四章 二つの世界
第102話 入団発表
ドラフト会義が終わってからは、実はスカウトは一番忙しかったりする。
もっともこの時期に忙しいスカウトは、幸福なスカウトである。
自分の担当した選手が、チームに入団してくるからだ。
何度かの調整を終えた後、司朗はタイタンズとの契約を完了。
そこに同席するのも、スカウトの仕事である。
12月には入団発表も行われる。
今年のタイタンズは支配下指名が六人に、育成指名が六人。
なんとも育成で取っている選手が、多いのである。
指名された当初は、自分のことでいっぱいいっぱいだった司朗。
しかし後から見てみれば、支配下の二位から四位までは、大卒と社会人のピッチャーを指名している。
五位には高卒の内野手、六位には高卒の投手と、かなりピッチャーに偏った内容だ。
改めてどうして自分を一位指名したのか、不思議な感じがしたものだ。
司朗は周囲が騒ぐ中、家では静謐を保つことが出来た。
なにしろこの辺りは、本物のお金持ちの多い地域。
下手にマスコミが騒ぐと、国家権力が制圧にかかる。
普通に警察が、規制をかけてくるだけだが。
それでも学校などでは、ある程度の取材を受ける。
タイタンズの一位指名というのは、これほども面倒なものなのか。
実際にかつて帝都一から一位指名で行った本多などは、やはり取材を受けていた。
だがあの年はタレントが揃っていて、他にも一位指名重複の高校生が多かったのだ。
実城や織田などがそうである。
ただその中で新人王を取ったのは、スターズに行った玉縄であったが。
翌年も新人王の資格を持っていた若手はいたが、その年こそセ・リーグでは大介、パ・リーグでは上杉正也が一年目から主力で新人王を取っていった。
帝都一の監督であるジンは、シニアからのバッテリーを組んだ岩崎が、やはりタイタンズに行っている。
一位指名ではないが、その年のタイタンズのハズレ一位は井口であった。
とにかくタイタンズは東京の球団で、注目度が高くなる。
競合した球団の多さも考えれば、マスコミが集まるのも無理はない。
しかし司朗は上手く、マスコミをまいて移動する。
もう学校の部活で一緒だと、周囲に迷惑がかかるのだ。
帝都一からは他に、エースの長谷川もプロ入りが決まった。
カップスというと育成の上手さで知られている。
上位指名でこそないが、カップスは指名した選手をしっかりと育てていく。
大量に指名してそこから、残った者を収穫する、という手段は使いにくい。
もちろん指名した選手が全員、ちゃんと一軍で戦えるようになるわけではないが。
司朗は自主練として、SBCに来ている。
千葉までやってくると、さすがにマスコミもその追跡が出来ない。
隔離された場所で、存分に練習をする司朗。
いくら競合指名の新人と言っても、結果はまだ何も残していない。
それなのに何か勘違いすれば、おかしなことにもなってくるだろう。
契約金の一億だとか、インセンティブだというのは、単なるご祝儀である。
またタイタンズの選手であると、変なところからタニマチがやってきたりする。
司朗は家が太いため、そういった関係に世話になることはなかった。
だが今の高校野球でも、個人的なスポンサーという存在はいる。
面倒なことにスーパースターほど、そういった魔手が伸びやすいのである。
タイタンズというのは特別な球団である。
球界の盟主を名乗るのは伊達ではない。
最近は成績も低迷しているが、V9という時代もあったのだ。
最強時のスターズやライガース、またレックスもそこまでの覇権を握ってはいない。
もちろん時代的に、タイタンズに戦力が集まることが多かった、というのはある。
ドラフトもまともに整備されていなかった時代だ。
その後にはジャガースが最強であった時代や、福岡が最強であった時代もある。
それでも九連覇というのはない。
そんなチームに入ったものの、司朗に気負いはないのだ。
何よりここでは、自分一人のための練習が出来る。
球速対策としては、武史がいてくれている。
セ・リーグということでついに、親子対決が実現する。
もっとも武史は既に、全盛期を終えてしまっているのだが。
直史は全盛期を維持している。
いや、違った形になっているというべきであろうか。
衰えた分を技術で補って、総合的には変わらないという恐ろしさ。
しかしその技術の底にあるのは、精神力である。
精神論ではなく、合理的な精神力だ。
思考方法によって、プレッシャーをかからないようにする。
その直史ともう、プロに入ればオフに堂々と、練習することが出来る。
果たして衰えに負ける前に、自分が勝つことが出来るのか。
大介に対抗して、打撃成績を残すことが出来るのか。
長打で優ることは、おそらく出来ないであろう。
しかし大介の選手寿命も、残りはわずかだと思う。
衰えていく力に対して、自分はこれからまだ成長して行く。
やがてその交わるところで、追い抜くことは出来る。
だがそれは大介が司朗に負けるのではなく、大介が老いに負けたということになるのだ。
練習では直史のピッチングを、打っていくことも出来た司朗である。
むしろ司朗の弱点を潰すために、直史はどんなピッチングでもしていった。
ただあまり投げなかった球種も、当然ながら存在する。
その中ではやはり、スプリット系である。
肘に負担がかかりやすく、直史の場合はスルーを使えば、スプリットは下位互換的な球種になるのだ。
年が明ければすぐに、NPBの各球団は寮開きとなる。
新人はまず全員、ここから寮に入る。
例外とするのは既に家庭を持っている選手だが、新人合同自主トレには参加する。
高卒の場合は基本四年間、大卒社会人は二年、寮に入ることが多い。
タイタンズの場合は高卒は長く、五年が期限となっている。
もちろん活躍すれば、さっさと出て行けということにもなる。
部屋の数も限られているから、自分で住居を用意出来るなら、寮の部屋を空けろというわけだ。
あるいはさっさと寮から出たいため、結婚して家庭を持つ選手もいる。
司朗の場合はこれが、初めての一人暮らしとなる。
なんだかんだ言いながら司朗は、ボンボンであるのは間違いない。
一人暮らしとは言っても、多くの家事は自分で行うわけではない。
どちらかというとこれは、共同生活に近いであろう。
なお父親の武史はさっさと寮から出るために、プロ入り後すぐに結婚をしている。
結婚をするからこそプロになったとも言えるのは、条件をはっきりとさせていたからだ。
武史と違い司朗は、将来のことをそれなりに考えている。
大学進学もそれなりに迷ったのは、選択肢の多さを考えたからだ。
野球だけをやっていても、上手くならないというのがアメリカでの考えだ。
むしろ他のスポーツもやってこそ、野球の幅を広げることが出来る。
司朗も確かに、母に付き合って色々とスポーツをやっている。
高校入学以降はほとんど野球だが、確かに脳の運動野が、広がっているのではという気はする。
ただプロに入るというその後、野球以外のことも考えるようになってきた。
40歳を過ぎてもプロでいる、父や伯父がいる。
だが平均的に考えても、30代の半ばで引退することが多いのだ。
その後のことを考えれば、タイタンズとは悪いチームでなかったと思う。
東京にいるがゆえに、マスコミとの接触も多い。
引退後にタレントとして働いている選手は、昔からたくさんいた。
武史がシーズン中、アメリカに単身赴任していることが多かったため、司朗は母の影響や、伯父の直史の影響を受けている。
引退した後のセカンドキャリア、というのがプロ野球選手にとっては重要なのだ。
司朗の場合はまず、メジャーに行くことを考えている。
それが可能かどうかは、実際にメジャーに行った伯父たちから見ても、可能性は高いと言われている。
少なくとも素材としては、充分に通用するのだとか。
ワールドカップに出て、アメリカや各国のピッチャーとも対戦した。
160km/h近いボールを投げてくるピッチャーは普通にいたが、それぐらいなら特に問題ではない。
日本のピッチャーの方が、球速は遅くても投球術は優れている。
そして日本人野手として成功した選手は、外野の方が多い。
内野に関しては大介はともかく、長く活躍出来た選手は少ないのだ。
入団発表は、12人の新人が集まって行われた。
この時に場合によっては、育成などは拒否して他の進路に行く選手もいる。
今年のタイタンズは、しっかりと12人を集められたようだ。
助っ人外国人の入団会見などは、また別に行われる。
選手の大型化が進んでいるが、それでも190cmある司朗が、一番大きかった。
まだ年にほんの少しずつ、伸びているのが司朗である。
母方はともかく父方の遺伝子としては、20歳ぐらいまで少しずつ伸びるらしい。
本当はぎりぎりで190cmない司朗だが、野球は身長でやるスポーツではない。
ただ体重は、もう少し増やした方がいいかな、と思っている。
ウエイトトレーニングで飛距離を伸ばす、というのは最後の冬の課題であった。
センバツから夏、そして国体までに大きくホームラン数を伸ばした。
安打製造機のアベレージヒッターだが、狙った時には長打を打つ、というのが長い間の司朗のスタイルであった。
しかし長打を基本としてからは、スカウトの数もさらに多くなった。
それまでもドラ一候補ではあったが、間違いなくドラ一競合と呼ばれるようになったものだ。
高卒選手は他に、支配下登録が二名、育成が四名いる。
支配下登録の選手はともかく、育成の四名は知らない名前であった。
地方の大会で、それなりの結果を残している。
素材枠というのが当てはまるらしい。
伯父やジンなどから、プロでの心構えなどはよく聞いていた。
特にジンの他には、鬼塚とも話したものだ。
「基本的にチームの同じポジションの人間はライバルだからな」
鬼塚は内野も守れるユーティリティ選手であったが、基本的には外野を守っていた。
司朗の場合は完全に、外野に絞っている。
もっとも高校まではピッチャーもしていたので、守備もしっかりとやっていた。
だがおそらくは外野で使われるのに違いない、と思っているが。
入団発表においては、色々なインタビューもあった。
司朗には将来の目標など、長めの質問時間が割かれていた。
「100試合以上は一軍の試合に出たいですね」
一年目からそれは、高卒野手としてはかなりの大望だ。
だが今のタイタンズを考えると、打撃でしっかりと結果を出せば、一軍キャンプに帯同出来るとも思うのだ。
早く一軍で試合をしないと、レジェンドたちが引退してしまう。
そのためにも本音としては、一年目から一軍のレギュラーを狙っていく。
打順がどこに固定されるか分からないが、三割30本30盗塁のトリプルスリーは狙っていきたい。
バランスのいい野手として、今はそういうタイプが求められるのだ。
メジャーで通用する選手というのも、身体能力が高くないといけない。
実力と技術はちゃんと、プロで通用すると伯父たちにも言われた。
だが一年目から気を付けるのは、調整して行く能力だとも言われている。
高校時代はいくら多くても、練習試合は週に四回までであった。
土日にダブルヘッダーというパターンであったが、それも毎週というわけではない。
プロは毎日試合があって、平均で週に六日は試合となる。
この毎日が野球という環境に、体を合わせる必要があるのだ。
司朗は参考までに、大介の一年目の数字を確認してみたりもした。
そしてこの一年目から、おもいっきり怪物っぷりを発揮していて呆れたものである。
NPBのシーズン打点記録を更新したし、打率と出塁率も更新している。
ホームランは更新しなかったが、それでも三冠王を取っていた。
こんな数字なのに、どうしてピッチャーはもっと敬遠をしなかったのか。
記録だけを見ると、そう思えてくるのだ。
大介の記録を抜くことは出来ない、と多くの人間が言っている。
それは確かに数字的にも、抜くことが難しいのは確かだ。
しかし本質的に言えば、最初はどのピッチャーも大介を、舐めていたのである。
あの体格でそんな長打を打てるわけがない。
あんなチビとの対決を、逃げてはいけない。
そうは言っても結局、最終的にはシーズン最多四球は大介となったが。
同じリーグに大介がいるので、タイトルを狙っていくのは厳しい。
かろうじて可能性があるとしたら、最多安打と盗塁王か。
ただ司朗は将来のためにも、ベストナインやゴールデングラブは、一年目から狙っていく。
特に重要なのは、新人王である。
もっとも一年目は二軍で鍛えてから、二年目の受賞を目指す、と考えるコーチ陣もいるだろうが。
100試合に出たいというのは、規定打席の到達も、意識していると言っていいだろう。
打者成績の多くは、大介の記録を抜くことが、ほぼ不可能である。
その中でまだしもありうるのが、最多安打の記録であろうか。
あとは盗塁を、どれだけしていくかということもある。
大介が最近は、盗塁の数を減らしている。
だからここもチャンスがあるかな、とは思っているのだ。
果たして一年目から、高卒野手がどれだけ通用するのか。
司朗は間違いなく強打者と言うよりは、ケースバッティングの出来る好打者だ。
たっぷりとしたインタビューの中には、今からメジャーの話まで出てくる。
プロで一試合もしていないのに、それを問うのは早すぎる。
司朗はそこもはっきりと、まずは試合に出なければどうしようもない、という正論で答えておいた。
結果を出す前から大口を叩くのを、司朗は嫌っている。
なんだかんだ武史も、大言壮語するのは嫌っていた。
だが内心では、どれぐらいの数字を残すべきか、目標は立てている。
しかしオープン戦で結果を残さないことには、そもそも出場の機会がない。
ドラ1の高卒野手など、チームの中からも潰される可能性がある。
別に悪意というわけではなく、こいつに勝てたら自分も上に行ける、という感情を持つからだ。
ただでさえ層の厚いタイタンズ。
その中で司朗は、嫉妬心とも戦っていかなければいけない。
契約金、インセンティブ、年俸と司朗は、新人の最高額に設定された。
ここから目指していくのは、まず一年目の開幕一軍だ。
タイタンズは一応、外野の三人は埋まっている。
このポジション争いにどう勝つのか、それがまず最初の競争だ。
「センターかライトになるんじゃないかな」
同居している従弟の明史は、そんな分析をしてくれる。
ただ別に特別なものではなく、誰もがだいたいは予想していることなのだ。
タイタンズはセンターが、守備的な選手である。
この守備力を上回ったら、打撃でおそらく上回る司朗は、センターを奪うことが出来る。
レフトは外国人なので、こちらはおそらく固定のまま。
あとはライトであるが、こちらもやや守備力が高い。
とはいえ外野の中では、肩の力が一番強いのは司朗だ。
そこをアピールしていけば、開幕一軍は充分に狙っていける。
また打順についても、おおよそ予想は出来る。
司朗はアスリートタイプのスラッガーなので、一番から四番までを打つことが出来るだろう。
今のタイタンズは、リードオフマンの打力にやや不満がある。
出塁率と走力はともかく、打撃力の問題なのだ。
司朗が果たして、どの程度の打撃成績をプロで残せるか。
高校時代に対戦したトップクラスのピッチャーが、プロではほぼ最低限のレベルなのだ。
もっともプロでもそういない昇馬から、司朗はかなりヒットを打っている。
まずはその身体能力を、数字で見せ付けるべきだろう。
そこからキャンプで一軍に帯同するのが、まず一番目先の目標であろう。
「しょーちゃんの球で練習したかったのになあ」
「俺たちで我慢しろ」
そう父と伯父に言われて、司朗は速球と変化球へ対応して行く。
同じ頃昇馬は、山で猪と戦っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます