第120話 二回戦の行方
一回戦の最終試合は、早大付属が勝利して、二回戦進出チームが決定した。
同日にもう、二回戦が始まっていく。
まずは注目されていた、尚明福岡と理知弁和歌山の対戦。
双方が強打で知られていたが、特にバッティングの攻撃力が高かったのが尚明福岡。
理知弁はそれに、足も絡ませてくる。
だが基本的には、ピッチャーの能力も高い尚明福岡が、終始強気な姿勢で挑み続けた。
最後にはそれなりの点差が開いて、尚明福岡はベスト8進出である。
続いては北海道の北岳がベスト8を決める。
中国地方の名門強豪を破ったのが、少し意外ではあった。
「これは、尚明福岡を破ってくるかな?」
「もうあそこと対決するの飽きたから、そっちでいいよ」
真琴はそんなことを言うが、桜印に比べればまだ、対戦した回数は少ないのだ。
昇馬を除けばこの世代、バッティングで一番評価が高いのは、尚明福岡の風見と言われる。
ただ尚明福岡が、白富東に勝ったことは一度もないが。
昇馬としてもバッターとしては、司朗以上の存在とは感じない。
もっとも一年の夏に対戦した時は、もう一人プロ注の選手とクリーンナップを組んでいたので、ちょっと注意して投げたものだが。
まず白富東としては、二回戦を勝たなければいけない。
そして三回戦を勝ってようやく、準決勝の対戦相手を気にする段階になるのだ。
「とは言っても今日は、楽に勝てるかもしれないな」
相手を侮っているのではなく、純粋に戦力比較の問題である。
獅子堂が離脱したままなら、確かに勝てるとは思うのだ。
花巻平の監督は、まず名将と言っていい人物だ。
それに采配を取る手腕もさながら、選手を育てるという方面に優れている。
選手を壊すような運用は、絶対にしない。
なのでスタメンが分かれば、負傷の度合いも分かるであろう。
「ちょっとでも問題があったら、絶対に投げさせないな」
鬼塚がそう言うのは、あくまでもこれが春のセンバツであるからだ。
最後の夏であったら、また判断は変わってくるかもしれない。
この日の第二試合が、白富東の二回戦である。
第一試合は淡海高校と、上田学院の対戦。
チーム力の上田学院か、それとも地元声援のある淡海高校か。
だが上田学院が勝った方が面白い、という雰囲気が甲子園を支配していた。
今の新三年生には、昇馬と将典の他に、ドラ1指名と言われているピッチャーが四人いる。
中浜、中浦、獅子堂、真田の四人であり、昇馬と将典を合わせて六星などと呼ばれていたりもする。
あと一人いたら七星で、そちらの方がなんだかかっこよかった気もする。
八人目がいたら、そいつを見た者は死ぬだろう。
ともかく第一試合は、上田学院がしっかりと勝っていった。
真田新太郎は六回までを投げて一失点と、かなりの余裕を持っていた。
打線は相変わらず足で稼いで、相手の守備を撹乱する。
そもそもランナーを出させない昇馬なら、話は別なのだが。
鬼塚はこの時点から、もう計算している。
花巻平が獅子堂を出してこないなら、ある程度の打撃戦にしてもいい。
昇馬を50球程度の球数に抑えれば、残り三試合を450球使える。
さらに言うなら上田学院も、ある程度抑えることが出来るのではないか。
(いや、機動力野球を相手にしたら、マコもアルトも相性が悪いか)
やはりこの花巻平戦で、昇馬の球数を節約する必要がある。
事前に作戦としては考えていた。
ただ花巻平はピッチャー頼りのチームではなく、しっかりと点も取ってくる。
なのでちょっとの点差であれば、逆転されてしまう可能性もあるだろう。
「あちらのスタメンを見てからの話になるが、試合展開次第ではまた、継投で行くからな」
鬼塚もそこは、点を取られるリスクを承知の上で、目標を設定して行く。
まあまたピンチになったら、昇馬をマウンドに戻すのだが。
昇馬は集中力のオンオフが、上手い人間である。
だから先発だけではなく、リリーフをすることも可能だ。
オープナー的に序盤を投げて、中盤を他の二人に任せる。
そしてクローザーもやるという、離れ業も出来なくはない。
だが出来るなら、先発かリリーフのどちらかだけの方がいいだろう。
一度降りたマウンドに、もう一度登るというのは、もう一度肩を作らなければいけないということだ。
昇馬の場合は八分の力で、おおよそは抑えてしまうのだが。
しかし結局は、昇馬が先発で終わりそうである。
花巻平は獅子堂を、スタメンで使ってこなかったのだ。
ベンチに入っているので、深刻な故障ではないのかもしれない。
ただ打力を考えてファーストに入れることなどもしていないので、やはり故障ではあるのだろう。
最大の戦力を失っている、花巻平に勝つのは容易のはずだ。
ここで油断してしまうと、あっさり負けてしまうのが高校野球である。
本来なら主力を失った相手には、楽勝できるはずなのだ。
花巻平は一回戦で投げた、サウスポーが先発してきている。
なので先頭の昇馬は、右打席に入った。
スイッチスラッガーである昇馬だが、基本的には左打席に入る。
しかしサウスポーの投げる、スライダー対策を考えてのものである。
(利き手側に変化する球種はないんだったな)
そんな昇馬に対して、スライダーではなく逆クロスファイアーで投げ込んでくる。
懐に入ってきたボールを、昇馬は遠慮なく叩く。
引っ張ったボールはスタンドに入って、先頭打者初球ホームランとなったのであった。
白富東はなんだかんだ言いながら、去年よりはずっと攻撃力が上がっている。
和真のみならず、他のバッターもバッティングピッチャーがいいので、自然とスピードボールには慣れているわけだ。
四回までを終えたところで、既にスコアは5-0。
昇馬の二打席連続ホームランなどがあった。
そのためさすがに花巻平は、ピッチャーを代えてきた。
三年の右ピッチャーは、普段は外野を守っている。
さりげにこちらも、150km/h近い球速は出してくるのだ。
球速だけなら、140km/hオーバーは簡単に出せる時代になっている。
同時に肘の靭帯は壊れて治して一人前、という時代にもなってきているが。
ただここでもまだ、白富東の攻撃は止められない。
さらに追加点が取れたところで、白富東もピッチャーを交代させる。
花巻平相手に、真琴がマウンドに立つ。
サウスポーのサイドスローで、さらに腕の撓りが女性特有の柔らかさ。
130km/hという球速以外に、タイミングや軌道を錯覚させる要素が大量にある。
大量の点差があるだけに、真琴もプレッシャーはあまり感じない。
バックを信じて投げていれば、内野はちゃんとゴロを処理してくれる。
それに外野には、昇馬、アルト、和真の三人がいて、守備範囲がとんでもなく広くなっている。
フライを打たれてもスタンドに届かなければ、アウトにしてくれるという信頼感がある。
ただ真琴のピッチングスタイルは、ゴロを打たせることが多いが。
白富東はこれまで、甲子園では強い相手と当たることが多かった。
だがこのセンバツに限って言うと、相手の不運が重なって、楽に戦うことが出来ている。
ただどうせなら、こういった幸運は夏にあった方がいいな、と鬼塚は考える。
甲子園でジャイアントキリングが起こるのは、春よりも夏の方が多い。
春はピッチャーの実力と、守備の実力で順当に勝つ場合が多いのだ。
やはり夏は暑さによって、ピッチャーの体力を削るからであろう。
真琴に交代してから3イニング、花巻平は点を取れない。
そして鬼塚は最終回、今度はアルトに交代させた。
昇馬を再びマウンドに送っても、球数的には問題なかっただろう。
だがアルトを左の真琴の後に使うというのが、この場合は効果的なのだ。
球速も真琴より、20km/hほども速いストレートが投げられる。
昇馬一人で最後の夏を戦おうと考えるのは、何か事故があったらそれで終わる。
鬼塚は昇馬を信頼しているが、野球は何が起こるか分からない。
夏のためにもここで、試しておけるものは試しておくべきなのだ。
最終的なスコアは8-0。
白富東が戦った甲子園の試合の中でも、スコアだけを見れば特に、楽な試合であったと言える。
昇馬を温存できたのが、なによりも大きい。
ただ花巻平は最後まで、代打でも獅子堂を出してこなかった。
エースで四番の最強戦力というのは、強いようで弱い。
もしもその一人が倒れてしまえば、この試合のようになってしまうのだ。
とは言え鬼塚としては、8-0ならまだマシだろうと思えた。
なんだかんだ言いながら、守備は崩壊しなかったのだから。
負けた試合でこそ、どの選手が最後まで諦めなかったか、それが分かる。
どうせ負けるなら何か、得るものがなければもったいないであろう。
白富東は昇馬たちが入学以来、二度負けている。
しかしどちらの試合も、一点差の試合であったのだ。
アルトも真琴も、昇馬の強さを知っていながら、それに依存してはいない。
普段の昇馬があまり、グラウンドにいないというのもいいかもしれない。
自主練をしているのは分かっていて、それが許されている。
特別扱いではあるが、だからこそ昇馬のいない状況も、あって当たり前と思えているのだ。
この日、残っていた三試合目は、明倫館と大阪光陰の対決となった。
大阪光陰は冬の間に、攻撃も守備も一回り、強力になったように思える。
明倫館も強いのだが、大阪光陰もピッチャーの継投が光った。
やはり選手を集めるという点で、大阪光陰は強いと言えるのだろう。
ただここのところ、大阪光陰出身の、主力になる選手というのが、あまりプロでは出てきていないが。
当たるとしたら決勝である。
そして翌日、残った二回戦が行われる。
この日は三試合、全てに関東の代表が出てくる。
まず第一試合は、刷新と名徳の対戦。
どちらも名門であり、どちらが勝ってもおかしくはない。
ただランク付けによると、どちらもBランクであったりする。
どちらのチームにも言えることは、守備力の充実である。
また打撃に関しても、似たような傾向を持っている。
戦力の揃え方が、同じであるということだろうか。
現在は高校野球のスカウトさえ、傾向が似たようなものになってきているのか。
それではあまりに面白くない、と言えるであろうに。
まず勝利したのは、名徳であった。
そして第二戦、花咲徳政と仁政学院の対戦となる。
これは地元兵庫の、仁政学院にホームアドバンテージがある。
ただ純粋な戦力だけなら、花咲徳政の方が上であろうとも思えるのだが。
実際には真田の双子が、上手く打たせて取るピッチングをした。
今のままならまだ、プロのスカウトには引っかからないだろう。
だが軟投派としては、サウスポーのサイドスローというのは、なかなか面白そうなところなのだ。
そして第三戦、これは関東同士の対戦となる。
桜印と早大付属。
どちらも超強豪であり、都大会を優勝した早大付属と、白富東を苦しめた桜印。
関東のチーム同士の対戦であるが、注目の一戦である。
この試合に勝った方が、決勝まで進んでもおかしくはない。
早大付属はエースクラスを三枚、桜印にぶつけてきた。
一方の桜印も、序盤はなんとエース上杉将典を温存する。
この状態から、立ち上がりは双方に動きがない。
そして将典は四回から、マウンドに登ったのであった。
ここで一気に、桜印は三点を先取した。
野球というスポーツの面白いところで、勢いで一気に点が入ることがある。
こういた流れを、上手く逃さないのが重要なのだ。
早大付属の打線に、将典は一点を返される。
だがピンチを一点で防いだことが、流れを変えさせなかった。
「マサから一点取るのは、けっこう大変なんだけどな」
「今年の早大付属は、かなり戦力が揃ったからな」
帝都一の力が弱くなったと言うよりは、早大付属の力が上がった。
だからこそこうやって、桜印とほぼ互角に戦っているのだ。
桜印は今年が、一番強いのは間違いない。
それでも秋には、白富東に負けている。
帝都一との練習試合でも、早大付属が強かったことは言われていた。
関東のみならず近畿からさえ、選手を獲得してきた結果である。
上に大学があるという点で、早大付属は選手を集めやすい。
もっともそれは帝都一も、同じことが言えるのだが。
早大付属となると、甲子園やプロを経験した人間を、コーチに何人も雇っている。
それだけの投資をしても、回収出来るだけのシステムを作っているのだ。
最終的なスコアとしては、3-1で桜印が勝利した。
だが本当に、ぎりぎりの勝利であったと言えるだろう。
とは言え将典を序盤に温存とは、かなり冒険的な采配とも言えるだろう。
だからこそ終盤まで、しっかりと投げられたとは言えるだろうが。
これで二回戦は全て終わった。
「まあ桜印は連戦になるから、どうしても休ませたかったんだろうしな」
基本的に連戦にならないよう、センバツの日程は組まれている。
だがどうしようもない部分が、わずかにあるのだ。
それこそ雨でも降れば、日程が詰まってしまう。
ともあれこれで、ベスト8が決まった。
甲子園で一番面白いと言われる、準々決勝が始まるのである。
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