第150話 ライバルとして

 代表的な選手の名前を冠して、○○世代などという場合がある。

 たとえば上杉の場合は、完全に上杉世代と言われていた。

 しかし昇馬の父である大介の場合は、そう言われていたのは途中までだ。

 直史がプロに入ってからは、SS世代と言われている。

 元からSSコンビとも言われていたので、自然な変化であろう。


 この三年生の世代は、今のままなら間違いなく、白石世代と呼ばれてしまうだろう。

 その上は神埼世代と呼ばれている。

 もっともそれは他にも、秀でた選手が多く出た場合だ。

 司朗の世代はとにかく、司朗が突出していた。

 むしろ層の厚さなら、その一つ上の方が優れているかもしれない。


 間違いなく二番手と言われてしまうのは、上杉将典であろう。

 対戦した回数が一番であるし、昇馬の怪我もあったが一度は勝っている。

 しかし甲子園の大優勝旗を、どうにか持って帰りたい。

 下の世代も育っているが、神奈川はただでさえ強敵ぞろい。

 自分の世代で優勝できなければ、今度は甲子園出場が目標となっていくだろう。


 そして同じ世代の選手たちは、やはり昇馬に勝つことを、最大の目標としている。 

 当然のように高卒プロ入り、競合する球団は10個になるか、あるいは全てか。

 過去の記録としては、大介の11球団競合というのが最高である。

 当時はメジャー挑戦を考えずにプロ入りを目指していたため、スターズを除く全ての球団が取りにいった。

 獲得したライガースは、いきなりそこから黄金期を迎えることになる。


 昇馬を獲得したとして、投打のどちらで使うのか、という問題もある。

 確かにピッチャーとしては飛びぬけているが、バッターとしても飛び抜けている。

 どちらでも世代ナンバーワンとなると、普通ではない使い方がされてもいいだろう。

 パのチームに入ったら、DHを使わないかもしれない。

 むしろパのチームなら、ピッチャーをやらない時はDHに入れて使ってしまうか。

 さすがにピッチャーの外野を両立させるのは、厳しすぎるであろう。


 昇馬はここまでどのチームが好きとも嫌いとも、はっきりした発言はしていない。

 将来のメジャー行きというものさえ、口にしてはいないのだ。

 それは幼少期から、日常に当たり前に、MLBがあったからだ。

 ニューヨークも知っているが、アメリカの大自然も知っている。

 その昇馬を追いかけて、多くの選手がまた、海を渡るかもしれない。




 神奈川は東京や大阪と並んで、超激戦区である。

 その中でも二強と呼ばれているのは、横浜学一と東明大相模原の二校。

 それを時々破って、甲子園に行くチームもいる。

 だが全国制覇レベルとなると、その二校が筆頭に挙げられていた。

 そんな中で桜印は、四季連続で甲子園に出場したのだ。


 桜印を入れて三強が、ベスト4の中に残っている。

 ここまではかなり、将典を温存して勝ってきた桜印。 

 下級生にも有望な戦力が入り、チーム全体としても過去三年で、最強の戦力となっている。

 だがまだ足りない、と監督の早乙女は判断している。


 白富東が、一番の障害だ。

 それは何度も関東大会で当たり、全部員が共有している認識である。

 どうやったら勝てるというのか。

 可能性だけならば、いくつかは挙げられるのだ。

 しかしその前に、まずは神奈川の代表の座を射止めなければいけない。


 決勝まで上がった桜印は、ラッキーではあった。

 準決勝で横浜学一と、東名大相模原が、潰し合いをしてくれたからだ。

 共に勝たなければ、甲子園には行けないのが分かっている。

 決勝で当たる桜印は、上杉将典を擁している。

 だがそれを倒す前に、まずは県下で長らく、最大のライバルであった相手を、倒さなければいけないのだ。


 戦力の消耗という点では、確かに桜印は有利である。

 だが高校野球というのは、接戦を制した側が、一気に力を上げてくることがある。

 それよりも単純に、緊迫した試合を勝った、その流れというのもあるのだ。

 桜印の監督である早乙女は、それを軽視するようなことはない。

 ただ純粋にエースの力で、桜印は決勝を勝てると思っている。


 同じ年代に昇馬がいたのが、将典にとっては不運であったのか。

 ただ世代ナンバーツーと言うのなら、やはり将典であるのだろう。

 負けた試合を見てみれば、相手が白富東ばかりである。

 あるいは昇馬の球数を削って、帝都一の優勝のアシストなどもしていた。

 そんな白富東全盛期の中、一応は全国大会の神宮大会で、優勝もしているのだ。


 神奈川県の決勝、桜印対横浜学一。

 双方が全国上位レベルのチームであることは間違いない。

 だがとにかくエースピッチャーの力が、一番大きな違いである。

 将典はこの試合、160km/hを出してきていた。

 しかしこれでも、まだギアを残していたのだ。

 攻撃においては、これまた上位指名されるであろう、鷹山が打ってくれる。

 鷹山との勝負を避けても、バッティングもいける将典が、五番にいるのである。


 4-1のスコアで、桜印が勝利した。

 横浜学一としても、ソロホームランで一点を取ったのは、意地であると言えるだろうか。

 監督としては来年、将典と鷹山のいない桜印と、対決していくこととなる。

 この三年間に比べれば、ずっとマシな相手になってくれる。

 そう考えなければいけない時点で、もはや負けていたのだろう。

 他の強豪と同じく、最も過酷とも言われる神奈川で、桜印は甲子園のチケットを手に入れたのであった。




 白富東も、楽に勝ち進んでいた。

 注意しなければいけないのは、昇馬の球数ぐらいである。

 それも主に一年に、先発を任せることで経験を積ませる。

 鬼塚としては昇馬たちがいなくなっても、しばらくは監督を続ける約束であるのだ。


 さすがに準々決勝あたりになると、一年生では抑えきれないチームが増える。

 それでもまだ、白富東にはアルトと真琴がいる。

 本分は外野といっても、150km/hオーバーのストレートを持つアルトである。

 そして真琴の変則的なピッチングは、県内上位を相手にしても、充分に通用した。


 私立を安全に打ち破る白富東。

 夏の三連覇という、かつて一度しかなかった、記録に並ぶ可能性がある。

 直史や武史のいた頃でさえ、夏は二連覇までしかしていない。

 その後に強かった時期もあるが、春連覇と春夏連覇があるぐらいだ。

 それでも充分に、すごい記録ではあるのだが。


 準々決勝からは、昇馬を先発に持ってきた。

 序盤からそのピッチングで、勝てないと思わせるのである。

 そうすれば相手のピッチャーも、メンタルを保つことが難しくなる。

 いきなり先頭打者で、昇馬を相手にするからだ。


 昇馬を敬遠しても、走られることが多い。

 空いた一塁にアルトを敬遠すれば、ランナーを二人も背負って、和真と対決することになる。

 和真もここまでに、もう50本近くのホームランを打っている。

 特に甲子園でもしっかり打っているのが、その長打力の証明である。


 ホームランはいらない。

 普通のヒットを打てば、一点は入る。

 そして一点があれば、昇馬なら勝ってしまう。

 それは過去の事実であるだけに、相手チームも士気を保つのが難しい。

 ただどうせ負けるなら、と全力で向かってくることが多いので、意外と楽な試合にはならない。

 準々決勝からは、五回コールドはなくなった。

 それでもシード相手に、七回コールドで勝っていたが。


 準決勝も終盤は他のピッチャーに任せて、6-1で勝利する。

 相手はかつての因縁の相手、勇名館である。

 なんだかんだ言いながら、千葉県ではベスト4によく名前を残すチーム。

 甲子園にも数度行っている。

 もっとも最初に行った、ベスト4の更新は出来ていないが。


 鬼塚としては、それほどの因縁はない。

 ただこれが一つ上の学年であれば、厳しい顔をしたかもしれない。

 あの夏、SS世代が唯一、甲子園行きを逃した夏。

 白富東のOBであれば、それはよく知っているのである。

 千葉県代表を賭けて、両校が激突する。

 もっとも事前の勝敗の予想では、勇名館が勝つと考えているものは、スポーツ記者などの中にもほとんどいなかった。

 誰もが最後の甲子園での、昇馬のピッチングに期待している。

 ここまで決まっていると、一種の逆フラグの予感もする。

 ただし昇馬もまた、空気を読まない人間であるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る