第154話 最後の夏

 最後の夏を甲子園で終える者は幸福である。

 勝利であれ敗北であれ、聖地が涙を飲み込んでくれるからだ。

 都道府県の代表校、全ての戦いがいよいよ始まる。

 開会式の日は、三試合が行われる。

 以前は二日目以降四試合行っていたのだが、今は出来るだけ長い期間を取るようになっている。


 初日は近畿のチームも出てこないが、広島と愛知の名門同士の対決があったりする。

 開会式から続いて試合が始まるのだが、鬼塚はこの日の試合、あまり重視していない。

 おそらく桜印が勝って、準々決勝までは出てくると思っているからだ。

(それでもあるとしたら、広島代表と愛知代表かな) 

 スコアだけは確認するつもりだが、まずは一回戦と二回戦が重要になる。


 聖稜は油断していいほど弱いチームではない。

 エースも四番もプロ注なので、決して弱いチームではないのだ。

 ただ石川大会のスコアを見ても、そこそこの点は取られている。

 県大会でホームランを三本打っている四番も、それだけ勝負されていると考えれば、注意するほどではないだろう。

(こういう思考が敗北フラグなんだろうが)

 昇馬はフラグブレイカーなのである。


 第一試合と第二試合は、高校野球らしい試合になっていた。

 しかし第三試合は、どちらのチームにもプロ注がいる。

 この対決は愛知の名徳が有利だな、と鬼塚が思ったのは当然だ。

 エースが一回戦から、全力で投げられる。

 これがもっと大会が進んでからの対決なら、ピッチャーの消耗度は高かっただろう。


 5-2というスコアにて、名徳が勝っている。

 白富東の選手たちも、開会式の後に少し体を動かして、それからこの試合は見ていた。

 一日目の試合の中では、一番レベルが高かったであろう。

 この強い名徳も、順調に行けば三回戦で、桜印が潰してくれる。

 超高校級がいなくても、強いのが名門というものだ。

 夏の場合は超高校級がいたとしても、それをどれだけ温存できるかが鍵となる。

 下手に温存しすぎて、先制点を取られて逃げ切り、というのは悔やんでも悔やみきれないものだろう。


 白富東の選手たちが、一番気にしているのは二日目の試合だ。

 この日は桜印の一回戦なのである。

 ただ神奈川大会のスコアを見れば、将典がかなり温存されているのは分かっている。

 さすがに準決勝と決勝は、ほぼ完投しているが。

 千葉とそれほどチーム数は変わらないが、競争率はかなり違うと言われているのが、神奈川代表であるのだ。




 二日目の第一試合は、練習に出る前に試合を見る。

「先発で出てくるかな?」

「熊本商工って公立だろ? 出ないんじゃね」

「いや、熊本は今年は強いとか、戦力分析では書かれてるぞ」

 雑誌の甲子園特集号としては、白富東と桜印が、因縁の対決などと煽られている。


 もう白富東と桜印は、本当に嫌になるぐらい試合をしてきた。

 かつては大阪光陰ともそう言われたりしたが、桜印相手であると同じ関東のため、さらに当たる回数が多くなるのだ。

 その桜印は一回戦のため、将典がしっかり先発で出てきた。

 甲子園の初戦というのは、控えが投げるのは怖いところがある。

 そして将典の調子は、かなりいいものであった。

 七回までを無失点に抑えて、12奪三振。

 そこからはリリーフに任せたが、一点も取られることはなかった。


 5-0という安心出来るスコアで、一回戦を突破。

 一番早く当たるとすると、準々決勝となる。

 三分の一の確率で、この対戦は実現するのだ。

 この日の第二戦は、ようやく近畿勢が出てくる。

 理知弁和歌山が勝利して、二回戦の桜印との対決が決まった。


 第三試合も大阪光陰が、無難に勝利を得ている。

 ただ白富東の選手は、第二試合を見る前に、練習のために宿舎を出た。

 どうせあのブロックは、桜印が勝つであろうという逆の信頼感。

 大阪光陰が上がってくるブロックは、他に仙台育成と、尚明福岡が入っている。

 このあたりの甲子園常連が、潰しあってくれるのもありがたい。

 ただ白富東にしても、瑞雲以外にも懸念点はある。


 三回戦までになると、どこが上がってくるかは微妙な話だ。

 前評判の高いチームが、順調に上がってくるとは限らない。

 ただ鬼塚としては、山口の明倫館が気になる。

 あそこは昇馬の血縁上の祖父である、大庭が監督をしているからだ。

 二人の間には、一応は祖父と孫という関係はある。

 しかし会ったことなどは、本当に限られた回数しかないのだ。

 甲子園に出場した時などは、普通に会話をしているが。




 三日目の試合は、仙台育成や尚明福岡が残った。

 おそらくこれと大阪光陰を含めた、3チームが準々決勝に残ってくる。

 そこまで残れば、白富東との対戦の可能性もある。

 桜印ほどではないが尚明福岡も、何度も対戦している相手だ。


 夏、春、夏、神宮、春と五回の対戦。

 全て白富東が勝っているが、対戦するまで残っているほど、尚明福岡も全国区で強いというわけだ。

 大阪光陰と仙台育成が先に対戦するので、そこで消耗した相手に、尚明福岡が勝つかもしれない。

 そして四日目の試合に入っていく。


 この日は栃木の刷新と、岩手の花巻平が、激闘を繰り広げた。

 花巻平の獅子堂を、どうにか攻略しようとする刷新。

 花巻平もなかなか、刷新から点を取れない。

 獅子堂も一点は取られてしまい、試合は終盤に入っていく。

 そこから花巻平はなんとか逆転し、獅子堂は完投して勝利した。


 また上田学院が、順当に勝っている。

 これで二回戦、花巻平と上田学院の、注目の対決となってくる。

 完投してスタミナを使ったといっても、一回戦ならば二回戦までに、ある程度の間隔がある。

 おおよそ回復した状態で、エース対決が行われることになるだろう。


 甲子園にはドラマがある。

 超高校級のエース同士の投げあいなど、そのドラマの最たるものだ。

 そして対戦しないチームにとっては、潰しあってくれてありがたい。

 明日はいよいよ、白富東の試合である。

 プレッシャーに無縁の昇馬には、前日に先発を告げてある。

 そして点差が上手くついたら、他のピッチャーに継投する。


 目の前の試合も大切だが、戦略的にピッチャーを使っていくべきだ。

 コールドがないのだから、そこは注意していくしかない。

 二回戦が瑞雲になるかどうかは、前の試合で分かることになる。

 万全の状態で戦いたいとは、どのチームも思っていることだ。


 瑞雲の相手は山形代表で、前評判もそれほど高くない。

 順当に行けば二回戦が瑞雲、というのは当たり前のことだろう。

 だがそういう前評判を、覆す舞台が甲子園なのだ。

 目の前の試合に集中して、まずボコボコに叩きのめす。

 そこまでの点差はつかないだろうとは、鬼塚も分かっていることなのだ。

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