第116話 激突のAランク

 尚明福岡と青森明星は、秋の神宮大会出場校である。

 そして当然のように、雑誌の評価でもAランクとなっている。

 Sランクとなっているのは、白富東と桜印だけであるのだから、優勝候補ではある。

 特にこの四つに分かれた山の中では、他にAランクのチームはない。

 つまり勝った方が準決勝まで進める、と単純に考えられるだろうか。


 ここで勝っても二回戦は、ホームのアドバンテージが強い、近畿の理知弁和歌山と対戦する可能性が高い。

 あちらは21世紀枠と戦うので、ほとんど消耗もないだろうからだ。

 しかし試合間隔はそこそこあるので、ピッチャーの消耗は回復しているだろう。

「問題は青森明星のピッチャーが、尚明福岡の打線を、どこまで抑えられるかってことかな」

 鬼塚は物事を、まず単純化させた。

「けれど当たるとしたら準決勝で、そこまで順当に勝ちあがれるとは思えないな」

 それにしても。

「うちら強いところとばっか当たらん?」

 聖子の言うとおりなのである。


 このBブロック8チームのうち、白富東がSランクで、瑞雲、花巻平、上田学院がAランク。

 順当に勝ち残ったならば、この全てと対戦することになる。

 CブロックなどはAもSもいないブロックだが、大阪光陰や名徳といった、名門はしっかり入っている。

 桜印も早大付属がいて、また地元の仁政学院が勝ちあがってくるかもしれない。

 結局は21世紀枠にでも当たらない限り、どのチームも強いのだ。


 まずは瑞雲の情報を集めなければいけない。

 エースで四番の中浜を中心とした、ワンマンではなくオールフォアワンのチーム。

 一年生の時からチームを引っ張ってきたのは中浜だが、キャプテンはショートの小田。

 強力なピッチャーであり、ストレートのMAXは150km/hを超える。

「ただ重要なのは、その身長とウィングスパンのせいで、より速く感じることなんだよな」

 18.44mというマウンドからの距離。

 身長が高くて手が長ければ、その距離は縮まる。

 マシンを前に出して投げさせれば、より速く感じるのと同じ理屈だ。


 神宮で対戦した中浦と、サイズはほぼ変わらない。

 ただ両者の違いいは、中浜はピッチトンネル使いであり、中浦は緩急と大きな変化球を使うということだ。

 基本的には落ちる球を使う。 

 しかし遅くて落ちるチェンジアップと、速くて落ちるスプリットがあるのだ。

 他に確認されている球種は、おそらくツーシームと思われるもの。

 このあたりは確かに、フォーシームストレートと使い分けていけるものだ。


 巨体と球速のMAXは似ているが、思考にはかなりの差がある。

 中浜のピッチングスタイルの方が、おそらく球数は少なくなるだろう。

 昇馬よりもさらに、前でリリースされるボール。

 そう考えると単に、昇馬よりも遅いと考えては打てないかもしれない。


 昇馬からすると、中浜はアメリカ人とのハーフらしいので、もうバスケやれよ、という感想になる。

 それを言うなら昇馬も、野球にこだわる理由はないのだが。

 野球において2mオーバーというのは、ちょっと大きすぎる。

 もちろん巨大であれば巨大であるほど、出力自体は上がっていくが。

 中浜は腕も長いのだから、それこそバスケでもやっていればいい。

 アメリカならNBAという選択肢があったろうに。


 ただそういった全ては、昇馬にも当てはまることだ。

 そもそも親の金があるので、そちらを増やす方向にシフトしてもいい。

 もっともあまりにも恵まれた身体能力が、その選択肢をある程度決めた。

 大きすぎる力に、不動のメンタル。

 肉体だけが強いわけではないのは、何度も敗北しているからこそ、慢心することがなかったため。

「向こうがどれぐらい、レベルアップしてるかだな」

 そう言いながらもまず、初日の初戦だけは見ていこう、となる昇馬であった。




 開会式が終わり、他のメンバーは宿舎に戻る。

 単純に試合を見るだけなら、テレビの映像でも充分なのだ。

 しかしちゃんとチケットを買って、内野の最上段に鎮座する昇馬。

 そこから見るのは、甲子園の空気である。 

 ただあの二人の対決を見るため、というだけではない。


 昇馬は巨体である。

 196cmというのはMLBでも、そうそういるような体格ではない。

 そんな昇馬を超える、2mクラスが二人もいるというのは、本当に驚きである。

 しかもただのでくの坊ではないのだ。

 この一回戦の第一試合は、多くの高校野球ファンが注目していた。


 中浜と同じく2mオーバーの中浦。

 それと対決するのは、尚明福岡打線である。

 中心となる風見は、一応昇馬相手には何度も負けている。

 ただ楽勝できる相手であったか、というとそんなことはない。


 中浦ほどではないが、190cm近くもあるその体格。

 尚明福岡の風見は、一年の時からクリーンナップを打っている。

 秋からは四番を打っていて、ホームランの量産体制に入っていた。

 だが昇馬はその風見を、まともなヒットさえ打たせていない。


 逆に中浦相手だと、秋の神宮で勝ったばかり。

 しっかりとホームランも打っている。

 つまりどちらも、昇馬よりは下ということ。

 どちらが強いかということだと、少なくとも成長したのは風見の方だろうな、と思う。

 中浦はまだ、線が細い。

 身長に比して体重が軽いのは、選手データを調べても分かっている。


 ただそれを除いても、チーム自体は尚明福岡の方が強い、と思っている。

 ならば終盤まで、上手く中浦を削れば勝てる。

 風見は昇馬から見ても、ある程度は注意しなければいけない相手なのだ。

 中浦あの巨体で投げるのに、どれだけのエネルギーを消耗しているか。

 チーム力を考えると、おそらく尚明福岡が勝つとは思う。

 しかしどうやって勝つのか、それが課題になるだろう。


 昇馬の立場であればどうか。

 一回戦だから全力で投げても、次までに少し間隔がある。

 だから試合の序盤から中盤は、青森明星が優位に動くだろう。

 あとは中浦の体力と、上手く抜いて投げる技術の問題だ。

 尚明福岡は攻撃に偏重したチームではあるが、投手力が低いというわけでもない。

 青森明星も中浦が主力だが、それに頼りすぎてもいない。

 中心となる選手がいた上で、そこからどう展開するのか。




 序盤は青森明星が先制した。

 高校野球というのは、基本的に先制した方が、有利なのである。

 特に強力なピッチャーを擁するほど、リードされている側は焦りが出る。

 ただ尚明福岡は、圧倒的なピッチャーと対戦するのには、充分な経験があった。


 これまで昇馬に負けた回数が、四回である。

 甲子園では全て、白富東に負けている。

 さらに神宮でも負けて、力の差を思い知らされた。

 だがそこで折れてしまわないだけ、尚明福岡は強いチームだ。

 驚くほどに、再び立ち上がる力が強い。

 そして昇馬に比べれば、まだしも中浦は打てるピッチャーだ。


 一回戦であるが、尚明福岡は粘っていった。

 これが夏であるならば、さらにピッチャーの体力を削ることが出来ただろう。

 しかし青森明星の中浦も、しっかりと失点につながらないよう、肝心な部分を抑えている。

 2-0というスコアで、終盤に入る。

 残り2イニングであったが、まだ尚明福岡は焦らない。

 そして七回の終盤に、中浦の球威が落ちてきた。


 ラッキーセブンと野球ではよく言われる。

 プロの世界でも先発は、六回までを投げるのが一定の基準と、今ではなっている。

 中浦は強力な打線を、七回までは抑えたのだ。

 そして八回、尚明福岡の逆襲が始まった。


 上手く抜いて投げる、ということをしなければいけない。

 昇馬にしても下位打線相手には、八分ぐらいの力で投げることが多いのだ。

 150球を投げれば、おおよその限界が見えてくる。

 ただそこからは、投げる手を代えればいい。

 もちろん肉体自体のスタミナは、回復するわけでもないのだが。


 球数の限界というのは、肩肘の限界ではないと、直史は言っていた。

 クオリティが落ちる理由は、一日に投げすぎたことによる、指先の毛細血管の破裂だ。

 それにより繊細なタッチが出来なくなり、コントロールが利かなくなる。

 コースもであり、また変化球についてもそうだ。

 また下半身にしても、上手く体重移動が使えれば、それだけ負荷は減る。

 少なくとも全盛期の直史は、それで投げることが出来たのだ。


 一気に三点を取って、尚明福岡が逆転。

 ただそこから、さらに追加点を奪うことは出来なかった。

 この八回が、全てであった。

 九回にはどちらも点が入らず、3-2で試合はフィニッシュ。

 尚明福岡がAランク同士の対決を制し、二回戦に進出したのであった。




 どちらが勝った方が、白富東にとっては有利であったのか。 

 それはこの先の試合を見ないと、分からないことである。

 次に対戦するのは、おそらく理知弁和歌山であろう。

 21世紀枠と対戦するのだから、近畿のチームが有利なのは当たり前だ。

 東日本の公立校相手に、ここが負けるのは考えにくい。

 昇馬はそう考えて、甲子園を後にした。


 大会一日目は三試合が行われる。

 それにしても神宮にまで至ったチームが、一回戦で激突する。

 こういうことがあるから、甲子園は面白い。

「うちとしては青森明星が来た方が、楽だったかもなあ」

 鬼塚の冷静な判断である。

 もちろん尚明福岡が、準決勝まで勝ちあがってくるとは限らないが。


 順当と言えばそうなのだろうが、第二試合では理知弁和歌山が勝利した。

 ここもかなり打線に力を入れていて、尚明福岡とは打撃戦になるかもしれない。

 もっとも理知弁和歌山は、かなり余裕をもって勝利している。

 果たしてどれだけの隠し球があることだろうか。


 一日目は残り、広島代表が茨城代表に勝って、三試合が終わった。

 関東が早くも、一つ消えたわけである。

 もっともそれは珍しいことではない。

 とにかく注目されたのは、第一試合であった。

 そして尚明福岡は、風見がしっかりと打点を記録している。


 バッターとしてはかなり、スラッガー寄りではあるのだ。

 甲子園では昇馬と当たるたびに、その自信を砕かれている。

 スカウトからの評価は高いが、果たしてこれからどこまで伸びるか。

 守備位置がサードなので、まだしも指名はしやすいだろうが。


 この学年の最強のバッターは、同時に最強のピッチャーでもある。

 勝つことが多かったため、当然のように昇馬は、ホームランも量産している。

 ピッチャーとしてもバッターとしても、期待値は高い。

 正直に言ってしまえば、12球団競合になっても、おかしくないだけの実績を残している。


 これを育成失敗したら、それはもう切腹ものである。

 そう言われて預かるのに、胃を痛くする人間はいるかもしれない。

 鬼塚などは今の千葉なら、ちゃんと育ててくれるかな、とは思っていたりする。

 そもそも勝手に育ってしまうのが、昇馬という人間であるのだが。




 明日の二日目、注目するところはどこだろうか。

 東名大相模原と、滋賀の淡海高校の試合は、そこそこ見られるものだろうか。

 最近は少し、琵琶学園が台頭してきている滋賀県。

 東名大相模原は、もう千葉と並んで罰ゲームに近いほど、桜印以外が甲子園にくるのが難しくなっている。

 そんな中で立派に、なんとかここまでやってきた。

 今年のセンバツで、唯一同県から二校選出された、過去に何度も全国制覇をしている名門だ。


 あとは上田学院の試合だろう。

 ここも真田の入学以来、ずっと高い成績を残している。

 神宮大会でも、地方の代表になっていた。

 そしてやはり、白富東には負けている。


 大阪光陰からライガースに行った真田には、兄がいた。

 シニア時代などはむしろ、その兄の方が評価が高かったのだ。

 しかし故障により、その栄光の道は絶たれた。

 だからこそ弟は、より自分を活かしてくれそうな、名門への進学を選んだのだ。


 実際にそれは成功であった。

 シニアで世界大会に優勝し、プロでもレジェンドにまでなった。

 しかしそれでも、兄と比べるとまだ、スケールは違ったな、と言う人間はいる。

 もちろんそれは、失われた才能だからこそ、より輝いて見える、というのもあるのだろうが。


 一年の夏の一回戦では、白富東が勝っている。

 しかしそれからも、上田学院は優秀な成績を残し続けた。

 果たして今は、どちらが上になっているのか。

(昇馬とだいたい、体格は変わらないのか)

 選手名鑑などを見ながら、鬼塚は今日の第一試合を、もう一度再生するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る