第153話 また、この聖地へ

 三年生にとっては五度目の甲子園である。

 鬼塚としては、ここでどれだけ下級生に、経験を積ませることが出来るか、それが重要になってくる。

 さすがにもう落ち着いたものの上級生は、慣れた感じで宿舎で過ごす。

 そして早くも、トーナメントのくじを引く日がやってきた。


 巨大なホールに全国から、都道府県の代表選手が集まっている。

 その中でも何人か、頭が飛び出た選手がいた。

 集合の目標とするのには、都合のいいものである。

 ただ昇馬よりも巨体の選手が、二人もいるのが今年の甲子園。

 体格だけで全てが決まるわけではないが、威圧感はあるであろう。


 かなりの頻度でトーナメントの決め方は変わっているが、今年もベスト8までを、まずは決めるクジとなっている。

 そして鵜飼は、そのために壇上へ上がっていく。

 既に決まっているところに入れば、最初の対決相手が分かる。

 鬼塚としてはやはり、競争力の低い地区の、代表と戦いたいものだ。

 もっともそういう過疎地区の代表は、地方大会で消耗せずに、甲子園に来ているということでもあろうが。


 とりあえず白富東の入ったのは、まだ相手の決まっていないところだ。

 そして一回戦が免除ではなく、一試合多く戦わなくてはいけない。

 出来れば弱いところと、などと鬼塚は考えている。

 そして入ってきたのは、石川代表の聖稜高校であった。


 微妙なところである。

 名門であり、相当に強い年もあって、全国制覇の経験もある。

 だがセンバツにも出場はしたものの、一回戦で敗退していた。

(分析の時間があるのがありがたいな)

 鬼塚としては、それほどマークしていなかった相手である。


 桜印も違う山に入り、準々決勝までは対決がない。

 一回戦から優勝候補同士の対決、というのは見られない。

 ただお互いに一回戦を勝ち抜いたら当たる、という相手が少し厄介であった。

 高知代表の瑞雲である。

 三回戦は花咲徳政か、明倫館といったところだろう。

 

 潰しあってくれそうなチームもある。

 上田学院と花巻平が、順当に進めば三回戦で対戦する。

 だが基本的に一回戦から、優勝候補同士の対戦、というものはなさそうだ。




 トーナメント会場には、多くのマスコミも訪れている。

 巨体の昇馬がいつの間にか、その姿を消していた。

「二回戦が事実上の決勝ぜよ」

「坂本、あまりそういうことを言うな」

 瑞雲のコーチと言うよりは、中浜のエージェントである坂本。

 甲子園を勝ち進むことの大変さは、もちろん知っている。

 だが金にもならない高校野球を、あっさりと割り切ることが出来る。

 重要なのはその後の、金になるプロの話だ。


 中浜は投打共に、瑞雲の中心選手。

 そして瑞雲は、高知二強の一方である。

 中浜の力により、瑞雲も五季連続で甲子園出場を果たした。

 だがその周囲を固める戦力も、私立の強みを活かしたものである。


 高知は元は一強が続いていた。

 そこを二強にしたのが、瑞雲の存在だ。

 地域のシニアとの連携で、中高一貫の選手育成を、実質行ってきたのである。

 これは山口の明倫館なども、同じ意図で行ってきた。

 絶対的なものではなくとも、シニアと高校の間には、選手の結びつきと言うものがある。

 最近はよりそれが顕著で、強いシニアに入ることが、強豪に入ることにつながっている。

 もっとも全国の都道府県には、公立がずっと勝っているところもあるのだが。


 宿舎に帰った白富東は、まずは一回戦の相手を考える。

 聖稜は甲子園常連で、その出場回数は白富東より多い。

 石川県も少数の強豪が独占する県だが、その中でも特に神宮大会では活躍している。

 今年の聖稜はピッチャーとバッターに、軸となる選手がいるのが強い。

 一回戦で白富東を相手とするだけに、全力で戦ってくることは間違いない。


 鬼塚としてはむしろ、二回戦を重要と考えている。

 瑞雲の強さというか、意外性は昔から、鬼塚も知っているところだ。

 春には一回戦で対戦し、3-1で勝っている。

 だがセンバツからの四ヶ月間で、急成長するのが高校生だ。

 夏の試合と春のセンバツ、比較して見ることが出来るのは、分析のためには重要なことである。


 実際にこの夏は、瑞雲は決勝以外、全てコールドで勝ってきている。

 そして決勝も特に危なげなく、勝利して甲子園に来ているのだ。

 試合数が少ないのと、そして警戒されているので仕方がないが、中浜の力が相当に増している。

 エースとしても投げているが、四番としても要注意だ。


 ただ鬼塚の目から見れば、まだ成長の途中だな、と思えた。

 青森明星の中浦と並んで、2mオーバーの長身選手。

 それを覆う筋肉の量が、まだ足りていないと言える。

 プロに行って二年ほど、本格的に鍛えてからが、その真価を発揮するだろう。

 今の時点であるならば、間違いなく昇馬の方が上のはずだ。


 ただ鬼塚は気をつけてもいる。 

 そうやって油断するのが、敗北フラグであるからだ。

 さらに言うなら二回戦のことを考えて、一回戦を軽視するのも、完全な敗北フラグである。

 しかしそういったフラグを折るのは、昇馬の得意技である。




 一回戦は昇馬が先発するが、展開次第で途中交代はする。

 それは二回戦や三回戦も、同じことである。

 完全に序盤を抑えた昇馬を、外野に移して温存するということ。

 相手のチームにプレッシャーを与えて、空気を味方にして勝つのだ。


 どのブロックを見ても、極端に最初から強敵続き、というものはないと思う。

 強いて言えば愛知代表と広島代表が、強豪の名門であるというぐらいか。

 ただどちらも今年の戦力分析では、そこまで優勝候補というわけではない。

 もっともそのブロックには、桜印がいるのだが。

 白富東よりもむしろ、桜印の方が対戦相手は、強豪が多いかもしれない。


 白富東の試合は、五日目となっている。

 第三試合で、その前の第二試合が瑞雲の試合だ。

 相手は山形代表で、過去の出場経験もあまりない。

 おそらく順当に勝ってくるであろう

 そう考えると一回戦から、聖稜と対戦する白富東の方が、大変だとは言えるだろう。


 一回戦と二回戦の間には、しっかりと間隔がある。

 やはり勝ち進めば勝ち進むほど、大変にはなっていくのだ。

(三回戦で明倫館と当たるとしたら、祖父と孫の対決になるのか)

 今の明倫館は、大介の実の父である、大庭がまた監督をしている。

 それなりにチーム力は揃っているのだ。


 とんでもなく強い相手というわけではないが、色々と厄介そうではある。

 そこを勝つのが、鬼塚の役目になってくるのだろうが。

(甲子園の頂点を取れるのは、これが最後だろうからな)

 そう考えれば少しぐらい分析に時間をかけるのは、鬼塚としても当たり前の苦労であるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る