第122話 堅守のチーム

 上田学院はとにかく、昇馬に球数を投げさせたい。

 そして出来れば転がして、足で内野安打を稼ぎたい。

 そうは思っていても、ランナーが出ないのだ。

 なんとか当てて転がしても、打球の勢いをコントロールすることが出来ない。

 そして白富東も、守備はしっかりと鍛えられている。


 ゴロを打つというのは現代野球において、既に捨てられた戦術である。

 だが相手によっては、それも悪くないのだ。

 昇馬の場合はボールのホップ成分が強い。

 だから上から打つような感覚で打っても、ボールがゴロにはなりにくいのだ。

 ただフライになるため、あっさりとアウトが取れている。

 三振よりはマシだが、それでも充分に奪三振数が増えていっていた。


 上手く点差がつけば、また継投する余裕もあっただろう。

 だが上田学院は、どうにか昇馬のボールに、バットを当てるところまでは出来ている。

 もっともそれでストライクカウントが増えて、組み立てた後に三振を奪われるのだが。

 下手に当てているだけに、前に飛んでアウトになりやすい。

 もう少し打つのが下手であれば、後ろにしか飛ばずにファールとなるのだろうが。


 このペースなら100球前後で試合は終わるか。

 ただこちらも点を取らなければ、延長戦に突入する。 

 ピッチャーの能力では、白富東のほうが上。

 しかし上田学院はタイブレークになれば、足を活かしてかき乱してくるだろう。

 もっとも白富東も、長打一発で終わりに出来る。

 昇馬はゴロさえ打たせない、ストレート中心で攻めるべきか。


 膠着した状態が、そこそこ続いた。

 緊迫した投手戦であり、昇馬は二打席目にも外野フライを打つ。

 白富東の三番までが、二巡目までを抑えられる。

 ただ見ていれば明らかに、どちらが優位かは分かってくる。

 白富東が優勢である。


 上田学院の真田は、球数が増えてきている。

 一番から三番までが要注意なのはその通りだが、他のバッターも簡単にはアウトにならない。

 おそらくは六回まではしっかりと投げられるだろう。

 だが七回あたりで一気に、球威が落ちそうな球数だ。

 上田学院は他のピッチャーが投げる時は、1イニングだけを何人も続ける、というパターンが多い。

 勝利の方程式とでも言うような、セットアッパーからクローザーまでをつなげていくという感じだ。

 タイプの違うピッチャーが何人もいると言うか、ピッチャーの出来る野手が多い。

 ただ総合的に見れば、やはりエースは決まっている。


 どのチームもやはり、二番手ピッチャーには困っているのだ。

 学年が違い、毎年エースクラスが入ってくるなら、それもいいのであろうが。

 その点では白富東は、和真の代に軸となるピッチャーがいない。

 なので新一年生に、期待するしかないのであるが。

 幸いそれなりのピッチャーが、入ってくることは分かっている。

 今の世の中、勉強が出来る選手であれば、甲子園までで野球のキャリアを終わらせるのも珍しくない。

 燃え尽きることが出来なかった選手が、大学野球でも続けて行く、ということはあるのだ。




 そして七回、白富東は上位ではないところで、ヒットが続いた。

 しかしそこを踏ん張って、上田学院はまだ失点を防ぐ。

 だが100球を超えて、球威が落ちたのは確かである。

 果たしてここから上田学院は、どのように動いてくるのか。


 昇馬はまだまだ、ガス欠を起こさない球数のままである。

 そもそも150球近くを投げた時でさえ、スタミナ切れの兆候などを見せたことがない。

 はたしてその限界は、どこにあるというのか。

 直史のような省エネピッチングに、集中力による限界突破とは、また違ったものである。

 基礎体力というものが、そもそも高校生レベルではない。

 昭和とまで言わなくても、平成でもいた150球を軽く超えてくるピッチャー。

 だがやはり、ここで勝負は決めてしまうべきであろう。


 八回の表、上田学院は昇馬のピッチングに手も足も出ない。

 ここまで出たランナーは、ポテンヒットとデッドボールの二人だけである。

 打撃にも秀でた真田を、完全に抑える昇馬のピッチング。

 右打者ということもあって、一打席は右で勝負してみた。

 そしてやはり、左右のどちらでも投げられるというのは、強みであると分かる。

 投げられるボールの角度が、全く違ってくるからだ。


 これはプロになってからでも、使える作戦ではないか。

 ただ中三日などで投げるなら、右か左かのどちらかに、絞って投げなければいけないだろう。

 するとこの左右両投げを完全に活かすのは、ポストシーズンなどの試合になるのではないか。

 ローテーションの中で投げるなら、やはり休ませる必要がある。

 とはいえ故障の兆候など、全く見せないのが昇馬であるのだが。


 八回の裏、上田学院は真田を続投。

 エースと心中、といったところであろうか。

 だがここはサウスポーのピッチャーを出しても、問題はなかったであろう。

 しかしサウスポーに対して、昇馬は右打席に入ることで対応が出来る。


 それならば歩かせてしまえばよかった。

 そしてアルトと和真に、サウスポーを当ててアウトを取るのだ。

 しかしこの二人はサウスポー相手でも、そこまで打率が落ちないバッターである。

 ただ上田学院は、左のサイドスローに近いピッチャーがいるので、それを出してきたら効果的であったのかもしれないが。


 ともあれここで、昇馬の四打席目が回ってきた。

 ランナーをなんだかんだと出しながらも、どうにか守備が支えてきた上田学院。

 しかしここで、昇馬の長打が出たのであった。

 スタンドには届かないが、フェンス直撃のツーベース。

 続くアルトはライトに深く、フライの打球を打ち上げた。

 フェンス際でキャッチされたが、それで昇馬はタッチアップを敢行。

 ワンナウトで三塁まで進む。




 やっと試合が動く。

 和真の仕事はここで、単打を打つか外野フライを打つことである。

 ゴロは危険だ。上田学院の守備は堅い。

 しかし外野フライならば、和真としては充分な仕事だ。


 真田のボールはフライを打たせるタイプである。

 だからといってゴロを打っても、内野の守備が堅いのだが。

 八回にまでなると、さすがの真田も球威が落ちている。

 ここで予備タンクまで使って、和真を抑えにかかる。


 冷静な判断をすれば、和真は敬遠すべきである。

 一三塁にした方が、よほど守りやすいからだ。

 さらにこの一点が左右する試合なら、次のバッターまで敬遠してしまってもいい。

 それを上田学院がしないのは、試合の流れからしても、どうにか昇馬を打ちたいからだ。

 守備から流れを作って、相手のピッチャーを打つ。

 高校野球ではよく取られる作戦である。


 また真田に関しては、少し期待しすぎでもあろう。

 確かに優れたピッチャーであり、さらにまだ伸び代がある。

 しかしそれはまだ、完成形には遠いということ。

 球数が増えてきた段階で、やはり交代させるべきであったのだ。


 和真の打ったボールは、レフト方向に深く飛んだ。

 そのレフトは素早く、深いところまで後退している。

 そこから前進してキャッチして、バックホーム送球をするつもりだろう。

 充分な体勢から投げられたボールに、昇馬の足が勝つだろうか。

 かなり深めであり、レフトの肩はライトやセンターに比べると弱い。

 あるいはショートが中継するであろうか。


 どのみち次のバッターに期待するより、ここで昇馬の足に期待した方がいい。

 レフトが助走をつけながらキャッチし、ホームへと返球する。

 昇馬は爆発的なダッシュ力で、そのままタッチアップ。

 タイミングだけなら際どかったかもしれないが、送球がわずかにずれている。

 キャッチしたミットで、そのままタッチへと。

 だが昇馬はスライディングしてそのタッチを潜り抜け、左手でホームに触れた。

 タッチアップで白富東がようやく一点を獲得。

 そしてこれが、試合の流れを決定付けた。




 1-0という試合は、スコアだけを見れば際どかったかもしれない。

 しかし昇馬はこの試合も、フルイニングを投げてヒット一本の死球一つに抑えていた。

 18奪三振というのは、なんとか転がそうとする上田学院の打線の心を折るもの。

 それでも一点しか取れなかったあたり、上田学院はしぶとい相手であった。


 夏までにさらに、どれだけの上積みがあるか。

 それによって対戦相手としての、難易度は変わってくるだろう。

(今年が一番強いのかな)

 鬼塚は試合後のインタビューを受けながら、そんなことも考えている。


 九回までにさらりと、白富東は勝つことが出来た。

 もっとも延長タイブレークとなっても、有利なのは間違いなかっただろうが。

 奪三振能力の高いピッチャーが、タイブレークでは有利。

 もっとも定跡としては、まず送りバントなのであろうが。


 これで準決勝は尚明福岡との対決となった。

 本当にもう、同じ関東のチームでもないのに、どうしてここまで対戦するのか。

 残り二試合で、300球以上投げることが出来る。

 昇馬の球数はちゃんと、節約できている。

 考えてみれば瑞雲戦も花巻平戦も、相手の不運に助けられたところはある。

 しかしこの上田学院戦は、完全に真っ向勝負の戦いであったのだ。

 そして一点しか取れなかったというのが、指揮官のミスとは言えるだろう。


 真田のピッチャーとしての力は、父親譲りだと言われている。

 叔父の真田も、NPBのレジェンドではある。

 そのあたりを考えると、この数年間の高校野球は、二世選手の大活躍と言えるのかもしれない。

 中でも一番存在感があるのは、当然ながら昇馬である。

 この試合も無失点に抑えたが、得点も昇馬の打撃から始まったのだ。

 その後ろの二人も、しっかりと犠牲フライを打ったわけだが。


 夏春連覇が、具体的に見えてきた。

 去年のセンバツにしても、組み合わせによっては優勝していたであろうが。

 ここからまだ二試合、準々決勝は残っている。

 まずは大阪光陰と、名徳との対戦である。


 大阪光陰は昇馬たちの父の時代に、最強と言われていたチームである。

 今でも普通に、大阪代表や近畿代表として、甲子園には出てきている。

 だが優勝からはしばらく遠ざかっているというのも確かだ。

 全国の頂点に立つというのは、それだけ厳しいものであるのだ。


 また名徳も名門であり、比較的最近全国制覇をした。

 その最近というのも、五年以上前のことだが。

 この試合は地元大阪の大阪光陰と、名門の愛知代表名徳という、高校野球ファンなら垂涎のカードである。

 双方が共に、現代の高校野球の最先端の理論で、選ばれた選手たちを鍛え上げた。

 それでも優勝に届かないのが、この時代であると言えるだろう。




 上杉の時代、と言われていた時代があった。

 ただその時代、上杉自身は一度も優勝していない。

 それでも上杉が、最強のピッチャーであることは間違いなかった。

 そして今は、第二次白富東黄金期、とでも言えばいいのだろうか。

 桜印も必死で健闘しているが、勝利したのは関東大会の一度だけ。

 あるいは今が、昇馬の時代と呼ばれるのかもしれない。


 上杉の時代に、巨大な壁となって立ちふさがった、大阪光陰。

 この準々決勝も、ホームの声援を背に受けて、名徳相手に有利に試合を展開する。

 もっとも大阪光陰に限ったことではないが、ベンチの半分以上は大阪以外の出身。

 これは名門強豪であれば、ほとんどどこでも見られることだ。

 そう考えると白富東だけではなく、桜印も比較的神奈川出身が多い。

 特に主力が、地元出身なチームとなっている。


 高校野球でもプロや大学進学を目指し、地元を離れる人間というのは、傭兵のような意識がある。

 勝つことだけを求められる、プロに近い存在だ。

 そこには甲子園への憧れは確かにあるだろうが、それよりも重要なのは己を高く売ること。

 野球で将来を掴もうという人間がいる。

 そしてその数は、決して少なくはない。


 別にそれはそれでいいのだ。

 だがそればかりが絶対のような価値観になると、その人間は脆くなる。

 昇馬のように野球を、片手間のように考えている人間。

 認めたくはないだろうが、そういった人間もむしろ、野球で伸びていったりする。

 職人的な技術と、野球の実力というのは、また違うものなのだ。

 もちろん職人的な技術を、全て否定するわけでもないが。


 野球だけをしていて野球が上手くなる、というのは勘違いだ。

 もっと全身の運動をしなければ、野球選手としてのトータル能力は上昇しない。

 ただ野球は一発芸的なところもある。

 郷原さんも言っているように、何か特別な一発があれば、プロの世界で通用する。

 もっとも他の部分さえも、一定のフィジカルがあるのは大前提であるが。


 大阪光陰も名徳も、実は野球部員は絞っている。

 100人もいるような部員を、全てフォローは出来ないからだ。

 もちろん完全に、スカウトした選手だけを、入部させるというわけではない。

 だが普通の身体能力では、ついていけないほどのトレーニングをして、さっさと選別する。

 もっともたまにその中に、フィジカルモンスターがいてベンチ入りメンバーになったりもするのだが。


 基本的に大阪光陰は、野球以外でも運動部が優れている。

 一流の指導者は、一流の素材しか指導しない。

 だがたまに、しがみつくしぶとい人間がいる。

 そういった選手はどこか、全国制覇のために必要な、何かを持っていたりするのだ。


 大阪光陰は名徳を相手に、僅差で勝利する。

 これぞ高校野球という、緻密な野球を展開してのものだ。

 だがその緻密な高校野球を、砕いてしまう圧倒的な力がある。

 事実大阪光陰は、神宮大会で白富東に敗北している。




 残りは仁政学院と桜印の対決。

 兵庫代表の仁政学院は、もちろん完全なホームである。 

 また一時期は低迷していて、この数年でまた甲子園に出てきた、という古豪でもある。

 これはコーチに、真田を招聘したあたりから強化されていた。

 その双子の息子が入って、甲子園にコンスタントに出場出来るようになったのだが。


 仁政学院はさほど、名門強豪と言うほどの成績ではなかった。

 過去のチームであると思われていて、それが真田には丁度よかった。

 自分の双子の息子は、フィジカル的にプロでは通用しない。 

 そもそも双子でバッテリーを組まなければ、その強さを発揮しきれない。

 下手に強豪に進めば、都合よくバッテリーを組むことは出来ないであろう。

 そういったことも考えて、仁政学院を選んだのだ。


 200勝投手の息子たちだが、プロで通用するほどではない、と真田は冷徹に評価していた。

 だが高校野球レベルならば、甲子園に達することは出来る。

 事実一年の夏も、準決勝まで進むことが出来た。

 そこで白富東に、パーフェクトをされてしまったわけだが。

 ここまで四季連続で、甲子園に出場している。

 それだけで充分に、凄いことだと言えるだろう。

 この実績を元にして、大学に進学すればいい。

(上杉将典には勝てないからな)

 息子たちのために、全力でコーチの役割を果たす。

 それでも才能を見る目は冷徹な、真田なのであった。

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