第181話 現状分析

 白富東の現状の戦力は、おおよそ計算出来た鬼塚である。

 やはり県内ベスト4までが限界か、と思えてくる。

 もちろん対戦相手のスタイルなども関係はしてくる。

 だが絶対的な力として、ピッチングもバッティングも、総合的に下がっている。

 和真を二番で使っているが、果たしてこれがいいのかどうか。

 ピッチャーをピッチャーだけに専念させるほど、豊富な選手層でもない。

 それは去年も同じことであったが、甲子園に行くだけならば、もっと楽であったのだ。


 一年生でどんな新戦力が入ってくるか。

 昨今は強豪に行けるような選手でも、普通に学業を優先してきたりする。

 かつては大きなものであった、企業の中の野球派閥というのも、今は昔となってきている。

 大学の野球部の人数が、多くなりすぎた時期もあった。

 しかしそれも今は、コネとしては弱くなってきている。

 まともに勉強をして、大学でも勉強をするべき。

 そういう時代になって、それが健全なのだろう。


 白富東は県内のチームに、東京や茨城、栃木などの近隣のチームと対戦していく。

 専用グラウンドがあるというのは、こういう時には便利なものだ。

 それでも一時期に比べれば、もう野球部の人間も少なくなっている。

 栄光の時代に野球部の知名度で、生徒を集めたこともあった。

 今でも体育科などはあるが、基本的には普通の生徒を、高い学力で大学に送り込んでいる。


 鬼塚の時代にはまだ、塾や予備校に行く生徒は少なかった。

 今でも上位の生徒などは、授業のみで高いレベルの大学に行ってしまう。

 だがさすがに外部の教育機関を、ある程度は使うようにもなっている。

 学校だけでは足らないというのなら、それは教育機関としての敗北ではないかと、地頭の良かった鬼塚は思ったりする。


 国内だけではなく世界的に、人材は必要とされている。

 そのあたり直史は、色々と事業に手をかけている。

 鬼塚も息子たちが、スポーツで食っていこうとしているなら、冷静に止めるかもしれない。

 ただサッカーやバスケットボールなど、野球以外のスポーツに行ってしまっているのは、父親として寂しい。

 もっとも鬼塚のプロでの苦労を考えると、プロスポーツで食っていくのは大変だと、おおよそ分かってくれるようだが。


 健康を害さない程度に、遊んでくれたらいいのだ。

 直史のようにとりあえず、バレエを数年やらせる、などという極端なこともしていない。

 ただ佐藤家の血縁はあれで、上手くいっているのだろうとは分かる。

 昇馬や真琴だけではなく、司朗などもそのやり方で、上手くなっているのだから。

 もっとも武史のところは、スポーツよりは芸術肌の子供が、多いような気がするが。


 鬼塚もなんだかんだ、故障しないように気をつけて、それでチャンスを掴んでいった。

 アルトなどは間違いなく、同じチームで甲子園を戦った、アレクと同じぐらいの潜在能力はある。

 ただ怪我でもしてしまったら、それで終わってしまうかもしれないのが、プロスポーツの世界だ。

 外野は比較的、故障が少ないとは言える。

 だがそれでもアルトの体格を考えれば、どれだけ試合の合間にケアをするのか、それが重要になるだろう。


 彼の計画を考えると、福岡以外のチームを選択する。

 またタイタンズも、司朗のような条件は飲まないであろう。

 果たしてどこのチームが獲得するのか。

 優先順位は三番目以降であるが、レックスも狙ってはいるのだ。

 あとは地元なら、千葉に行ってくれたら、鬼塚はその後もなんらかの、フォローを入れることが出来る。

 広い守備範囲を持つ、強肩で長打力もあるセンター。

 二年目あたりからはもう、スタメンに入ってもおかしくない。




 練習試合では色々と、和真の打順をいじってみた。

 やはり走力を活かすには、三番までにいた方がいいだろう。

 問題はその前後を、どうやって得点に結びつけるか。

 打率を高く保ちながらも、長打もしっかりと狙っていく。

 足もあるのだから、使う方としては理想的な、先頭打者として使うべきなのだろう。

 だがそうするとその後ろが、ちょっと弱くなりすぎる。


 二打席目にしても、下位打線になかなか、出塁出来る選手を置けない。

 上位打線で点を取らないといけないというのは、プロとの差こそあれ、レックスと似たようなものであろうか。

 長打力や何より決定力では、四番というポジションなのだろう。

 だが得点の平均を上げるには、また主導権を握るには、初回から打席が確実に回る方がいい。

 他の選手たちの、打率や出塁率、また長打率も考えていく。

(走れる一番となると、やっぱりこうなるか……)

 打率ではなく出塁率で、一番打者は決めた方がいいだろう。


 ベンチ入りメンバー20人を、どのように使っていくか。

 長打が打てる選手を、ある程度はまとめておくべきか。

 バッティングもそこそこ打てる一年生ピッチャーに、ピッチングだけをやらせる余裕はない。

 あとは1イニングだけのピッチャーや、一人だけのピッチャーを、どうやって使っていくか。

 サウスポーは二人いるが、本格的に長いイニングを投げられるのは一人。

 あとはサイドスローのピッチャーも、一応は一人いる。


 アンダースローに挑戦したい、という二年生もいた。

 ワンポイントで投げるのを覚悟で、アンダースローに挑戦するのだ。

 またピッチャーについても、知りうる限りの情報を集めて、育成方法を考えていく。

 ただ高校野球レベルであると、すぐに継投していくというのは、かなりのリスクがある。

 全員野球で全員ピッチャーとまではいかないが、八人は実際にマウンドで使えるようにしていった。


 一試合に勝てばそれでいい、というのがトーナメントの短期決戦だ。

 もっともこれだけ練習試合でも試していれば、他のチームに知れ渡ることも当然である。

 分かっていても春まで、あるいは夏までにどの程度の柔軟性を持たせられるか。

 ピッチングに関してはどのピッチャーでも、日によってある程度は調子が変わってくる。

 調子が悪いときに、エース一人だとどうしようもない。

 だからこそピッチャーをたくさん作る、という作戦になっている。


 県内の私立強豪は、ピッチャーを二枚は必ず用意している。

 今は継投が主流であるから、それも当然のことなのだ。

 継投を当然とするなら、後ろには安定感のあるピッチャーを置く。

 つまり先発をいかに打てるかが、重要になってくる。

 あるいは先発の調子が悪ければ、それだけで勝率が上がってくるだろう。




 ピッチャーの継投だけではなく、打線も試合によっていじった方がいいのではないか。

 少なくとも相手のピッチャーのタイプによって、スタメンはある程度変わっていく。

 20人もいるベンチ枠を、どうやって使っていくのか。

 走塁専門の選手なども、いても悪くはないのだ。


 終盤にリードしていたら、守備固めもするべきであろうか。

 もっとも代打の選手はスタメンで使うには、守備力に不安がある。

 守備力を鍛えてスタメンで使うか、あるいは代打の切り札としてひたすらバッティングを磨くか。

 選択肢を多くすることが、今のチームでは正しいだろう。

 正面からスタメンの力だけで勝つというのは、かなり難しいのだ。

 強豪は強豪で、選手層が厚いので、これまた采配の選択肢は多いだろうが。


 野球は偶然の要素が強いので、偶然が働かない部分をどれだけ磨くか。

 走塁の判断や守備などは、比較的安定したものである。

 ただその走塁と守備に関しては、相手のデータを把握するのも重要なこと。

 練習試合で散々に、そのあたりのデータは蓄積していった。

(春の大会でどれだけ、手の内を明かしていくか……)

 関東大会まで進む必要はない。

 ベスト4まで進めば、第一シードは取れるのだ。

 そこからは県外の強豪と練習試合を組んでいく。

 平日はトレーニングで、しっかりと基礎の力を上げていく。


 絶対に甲子園に出られるというわけではない。

 逆に甲子園に出られる可能性は、ほぼないというわけでもない。

 これぐらいの戦力で戦うのが、指揮官としては一番面白い。

 だが選手たちは最後の夏に、全てを賭けているようなところがある。

 もっとも白富東は、執念には欠けるところがある。

 今年の夏までにもう、甲子園を経験してしまっているからだ。

 来年の一年生に、起爆剤になるような選手がいれば、また話は変わってくるのだろうが。


 夏の学校見学では、当然ながら野球部は甲子園に出ていた。

 どういう一年生が入ってきそうなのか、それは鬼塚には分からない。

 ただもしも甲子園に出られるとしたら、来年の夏が最後のチャンス。

 和真も抜けてしまったら、しばらくは甲子園を目指すのは、厳しくなっていくだろう。

 今の一年生も、それなりにいい選手はいるが、どう頑張ってもプロで通用する素質ではない。

 体格だけではなく、体幹の強さや総合的な身体能力が、プロのものではないのだ。


 技術を磨いていくにも、最低限の段階がある。

 鬼塚でさえ自分のフィジカルは、プロの中では平均的だと思っていた。

 もっとも武史などは、甲子園の舞台でいきなり、自分のMAXを5km/h以上も上げるようなピッチングをしていた。

 あれは本当に、気分で力が変わってしまう、他の化け物とはまた違う、おかしな存在であった。

 なんだかんだ言いながら、自分たちの世代でいまだに、主力となっているのは武史ぐらいだ。


 あと二年ほどは、白富東の野球部を率いる。

 その後はどうなるかだが、また北村や星あたりが異動してくる時期なのだ。

 特に星は聖子が卒業すれば、同じ学校に娘がいる、という状況を避けることになる。

(国立監督も、たまにはまた甲子園に行けそうなところを、鍛えてやったらいいのにな)

 公立校を強くすることで、私立にも強くなることを求める。

 そうやって千葉県が強くなっていた時期は、確かにあったのである。

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