第115話 春にしては寒く

 今年のセンバツは寒いかもしれない。

 そんなことを言われながら、白富東の一行は、甲子園に向かう準備を整えていた。

 これで四回目の甲子園。

 普通ならば生涯に一度でも、あの黒土に触れられたら、と考えている選手は多い。

 ちなみに甲子園は、野球場として以外の貸し出しもしていたりする。

 イベント会場としては、かなり割安の価格である。

 東京ドームが高すぎるのだ、という言い分もあるだろうが。


 センバツの試合数は、夏と違って公平である。

 これが記念大会になるとまた、話はややこしくなってくるのだが。

 去年は決勝まで進んだが、帝都一に敗北している。

 もっともその敗因は、準決勝で桜印に延長まで粘られたからだ。


 九回で終わっていれば、計算の範囲内になるはずだったのだ。

 しかし一回戦はともかく、二回戦は尚明福岡に2-0、準々決勝は花巻平に1-0、準決勝は桜印に1-0と、昇馬以外が投げるのは難しい試合であった。

 だから組み合わせで、少しでも弱いところと当たりたい、というのが正直なところである。

 逆に一回戦で桜印などと当たっても、球数制限に入らないので、それはそれでいいことだ。

 ただ今回の抽選は、同一地区のチームとは、準々決勝までは当たらないことになっている。

 加えて同じ県であれば、決勝まで当たらない。

 これが今回当てはまるのは、神奈川から出ている桜印と東名大相模原の二校だけである。


 ならば一回戦で当たるのは、厄介そうなピッチャーのいるチームであるべきか。 

 それで出来れば、二回戦は比較的楽な相手が残っていてほしい。

 準々決勝以降は、もう昇馬をフル回転させる。

 桜印とどこで当たるか、そして当たったとして延長にまでもつれ込むか、それが重要になってくるだろう。

 もちろん向こうが他の、強豪校に食われる可能性もあるが。


 不思議なものだな、と鬼塚は思う。

 それは上杉と大介の因縁の話だ。

 二人が高校時代に対決したのは、聞くところによると練習中に乗り込んだ一度きり。

 年齢差もあったが、プロに入るまでは公式戦で、対決したことがない。

 しかし昇馬と将典は、もうここまで七回も対戦している。

 甲子園で三回、関東大会で四回と、当たる機会では全て当たっているということだ。


 国体はちょっと別としても、それ以外の公式戦において、白富東が負けたのは帝都一と桜印のみ。

 そして桜印が負けたのは白富東のみという、ここまでねじれた関係は他にないだろう。

 全盛期の白富東と大阪光陰さえ、そこまで互いにぶつかったことはなかった。

(あとは天候の問題もあるか)

 基本的に中一日を入れていくので、それほどの負担はピッチャーにはかからない。

 正確に言うと昇馬ならば負担にならない、と言うのが正確であろうが。


 甲子園期間の宿は、昨年と同じである。

 去年に比べると、ベンチ入り出来なかったメンバーが、それなりにいるということだ。

 そして甲子園の公式練習の前に、まずは抽選が行われる。

 ここで強いところと当たると、ちょっと悲惨である。

 甲子園に来ただけでも、ある程度の満足感はある。

 だがここで校歌を歌ってこそ、本当の実感となるのではないか。




 抽選が終わっていく。

 とりあえず桜印とは、準々決勝までは当たらない。

 夏と違って一気にトーナメントが決まるので、長期的な運用の計画は立てやすい。

 それでもまずは、全てが決まってからだ。


 白富東は全てのチームからマークされている。

 夏の優勝校であるが、その後の神宮大会でも優勝しているからだ。

 つまり新チームで、秋の時点では最強であったわけである。

 もちろん冬の間に、一気に成長する選手は多い。

 しかしほとんどの雑誌の特集でも、大本命とされているのだ。


 普通ならむしろ、これでプレッシャーがかかる。

 だがそういうものとは無縁なのが、昇馬という人間なのだ。

 たかが野球、されど野球。

 そういうメンタルでやっている人間が多いだろうが、昇馬はたかが野球、で止まっている。

 負けても死なないし、なんならまだ夏がある。

 そこまで割り切って考えられる人間は強い。


 そしてトーナメントの山が埋まっていく。

 白富東は対戦相手の決まっていないところに入った。

「三日目かあ。あれ? 去年も三日目じゃなかったっけ?」

 去年は第三試合であったが、今年は第一試合。

 早めに起床して、アップをしていく必要があるだろう。


 強豪同士の対決が決まると、会場もざわつく。

「うわあ」

「初日の第一試合、尚明福岡と青森明星って」

 どちらも神宮大会まで勝ち残って、そしてどちらも白富東に負けている。

 再戦することがあれば、準決勝になるだろう。


 桜印は向こうの山に決まった。

 つまり対戦するとしたら、またも決勝ということになる。

 なんだかまた、成立してしまいそうな話だ。

「うわあ……」

「一回戦、勝ったとしても天凜か花巻平じゃん」

 先に二回戦の対戦相手が分かってしまった。


 天凜は去年の夏のベスト4である。

 ただ花巻平には、獅子堂がいる。

 天凜は新チームになってからも、近畿大会をベスト4までは勝ち残った。

 その天凜を獅子堂が、どう抑えるのか。

 一回戦のフルパワー状態で対戦出来るのは、むしろ花巻平にとっては幸運か。 

 だがそこで消耗しすぎると、二回戦で白富東に負ける。




 一回戦から面白いカードが出来ている。

 桜印も仙台育成が相手なので、気が抜けるわけはないだろう。

 そこで勝っても次は帝都一を破った早大付属。

 強豪であるのは間違いない。


 どんどんと決まっていくが、白富東の相手が分からない。

 準々決勝は一応上田学院が有力かと思えるが、東名大相模原もいれば、他も甲子園常連である。

 そもそも今年は、驚きの初出場というのが、21世紀枠以外にはほとんどいないのだ。

「あと残ってるのは……大阪光陰と名徳と、瑞雲?」

「なんでそんな強いとこばっか残るかなあ」

 そして一回戦の相手が決まる。

 一年の夏に、甲子園で対戦した瑞雲。

 神宮大会にも出ていた強豪が、一回戦の相手である。


 この相手には昇馬を温存するというのは、ちょっと危険性が高い。

 二回戦は天凜か花巻平。

 それ以降はどこが来てもおかしくはない。

 尚明福岡か青森明星が、準決勝に上がってくるのではないか。

 そうは思うが間違いないとは言い切れない。


 21世紀枠以外は、そうそう弱いチームはない。

 その弱い21世紀枠であっても、守備はしっかりしているチームが多いのだ。

 高校野球は守備さえしっかりしていれば、ある程度試合が成立する。

 21世紀も初頭までは、そう言われていた。

 だがやがて、フィジカル重視で長打が増えた。

 しかしまたも、低反発バットの導入で、守備重視の傾向にある。

 その低反発バットで、昇馬は軽々と放り込むのだが。


 去年もほとんど弱いところとは当たらなかったが、今年はそれ以上になるかもしれない。

 甲子園にはマモノが棲むともいわれるが、少なくとも昇馬はそれに囚われたことはない。

 他の有力チームが、大逆転負けでもしたら、少しは有利になるだろうか。

 特に注目するのは桜印だ。

 確かにここまで大きく勝ち越しているが、ほとんどが一点差のゲーム。 

 つまり将典から一点しか取れない、というゲームが多いのだ。


 去年は準決勝で対決したため、しかも延長までもつれ込んだため、色々と計算が狂った。

 今年は当たるとしたら、決勝になっているので、そこまでも少し計算しなければいけない。

 150球ぐらいの余裕をもって、決勝戦に挑めるだろうか。

 すると準決勝でどこが上がってくるか、それが重要になるのだが。

 周囲がざわめていていたように、青森明星と尚明福岡が開幕戦で激突する。

 二回戦までに少しの間があるが、一回戦で無理をしすぎたら、二回戦で漁夫の利を得られるかもしれない。

 第二試合の理知弁和歌山は、初戦が21世紀枠との対決で、あまり消耗せずに勝てると思うからだ。


 このトーナメント表を見るだけでも、ある程度は楽しめる。

「どこが勝ち上がってきても、全部倒せばいいんだろ」

 昇馬はそう単純に言うが、対戦相手のデータを調べるのは、情報班と鬼塚の仕事である。

 一発勝負のトーナメントは、何が起こるか分からないのだ。




 二日間の練習日の間に、出場32チームが甲子園の感覚をつかむ。

 白富東は夏春連続出場であるため、ある程度はもう慣れているが。

 ただ甲子園の天然芝は、本当に特別ではある。

 意外とイレギュラーしやすいのだが、そこは日本の誇るグラウンドキーパーさんの力が発揮される。

 試合の間にあっさりと、プレイしやすい状況に整えてしまうのだ。


 一回戦の相手は瑞雲。

 2mオーバーのピッチャーである中浜を擁して、ここしばらくはずっと甲子園に出ている。

 神宮大会の時点でも、既に150km/hをオーバーしていた。

 そこからどれだけ、冬の間に上積みがあるのか。


 地方ごとに格差がある、とは言われる。

 高知などは比較的ではあるが、冬でも温暖であったりする。

 そういう環境であると、選手が故障しにくい。

 冬場にアップをしないと、故障の危険性は極端に上がるのだから。


 名門の高校であると、沖縄で合宿を行ったりする。

 そもそもプロ野球からして、沖縄や宮崎といった、温暖な地方でキャンプを行うのだ。

 当然ながら白富東には、そんな予算などはない。

 たあ冬の間はウエイトと、あとは座学に時間を取っている。

 判断の早さというのは、プレイの速さよりも重要なものだ。

 そしてより正確に、ボールを送球する必要がある。


 白富東の守備力は、昇馬を別にしても高い。

 また冬の間に、一年生たちが実力を伸ばしたのも事実である。

 元々白富東の選手は、頭のほうはいいのだ。

 しかし体育科で入った選手の中では、フィジカルばかりで野球をやっている選手もいた。

 白富東は名門強豪と比べても、練習時間が多いわけではない。

 むしろ部活動にかけられる時間は、少ないと言ってもいいだろう。

 ただそれだけに、自主的に出来ること、家でも出来ることは話している。

 そしてイメージトレーニングによって、守備の状況などを考えるのだ。


 日本の高校野球こそ、まさにスモールベースボールの結晶であるだろう。

 とにかく守備さえどうにかすれば、試合にはなるというのが今の高校野球だ。

 金属バットの時代に比べて、ホームランが出にくくて面白くない、という人間はいる。

 だが高校野球こそ、わずかなチャンスを上手く活用し、一点を取りにいく野球であるのだ。

 これを経験しているからこそ、日本人は短期決戦に強い、とも言われる。


 全国制覇した去年の夏より、今の春のほうが白富東は強い。

 だから普通なら、連覇できるとも思う。

 しかし実際は、甲子園では様々なプレッシャーがかかる。

 あとは他のチームが、どれだけ成長しているか。

 それが甲子園を、荒れたものにするのかどうか。

 基本的にセンバツは、投手の出来で決まるという。

 冬を越えて、どれだけ他のピッチャーが変化しているか。

 それを見極めるには、さすがにまだ時間がたりなかった。




 初日の第一試合から、尚明福岡と青森明星の対決。

 どちらが勝つかというと、青森明星じゃないかな、と鬼塚は思う。

 青森明星の中浦は、まだまだ成長の途中であった。

 そして一回戦、まだ消耗していない状態で、尚明福岡と対決することとなる。

 尚明福岡も、バッティングはかなり高い力を誇る。

 だが神宮では昇馬によって、ノーヒットノーランに抑えられていた。


 今の新チームになってから、一番苦戦したと言えるのは、桜印との試合だけである。

 1-0というスコアで、それを別としても昇馬は、点を取られていない。

 和真以外の選手も、打撃ではかなり貢献している。

 そのため得点力が上昇したのが、楽に勝てるようになった理由であろう。

 鬼塚はどこかで、昇馬を休ませる必要を感じている。

 昇馬が壊れるわけではないが、球数制限に引っかかることは恐れているのだ。


 一回戦の瑞雲相手に、それを試すのは難しい。

 また登板間隔が空くため、あまり意味がない。

 二回戦以降、相手の試合を一試合以上見た上で、そのあたりは判断するべきであろう。

 ある程度の点差がついてから、アルトか真琴に交代する。

 せめて1イニングだけでも、投げてもらうことに意味はあるのだ。


 球数を減らすというのは、ピッチャーを守るためには絶対に必要なことである。

 しかし昇馬のような絶対的存在が出てくると、昇馬を縛るためだけのルールになってしまう。

 それでもずっと、白富東は勝ち続けてきた。

 こんなことを考えなければいけないチームは、本当に初めてだと鬼塚は思う。


 もっともシニアの時代から、昇馬は突出していた。

 アルトがいてくれるだけ、得点の期待が高まるので、まだマシとは言えるであろう。

 上杉などは一年の時、ピッチングもバッティングも全て、自分一人でやっていた。

 しかし周囲を動かすカリスマがあったため、チーム全体が強くなっていった。

 昇馬のような孤高の存在とは、全く正反対のものである。

(まあ一回戦でも、慣れてるやつが多いから、大丈夫かな)

 瑞雲もまた、強いチームであるのは間違いない。

 あとは冬の間に、中浜がどれだけ、体格にパワーをつけているか、それがポイントになるであろう。

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