第103話 遠くに飛ばす
佐藤一族とはこの場合、佐藤家と白石家の人間、および神崎家に養子に入っている司朗のことを指す。
白石家も大介の母方の血筋は、この場合含まれないので注意。
この一族はとにかく、遺伝子のスペックが主に、運動の方面に対して高いらしい。
だが一方でデビルツインズや、その甥である明史は、相当の頭脳も持っている。
遺伝子ガチャに成功したとも言えるかもしれないが、真琴や明史は生来の心臓病であった。
子供世代では司朗が、いよいよプロの世界に入ろうとしている。
契約金一億、インセンティブ5000万という世界であるが、ちょっと税金のかかり方が特殊なのは、知っておくべきであろう。
なお他に身体能力を活かそうと考えているのは、大介の方の血統である。
バレリーナとしての成功を考える長女、また現代ダンスの方向に進んでいる双子、音楽の方に進んだのは養女である。
球技に興味を持ったのは、五女の百合花。
このあたり父親は全て大介だが、母親は二人いるため、ややこしいことになるのだ。
司朗の下には妹が二人いるが、姉の方は母方の影響かピアノコンクールで優秀な成績を収め、妹はそれに反発するように現代音楽に進んでいる。
弟は小さいのでまだ、どのような方向に進むかは分からないが。
こうやって親戚を見ていくと、コンピューターや数学の世界にはまっている明史は、かなり異質な存在と言えるだろう。
そして将来的に、自分で稼げるなと考えているのは、司朗の他には百合花がいる。
「野球よりもゴルフの方が難しいと思う」
野球でとんでもない資産を稼いだ親戚一同の中で、こんなことを言ってしまう。
バツの悪そうな顔をするのは、しかし司朗と真琴ぐらいである。
大人の一同は、まあそろそろ反抗期かなと流すし、実際に直史としても、百合花の言うことには一理あると思っているのだ。
「野球よりもずっと長い歴史があるスポーツではあるしな」
百合花のために環境を整えてしまったので、ちょっと自分でも責任を感じている。
日本で一番メジャーなスポーツというと、いったいなんであろうか。
スポーツかどうかはともかく、産業としては競馬も相当のものである。
一ヶ所に観客を集めたという点では、野球場の六万人以下など、全く及ばない数字を持っている。
「女子のスポーツで一番稼げるのは、確かにゴルフとも言われてるな」
直史はゴルフ場経営に一枚噛んでいるので、それなりに調べてある。
だがそれは女子の話であって、男子のゴルフでは日本は、どんどん衰退傾向にあるのだ。
ちなみに人口基準で一人あたりのゴルフ場と野球場が多いのは、双方共に栃木県であるらしい。
世界の女子ゴルフランキングを見ると、日本人がそれなりに入っている。
また国内の試合数を見ても、実は男子よりもずっと多い。
ただ競技人口自体は、バブル期に比べてずっと減っているのだとか。
そんな昔のことを言われても、親の世代でさえ「知らんがな」と言ったところである。
なお女子のスポーツとしては、テニスも世界のトッププレイヤーならば稼げる。
しかもグランドスラムの大会は、男女の賞金が同じであるのだ。
ただ国内の市場としては、やはりゴルフの方がいいだろう。
賞金の上位を見ていればそれなりに稼げているし、しかもスポンサー契約の収入もあるからだ。
「ゴルフ場はどんどんと減ってるんだけどな」
だから直史は、条件の良さそうなところを、買収できたわけである。
日本のゴルフ場の数は、バブル崩壊後の90年代に最高に達した。
そもそもバブルの一つであるゴルフ場開発が、なぜバブル崩壊後に最高潮に達したのか。
それはゴルフ場の開発が、バブルが弾けたからといって、すぐに止められるようなものでもなかったからである。
あの時代はバブルが弾けたなどと言っても、実はまだ余裕があった時代とも言える。
ただそこからどんどんと、ゴルフ場の数は減っていっている。
この動きに連動するかのように、男子のプロゴルフのツアー大会も減っていったのだ。
時代のスーパースターが出れば、一気に盛り上がることもある。
たとえば野球であれば、長嶋の大学からプロ入りが大きかったと言われる。
スポーツに限らず何かの競技であれば、スーパースターの登場で盛り上がるものだ。
そして一度盛り上がったら、そのスポーツを行うものが増え、新たなスターが登場する。
スターズは上杉の登場で、一気に人気を獲得した。
その後にも大介などがプロ入りしたが、高校野球ファンをたくさんプロ野球に連れてきたという点で、上杉は偉大なのだ。
もちろん大介も、甲子園でプロ野球をしているので、貢献度は高い。
ゴルフもまた一時代があり、その後にもニュースターは出てきたりしたのだが、今は国内の市場が小さくなっている。
やはり趣味として入るには、敷居が高いということもあるだろう。
プレイするのに必要な金も高ければ、練習するのにもそれなりの金がかかる。
また道具にかける金も高いし、ボールなども消耗品だ。
正直なところ直史は、ゴルフは体力の落ちてきた人間でも出来るため、そのあたりに価値があるとは思う。
しかし金のかかる趣味というのは同感であり、ゴルフ場を経営するのも税金対策の一つという面を持つ。
ただゴルフ政治というのは確かに存在するものなのだ。
ゆったりと広大なコースを回る間に、色々と話を決めてしまいたい。
もっとも今の、時間に追われる現代人には、そういう余裕はないのかもしれない。
それなのに女子ゴルフが盛況であるのは、スポンサーとなる企業の役員に、おっさんが多いからというのはあるだろう。
女子ゴルフではその飛距離は、アマチュアの男子と同程度であったりする。
もっともアマチュアにしても、競技でやっているアマチュアと、趣味でやっているアマチュアでは、かなり実力差があると言える。
「つってもゴルフなんて、野球と違って止まってる球を打てばいいだけだろ?」
大介の心無い台詞であるが、それは別に間違いではない。
「野球と違って打っていい場所が少なくて、しかも飛距離は野球の二倍も出るんだぞ」
なぜか直史がフォローをしたりする。
要するにゴルフというのは、ホームランの技術とバントの技術が必要なものなのだ。
あるいはピッチングにおいて、キャッチャーの構えたところに、確実に投げ込む能力か。
飛ばすだけでは勝てないし、かといった飛ばすほうが有利である。
「しょーちゃんにはそれほどでもないが、シロちゃんには役に立つ技術かもしれないな」
直史が言うと、なんでだという意見でさえ、なぜか説得力を持ってしまう。
日本のゴルフの金字塔を持つジャンボ尾崎は、実は元はプロ野球選手であった。
プロ入り後早々に、自分以上の野球の才能を見せ付けられ、すぐにゴルフに転向した人間である。
まあ野球選手というのは当時、運動神経の塊のような人間を、最も集めていた競技ではあるのだ。
そこからゴルフ向けの才能が出て行ったといっても、おかしな話ではない。
他にはプロレスラーのジャイアント馬場なども、元プロ野球選手である。
司朗のバッティングセンスは、その当て勘が先にある。
そこに後から、パワーを加えていったというものだ。
対して昇馬は、バッティングはパワーである。
しかしピッチングにおいては、高いコントロール能力を持っている。
もっともチェンジアップを投げられるといっても、緩急はそこまで差がつかない。
ゴルフという競技は、どこまで出す力を弱められるかも、重要なスポーツなのだ。
直史は練習場でそれなりに練習し、百合花に付き合った。
沖縄でのキャンプにおいても、休日にゴルフをやってリフレッシュする選手などはいた。
実は野球選手で、ゴルフを趣味とする人間はそれなりに多い。
そして腕前の方も、相当の選手がいたりする。
直史は意外と、大介はゴルフを好きになるのでは、と思っていたりする。
ただ上手くなるかというと、それは疑問だ。
青空の下でやるスポーツが、大介は好きなのだ。
そして意外なほど繊細に、バットでボールを打つことが出来る。
しかしそれで競い合うことに、意義を感じるかどうか、それがゴルフの上達の肝である。
直史のように趣味にしても、極めるように行う人間とは、そこが違う。
なんならその辺に作った、お手製のコースでプレイしてみるか。
「集中力が必要だけど、野球とはまた違ったものなんだよなあ」
直史が言うのは、それなりの理由がある。
「今度コースで競技会をするから、その時に顔を出してくれたらいい宣伝になる」
そんなことも考えているらしかった。
ゴルフという競技に興味を持つ人間はあまり、この中ではいなかった。
お嬢様育ちである恵美理も、ゴルフではなくテニスをやっていたぐらいである。
動的な負担は、あまりないのがゴルフというスポーツだ。
しかしスポーツの中では、かなり精度の細かい動きが重要となる。
佐藤一族の中で、肉体のコントロールに関して、一番優れているのは直史である。
もっともそれは、ピッチングという分野において、その才能を発揮するのだが。
司朗はバッティングにおいても、当て勘が優れている。
昇馬はそれに比べると、パワーで持っていくタイプなのだ。
バットコントロールで、確実にヒットを打っていく。
ヒッティングという点では、ゴルフクラブでボールを打つのは、野球のバッティングよりも精度が細かい。
年が明ければ野球漬けになる。
そんな司朗を連れて、ゴルフ練習場にやってきた直史である。
そこでまず見せられるのは、桜と百合花の親子による、ドライバーの飛距離である。
「なるほど」
さすがにまだ体格の小さな百合花は、それほど飛ばせるわけではない。
だが桜の打ったボールは、確かに野球のバッティングによる、最大飛距離を上回ってくる。
こういった練習場も、ゴルフ場に合わせてヤード表記である。
1ヤードは約91cmと、頭の中で変換する。
試しにと持たせてもらったのはドライバー。
これを振り回して、遠くに飛ばすというわけだ。
(なるほど)
何度か素振りをしてみたが、確かにこれは難しいと思う。
だが昇馬はともかく、自分には応用できる技術だとも思った。
最初から飛距離は、桜ほどではないがかなり出た。
しかしその方向は、真っ直ぐには飛んでいかない。
球の出だしから右に飛んでいくことが多く、さらにそこから曲がっていく。
ただ何度か打っているうちに、出だしを真っ直ぐにするのは修正できた。
優れたバッターは野球のバットも、まるで撓るかのように使っていく。
もちろん硬い木製のバットが、撓るはずはない。
だが実際にカメラで一瞬を撮影すれば、わずかに撓っているようには見えるのだ。
ゴルフのドライバーというのは、明らかに撓ってボールを捉えるものである。
その撓る分を計算すると、どうボールをつかまえるかが分かるのだ。
あとは曲がりをどうするかと、高い球と低い球をどうするか。
ゴルフクラブはバットと違って、打球面が平らに近い。
しかしボールが球である以上、絶対に接するのは一部分のはず。
だが野球も同じであるが、ゴルフもまた、ミートの瞬間を見ればボールは潰れているのだ。
司朗としては投げてくるコースと球種が分かれば、100m先の1m四方の看板に、打球をぶつけることが出来る。
もちろんそれは練習であって、試合ではそこまで器用なことは出来ない。
ただこのゴルフクラブで打つというのは、ボールを掴むという感覚が、養われるものである気がする。
野球のボールよりも、はるかに小さなゴルフのボール。
そしてドライバーでそれを打つのは、ティーバッティングと同じようなものだ。
ゴルファーの中には素振りをするにあたって、野球のバットで素振りをする練習を取り入れている選手がいるらしい。
またゴルフの握りは野球とは違うのだが、野球の握りでゴルフをしている選手もいる。
実際に桜も百合花も、ベースボールグリップで打っている。
二人は知らないことだが、これは実は理にかなっていたりする。
物理学的に左右の手が連動しすぎていない方が、打てるボールの種類は増えるのだとか。
司朗は別に、ゴルフにはまったわけではなかった。
だがゴルフクラブを使った素振りを、自分の練習の中に落とし込んだ。
野球は低めに投げるべき、というのはちょっと前のピッチングの常識であった。
今はむしろ低めは警戒すべし、という考えも多くなっている。
司朗の場合はゾーンなら、どのコースでも打っていける。
しかし低目を長打にするのは、バットのヘッドを加速する必要があると感じた。
ドライバーを使ったスイングであれば、低目をうつことが出来る。
SBC千葉などで、実際に低めの球を打ってみた。
これまでの司朗は、基本的に好球必打。
だが甘い球というのは、プロの世界では少なくなる。
もっともプロの世界でも、まだ球威だけで通用しているピッチャーはいるが。
今でもアウトロー自体は、充分にバッター攻略の手段なのである。
特に高校時代は、アウトローでカウントを取るピッチャーが、大変に多かった。
このコースに投げられなければ始まらない、という指導者は未だに多い。
だが強豪校相手には、どれだけ内角に投げられるか、というのが重要になってくる。
昇馬があれだけ打たれないのは、この内角に厳しく投げられるからだ。
おかげで少しデッドボールはあるが、フォアボールはまずない昇馬である。
プロならば内角も、普通に投げてくる。
司朗のような長身の選手は、外のボールには簡単に手が届くのだ。
もちろん内角が苦手というわけでもない。
しかし上手く内角を打つのは、それなりに違うスイングが必要になる。
全ては素振りから始まる。
だが単純に振ればいいというのではなく、ちゃんと打席であることを想定し、振っていく必要がある。
アウトローとインハイ、この二つのコースは、やはりピッチングの要ではあるのだ。
しかし人体の構造を考えると、インローとアウトハイというのも、それなりに打ちにくいもののはずだ。
インローはスイングがまさにゴルフスイングになってしまうし、アウトハイはバットの先が上がらないこともある。
大介のように無茶苦茶な、ボール球でも平気で打つ、というバッティングは出来ない。
あれは体が小さいのが逆に、上手く体をコントロール出来ているのだろう。
体操選手にあまり、長身の選手がいないのと、同じような理屈である。
大介のバッティングは、回転が肝になっている。
だから下半身が崩された状態からでも、腰の回転だけで持っていくことが出来るのだ。
司朗は上達するのに貪欲な人間である。
ゴルフクラブの素振りをしていると、むしろ短いクラブの方が、疲れていくことに気付いたりする。
バットコントロールを考えれば、外角のボールの方が飛ばしやすい。
インパクトでホームランが狙えるのは、一定の距離がある場合なのだ。
(まだまだパワーが足りないか)
球団のメディカルチェックでも、特に問題はなかった。
司朗はここから、バッティングをさらに伸ばしていかないといけない。
(センターのポジション、なんとか奪ってみせるぞ)
一年目から一軍スタメンを目指し、司朗のプロ野球生活の始まりは、もう目の前に迫っていたのであった。
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