第109話 弛緩と緊張

 年末から年始にかけて、佐藤一族は直史の実家に集結する。

 直史の実家と言っても、今は白石家の人間が多く住んでいるのだが。

 なお本当の実家は、ちょっとだけ距離のある離れ、と呼ばれる実際に育った家を言う。

 田舎の家は部屋数が多くて一部屋も広いので、そのあたりはいいことだ。

 そして女が仕切って、男を使い大掃除などをする。

 人手が多いので、一日でしっかりと終わる。

 今年も色々とあったな、と直史は思う限りである。

 来年も色々とあるのは、既に想定している。


 高齢の祖母も、さすがに体力が衰えてきた。

 それでも身だしなみはしっかりとしているし、頭の方もしゃんとしているのが、ありがたい話である。

 一緒に暮らしている曾孫たちの存在が、刺激を与えているのかもしれない。

 もうちょっと頑張ってくれれば、玄孫の顔を見られるかもしれない。 

 特に司朗が高卒で、社会人であるプロ野球選手になったのは、いいことであると思う。


 早く結婚して玄孫の顔を、祖母に見せてやってくれ、と直史は思うのだがさすがに口にはしない。

 年齢的には次は、真琴と昇馬になるのだが、昇馬はともかく真琴は進学である。

 直史としては本当に、色々と想定から外れた人生だ。

 本当なら弁護士として、瑞希と一緒に街の弁護士さんをやる予定だったのだが。

 なんだか色々と企業の手伝いをして、役員に名前を連ねたりしている。

 上杉からの要望で、自分も政治に携わらなければいけなくなりそうな、そんな未来が見えている。


 ただ田舎の長男としては、上杉の言っていることはよく分かる。

 上杉にしても本来は、新潟に生まれた男であるのだ。

 そちらの地盤は弟に譲り、自分は自分の力だけで、選挙に通ってしまったが。

 選挙というのは極論、人気投票なのである。

 都市部では有名人が有利になる。

(だから最後の一年は、千葉に戻ってプレイする、と)

 もっともそれまでに、大介が引退してなかったら、どうなるかは分からない。


 上杉はそのカリスマ性が、確かに政治家向けではある。

 だが学歴が高卒で、今は社会人として大学で勉強し、学士の資格を得る途中だ。

 基本的には上杉も直史も、保守的な人間である。

 弁護士で保守的なのは珍しいなどとも言われるが、法曹界にも色々とあるのだ。

 成功した人生、などとは他人によく言われる。

 それは否定しないが、子供たちの病気やアメリカでの生活など、不本意なことは色々とあった。

 直史は純粋に、メジャーで得た金で事業に投資はしているが。

 ここに大介の資金も投入されているため、千葉では大きな地盤になりつつある。


 それにしても騒々しいことだ。

 従姉などとはそこそこ疎遠になったが、四兄弟の子供だけで、養子を合わせれば13人になる。

 少子化が叫ばれる現在、しっかりと子供を作って偉い。

 もっともこの四兄弟を生んだ、直史たちの両親は、どれだけ遺伝的に素養があったのか。

 色々とスポーツ万能であったという、亡き祖父の遺伝かもとは言われている。

 時代が時代であっただけに、全国的には無名であった。

 しかし地元では柔道と野球で、傑出した能力を持っていたという。

 直史たちの父は、それほど特徴がはっきりしていないのに。




 年末にお節料理を作るなど、今どきの家ではどれだけあるだろう。

 ゴロあわせという感じで、お節料理には色んな意味の食材が使われている。

 黒豆だと、マメな性格になるように。

 キントンはそれこそ金運上昇などといった具合に。

 また保管性の高い料理になっていて、正月の三が日はこれだけを食え、という意味もある。

 料理をするのをそれだけ休めるということだが、そもそも昔は三が日、店が休みであったりした。


 コンビニエンスストアも、その当初は24時間営業などではなかったのだ。

 朝の七時から夜の11時まで営業というだけで、充分に便利なものであった。

 そもそも今でも、普通の店舗は朝の九時や10時から営業し、遅くとも夜の九時には閉まっている。 

 それが昭和の中盤までの普通であった。

 手塚治が深夜にチョコレートを食べたいと言い出し、編集が銀座の遅くまでやっているスナックに頼み、それを用意したという逸話もあったりする。


 正月の料理といえば、もう一つは餅である。

 これはさすがに臼と杵を使ったりはしないが、大きな餅を作っては、それを小さく切っていく。

 火傷しそうな熱さでも、祖母は平気で餅を分ける。

 孫はそれを、粉まみれで丸くしていく。

 大きな鏡餅も、作ったりしているのだ。


 さすがにこの習慣は、祖母が亡くなったら無理になるな、と直史は考える。

 年齢的にも平均寿命は、とっくに過ぎた祖母である。

 長男の自分が結婚し、男の子も生まれた。

 明史はともかく次男は、本当に問題なく育っている。

 そしていずれはこの家を継ぐ。

 もっとも先に祖母が亡くなれば、離れから父母が移ってくるのだろうが。


 佐藤家は基本的に保守的なのだ。

 男が稼ぎ、女は家を守る。

 しかしそれも、直史の母は共働きであったため、ある意味では断絶している。

 桜や椿は、しっかりと料理が出来る。

 直史の場合は普通に、家庭科で習った以外には、さほどの料理も出来ない。

 ただ釣りをしてその魚を焼いたりといった、そういう料理は出来る。

 米を炊くのと味噌汁を作るのは、さすがに出来るようになっている。


 いまだに台所は、女の聖域であるというのが、佐藤家の常識である。

 もっとも深夜の帰宅もある直史は、普通に自分で何かを少し作ることはある。

 まったくもって少子化は、男が家族を丸ごと支えられなくなったから、起こってしまっていることである。

 ただ佐藤四兄弟は、普通に妻の方も仕事をしている。

 むしろ大学時代なら、瑞希の方が本の印税で稼いでいた。

 資産運用にしても、ツインズの方が色々とやっているのだ。


 そして田舎は正月になると、近所からの挨拶も受ける。

 さすがに最近は、年賀状というのも少なくなった。

 しかし古くからの付き合いであると、そういったものが多くなる。

 社会的な立場が多ければ多いほど、年賀状の数も増えていく。

 それは書く側としても大変ではあるのだ。




 武史は東京の暮らしが快適である。

 それでもここに戻ってくることが出来るのは、心が安らぐのは間違いない。

 直史としても同じ千葉でも、都市部の方が便利なことは否定しない。

 だが日本人の原風景を、実際に心に持っていると、なんだか嬉しいものはあるのだ。


 自分には帰る場所がある。

 そう思える人間は、芯の部分に余裕が持てる。

 その故郷を無理矢理奪おうとして、移民の問題が欧米では大問題となり、日本にまでついにやってきている。

 上杉はそのあたり、自分の地盤であるので、本気で力を入れだしている。

 直史は会社を作るにあたって、自分も役員となってはいるが、上杉にも大株主になるように言ってある。

 政治には金がかかるのが、当たり前のことであるのだ。


 直史はともかく上杉は、絶対的な強者ゆえの寛容さを持っている。

 しかし同時に保守的であるため、優先順位は間違えない。

 あとはサッカーに対する軽視も、欠点とまでは言わないが、彼の価値観である。

 直史の場合はアメリカ時代の生活から、普通に上杉よりも治安の維持に関心が高い。

 この辺りではまだないが、農家の作物を不法移民らしきものが窃盗するというのは、よく知られている話だ。


 直史が最終的にSSフォールディングの中核として考えているのは、一次産業にプラスしたインフラ産業である。

 農業法人から始まったが、それを大規模にやるには、土木の方にも事業を拡大しないといけない。

 そのあたりの資金は、さすがに自己資金だけではどうしようもない。

 また直史としても、このあたりの知識はさすがにないのだ。


 日本列島改造計画は、あの時代にはまさに必要なものだったのだな、と直史は認識する。

 だが中国と組んだのは、結局のところ全体を見れば失敗か。

 日本は島国であるのだから、東南アジアやオセアニアとの、連携を進めていくべきであった、と今ならば言える。

 後だしであるが、80年代の末期から既に、中国の脅威を言っている学者もいたりした。

 中国の人口増は特に問題にしておらず、下手に経済発展をすれば、そのソフトライディングに軍事侵攻を使ってくる、という論文である。

 現在では通用しないのは、当時にはここまで、IT分野が広がるとは考えられなかったからで、それはさすがに仕方がないだろう。


 アメリカを経験している直史だからこそ、逆に移民を積極的に受け入れるなど、通用しないと分かっている。

 宗教的な問題にしても、直史は根底の部分で無神論者だが、無害である限りは寛容である。

 東京や神奈川を、大変だなと見ているわけにもいかない。

 なんで自分がここまでとも思うが、他にやる人間がいないから、自分が守るしかない。

 上杉はナチュラルに、期待に応えることをやっている。

 直史は責任感で、かろうじてそれをやる意図がある。


 世間への影響力を、どうやって高めていくのか。

 それも直史は、色々と考えている。

 当初は本当に、一次産業のなかでも農業を、中核として考えていた。

 だが百合花がゴルフなどを始めたので、そこから色々と出来そうなことがつながっていく。

 土木建築と上手くつながり、インフラ整備をしっかりとする。

 治安維持、食料の確保、それに次ぐ三番目に重要なことが、インフラの維持であるというのは、国家において確かなことだ。


 次にやるべきは、警備会社であろう。

 建前としては農作物への獣害対策として、そういう設備を作りたい。

 ただ根底では銃での武装が出来るようにしたい。

 農作物の盗難被害は、よく言われていることでもあるし。




 こういうことを考えるようになって、野球の方は疎かになっている。

 もう経験の蓄積と、研究だけで勝っていると言っていい。

 司朗がNPB入りするし、二年ほどもすれば打たれるようになるだろう。

 理論派でありながら、最後には感覚を優先する司朗。

 なんだかんだと昇馬からも、しっかりとヒットを打っているのだ。


 これで昇馬もプロ入りするなら、NPBの人気はまだしばらく、安定することになるだろう。

 その間に直史は、百合花のバックアップを考える。

 現在の日本では、ゴルフ人気は男子よりも、圧倒的に女子である。

 理由としては男子のゴルフが、旧来の体質をまだ通用すると思ってしまったことだろう。

 対して女子ゴルフは、韓国勢への対処のために、自然と強くなっていった。


 ゴルフの競技人口は、世界的に見ると野球の倍近くもある。

 ただ日本の場合は特に、若年層の競技人口の減少が言われている。

 もっとも競技人口は減っても、逆にそのレベルは上がっているとも言われるが。

 またどうして直史が他のスポーツではなく、ゴルフを支援すると決めたかというと、ハンデをつけることで実力差のあるプレイヤーと一緒に回ることがあるからだ。

 日本ではいまだに、お偉いさんはゴルフをする。

 そういうことまで考えると、ゴルフ場を一つ買収し、こちらに力をかけていくというプランは、間違いではない。

 また女子ゴルフの方が人気の理由は、おそらくおっさんどもが女子ゴルファーに、金を出しやすいのだろうと直史は分析している。


 男子のメジャーでも、ようやく日本人の優勝者は出た。

 しかし女子に限れば、とっくの昔に世界のメジャーで優勝しているのである。

 現在の日本のゴルフのツアー、つまり公式戦のことであるが、これは女子の方が男子よりも、10試合以上多くなっている。

 ただ賞金の金額などは、世界的に見ると男子の方がはるかに多い。

 もっとも直史は大介の子供たちの怪物っぷりのなかでも、昇馬と並んで百合花は、メンタルが怖いと思っている。


 野球で有名になることで、色々な便宜を図ってもらえるようになった。

 甥っ子たちもその野球で、活躍しそうである。

 姪っ子たちは音楽の道に進んだり、バレリーナを目指したりしている。

 その中では真琴や明史は、ちょっと違う流れの中にいるか。

 姪っ子の中でも一番、人脈を増やすのに適していそうなのが、百合花なのである。


 競技人口を数えるならば、バレーボールやバスケットボールという、屋内球技の方が圧倒的に多い。

 あとは地域が偏っているが、卓球なども多い。

 日本も昔は、三人の世界チャンピオンが、ほぼ同時にいたという卓球。

 しかし今ではかなり、マイナーな部類になってしまっている。

 世界的に見ればメジャーなサッカーは、日本でも確かに習い事としては定着している。

 だがプロの興行としては、ほぼ失敗と言ってもいい。


 野球で言うなら独立リーグの存在が、サッカーの昇格システムに近くなっているか。

 なにしろ選手がすぐに移籍するのは、野球の比ではない。

 選手のファンであるのか、それともチームのファンであるのか。

 武史あたりは、主に選手のファンになるよ、とNBAを見ていて言ったものだ。

 結局のところファンは、スタープレイヤーのプレイが見たいのだ。

 もちろんフランチャイズ戦略で、地域密着の人気を得るのも間違っていない。

 だがスポーツは、特に自分もやる人間からすると、どれだけ凄いプレイが出てくるのか、ということを重視する。

 それとは別に自分はライガースファンである、という人間もいるが。


 個人競技として、ゴルフはいいのだ。

 ただテニスの方がより、競技人口は多いのだが。

 実は現在ゴルフは、日本人選手も世界により進出していて、さらに新興国でもゴルフが盛んになりつつある。

 東南アジアやアフリカの国などに、強豪選手がいたりする。

 この「世界でも戦えるレベル」というのが百合花が選んだ理由の一つらしい。


 今さらではあるし、子供の自由ではあるのだが、真琴にはテニスをやらせるべきであった。

 170cmの身長、そしてサウスポー、体力もあるしパワーもあるしスタミナもある。

 まさに向いているスポーツであったのだろうが、別にスポーツばかりで身を立てる必要もない。

 ただ真琴の場合、男の選り好みというか、評価が非常に厳しくなっている。

 将来的にちゃんと、嫁に行くことが出来るのか、既に心配になっている直史である。

 普通の男親なら、まだ嫁に行かせるのが悲しい、という年齢であるのだろうが。


 ともあれ年末の夜は更けていく。

「永劫回帰見たら、あとはMNRぐらい?」

「ノイズって一回しか紅白出てないよね」

 チャンネル争いが起こらないよう、テレビを複数持ってきている。

 大人組は普通に、紅白をのんびりと見ているのだが。

「昔は大介も、紅白の審査員に呼ばれてたな」

「また懐かしいことを」

 おそらく今後は、司朗もそういった仕事を持ってこられるのではないか。

(そっちはともかく事業の方は、誰が適任なのかな)

 明史は明らかに頭脳派であるが、リーダー気質というのはちょっと違うと思う。

 そうやって考えているのは、親の世代がほとんど。

 ただし大介と武史は、のんびりとまた来年のシーズンのことを、ここでも話しているのであった。

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