帰って来たんだ」


 血侵がこの故郷である郷最藩を離れ、中央海洋に移り住んだ事は修奈も知っているようであった。それに対する回答を紡ぎ返す血侵。


「課程中、うまくやれてるか?」

「あんたに心配される事は何も」


 今度は血侵が。操縦士学生としての生活の中で、修奈が問題無く過ごせているかを尋ねる、それに帰るは、またつっけんどんな解答。


「ホントにそんならいいが」


 その回答を受けつつ。修奈の性格から、その言葉が本当なのか内心微かな心配を浮かべる血侵。


「――修奈!」


 そんな所へ。端より少し低めの声が、修奈の名を呼ぶ声で届いた。

 見れば、修奈と同じく血隊の緑色の制服を纏う。しかし2rwを超える巨体身長と、黒にかなり近い濃灰色の肌が目立つ、巨体の人物が駆け寄ってくる姿が見える。

 この真灼連島の地に住まう、黒鬼系の種族の男性隊員だ。

 近づき見えた階級章や記章類を見るに、修奈と同じ操縦士学生の身であるようだ。


「そろそろ時間だぞ――っと、こちらは?」


 駆け寄って来た鬼系の隊員は何かを修奈に伝えかけたが。しかしそこで修奈と一緒に居る血侵に気付き、修奈に向けて尋ねる言葉を紡ぐ。


「親戚だ」

「この子の従兄弟伯父のモンでね、ちょいとお邪魔してる」


 端的に、ぶっきらぼうに一言だけの説明で伝えた修奈の言葉に。血侵は詳細を補足し、そして合わせて簡単な挨拶の言葉を紡ぐ。


「あぁ、修奈の身内さんですか。俺は修奈の同期です、航空祭にようこそっす」


 説明を受けた鬼系の彼は、自身も修奈との関係性を名乗り反し、そして歓迎のあいさつを述べる。


「修奈が世話んなってる。所で、見たとこ用事なんじゃないのか?」

「あぁ、失礼。そこまで差し迫ってる訳じゃないんすけど――修奈、もうそろそろ時間だし、着替えて準備しといてくれ」


 血侵がまた言葉を返すと、鬼系の彼は断りの言葉と合わせて、修奈に向けてそんな要請の言葉を紡いだ。


「っ……本当に俺にもやれっていうのか?」


 しかしそれに対して。修奈はその愛想の無い表情を一層顰めて、そんな明らかに歓迎していない様子の言葉を返す。


「要員はギリギリなんだ、カンパも無駄に出来ない。お前にもやってもらわないと結構困るぜ」


 それに、鬼系の彼はそんな言葉を返す。


「なにぞ、やるのか?」


 そんな二人のやり取りから、それが何かの出し物に関係するものである事に察しを付け。血侵はそんな尋ねる言葉を割り入れる。


「えぇ。たぶんも面白く思ってもらえるでしょうし、目の保養にもなるかと――そうだ。せっかくだし修奈の伯父貴さん、準備から見ていかれてはどうっすか?身内さんならいいでしょう」

「っ……おい」


 それに鬼系の彼はそんな回答を紡ぐと、合わせてその厳つい顔にしかし悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 一方、修奈は鬼系の彼の提案に、また渋い顔で咎める声を飛ばす。


「おん?」


 それを疑問に思いつつ。修奈は彼等の案内を受ける事となった。

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