7話:「―〝戦う者として〟―」

 結局。

 少し騒がしく、荒事に出る良くない事態となってしまったものの、結末が予期せずのウヤムヤな物に終わった事が助け。

 血侵と趣意は、職員である仏基等から一言二言軽く注意を受けるのみで、一連の出来事は終了とされ解散となった。




 場所は移り、施設内の女子更衣室空間。

 並ぶロッカーの内の一つが、掛けられた手先により静かに開かれる。

 その手は、ロッカーの前の立った趣意のもの。そしてロッカーは、趣意が借り使用している物――では無かった。

 静かに突き込まれた趣意の腕が、ロッカーの内から手の取り取り出したのは、一着の作業服の上衣。

 飾り気無いそれは、血侵が元々纏っていた物。

 女の身体でプール施設を訪れた血侵は、その関係上から女子更衣室を利用しており、そのロッカーは血侵が借り使用していた所であった。

 男に戻った時用の着替えとして持って来てあり、それまではロッカーに放り込まれていた血侵の上衣。

 そんなそれを取って手元に寄せた趣意は、何か頬を微かに赤らめ、そして微かな悩ましい様子で上衣へ視線を落としている。

 かと思った瞬間。

 なんと趣意は、その作業服上衣を自身の口元、鼻先に押し付けうずめた。

 そしてあろう事か、静かにしかし意識した呼吸を始める。


「――んぅ……」


 作業服上衣に纏い残るは、男の時の血侵の身体の匂い。

 それは趣意の嗅覚始め感覚、そして脳裏を刺激。

 それに甘い官能的な快楽を覚えているのだろう。

 引き続きの悩まし気な色を顔に浮かべ、トロンとさせた瞳にハートを浮かべん勢いで。小さく声を零す趣意。


「ぁぁ……おじ様の匂い……」


 上衣に残る血侵の匂いを堪能する様子を見せながら、趣意はそんな甘い色の含まれた一言を漏らす。


「おじ様……私は決して、美少女姿のおじ様だけに惹かれている訳では無いんですよ……」


 そして悩まし気な声色で、そんな独白じみた告白の言葉を、零し紡ぐ趣意。


「――ぬぉい」


 そんな趣意の元へ。透りながらも少し低さを利かせた、呼び止めどこか咎める色の言葉が掛けられた。

 見れば趣意のすぐ傍には、そこに立つ血侵の姿があった。

 血侵は、自分の作業服を趣意が嗅ぎ堪能している場面に、今ちょうど鉢合わせて目撃してしまった――訳ではない。

 何を隠そう、血侵は趣意と一緒に更衣室まで戻って来たのであり。先程から――趣意が作業服を手に取り嗅ぎ始めた時点から、ずっと趣意の横に堂々と居たのだ。

 そう、趣意は想う相手の上衣の匂いを堪能するという、背徳的――言ってしまえば変態的な行為を。あろう事か本人を前にして堂々と行って見せたのであった。


「そういうのは、本人から隠れてやるモンじゃねぇのか?」


 血侵はその今は端麗な顔に、しかし呆れ白け、そして若干引いた様子をいっぱいに浮かべながら。苦い色でとりあえずそんな言葉を趣意へとぶつける。


「ふぇ?こういうアピールは、本人の前でしないと意味がないじゃないでふか?」

「まず嗅ぐのを止めろ、嗅ぐのを」


 対する趣意は、何をおかしな事をとでも言う様な色で、自身の行動の意図を返しながら。しかし引き続き、その可愛らしい鼻と口元を血侵の作業服へ押し付け、匂いを堪能する行為を止めない。

 血侵はそれに向けて、その行為を止めるよう突っ込み促す言葉を飛ばす。


「ハァ――」


 そんな清々しいまでの姿で、一種の告白なのであろう姿を見せた我が従兄弟姪を前に。

 血侵は色々と思う所を浮かべながら、溜息を零した。




 それから市民プールを後にし、再び街へと出た血侵と趣意。

 太陽は傾き出して、空はオレンジ色に染まり始めている。

 その元で、これよりの帰路に就く人々と、反対にこれから夜の街に繰り出す人々が交錯し。街はまた活気を見せ始めていた。

 そんな街の中の、大通りに隣接した遊歩道を並び歩く血侵と趣意の姿。ちなみに血侵は、今も美少女の身体のセーラー服姿。

 それぞれの手元には、彩り豊かなクレープ菓子が見える。

 プールで体を動かした事から、空腹を微かに訴え始めた小腹を満たすべく。近くにあるモール施設のフードコートに入る専門店より所望した品。

 そのそれぞれを、血侵は無遠慮気味に頬張り。趣意は上品な動きで口に運ぶ様子を見せていた。似通う容姿の、臙脂のセーラー服姿の美少女二人のそれは、なかなかに可愛らしく絵になる光景だ。

 ちなみ、二人のその姿を目に留めた事で感化され。

 道行くカップルの彼女が、女同士でのスイーツデートを思いつき、彼氏に女へ性転換してほしい事をせがんだり。

 若い夫婦の夫が、妻の手により有無を言わさず美女の姿に性転換させられ。見た目美女同士の夫婦となって、菓子を一品所望すべく腕を組み連れていかれたりと。

 ちょこちょこ周りに影響を与え。そして店の営業売り上げに知らずの内に貢献していたりしたのだが、それはまた零れ話。




「――んおっ。あれは」


 一足早くクレープを平らげ終えた血侵が。

 チョコの着いたその親指先を軽く舐めながらも、道路上の存在に気付き、声を零す。

 それは、一台の自動車。

 全体的には大きめでどっしりした外観ながらも。フロント部など一部要所はシャープに形作られ、同時にスタイリッシュな印象を受ける、SUV・ミニバン。

 全体は淡い紺色で塗装され、車体半ばの高さには、一本の白いラインが鮮やかに走り入っている。

 そのラインに入り記されるは、真灼語で書かれた〝南西太拳自動車道路(株) 道路巡回車〟の文字列。

 さらにルーフ上後方に搭載される、空気抵抗の緩和加工の施された標識機と、さらにその上に見える赤色警光灯が。車が特殊、緊急車両である事を示している。

 自動車は、道路パトロールカー――交通管理隊の巡回車であった。


「十四國(こっち)の管理隊か」


 窓ガラス越しに微かに見える内部には、青い制服を纏い白いヘルメットを被った、二名の乗員――管理隊隊員の姿が在る。

 それを見止めながら、呟く血侵。


「あれは、おじ様のお仕事と同じ?」


 血侵に続き趣意も。交差点前で信号待ちのため停車している巡回車の存在に気付き、同じく視線を向けて言葉を紡ぐ。


「あぁ。〝巡回十四國〟――こっちのパトロール会社のパトロール隊だ」


 血侵はそれを肯定。そして付け加える言葉を紡ぐ。

 この十四國地方にも、この地を網羅し繋ぐ自動車専用道路が存在し、またそれを管理する管理企業グループも存在している。その内の一つに、巡回十四國――〝南西太拳自動車道路 巡回管理(パトロール)十四國株式会社〟という名の、道路のパトロールをもっての管理を請け負う会社が存在。

 血侵の言葉は、巡回車がその所属である事を示す物であった。


「郷最ICの事業所から、開局して出発した所だろう」


 再びパトカーをを見つつ、推察の言葉を発する血侵。


「おじ様の会社では〝ジア・シップ〟のパトカーのようでしたけど――こちらでは〝六楔(むくさび) ディーク:FV〟なんですね」


 続け、趣意が同じく巡回車を見つつ、そんな言葉を紡ぐ。

 それは、お昼に見せてもらった血侵の会社のHPの記憶から。キャピタルビーチの管理隊で使用されている巡回車の車種と、こちらの管理隊の巡回車の車種に違いがあることに、言及するもの。


「あぁ、車種は地域によって違いがある。今も、利便都合から各社が試行錯誤の選定を続けてるようだ」


 そんな、また女学生らしからぬマニアックさを見せた趣意に。血侵は関心半分呆れ半分と言った様子で、補足の言葉を向ける。

 そんな二人の眺める先で。交差点の信号はやがて変わり、巡回車は発進。

 交差点の先、向こうには複雑に交差するインターチェンジ施設が見える。そこを経由して本線へと乗るのであろう、巡回車は交差点を越えてそちらの方向へと走り去っていった。




 その後も少しの間、巡回車の去った方向へ視線をやっていた血侵。


「――あ」


 そんな血侵の横顔に何気なく目を向けた趣意が、何かに気付き声を零したのはその時であった。

 趣意の目に留まったのは血侵の口元、そこに小さく付着した一欠片のクリームだ。先に平らげたクレープのそれであり、今は血侵の美少女顔を可愛らしく彩っていた。


「ん?」

「おじ様、動かないで――」


 趣意の視線と声に、血侵も気づき疑問の声を零す。しかし趣意はそんな血侵にそう促し、隣に近寄り立つと静かに顔を寄せる。


「ん」

「ッ」


 そして趣意はその舌先を可愛らしく突き出すと、血侵の口元のクリーム片を、なんと直接舐め取って見せた。

 走ったこそばゆい感覚に、微かに驚き目を少し剥く血侵。


「――ふふっ。〝デザート〟、付いてましたよ」


 趣意はそんな血侵から一歩離れると。人差し指で自身の口元横を示し、口元にクリームが付いていた事を、そんな言葉と共に事後報告で伝える。


「お前……っ」

「ご馳走様ですおじ様。思わぬ甘味でしたっ」


 血侵はその言葉から事を把握しながらも、少し恥じらう様子で趣意へと言葉を零す。

しかし一方の趣意は。悪戯っぽい、してやったりな様子の微笑を浮かべて、そんな揶揄い交じりの言葉を寄こして見せた。


「――はぁ。ったく」


 少し困惑の色を見せた血侵だったが。やがて、脱力したようにそんな溜息の言葉を零す。


「――趣意。ウヤムヤにしとくワケにはいかねぇから、はっきり言っとくぞ」


 だが。直後に血侵は、その美少女顔に凛と、そして毅然とした。今までのそれとは違う様相を浮かべて。


「自分は、おめぇの好意を受け入れるワケにはいかねぇ――」


 そして。趣意に向けて、はっきりと言い放った。


「――」


 その言葉を受け。趣意は悪戯っぽい微笑を浮かべていたその顔を。また真剣な、しかし少し悲しみや寂しさを覚えた物へと変える。


「まず、確認しとくか――これが、おやじの痛々しい思い違いだってんなら、一蹴してくれりゃいい。それで終わりで万々歳だ。だが――おめぇさんはこの自分に、好意を向けてる。それも親族に向けての物じゃねぇソレをだ」


 血侵は趣意のそれを見て。しかし容赦無く、要点に入る言葉を紡ぐ。


「……答えは、肯定です」


 血侵からの言葉を受けた趣意は。その凛とした瞳に確固たる意志を見せ、そう回答を紡いだ。


「私は、おじ様の事を――」

「なら、尚更こっちはそれを拒まなきゃなんねぇ」


 続き、自らの意思を紡ぐ言葉を発しようとした趣意。しかしそれは、先回りするように発せられた血侵の言葉に阻まれた。


「大前提として、親族だからな。いや、逆に半端に身近なせいで、おめぇの中でのハードルを下げちまったのかもしれねぇが」


 血侵はそう紡ぎ、さらに言葉を続ける。


「自分がこの娘っ子の身体になれちまうのも、変におめぇの感覚、距離感を歪めちまったか」


 今は美少女で、なおかつ姪子と似通った自らの姿を見降ろし、少し皮肉気に発する血侵。


「厳しい事を言うが――おめぇの抱いてるソレは、親族、同性を相手にした疑似的なモンに見える」


 そして今度は。透る、しかし意識して冷淡な物とした声色で、説く言葉を放った。


「ッ!おじ様、お言葉ですが私の――」


 焦がれる人からの否定に近い言葉に。流石にそれに異論があるのだろう、趣意は少し言葉を荒げ、発しかける。


「よしな」


 しかし。端的な血侵の言葉が、それをまた拒んだ。


「――正直、俺だって偉そうに正しい間違いを説けるヤツじゃない。色恋付き合いの形なんざ特にそうだ。お前の有り方自体を、否定する権利なんざない」


 まず、そう前置きの言葉を紡ぐ血侵。


「だが――どうあれこれだけは言える。俺とおめぇがくっつくのは、お前にとってマイナスでしかない」


 そしてまた、今度はその凛とした瞳で趣意の目をしっかりと見つめ。趣意に向けてそう告げた。


「そんな事は……っ」

「言える。これに関しては、はっきりとな」


 また、異を唱える言葉を紡ごうとした趣意。しかし血侵はまたそれに言葉を被せて阻む。


「別に学も無ぇし、聡くもねぇ自分だが――進んじゃマズい道を。ロクでもねぇ事態を避ける術は、付けた――いや。嫌でも身に着いちまった心身だと思ってる」


 少し皮肉気に。自身を客観的に評する言葉を紡ぐ血侵。


「皇国軍女学校生徒、士官候補生。お前は、未来に大きな可能性のある身だ。その近くにこんなロクでもねぇおやじの気配が在るのは、世間的に良いワケがねぇ――おめぇの道を、ロクでもねぇ方向へ捻じ曲げる」


 そして続け言葉を紡ぎ、その最後に端的に断言して見せた。


「……」

「――大事な志を。役割を担う身だろう?今のおめぇは」


 懸命に、また異を唱える言葉を探している様子の趣意。

 それに血侵は、畳みかけるように。しかし、少し柔らかくした、語り掛けるような口調で言葉を掛ける。


「それは、大事にして貫かなきゃなんねぇモンだ。自分みてぇなのにかまけて、取り零しちゃいけねぇ――何を偉そうにと思うだろうが、自分も今は役割を担う身だと思ってる」


 続け紡ぎながら、同時に少し歩いて位置を変える血侵。

 交差点を、その向こうに交差する巨大なインターチェンジ施設を。そして広がる夕焼けの大空を背にして。


「だから、思うし理解できる」


 淡々と紡ぎながら、その凛とした瞳を趣意へと向ける。

 その時、背後のインターチェンジのランプ上で、赤い光が煌々と灯った。それは先に見た交通管理隊の巡回車の赤色警光灯。灯されたそれは、ランプ上で光の線を描くように走り出す。


「――それが、今の自分とおめぇ。〝戦う者の、在り方〟だ――」


 端的な言葉で、そしてその透る声で。明確に発した血侵。

 ――瞬間。

 甲高くけたたましいサイレンの音が。交差するインターチェンジ空間で。そしてオレンジ色の夕焼け空へと、上がり響き渡った。

 それは、交通管理隊の巡回車の緊急走行開始を伝える音。

 事象があった現場への急行。

 ――戦う者が、戦いの場へ赴く事を知らせるもの――。


「――」


 知らせの音に。

 そして血侵の言葉に、さらには向けられた言葉に。

 趣意は、胸の前で重ねた両手に力を無意識に込めて。焦がれる相手のその姿、瞳を見つめる。

 目の前で立ち構えるは、自らと瓜二つの美少女。

 臙脂色のセーラー服が微かに風にそよぎ、同時に同じく微かに揺れるその毛先が、端麗な顔立ちを彩る。

 そして目を引くは。今は自身を見つめる、少し目尻の釣り上がった、愛らしくも凛々しいの瞳。

 しかし。今、その内に宿り見えるは――〝漢〟。

 戦いに身を投じる事を覚悟した、戦う者のそれ。

 焦がれる、今は美少女の姿のおじの。しかし訴えかける強く、揺ぎ無き瞳に。

 趣意はとうとう、異を唱える言葉を紡ぐ事はできなかった。


「――はぁ。ロクでもねぇおやじが、何を吐いてんだろうな」


 一方の血侵は。その揺ぎ無き姿を、しかし直後に少し脱力するように解くと。

 また何か皮肉気な色をその顔に浮かべて、紡ぎ零す。


「ウザい説教だったと思う――だが。マジでヘタを打てば、おめぇの人生がシャレになんねぇルートに入っちまう事だ」


 そしてまた趣意に向けて、少し崩した色で言葉を紡ぐ血侵。


「おめぇは、チト悪戯心がでけぇが、聡いし良い子だ。その辺は理解して、上手くやって欲しい」


 そしてそれを最後と言うように。ここまでの一連を畳むように、そんな締める言葉を発する。


「――今日はこれでお開きにしよう、そう経たずに暗くなる。おめぇの家まで送る」


 そして趣意に促すと、血侵は先導するように先んじて歩み出し、また歩道を行き始めた。


(――おじ様……私は――)


 しかし趣意は、少し神妙な面持ちで、自らの心内で何かを浮かべ零し。

 それからして血侵の身を、追いかけ続くべく歩み始めた――

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