内柔外剛
三鹿ショート
内柔外剛
私という人間を目にすると、人々は怯えたような様子と化す。
目つきが悪く、体格が良い人間に対する反応としては、何の不思議も無い。
だが、私のことを知ろうともせず、粗暴な人間だと決めつけてほしくはなかった。
私の体格が良いのは、両親が揃ってそのような肉体の持ち主であるために、それが遺伝したことが理由である。
目つきが悪いのは、暗い場所で読書を続けていたことが影響し、視力が低下したからである。
暴力とは無縁の日々を送っているために、自身の拳によって誰かを傷つけたことはないが、外見のみで私という人間がどのような存在であるのかを決めつけられていることに、私は心を痛めていた。
誤解を払拭しようとするが、近付いただけで他者に逃げられてしまうために、私に友人と呼ぶことが出来る人間は存在していなかった。
やがて、私は、話を聞こうとしない人々に対して、怒りを抱くようになった。
ゆえに私は、あえて人々が恐れを抱くような言動に及ぶようになった。
楽しそうに会話をしている人々に対して鋭い視線を向けながら舌打ちをするなど、他者を威圧させる行為の数々は、私の気分をわずかながらだが良好なものへと変化させた。
しかし、その後には、必ずといっていいほどに後悔していた。
なんという愚かな生活をしているのだと、自分でも理解している。
***
夜分に電車に乗っていたとき、私はその光景を目にした。
一人の女性に対して、酔漢が絡んでいたのである。
彼女は明らかに拒否を示しているのだが、酔漢はその反応が面白いというばかりに、接触を止めようとはしなかった。
その二人の近くには他にも乗客が存在しているにも関わらず、酔漢の行為を注意する人間は皆無だった。
私は深呼吸を繰り返した後、二人に近付いて行った。
私の存在に気が付いた彼女の表情が変化すると、酔漢もまた、私に目を向ける。
酔っているためか、私に対して酔漢は強気な言葉を吐いていたが、私が無言で睨み続けると、やがて覚束ない足取りでその場から離れていった。
騒ぎになることが無かったことは、幸いだった。
其処で下車する駅に到着したために、私は電車から外の世界へと移動する。
そのまま去ろうとしたとき、背後から声をかけられた。
振り返ると、彼女が笑みを浮かべながら、感謝の言葉を吐いた。
彼女が乗った電車が駅から姿を消したとき、私の目からは涙が流れていた。
感謝の言葉を耳にしただけで涙を流すなど、常人には信ずることができないだろうが、私にとっては特別だったのである。
危害を加えていないにも関わらず恐れられ、孤独に生きてきた人間にとって、他者から負ではない感情を向けられることなど、味わうことはできないのだ。
だからこそ、私は嬉しかった。
名前も知らない彼女からの言葉に触れたことで、私は考えを改めることにした。
私という人間を知ろうとしない他者に絶望し、投げやりな態度を示すことはなく、誤解を払拭し、外見通りの人間ではないということを知ってもらうことで、共に笑顔を浮かべながら、日々を過ごしたい。
敵対するよりも、穏やかなる時間を過ごした方が、誰にとっても、良いではないか。
そのためには、私が実行しなければならないことが存在している。
それは、これまでの憂さ晴らしのような言動について、謝罪することである。
私が近付くだけで逃げられてしまう可能性が高いが、諦めることなく、声をかけ続けようと決意した。
***
真面に話を聞いてくれる人間は十人に一人といった数だったが、それでも、皆無であるよりは良い。
その一人を通じて、私がどのような人間であるのかが広まれば良いのである。
根気よく動き続けた結果、数えるほどではあるが、友人という存在が、私にも出来た。
これまでの生活では考えられないことだったが、休日には共に外出し、映画や食事を愉しむようになったのである。
そのような時間を過ごす中で、想像していたよりも良い笑顔を浮かべるものだと友人から告げられた際は、恥ずかしさを覚えたが、私は笑みを隠すことができなかった。
幸福であると表現したとしても問題は無い日々を送っていたが、ある日、友人から紹介したい人間がいると伝えられた。
其処で現われた相手を見て、私は目を見開いた。
その人間とは、かつて電車の中で酔漢に絡まれていた彼女だったのである。
友人いわく、彼女から電車の中で自分のことを救ってくれたという人間の話を聞いていたところ、その人間が私のことではないかと気が付いたらしい。
思わぬ再会に驚いていた私に対して、彼女は口元を緩めながら、私に頭を下げた。
その後、私と彼女がどのような道を歩んだのかなど、語る必要もない。
内柔外剛 三鹿ショート @mijikashort
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