五章 最後の夏へ

第148話 夏の地方大会

 白富東は強い。

 県内のチームなどは、勝利するのは物理的に不可能、とさえ思っている。

 だがベスト4常連の私立などであると、そんなことは言っていられない。

 なんとかして甲子園に行かなければ、いい選手の獲得に影響する。

 もっとも白富東は今年で主力が抜けるので、今の一年生などはそれなりに、いい選手が獲得できている。


 あの怪物を打つことは、正直なところ不可能だ。

 しかし味方側のバッターに、そんな真実を伝えてはいけない。

 一番いいのは対戦する前に、準決勝ぐらいでチームとして負けてしまうこと。

 そうすれば心を折られることは避けられる。

 なんとも後ろ向きなことであるが、どうしようもない事実でもある。


 時代が悪かった、と今の三年生たちには言える。

 それでもどうにかしようと思えば、センバツを狙うことは出来たのだ。

 ただこの時代、神奈川にも化け物がいた。

 おかげで神奈川代表が二校、センバツに出場することが多くなってしまっていた。


 多くの練習試合をこなし、それを偵察することも出来る。

 映像の撮影などは無理でも、こっそりとメモを取るのは問題ない。

 もっとも鬼塚はそういった偵察も、充分に想定している。

 どうせ甲子園に行けば、いくらでも相手は対策してくるのだ。

 とはいえ何も対策を立てないのも、やはり傲慢ではあるだろう。


 七月に入り、ついに大会の期間に入る。

 シードの白富東は、二回戦からの登場。

 優勝候補の筆頭であり、それどころか甲子園の三連覇を期待されている。

 春にも勝っているので、夏春夏の三連覇まで期待されている。

 これほどの期待を受けているのは、果たしていつ以来であったか。


 監督の鬼塚は浮き足立っていない。

 自分たちの時も、三連覇や四連覇を期待されていたのだ。

 もっともあの頃は大阪光陰と、本当にライバル関係にあった。

 以前に比べると今の世代の白富東は、勝って当然とも思われている。

 去年の夏から負け知らずなので、そう思われても仕方がないのかもしれないが。


 日程は決まったが、準決勝までは問題ないだろう。

 一回戦はシードなので飛ばして、初戦となる二回戦、そして準々決勝以降がマリスタでの試合となる。 

 鬼塚はテレビ中継の入る試合は、昇馬を使わないことにした。

 もちろん準々決勝以降ともなれば、そうも言っていられないだろう。

 しかし昇馬以外の選手の活躍が、全国の頂点に立つためには、必要となってくる。




 初戦で戦う相手は、少なくとも一回戦は勝っている。

 二回戦で白富東と当たるのは、もう運の悪さと言うしかない。

 だがどこで戦ったとしても、甲子園までの過程では、他の強豪にも当たるのだ。

 先発は昇馬でもアルトでも真琴でもない。

 一年生左腕の上総が、そのマウンドに立っている。

 出来れば先攻を取って、リードした場面をプレゼントしてやりたかった。

 だがこればかりは運が左右するものだ。


 夏の初戦ということで、上総には緊張があった。

 バッテリーを組むキャッチャーも、一年生の佐上である。

 実は三橋シニアにいた、右ピッチャーの佐上の弟であったりする。

 初回の立ち上がりから、ボールを飛ばされる上総。

 しかし外野に飛んだボールは、鉄壁の外野陣があっさりとアウトにしていく。

 内野の守備も強いため、初回は無失点に抑えることに成功。

 そして裏の白富東の攻撃である。


 一番バッターに昇馬を置くのは、もう相手ピッチャーに対する完全な嫌がらせである。

 だが野球というのは、相手の嫌がることをすれば、勝てるスポーツなのだ。

 そんな昇馬であっても、10割打っているわけではない。

 しかしゾーンの中で勝負するのは、明らかに無謀であった。 

 初球を簡単にスタンドに入れて、一気に試合をこちらに持ってくる。

 平日だけあって、生徒を応援に動員はしていない。

 それでも白富東の試合を見るため、観客はやってきている。


 初回から四点を奪った。

 この大量リードを受けて、上総は楽に投げることが出来る。

 もしも途中で捕まったら、ピッチャーを交代すればいい。

 だがその必要はなさそうであった。


 長く投げても五回まで、とは決めていたのだ。

 しかし白富東の打線は、二回にも追加点を入れていく。

 四回が終わった時点で、既に10-0というスコア。

 もう五回の表を0で封じたら、裏の攻撃など必要がない。




 三年間の野球生活が終わる。

 とりあえず一回戦だけでも勝てたのは、ありがたいものであった。

 そして引導を渡してくれるのが、あの最強のチームである。

 このまま県大会を突破し、甲子園の頂点まで登りつめてほしい。

 そうすれば引退して、大人になってからでも、あの怪物チームと戦ったのだと、話のネタには出来るだろう。


 ランナーが出ないわけではないが、白富東はしっかりと守備もしている。

 スタメンに女子選手がいるのは驚きだが、その動きは優れている。

 そもそも160km/hオーバーのスピードボールをキャッチするような、そんな女子がいるのがおかしい。

 もっともそんなピッチャーは、今日はまるで必要ないものであったが。


 どうせ負けるならば、もっと蹂躙されたかった。

 160km/hのストレートというのを、バッターボックスで見たかった。

 しかしそれも贅沢な話なのだろう。

 昭和の昔には地方大会から、ずっとエースを投げさせるなどという、馬鹿らしい論理で投げていたらしい。

 相手に対して全力を尽くすのが、礼儀だという理屈だったのだとか。 


 今の時代は継投が主流である。

 戦力をどれだけ温存するか、それが甲子園のためには重要なことだ。

 白富東は昔から、その投手の温存に積極的であった。

 直史などは四度も甲子園に出ていながら、12試合にしか登板していない。

 もっともその中にノーヒットノーラン級の試合が、三度もあるのだが。


 10-0で白富東は初戦を突破。

 完全に問題のない、見事な勝利であった。

 余力はたっぷり残して、偵察に来ていた他校のメンバーも、まるで参考にならなかっただろう。

 だがとりあえず言えるのは、今年の白富東は、過去の二年と比べても最強であるということであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る