第121話 準々決勝開始
ベスト8が決定し、この日は同一日に四試合が行われる。
第一試合 尚明福岡(福岡)VS 北岳(北海道)
第二試合 上田学院(長野)VS 白富東(千葉)
第三試合 大阪光陰(大阪)VS 名徳(愛知)
第四試合 仁政学院(兵庫)VS 桜印(神奈川)
地元の大阪と兵庫の代表が残っていて、相手は名門強豪校。
この数年関東勢にばかり優勝を攫われているだけに、大阪光陰と仁政学院にかかる期待は大きい。
だが同時に、またも白富東と桜印の対決になるのか、とも期待されている。
なにせ親の代からの、上杉VS白石対決なのだから。
将典はともかく昇馬は、あまり気にしていないが。
この中で初めてベスト8に入ったというのは、北岳だけである。
残りの7チームはベスト4までは勝ち進んだことがあり、全国制覇の経験も4チームが経験している。
もっとも仁政学院は、はるか昔の20世紀の記録であるが。
8チームの中では白富東が、夏の選手権で優勝し、去年のセンバツも準優勝。
各種甲子園特集号で期待されていた、白富東と桜印はしっかりと残っている。
地元のチームが残っていると、やはり観戦にも熱が入る。
仁政学院はあの真田の息子たちがバッテリーを組んでいて、ここのところの兵庫代表になっていた。
上田学院の真田新太郎とは、従兄弟同士の関係にある。
佐藤遺伝子、白石遺伝子、上杉遺伝子に続いて、真田遺伝子の覚醒であろうか。
ただ選手としての評価は、真田新太郎の方が上。
つまりブラックタイドからキタサンブラックが生まれたようなものである。
もちろんディープインパクトも、しっかりと後継者を生んではいるが。
プロ野球選手としては、真田は比較的小柄であった。
むしろその兄の方が、少年期から期待されていたのだ。
しかしその期待が、かかりすぎたが故の故障。
成長期の無理は禁物だと、弟ははっきりと記憶した。
もっともその自分には、それほど目立つ成長期が来なかったのだが。
従兄弟対決というのは、珍しいが既に行われた。
白富東と帝都一の対決がそうであったことは、ドラフトにおいて明らかにされたことである。
また監督の先輩後輩対決も、同じ組み合わせで行われた。
帝都一は久しぶりに、このセンバツへの出場を逃している。
ただ例年であれば都大会の決勝に残ったなら、センバツに選ばれた可能性もあるのだ。
桜印は甲子園の常連、仙台育成を倒した後、帝都一を降した早大付属を倒している。
間違いなく強いチームであることは、ここのところ白富東以外に負けていないことでも間違いはない。
これほど二つのチームが、傑出していた時代。
まだしも絶対王者の時代の方が、比較的珍しくないものだ。
上杉の時代というものがあった。
これはほぼ同時代に、大阪光陰の最盛期がある。
そしてこの後に、大阪光陰と白富東の時代が続いた。
それも白富東の弱体化と共に終了し、しばらくは群雄割拠の時代が続いた。
そこに帝都一、白富東、桜印の今の時代がやってきたわけだ。
帝都一は既に、また再建期に入ったと言えるかもしれないが。
高校野球は一度甲子園に行けば、一気に強くなることがある。
強いチームには、いい選手が集まるからだ。
そして部員数が増えて寄付も増えて、設備投資もすることが出来る。
白富東のような、かなり極端な例外もあるが。
今の設備新調などは、大介の資産からの寄付が大きい。
この白富東の栄光は、おそらく昇馬の引退と共に終わるだろう。
以前にセイバーがやった時に比べると、人材の収集に力が入っていない。
それにあの時は一年目に、既に他の人材も多く揃っていた。
あの時代からずっと、白富東は守備が強い。
その中でもずっと一年からショートを守っていた鵜飼は、地味に優れた選手である。
白富東は第二試合のため、甲子園内で待機している。
この時期は春休みであるため、佐藤家や白石家の人間が、多く応援にやってきている。
「うちのおとんも決勝だけは見に来る言うてた」
そう聖子は言うが、星は星で現在の勤務先で、野球部を春の大会のために鍛えている最中なのである。
母親はしっかりと、アルプススタンドで観戦しているが。
夏に比べるとさすがに、休むのも難しい。
だがこのベスト8は、完全に甲子園が満員になっている。
一回戦から面白いカードであるし、二回戦は昇馬が投げる。
鬼塚としてはこの試合でも、点差が開けば継投策を使っていく予定だ。
昇馬の球数は、少なければ少ないほどいいのだから。
待機所のモニターで、第一戦の試合は見られる。
一応戦前の予想では、尚明福岡が有利と言われていた。
実際にここまでの試合を見ても、北岳はストロングポイントが見えない。
21世紀枠ではないが、守備の強い普通のチーム、というように見える。
ただピッチャーが二枚、似たようなタイプではあるのだが、それを継投させて勝ってきている。
事前に映像を見ていた鬼塚は、尚明福岡が気付いていなければ、北岳に勝機はあるな、と考えていた。
北海道で鍛えられたチームは、ガタイのいい選手が多かった。
ピッチャーも140km/h台後半を、コンスタントに出す右腕が二人。
MAXはちゃんと150km/h出してくるが、そのぐらいなら普通にいる。
ポイントは似たような右腕が二人いること。
そしてそれがかなり似ているが、やはり微妙に違うことだ。
鬼塚などはピッチャーを、違うタイプのピッチャーを使っていくように考えている。
昇馬が右で投げたなら、真琴を次に使うという具合にだ。
もっとも昇馬は左で投げても、真琴とは全くタイプが違う。
そのため気にするのは、昇馬が左で投げた後に、アルトが右で投げるようにすることだ。
昇馬は左だとオーバースローだが、右だとスリークォーターだ。
それもやや、サイド気味に寝かせたピッチングをしている。
違うタイプのピッチャーを用意するのか、それとも似ているがわずかに違うピッチャーを使うのか。
今はピッチャーの鍛え方が、かなり似通ったものとなっている。
右と左で揃えられるならともかく、左の好投手はなかなか貴重である。
それを一人で済ませてしまっている、昇馬はとにかく異常であるのだ。
尚明福岡は打力のチーム。
だがピッチャーもそれなりに強く、継投で勝ってきた。
同じように北岳も、打撃が優位のチームとは言える。
ただ基礎体力と、守備の強さが違うと言われる。
もっとも北海道代表が優勝したのは、もう随分前の蝦夷農産によるもの。
なかなか甲子園の優勝校が出ないのは、東北と共に同じである。
思えば今回の東北勢は、早くに姿を消してしまった。
一回戦で青森明星と仙台育成。
そして二回戦で花巻平が消えた。
Aランクと言われながらも、結果としては早めの退場。
もっとも運の悪かったところが、色々とあったのも確かである。
北国の代表として、九州勢唯一の生き残りである尚明福岡と、果たしてどちらが勝つのか。
試合は尚明福岡のリードから、半ばを終えていく。
試合の終盤に入ったところで、北岳が逆転する。
スリーランホームランによる、一発逆転であった。
野球はこれがあるから、見ていて楽しいとも言える。
そして尚明福岡が、凡打を打つことが多くなってきていた。
「力みすぎ?」
「なんやあかんな」
「いや、あれは違うな」
鬼塚としてはこのピッチャー運用を、意図的にやっているのか偶然か、それが問題である。
尚明福岡は、これに気付いていないのか。
右のスリークォーターであっても、それ以外の球筋は違うはず。
似ているがゆえに、違和感に気付かないのか。
(分かっていても打てないのか? いや、分かると余計に力が入るか)
それでも尚明福岡は、風見のソロで同点に追いつく。
北岳のピッチャーは、二枚で回している。
そして終盤になれば、球筋も慣れて来るだろう。
尚明福岡は九回に勝ち越し点。
一点差の接戦を、どうにかものにしたのであった。
準決勝の相手は尚明福岡。
もう何度目の対戦かとも思うが、まずは上田学院との対戦である。
完全機動力野球に、守備陣も鉄壁。
ピッチャーの質にしても、ドラフト上位で消えるだろうというレベル。
約190cmほどの長身に、そこから投げられるストレートが武器。
甲子園でも全国大会でも、また神宮でもその試合は見ている。
直接対決は、一年の夏以来であるが。
高校生にとって一年というのは、成長に充分な期間である。
それよりも長く、およそ一年半以上も、昔の話だ。
もっとも成長しているのは、白富東も同じこと。
昇馬の持っている球種は、どんどんと増えている。
また球威だけではなく、投球術もかんがえるようになってきた。
スピードだけでも充分にどうにかなる。
だが必要なのは、球数を減らすことである。
去年のセンバツの敗因が、まさに球数制限であった。
花巻平との試合、途中でリリーフに回せた分、球数には余裕がある。
上田学院の機動力野球は、相手にエラーを起こさせるものだ。
すると昇馬の奪三振スタイルが、間違いなく効果的になる。
この試合は昇馬に完投させて、準決勝を継投する方が、おそらくは確実に勝てる。
「そういうわけでこの試合は、昇馬に任せるからな」
あとは真田新太郎から、どれだけ点が取れるかが問題になるだろう。
白富東の一番から三番は、その長打力と得点力から、白い三連星などと呼ばれていたりする。
黒ではなく白というのが、なんとも絶望的な感覚であろう。
白い悪魔は一人だけで充分であるのだ。
ただ戦力的に全体を見れば、上田学院も悪くはない。
問題は野球というスポーツが、特に高校野球においては、ピッチャーの戦力評価が高いこと。
そして白石昇馬は、その評価が飛びぬけている。
上田学院の対策は、当然ながら昇馬から、どうやって点を取るかが重要になっている。
先攻の上田学院は、当然ながらスタミナを削ることを考える。
しかし球数を増やしてスタミナを削る、というのとはまた違った手段を考えていた。
ピッチャーへのバントを増やして、精神的なスタミナを削るということ。
機動力の高い上田学院だからこそ、思いつく手段であったのだ。
また昇馬はサウスポーで投げれば、ほんのわずかだが一塁送球が遅くなる。
ゴロが転がったなら、むしろグラブを外して右で投げたほうが、速かったりもするのだ。
しかしその一番バッターから、上田学院の作戦は破綻しかけていた。
昇馬のスピードボールは、バントすることさえ難しかったのである。
キャッチャーフライ、ピッチャーフライ、そして三振。
まともに当てただけでも、充分に凄いのかもしれない。
ただストライクのコースに、素直に投げていたならば、バントをしてくれる。
初球で成功したならば、それを処理すればいいだけ。
上手くピッチャーの守備範囲内に、転がすことまでは出来ていない。
ただこの一回の攻撃で、上田学院は教訓を得た。
ファーストストライクにおいては、普通に打っていった方がいい。
初球でフライアウトになってしまうと、一球で一人が処理されてしまうからだ。
また四番の真田に関しては、その打力を考えると、一人だけ特別に勝負してもらう。
一発で一点を取るというのが、昇馬相手だとまだしも現実的なのだ。
まずは一回の裏、白富東の攻撃を防がなければいけない。
白い三連星をどうやって、無得点に封じるか。
それは新太郎の、ピッチャーとしての力に頼るしかない。
投打の双方における怪物の昇馬だが、バッターとしてはまだしもどうにかなる。
いざとなれば敬遠というのも、選択肢の中にはあるのだ。
初回のノーアウトから、昇馬の打席となるこの場面が、一番失点の可能性は高いかもしれない。
昇馬としても最初から、フルスイング上等の覚悟である。
しかし鬼塚はこの試合、昇馬の完投を作戦としている。
走塁でかき回されることは、真琴やアルトには厳しくなる。
そもそもランナーを出さない昇馬で、試合を終わらせたいというのは、分かることなのだ。
初球から打っていく、というのもよくある昇馬である。
だがここは相手の球数を増やすことも、考えていかないといけない。
エースの力で勝ってきたのは、上田学院も同じこと。
もちろん二番手三番手はいるが、エースに比べればその力は劣る。
上田学院の守備力は、あるいは全国のチームの中で、一番であるかもしれない。
それは外野守備の選手の走力、内野守備の選手の瞬発力と、とにかく守備範囲が広いからだ。
外野からの返球にしても、中継のスピードがものすごく速い。
なのでヒットを打てたとしても、平均して進塁出来る数が、減っていくというわけである。
高校野球の一発勝負は、守備の重要度が高い。
上田学院がここのところ、どんな大会でもある程度の成績を残しているのは、やはりその守備力なのである。
他の名門強豪は、どうしても主砲が存在すれば、その打力を優先する。
しかし上田学院には、そういった守備の穴というものがない。
そういったチームから、一点を取る方法。
それはやはり、ホームランの一発であろう。
どれだけ守備が優れていても、スタンドに入るホームランは、そのグラブが届かない。
場合によってはそのグラブで、ホームランボールを叩き落すジャンプ力の持ち主もいたりするが。
あくまでもそれは例外で、しかもスタンド中段に放り込めば届かない。
ホームランは守備力の高さを無視できるからこそ、その価値があるのである。
しかし初回、白富東の攻撃も、得点にはいたらず。
昇馬の打ったボールも、センターがぎりぎりまでバックしてキャッチした。
投げるボールの質が、単純に球速だけではなく、ホップ成分が高い。
もっともここまで対戦してきたピッチャーも、その点では同じであったが。
(序盤は試合が動かないな)
鬼塚の予想は、半分は当たる。
だが試合が動かないのは、序盤だけではなかったのである。
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