第180話 練習試合

 関東大会が行われている間に、県大会で敗退したチームは、練習試合を大量に組んでいく。

 練習試合禁止期間までに、チームの弱点補強のため、データを大量に必要とするのだ。

 アルトなどは卒業が出来る程度には勉強し、あとはドラフトに向けて練習に合流している。

 そのポジショニングなど、和真はかなり参考にしているのだが、アルトは直感的すぎるのだ。

 もしドラフトで指名されなかったらなどとも言われるが、鉄也はレックスなら、三位までには100%指名すると言っていた。

 それまで残っていない可能性のほうが、よほど高いであろうが。


 ものすごい守備範囲に、強肩とバッティング。

 そのバッティングも打率に加えて、長打もあるのだ。

 甲子園でも勝敗を決めた、ホームランを打っている。

 だいたい昇馬を抑えるのに全力を使い果たし、その後のアルトか和真に打たれる、というパターンが多かったのだ。


 鬼塚としてはコーチの代わりになるので、いてくれるとありがたい。

 そしてもう志望届を出したアルトには、多くの球団のスカウトが注目している。

 ここで下手に怪我でもすれば、それはキャリアが大きく変わる。

 だが練習はしっかりと行って、スカウトにその健在を見せ付けるのだ。


 センターが守れる。

 肩の強さにしても、ピッチャーとして投げた時には、155km/hほども出ていたのだ。

 外野として重要なのは、ストライク返球をどれぐらい出来るかということ。

 捕球から送球までのスピードも、重要となってくる。

 バッティングが果たして、どれぐらいプロで通用するものであるか。

 しかし即戦力クラスの昇馬のボールで、日頃はバッティング練習をしていたのだ。


 この時期はもう、県内の他の強豪とも、練習試合を組んでいく。

 基本的には県外が望ましいのだが、どうせ次に対戦するのは、春の県大会となる。

 冬の間にチームを強化しなければ、どうせ甲子園には届かない。

 今はとにかく数をこなし、本格的に県外の強豪と対戦するのは、夏の直前にすればいいのだ。


 鬼塚としては心配になっていることもある。

 ピッチャーたちが果たして、県内だけでもある程度、通用してくれるかということだ。

 一年生の左右が、両方のエースとして使われている。

 だが二年生のピッチャーを、何枚もワンポイントで使ったりしてもいるのだ。

 このワンポイント継投というのは、確かに理屈の上では効果がある。

 ただその日の調子が悪いピッチャーが、何人かいても不思議ではない。


 ピッチャーのピッチングというのは、もうほとんど特殊技能なのだ。

 毎日安定してストライクを投げるというだけでも、かなり特別なものなのである。

 1イニングだけを全力で、投げてもらうピッチャーがいる。

 また1イニングどころか、一人だけを目的として、投げるピッチャーもいたりする。

 打撃の中軸となるのは、和真一人である。

 しかし守備に関しては、全力で全員野球をやってやる。 

 そのためには練習試合で、どんどんとピッチャーを使っていかなければいけない。

 経験のないピッチャーというのは、実戦では役に立たないのだ。




 和真も単純に、投げる球速だけならば、今のチームでは一番である。

 しかしコントロールに関しては、どうしてもど真ん中近くにボールが行ってしまう。

 野手投げと言っていいであろう、遠投から発生したフォーム。

 球威もあるのだが、動作が単純なので、見極められてしまうというところはある。

 またこちらにあまり時間をかけていたら、バッティングの方が疎かになってしまう。


 和真が投げる時は、本当にもう非常手段と言えよう。

 そんな事態になる前に、勝つことが重要なのである。

 先制してから逃げ切る、というのをパターンとして考えている。

 だが昇馬のようなピッチャーがいないため、逃げ切ることが果たして出来るか、その時点で怪しいのである。


 土日に下手をすれば、ダブルヘッダーで消化されていく試合。

 どうピッチャーを運用するかを、その試合で確かめていくのだ。

 こういった実戦練習こそが、最も実力を伸ばすことがある。

 ただし普段は、地味な練習とトレーニングで、基礎的な部分を伸ばさないといけない。

 幸いと言うべきか、白富東の野球部には、そういった地味な作業を淡々と行う、そういう生徒が揃っている。

 マッスルを鍛えてシックスバックを目指す、そうういう野球少年が多いのだ。


 純粋な筋肉の力で、精緻な高校野球を粉砕する。

 もっともそんなことが可能なのかは、微妙なところである。

 今は強豪校であればどこでも、フィジカルトレーニングの重要さは分かっている。

 鬼塚にしてもまず、フィジカルを鍛えることによって、プロのレベルに付いていったのだ。

 最初からフィジカルが鬼のような、そういうドラフト上位指名は、それに胡坐をかいて振り落とされていったりしたが。


 鬼塚はそういう点で、頭が良かった。

 そして今の選手たちも、頭の良さで練習を理解している。

 そうやって鍛えた野球で、果たしてどうやって試合に勝つのか。

 実戦の試合というのは、やはり面白いものである。

 その中で座学で身につけた作戦を、上手く発揮するのである。


 野球はいくら作戦を立てても、それが上手くいくというものではない。

 そして失敗はなくならないし、相手のファインプレイで得点を阻止される。

 圧倒的な実力差があっても、それなりに敗退してしまうことはある。

 ただ重要なのは、ミスなどでメンタルを落ち込ませないこと。

 諦めたらそこで試合終了などというのは、なんども使われ古びてしまった言葉であろう。

 しかし鬼塚としては、勝てないと思ってしまった試合は、モチベーションが落ちると分かっている。

 そしてモチベーションが落ちれば、集中力も落ちるのだ。

 するとミスが多くなってしまう。


 ミスを出来るだけ少なくすることで、大きな実力差をわずかずつ縮める。

 それでも結果として、勝てるかどうかは分からない。

 この年齢の選手には難しいかもしれないが、結果が全てではないのだ。

 結果に向けてどれだけ、諦めずに集中して向かって行ったか、それが人生においては大きな糧となる。

 綺麗ごとと言われるかもしれないが、綺麗ごとを通していくことで、人間の価値は上がる。

 失敗から学ぶこと、敗北を恐れないこと、それが重要であるのだ。




 プロの世界など、勝ってもせいぜい六割なのだ。

 鬼塚はそういう世界で、勝敗以前のポジション争いを、ずっと繰り返してきた。

 ある程度の成果を出していればいいのではなく、誰かと結果を競い合う世界。

 鬼塚のある程度、他人を蹴落とすのに躊躇しない性格は、プロに向いていたと言えよう。

 ただ指導者としては、これでは駄目だとも分かっている。


 性格的にプロに向いていない人間、というのもいる。

 アルトなどは完全に、プロ向きの人間である。 

 昇馬などは正確ではなく、圧倒的な能力でプロに行ける。

 だが執着心の薄いところが、プロ野球という世界には、微妙に向いていないかもしれない。


 昇馬は酷薄なところがある。

 出来ない人間がいたとして、それに合わせてやろうとはしない。

 他人に対する共感力が薄いのは、圧倒的な肉体能力によるものか。

 空気を読むということを、必要としていないだけの力がある。

 なのでそうなってしまうのだが、悪意は全くないどころか、弱者を守る心根をしている。

 ただ勝手に劣等感を抱いてしまう人間に、配慮などはしない。


 これまで本気で試合で投げたなら、点を取られることはなかった。

 だがプロの世界に行けば、負けることもあるだろう。

 その敗北に納得できなければ、野球の世界から離れてしまうかもしれない。

(あいつの存在そのものが、奇跡的なものなんだけどなあ)

 おそらく野球以外の何をしても、スポーツならば成功したであろう。

 むしろ野球などは、向いていない方であったかもしれない。


 野生の猪と戦って、どうにか勝てるという昇馬。

 地上最強の人間は、一番小さな熊と戦っても、ちょっと勝てないと言われている。

 猪にしても勝てるのは、正面から戦わないからだ。

 昇馬のパワーでさえも、猪の突進を受け止めるのは、あまりに危険すぎる。


 いっそのこと格闘技の世界に入れば、面白いかもしれない。

 体格からいっても、完全に最重量級である。

 ただ体格的には、縦はともかく重さで負けている将典の兄などには、柔道ルールで戦ったら普通に負ける。

 なんでもありの喧嘩で、相手が柔道家であると分かっていれば、勝てるであろうが。


 野球の世界に数年間、いてくれるだけでもいいのだ。

 恐ろしい記録をまた、作っていくことが出来るであろう。

 大介のように、バックスクリーンを破壊することがあるだろうか。

 あるいはピッチングにおいて、バットを破壊していくであろうか。

 圧倒的なパワーを見せる、アメリカの野球の方が、おそらくは向いているだろうと今から思えた。

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