第133話 スカウトの目
プロのスカウトの選手を見る目は、現在の能力を正しく見る目と、将来の伸び代を見抜く目の二つが必要である。
もっとも前者については、最低限の能力とも言えるであろうが。
だが最近であれば木津、昔であれば星などが、ちゃんとプロで通用すると見抜くのは、普通の眼力では無理であろう。
「今のうちのチームに、足りていないポジションはどこか」
鉄也の問いに対して、青砥は答えられるようになっている。
「足りてないというか、補強ポイントは外野でしょうけど」
守備と走塁、そして肩がいいためどうにか許されている、センターを主に言う。
また左右の両翼が外国人というのも、中長期的には問題であろう。
ピッチャーは毎年ほしい。
来年などは特に、ピッチャーの豊作年だ。
内野にしても緒方の怪我がなくても、後継者は必要である。
セカンドなどはある程度、打てる選手であってほしい。
「それで、このチームを見てどう思う?」
「外野が強いですね」
白富東の評価は、そういうものであるのだ。
金属バットから低反発バットになって、またゴロの割合が増えたのは少し前から。
すると当然ながら、内野の守備が重要になる。
白富東は二遊間を、聖子と鵜飼で埋めている。
ここの守備力は全国基準では平均程度。
だが外野の守備力は、相当に高くなっている。
アルトが俊足で強肩、ということもある。
そして和真も俊足で強肩なのだ。
「ここは白石ジュニアにばかり注目が集まってるが、実は他の二人もかなりの素材だ」
分かっている者には、分かっていることではある。
二人とも甲子園で、複数のホームランを打っているのだ。
レックスはとにかく、センターに守備力ばかりを期待している。
もっとも打てるショートやキャッチャーがいるので、そちらで得点力は補完すればいいのだが。
いつの時代も打てるショートというのは貴重である。
守備と走塁までは備えていても、打撃力を伴っていることは稀なのだ。
左右田の三割弱の打率と、それよりもずっと高い出塁率。
この打撃でも充分すぎるほど、ショートに備わった打撃力なのだ。
なんなら打率はなくても、出塁率だけでもいいぐらいだ。
OPSという数字が浸透してきて、打率はやや軽視されるようになってきた。
軽視は言い過ぎかもしれないが、一番打者には出塁率と走力を期待したい。
レックスは外国人で左右の両翼を埋めている。
これをずっと維持するのは、ちょっと難しいところである。
ショートとキャッチャーは、果たして編成が確保するのか。
まだ二人ともFAまでには、時間がある。
左右田は高校から社会人でプロに入り、迫水は大学から社会人でプロに来ている。
年齢的なものと、ポジション的なものを考えれば、FAでの移籍は阻止したいだろう。
ただそのあたりの判断は、スカウトがするものではない。
ショートを守れる好打者は、他のポジションもほとんどコンバートが出来る。
タイタンズの悟などは、加齢による守備負担を考え、サードを守ることとなったものだ。
それを思うと大介は、あの年齢でいまだにショートを守っているのは、奇跡的なものと思える。
瞬発力や反射神経だけではない。
肉体全ての耐久力がなければ、普通は耐えられないものなのだ。
関東は他に、桜印を筆頭とする神奈川が、やはり選手の輩出元としては優れている。
とはいえどんな場所にも、隠れた逸材というのはいるものなのだ。
鉄也にとってはスカウトというのは、自分の仕事というだけではない。
仕事ではあるが同時に、趣味でもあるのだ。
まだ発見されていない、将来のスターを見つければ、見守りたくもなる。
そのためにとにかく、どんどんとコネクションを広げていったのだ。
プロのスカウトはとにかく、最終的に優れた選手を、しっかりとプロの世界に連れてくるのが仕事だ。
すると高校や大学だけではなく、さらにその前から選手を見ていく必要がある。
そんな鉄也でも、取れなかった選手というのはいる。
大原はライガースに四位で入っていたが、レックスも六位あたりで指名する予定だったのだ。
今のライガースはピッチャーの育成が、いまいち上手くいっていない。
それでも補強としていかなければ、レックスを超えられない。
だがレックスがこの二年連続で日本一になっているというのは、チーム力の問題ではないと思う。
あの偉大ではあるが意味の分からないピッチャーが、一人で何人分の仕事をしているのだろうか。
最近は大卒選手の割合が増えている。
高卒の時点ではまだ、その素質を見抜けない場合が多いのだ。
ただ本気でプロで活躍するには、高卒で鍛えた方がいい。
一番いいのはもちろん、高卒時点で既に一軍レベルになっていることだが。
大卒選手は即戦力と言いながら、実際はそれでも一年目は通じないことが多い。
社会人こそさすがに、即戦力でなければ取らないものだが。
ただ鉄也としてはやはり、スカウトの目利きの問題であると思う。
あとは育成という制度や、独立リーグの存在が、色々と悩ませているのかもしれない。
「自分の担当した選手の入寮に付き添うのはもちろんだが、何年かして一軍に上がるまでは、しっかりと見ておく必要があるからな」
下手をすれば無能なコーチに、長所を潰されてしまうかもしれない。
青砥は見事に成功した。
そもそも30代の後半まで現役を続けられたら、それで充分な活躍と言えるのだ。
ただ鉄也が期待してプロ入りした選手でも、全てが活躍するというわけではない。
特にコーチに投げ方を変えられて、壊れてしまったピッチャーというのはいる。
また先発やリリーフなど、適性を見抜けていないコーチのなんと多いことか。
プレイヤーとしても鉄也は、大学まではやっていたのだ。
自分が故障したからこそ、下手に選手を潰すコーチを排除しようとする。
ずっと現場第一主義であった鉄也だが、そのためにレックスの政治に介入したこともある。
なんだかんだレックスでは、ピッチャーの質が落ちないのは、そういった背景があるのだ。
一人のスカウトが、数十年チームのピッチャーの質を支えていた。
そういったスカウトが、昔は何人かいたものだ。
今では情報の共有などで、すぐに知られざる逸材が知られてしまう。
するとどれぐらいの評価をするか、それが問題となってくる。
知られざる逸材を、低い順位で獲得する。
それでも故障などをしていれば、上手く指名することは出来る。
実際のところドラフトというのは、宝くじに近いところはある。
だが運任せでないことを考えると、株の売買に近いであろうか。
スカウトこそがまさに、チームの戦力の基盤を作っている。
そういった矜持こそが、鉄也をずっと支えてきたのだ。
白富東の中で、明確にプロを目指しているのは、アルトだけである。
スポーツによって成功するというのは、貧困からの脱出の一つの手段。
しかし今ではそれも、金持ちが幼少期からやってみて、適性がある者ばかりが残っていくという、夢のないものになってきているが。
それでもアルトは、ブラジルから日本にやってきた。
ブラジルならばサッカーだろうと言われるが、南米であればそれなりに野球をやるところもある。
白富東の場合はアレクという、メジャーでまで成功した、前例があるのだ。
プロになって稼ぐという点では、アルトには強い意志がある。
また和真も、プロになりたいという気持ちはあるのだ。
それに全てを捧げられるか、というと自信が持ちきれないが。
和真の父も大学時代、プロからの調査書があった。
いわゆるプロになる気はあるか、という意思確認である。
だがこれに対して、志望届を出すことは出来なかった。
現実的に見て、早稲谷から就職をした方が、いい企業に勤められることは確かだったからだ。
地元に戻ってきて、それなりの大手企業に入っている。
またこの場合は、母がバレーボールの日本代表に選ばれたことも、一つの判断材料であった。
二人が共に、未来が不安定なスポーツの世界に進むこと。
西は同じ学年の、直史や樋口、そして近藤や土方など、そのあたりの選手を見ていても、自分が一軍のトップに出られる姿が想像出来なかったのだ。
そんな両親の遺伝子から、和真は相当の運動能力を受け継いでいる。
実際に甲子園で何本も、スタンドに叩き込んでいるのだ。
そして守備力の高さもあれば、充分にプロに入る素材ではある。
アルトと違い、まだ一年ある。
もっともその一年が、どうなるかによって評価は変わってくるが。
最後の夏に甲子園に出て、しっかりと数字を残せるかどうか。
それによって指名順位は、必ず変わってくる。
上位で指名された方が、より育成に手をかけてもらえることは間違いない。
だが今の和真の実力なら、大学で野球をやるのも悪くない。
名門私立の推薦から、大企業に進むという進路もあるだろう。
どういう人生を送るかは、結局リスクとリターンを考えなければいけない。
本気でプロだけを目指すなら、強豪の私立に行っていた。
それこそ誘いは、あちこちからあったのだから。
だが自分が加入すれば、白富東はより確実に、甲子園に行けると思った。
その実績を元に、大学への推薦というのも考えられたのだ。
和真は自分に対する、絶対的な自信を失っていない。
プロに進むと言われているピッチャーや、実際にプロに進んだピッチャーから、ホームランも打っている。
同じチームであるだけに、昇馬の化物具合は飛びぬけているが、これは比較するべきではないだろうとも思っている。
保険をかけるならば、大学の推薦枠に進む、というのが安全であろう。
さらに成長するのなら、そこで鍛えてもいいのだ。
これに関しては両親も、なんとも言えていない。
母は故障によって選手生命を失っただけに、プロスポーツ選手というものの、不安定さを理解している。
だがそれだけに自分がやりたいことを、全力でやってほしいとも思っている。
一人っ子の和真としては、やはり人生に保険をかけておきたい。
するとやはり大学進学が、現実的なルートになるのか。
ただ普通に就職先を考えるなら、いくらでもコネがある。
それに鬼塚からしても、自分の同年の頃よりも、和真の方が優れているかな、と技術的には思うのだ。
これは時代が進んだことによって、技術的に進歩したことを加えても、和真の方が上であると判定する。
しかし技術や能力だけでは、成功しないのもプロの世界なのである。
鬼塚は鉄也と話すこともある。
そしてそれに青砥も同席したりする。
アルトは完全に、NPBの支配下登録を狙っている。
昇馬と同じチームにいるだけに目立たないが、アルトは将典からもホームランを打っているのだ。
おそらく三位までには消えるだろう、と思われる。
充分な身体能力に加え、伸び代も期待できる。
プロのスピードに対応出来るのかも、昇馬のスピードを体験していれば、それは問題ないとも言えるだろう。
和真に関しても、プロで通用するスペックはある、と鉄也は見抜いている。
だがそのメンタル面を考えれば、指名するかどうかは迷うところがある。
プロの世界では確かに、フィジカルスペックが一定でないと、まず通用しない。
しかし同時に強い、信念や執着がないと、それも成功しないものなのだ。
もっとも和真の場合、別の方向からプロ入り圧力がかかっていたりする。
付き合っている聖子が、それだけ出来るならプロに行け、と厳しく言っているのだ。
「女に言われて決めるようなやつが、プロで通用するはずもない、とは言えないか……」
むしろ女房に尻を叩かれて、大成する選手もいたりするのだ。
武史にしてもMLBで長くやったのは、恵美理がそれを望んだからだ。
自分の存在によって、夫の足を引っ張るというのを、嫌ったからこその成果である。
武史本人としては、家族と離れて暮らすぐらいなら、日本でプレイした方がいいや、と考えていたのだが。
南ちゃんを甲子園に連れていくノリで、プロの世界に入ってしまってもいいのではないか。
そもそも野球以外に何か、やりたいことがあるのか、という話である。
昇馬の場合は野球以外に、やりたいことがあるのだ。
とりあえず世界を見て回りたい、というのが漠然とした夢であろう。
アルトの場合はとにかく、成功したいという執念がある。
このあたりと比較して、和真はどういう考えであるのか。
もしもプロで通用しなくても、両親や友人のコネクションが、いくらでもある。
なんなら大学に入りなおして、やりたいことを見つけてもいい。
漠然とプロの世界に入っても、あそこはものすごい競争社会だ。
逆に言えばプロ野球でどうにかなるのなら、他の分野でもどうにかなる。
とはいっても元プロ野球選手で、犯罪者となった例も色々とあるのだが。
鬼塚は指導者であるが、教育者ではない。
ただどちらの選択が、後悔は少ないか、と考えるべきであろう。
プロの世界で自分が、果たしてどうしたいのか。
それを明確に持っていないのなら、成功するのは確かに難しい。
特に何か、明確にやりたいことがないのなら、まずはプロでやってみるのもいいだろう。
あるいは大学に進学し、モラトリアム期間を増やしてもいい。
そもそも直史や樋口などは、完全に野球は大学で終わるつもりだったのだ。
相談できる相手は、他にもいくらでもいるであろう。
ただプロのスカウトから見ても、和真は獲得したい逸材であるのは間違いなかった。
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