第132話 日本代表
今年はU-18のアジアカップが行われる。
そのために主に高校三年生の、選手が三日間の合宿に呼ばれていた。
ちなみにこの合宿はマスコミにも場所を秘匿した、特別なものとなっている。
「なんで白石は来てないんだ?」
他の地区から集まった選手の視線が、比較的近い関東勢に集まる。
「まあ、あいつは去年ワールドカップで勝ってるし、面倒なんじゃないか」
ある程度昇馬の内心を知っている将典としては、それぐらいの説明しか出来ない。
こういった日本代表で顔を合わせていると、横のつながりも強くなったりする。
この中ではある程度、仲の良くなっているメンバーもいないではない。
「基本1チームから一人でも、鷹山も来てくれればいいのに」
真田新太郎はそう言うが、他には獅子堂なども来ていない。
ただそれは選抜で、少し故障したからである。
ここに選ばれている選手というのは、基本的にプロのスカウトも注目しているような選手ばかりだ。
だがそれぞれのチームの中心選手だけに、我の強い選手が多い。
特にピッチャーは、俺が一番という者ばかりである。
一応実績ならば、将典がこの中では一番なのだろうが。
昇馬以外には負けていないのだ。
正直なところこの年代は、一人や二人欠けたとしても、アジアでは負けない。
それだけのタレントが揃っているのだ。
合宿と言っても国際大会のマナーなどを学ぶ程度。
そういう点では瑞雲の中浜が、元はアメリカ育ちなのである。
「メジャーに行くのに、先にNPBに入っておくわけかあ」
「高卒で即メジャーとか、アメリカの大学とかに行くのもいいけど、金を稼ぐならまず日本で結果を出すのが一番って」
中浜は師匠筋が、元アナハイムやメトロズの坂本である。
下手にアメリカでハンバーガーリーグとも言われるマイナーを経験するより、日本で成功してからポスティングの方がいい、という考えなのだ。
寮で食事なども管理してくれるし、ありがたいことばかりである。
そのあたりアメリカは、勝者総取りの面があまりにも強い。
このあたりの選手であると、将来のメジャー行きを現実的なものとして捉えている。
NPBは通過点、というものである。
もっとも将典の場合は、他にも考えることがある。
政治家家系であるために、将来が自分の思い通りにはいかないのだ。
とはいえ両親は、変に制限するようなことは言わない。
進学先を桜印にしたのも、ちゃんと先に桜印が強化されてからのことだ。
またこの集まりでは中浜などが、将来的にはピッチャーではなくバッティングをする野手を目指しているとも明らかになった。
確かにここの集まりは、ピッチャーであっても普通に四番、という選手が多い。
そのため二番手のピッチャーが投げる時は、当然のように外野を守る。
甲子園でもホームランを打っている選手が、何人もいるのだ。
外野を専門に守っている選手は、あまり多くない。
なんならアルトでも呼べばいいと思うが、完全にブラジル国籍のアルトでは、日本代表というイメージがないのか。
普通にハーフなどの代表選手はこれまでにもいた。
それこそ司朗なども、イギリス人の血が混じっていたのだ。
これだけのタレントが揃っていても、やはり夏の対決は、打倒白富東ということになる。
正確に言えば昇馬に勝とう、というところなのだろうが。
最強の選手が、日本代表に入っていない。
去年のワールドカップで、もう充分と思ったのだろう。
だが去年戦った、台湾も同じアジアの国。
WBCなどを見ても、最近はレベルが上がっているようにも思われる。
どのみちプロを目指している選手は、甲子園を目標に調整をしてくる。
なので夏休みの末から九月序盤の大会では、まだ回復していない場合が多い。
それがなかなか、この年代で日本代表が、優勝出来なかった理由である。
WBCでアメリカ代表が、ピッチャーを積極的に出してこないのも、シーズン前という理由がある。
甲子園が終わったら、次はもうドラフトである。
場合によっては国体もあるが、白富東は二年連続で国体を辞退している。
甲子園に比べれば国体の意味が薄い、というのはあるだろう。
だがもっと単純に、白富東は選手層が薄いのだ。
直史や大介の代は、国体までも制して四冠、などと言われたものであるが。
白富東は神宮を制しているので、センバツを制してこれで二冠。
あとは夏を制するかどうか。
どのチームの選手も、ここに来るようなメンバーは、昇馬に勝つことを目標としている。
別に嫌われているとかではないのだが、とにかく昇馬はこの世代でも頭二つ以上飛びぬけているのだ。
甲子園で投げて、敗北したことがない。
他のピッチャーに代わらない限りは、白富東に勝つことは出来ないのだ。
ここに集まったようなピッチャーが、全力で白富東打線を抑えれば、どうなるだろうか。
フルイニングをずっと投げさせ続ければ、夏ならば決勝までに削れるのではないか。
そうは考えても、提案することなどありえない。
誰かの勝利のために捨石になるのは嫌だとかではなく、とにかく自分の力で勝ちたい。
それぐらいの気概を持っていて、当たり前なのがエースなのである。
将典が160km/hを出したが、球速なら他のピッチャーも、160km/h近くまで上げてきている。
もっとも中浦などはその体格からいって、まだ伸び代が充分に残されているだろう。
さすがに昇馬の伸び代は、もう少ないと考えているのが大半だ。
あの身長にあの筋肉というのは、プロと言うよりもメジャーリーガーだ。
去年の司朗よりも、パワーだけならば上であろう。
帝都一も強かったが、まだしも隙があった。
つまるところピッチャーが、そこまでどうしようもない相手ではなかった、ということだが。
左右両投げ対策を、考えているチームがいるのか。
そんなものがあったとしても、教えるはずもないのだが。
スイッチヒッターであるならば、どちらかの打席を選ぶことが出来る。
今はバッターの側が、後から選ぶことが出来るからだ。
ただそんなスイッチヒッターの技術を磨くぐらいなら、どちらかの打席をさらに磨いた方がいい。
昇馬がどちらの打席でも打てるのは、もう反則ではないか、と思われるぐらいだ。
今年の日本代表は、随分とおとなしいものだな、と監督などの人間は思う。
去年も去年で司朗がいて、絶対的な強者として君臨していたが。
しかし去年は結局、昇馬がいて最後には、台湾を封じてしまった。
七回終了であったなら、完封勝利がしてしまえる。
そう考えると今の、九回で勝負を決める高校野球は、かなり過酷なものではないか、とも思えるのだ。
ピッチャーは二人以上いて、継投するのが基本である。
今は強豪であっても、二人以上のエースクラスを必要とする。
ただ昇馬の場合は、球数制限に引っかからないのなら、左右両方の手で投げることが出来る。
スタミナ切れで投げられなくなったという姿を、誰も見たことがない。
九回であっても、平気で160km/hオーバーを出してくる。
そのスタミナの根源がどこにあるのか、そういった根本的なところから、調査して行くべきではないだろうか。
これに関しては将典の場合、つながりがある。
父親同士が色々と、協力しているからだ。
もっともより親しい仲ならば、司朗の方であろう。
母親同士が親友のため、それなりに昔から交流がある。
ちなみにその母親同士は、子供が男の子と女の子なら、結婚させたいよね、などという話をしていたりもする。
さすがに許婚者などという関係にしたりはしないが、昔から交流はあるのだ。
明日美の子供は現在、長男が大学生、次男が将典であり、長女と次女が中学生。
恵美理の子供は司朗に、長女が高校生で次女が中学生。
さすがに末っ子は年が離れているが、他の年頃は丁度いいのである。
なにしろ顔面偏差値の高い母親がいる。
そこから上手く、遺伝子が働いていたりする。
政略結婚とまではいかないが、相手の家に安心できる要素がある。
あとは本人たちの気持ち次第、というものなのだ。
もっとも上杉自身は、長男の嫁に真琴が欲しいな、という思考をしていたりする。
弟と違って、完全に嫁取りを自分でしたため、無理にどうこうくっつけようとは思わない。
だがどうせなら安心できる相手と、と考えるのは親として当たり前だろう。
ただその考えでは、娘たちの相手のほうが、よほど心配であるが。
直史の家も先祖は庄屋で、さらに先祖は武士である。
だが現在は一般人であり、政治家家系の上杉とは違う。
もっとも直史の場合は自分一人で、名声を稼いでしまった。
親の立場が子供を左右するのは、ごく自然なことである。
直史はナチュラルに、真琴の結婚相手など、浮いた話がないなら進めてやろうかと考えている。
今時の話ではない、と思われるかもしれない。
だが今時の話などはどうでもよく、重要なのは自分の考えである。
少子化の今の時代、金があるならどんどんと産んだ方がいい。
直史はそのあたり、完全に価値観は昭和と言っていい。
口にすることがないので、そこが幸いと言えるであろうが。
合宿も終わると、将典もまた春の県大会の準備に入る。
桜印はここまで、甲子園でこそ準優勝だったが、一度は神宮大会を優勝している。
その点では充分に全国屈指の強豪となっているのだ。
また将典の下の代にも優れた選手を確保できている。
超激戦区の神奈川で、コンスタントに甲子園に出ること。
それが父の選挙活動や政治活動の手助けになっている。
長男は長男で、東京の大学に入っている。
柔道で高校生ながら、強化選手になっていたほどの素材だ。
「将典はもうずっと、土日は部活なの?」
母からの言葉に頷く。休養日はあるが、土日はほぼ練習試合が入っている。
「もう夏までずっと、野球漬けかな」
「じゃあ綾子たちと行くしかないか」
将典の下の妹二人も、基本的にスポーツ万能である。
上の綾子は特に、テニスのジュニアで実績を残している。
上杉と明日美の遺伝子が掛け合わされると、そういう人間が生まれるのだ。
もっとも末っ子の次女は、ちょっと違う方向に進んでいるが。
直史の子供たちは、ちょっと幼少期の病気などで、その傾向が変わっている。
武史の家では、母親の影響が強い。
白石家はスポーツ一家であり、上杉家と似ている。
将典は合宿から部活へと戻り、春の大会への準備をしていく。
目標は打倒白富東。
この春の大会あたりから、もうプロのスカウトが積極的に動き出してきている。
将典の世代のドラフトは、間違いなく全球団が、一位指名筆頭を昇馬としているはずだ。
もっともプロの世界にあまり、乗り気でないとも聞かされている。
だがピッチング成績はもちろん、打撃成績においても、世代では飛びぬけているのだ。
バッティングならば大卒選手が、ハズレ一位指名候補となるのか。
だがピッチャーなら、昇馬を避けて将典を、と考えているチームは多い。
そもそも地元のスターズが、当たり前のように日参してきているのだ。
上杉の流れを考えれば、当たり前のことであろう。
ただ昇馬を獲得して、果たしてどう運用していくのか。
そのあたり本当に、難しいところである。
両手で投げられるというだけで、既に充分な価値がある。
あとはバッティングの方を、どう評価するかという問題だ。
「スカウトも大変だよな」
他に桜印から高卒で指名されると思われるのは、主砲の鷹山であろう。
甲子園でも何度も放り込み、スラッガーとしての才能は充分。
また守備にしても、一塁や三塁に加えて、外野なども守っている。
俊足とまでは言わないが、外野を守れる足があるのは、充分なアピールポイントであろう。
今年のドラフトは、近年まれに見る豊作なのだ。
今の時点でも高卒選手で、一位指名したい選手が多い。
昇馬を指名したとしても、交渉権を獲得出来る可能性は低いだろう。
しかしハズレ一位でも、充分に活躍出来そうなポテンシャルの選手が多い。
また高卒だけではなく、大卒の選手もいる。
その中で誰を指名して行くのか。
将典としてはやはり、高卒でプロに入ってしまいたい。
父と比べられることには、やはり葛藤があるのは確かだ。
また昇馬と同じリーグであったら、やはり比較はされるだろう。
そういった星の下に生まれてしまったのは、仕方がないと諦める。
それを自分でどう考えるか、それが重要であるのだ。
春から夏にかけて、最後の追い込み。
ここでどれだけ成長するかが、プロのスカウトの評価となる。
一応は甲子園も見るが、基本的には地方大会の段階で、その評価は決まってしまう。
特にバッターであると、甲子園まで出られるかどうか、自力だけでは無理な可能性が高いからだ。
ピッチャーにしても一発のトーナメントでは、何かの事故で負けることがある。
しかし甲子園の舞台に立ったことで、急激に成長してくる選手もいるのだ。
春の大会は夏の大会で、チェックする選手を探すためのものでもある。
冬の間には試合が行われないため、急成長している選手がいたりもする。
センバツに出ていれば、自然と目に付いてくる。
だがそうでないとしたら、春の大会で頭角を現すことが多いのだ。
身長が一気に伸びて、むしろバランスを崩すことなどもある。
トレーニングをしてフィジカルを鍛え、一気に飛距離が伸びることなどもある。
フィジカルはもちろん、ピッチャーの方にも言えることだ。
一気に球速が、5km/hほども増すピッチャーもいる。
将典もセンバツで、160km/hを記録した。
一応は練習でも、160km/hは出ていたのだが、安定はしていなかったのだ。
試合で自己最速を、しっかりと出すのがプロでも通用するピッチャーだ。
ブルペンでいくら好投していても、それで評価を下すことは出来ない。
(スターズに行きたいのか、それとも行きたくないのか)
早乙女は高校野球で壊れたピッチャーなので、プロの世界などは知らない。
とは言え将典ならば、父なり叔父なりに、いくらでも聞くことが出来るだろう。
(まずは春の関東、白富東と当たるところまで勝ちあがれるか)
神奈川の強豪校を考えれば、ここまで勝ってきた桜印でも、楽観視などは出来ないのであった。
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