第99話 同年代
昇馬は一年の夏どころか、春の時点からチームの主力となっていた。
もちろんこれは都道府県によって、春の大会の開催がいつか、というのも関係しているが。
三年生が引退し、最高学年となった昇馬たち。
その中には一年生の夏から、既にチームの主力であった選手が、かなり存在している。
準決勝で当たる、尚明福岡の風見もそうであった。
もっとも尚明福岡は、一度も昇馬から勝ち星を上げていない。
そもそも白富東に勝ったチームはあっても、昇馬から勝ったチームはいないのだが。
スーパーエースを壊してしまう、という話は昔はあったものだ。
江川卓が練習試合に招待され続けて、当時としては当たり前のように完投をして、調子を崩してしまったように。
大学時代も疲労骨折をして、江川の最盛期は高校時代であった、などとも言われている。
少なくとも無茶な登板があったことは事実で、その中で記録を作っていったのだから、怪物というのには相応しいものであった。
昇馬の怪物っぷりは、それとはまた別のタイプである。
尚明福岡戦、この準決勝の翌日、決勝戦が行われる。
初めての甲子園では、尚明福岡と二回戦で対戦した。
その時は三年生にも、プロ注のバッターはいて、二人でクリーンナップを打っていたものだ。
結局その選手は、地元の福岡にプロ入りしている。
ただ層の厚い福岡では、まだ一軍に出てきていないが。
和製大砲というのを、今の球団はどこも欲している。
またファーストやサードしか守れないタイプの長距離砲は、あまりMLBのスカウトも注目することがない。
大介でさえMLBでは、アベレージを打つバッターなどと思われていたのだ。
その上で30本前後のホームランを打てれば充分、というのが事前の評判であった。
結果的にそれを覆したのは、自分自身の実力のみである。
風見は甲子園がある兵庫を地元としながらも、福岡の高校に特待生としてやってきた。
一年生からサードを守り、そのままポジションを変えずに四番を打っている。
二年のこの時期に既に、高校通算50本以上のホームランを打っている大器。
だが長打力という点では、昇馬の方がそれを上回るのだ。
風見の狙っているのは、昇馬の速球を打つということ。
チームとして勝てるかどうかはともかく、狙ってしっかりとあの球が打てれば、プロでも充分に通用すると思う。
現在の日本の野球において、プロまでも含めて二番目に速い球を投げるのが昇馬なのだ。
それを納得出来るヒットに出来れば、もうそのままプロに行ける。
風見がそう考えている尚明福岡は、彼を四番ではなく、二番に置いた。
四番に置いておくと下手をすれば、四打席目が回らないと思ったからだ。
昇馬はこの試合の前に、鬼塚から提案を受けていた。
それは高校生でもトップ5に入るであろうバッターの風見に、打席ごとに投げる手を変えていく、というものだ。
つまり左だけではなく、右手も使って投げていく。
ふざけているわけでも、遊んでいるわけでもない。
ただ試合において風見レベルのバッターを相手に、充分に使えるかを試すのだ。
もしも点差がついていなければ、より精度の高い左だけで勝負してもいい。
だが間に右を挟むことによって、相手が慣れるのを防ぐことが出来る。
一回の表、尚明福岡の攻撃。
これに対しては昇馬は、いきなり右で投げていく。
左で投げるはずなのに、と向こうはやや混乱している。
右で投球練習をしていたのに、それでも直前で左に変えるのか、と考えていた。
一応は右でも、普通に公式戦で投げているのだが。
右で投げられるのは、ストレート以外では時々変わってしまう。
だが今はスライダーと、スプリットが投げられるようになっているのだ。
打撃の尚明福岡、とずっと言われている。
もちろんピッチャーも良くなければ、激戦区の福岡から、甲子園に出ることなど出来ないのだが。
それでも基本的には、ピッチャーを攻略してきた。
苦手なタイプはアンダースローや軟投派で、本格派には滅法強い。
そのはずなのに昇馬には、全く歯が立たない。
160km/hオーバーの世界が、そこにあるのだ。
右のストレートはあえて、キレイなものにはしていない。
コントロールも散ってしまうし、回転もバックスピンではない。
荒れ球が上手く、ゾーンの中で散ってくれる。
さらにクセ球であるため、ジャストミートは不可能に近い。
どうにかゴロぐらいは打ってくる選手もいるが、それすらも処理する白富東の守備。
まずは一回の表、三者凡退で終わらせた。
二番の風見も、内野ゴロで終わったのだ。
160km/hオーバーの右腕を、左バッターの風見が打てない。
これはかなりまずいことだろう。
今の強打者は本当に、左バッターが多くなっている。
それをどう打ち取っていくかが、重要な課題となる。
これだけ左バッターが多くなれば、キャッチャーにも左が増えて良さそうな気はする。
二塁へ送球するために、バッターが比較的邪魔にならないからだ。
ただ左利きのキャッチャーは、一度絶滅したために、教える人間が極端に少ない。
よくもまあ真琴が、左でキャッチャーをやって、それで通用しているものである。
一回の裏は、先頭打者が昇馬である。
一番出塁率が高く、一番足が速い選手が一番に入る。
実際のところ塁間の距離のダッシュなら、アルトの方が速いかもしれない。
それでも一番に昇馬を置くのは、相手のピッチャーにとっては一番の嫌がらせになる。
その日の立ち上がりで、いきなり最強のバッターと対戦しなければいけないからだ。
尚明福岡のピッチャーは、これまた球速だけなら150km/hがMAXで出る。
ただ平均球速で言うならば、140km/h前後である。
このスピードでまともに、昇馬と対戦するはずもない。
大介ならば打ったのだろうが、昇馬はボール球をしっかりと見極める。
そしてフォアボールで出塁したところから、白富東の攻撃が始まるのである。
白富東の攻撃は、基本的に一番から三番までで、一点は取ろうという構成になっている。
この初回も、出塁した昇馬をアルトがヒットで進塁させ、和真が外野フライを打ってタッチアップと、あっけなく先制してしまった。
三番までは長打を打てるという打順で、四番以降もヒットは狙っていける。
尚明福岡も九州を制しただけのことはあり、継投でしっかりと抑えてきたものだ。
だが次々と入れ替わるピッチャー相手でも、パワーで粉砕してしまう。
それが白富東の三連星である。
この三人で一点は確実に取る。
あるいはそれ以上を、前の打者によっては取れたりする。
九番に真琴が入っていると、向こうも油断は出来ない。
父親も打てなかった、甲子園でのホームランを、打っているのが真琴である。
もっとも直史の場合、打つ機会があまりなかったというのが本当のところだ。
昇馬は二巡目、得意な方のサウスポーに戻した。
一打席目とは違う球筋に、尚明福岡はついていけない。
継投して勝つという尚明福岡だが、基本的には打ち合いになることが多い。
しかし一点が入らないどころか、ヒットが一本も出ない。
二打席目の風見にしても、サウスポーから対角に投げられたボールで、見逃し三振をしてしまう。
角度があったため、確かに難しい球ではあったが、せめてカットはすべきであった。
中盤までに追加点を取って、白富東は二点のリード。
このサウスポーに戻した中盤、昇馬の奪三振ショーが始まる。
3イニングだけを左で投げるという、今日の投球。
スイングすら出来ない三振というのが、何度もあった。
そしてこの3イニング、昇馬は九連続三振を奪う。
これまでもやってきたことではあったが、尚明福岡相手に達成したのが、驚異的なことなのだ。
右で投げてもそれなりに、三振を奪うことは出来た。
だがあのクセ球であると、むしろ内野ゴロを打たせることが、昇馬としては楽になるのだ。
確実に三振を奪いにいくなら、左で投げた方がいい。
少し休んだり、ある程度の凡打を期待するなら、右がいいのであろうか。
ただ右に再びスイッチした七回、スプリットを加えたりする。
すると右のピッチングでも充分に、空振りが取れていくのだ。
対戦する風見とすれば、今日は四打席勝負するために、二番に打順を上げてきたのだ。
しかしここまでパーフェクトピッチをされていると、四打席目が回ってこない。
そう考えてスイングするのだが、それでも当たらない。
フルスイングではなく、ミートを狙っていく。
それでも外野まで運ぶパワーはあるのだが、まともにフェアグラウンドに飛ばないのだ。
超高校級、と言うべきなのか。
だがこれだけ全く打てないというのは、上杉以来であろう。
直史は一年の夏、甲子園に出てきていない。
武史は桜島相手に、ホームランを打たれている。
1-0で準決勝で負けた上杉が、昇馬と近い数字であった。
昇馬に比べるとずっと、一年生の時はチームメイトにも恵まれなかったが。
風見から三振を奪い、これでもう14個目の三振。
今日もまた20奪三振近く、終わらせてしまうのであろうか。
パーフェクトが見えてくるが、右で投げていれば弊害もある。
わずかに内角に入ったボールを、バッターが避けきれなかった。
袖にわずかにかすったが、これでデッドボール。
パーフェクトは途切れたが、昇馬の集中力は途切れなかった。
3-0というスコアで、準決勝の第一試合は終了した。
右で6イニング、左で3イニングと、完全に実験は成功していた。
ただ右でデッドボールのランナーを出した時には、盗塁も成功させてしまっている。
やはり完全に左右を、コントロールするのは難しい。
ただ余裕のタイミングでなかったことは、盗塁で三塁まで進ませることを止めたが。
110球19奪三振、デッドボール一つ。
つまりノーヒットノーラン達成である。
九州王者で強打の尚明福岡相手に、この圧倒的な数字。
プロのスカウトたちも見ていて、もはや顎が外れそうになっていた。
ただ両方の腕から投げていると、さすがに集中力はピッチングに向けられるのか。
バッティングのほうではヒットこそ打ったものの、フェンスに届くような打球はなかった。
ともあれこれで、左で3イニングしか投げずに、明日の決勝を迎えることが出来る。
その決勝の相手というのが、これから始まる準決勝第二戦の勝者である。
瑞雲VS青森明星
これもまたプロ注のピッチャー同士の対決である。
ただここの二人のエースは、150km/hオーバーではあるが、まだまだ体の線は細い。
成長期に無理をさせないという方針で、ウエイトなどはさせていない、自重トレーニングまでなのだ。
それで軽く150km/hが投げられる。
むしろ軽く投げているからこそ、150km/hに達すると言えるのか。
確かに今は、昇馬がこの世代のトップではある。
だがこの二人には、大きな伸び代が見えた。
ドラフトで昇馬に指名は集中するだろう。
ならばその隙に、将典を指名すべきか。
ただ将典はスターズが、かなり早くから獲得に動いている。
レジェンドの息子もまたレジェンドと、期待値は相当に高いのだ。
高校生の成長速度は、本当にとんでもないものがある。
中浜と中浦の二人は、昇馬が指名を集めてくれるならば、単独で一本釣り出来るかもしれない。
そう考える球団も、少なくはないのだ。
昇馬はおそらく、メジャーに行ってしまうだろう。
そのあたりを考えると、指名する選手というのは、球団の状況によって変わってくる。
昇馬と将典は、ピッチャーとしてのタイプはほぼ完成している。
あとはその土台に、どれだけを積み上げていくかだ。
しかし2m級の二人は、またタイプとしても未完成。
あるいはその完成形は、昇馬をも上回るかもしれない。
ただ2m級のピッチャーとなると、それを完成させることも難しい。
素材としては一級品であっても、その育成が上手くいくかどうか。
最後の冬を終えて、どこまでのピッチャーとなってくるか。
それを加えてもプロ一年目は、完全に体作りが中心になるだろう。
双方がエース同士の投げ合いから始まった。
継投で勝負しなければ、明日の決勝に響く。
そんな考えを全く無視したかのような、投手戦の始まりである。
高校野球の今年最後の大会だけあって、東京近隣のチームは見に来ていたりする。
どちらの投手もこれは、150km/hをオーバーして投げている。
しかし本格化するのは冬を越えてからか、あるいはプロに入ってからになるだろう。
チームの強さとしては、どちらもほぼ同じである。
エースが四番という、昔ながらの高校野球。
そしてその中では、先に瑞雲が一点を取った。
セットプレイからの一点で、きっかけはイレギュラーからのエラーであった。
せっかくのピッチングが、こういうエラーからの点で、集中力を失ってしまうというのはあることだ。
しかし中浦はここから、まだまだ集中して投げていく。
ただフルイニングを投げるのは、共に不可能であった。
六回までを投げて、1-0の状況で、どちらもエースを交代させる。
これはやはりまだ、大器と言われているだけに、体への負荷が大きいからであろう。
両チーム二番手以降も、それなりの全国レベルのピッチャーを揃えている。
だが試合はここで動いたのであった。
エースはマウンドから降りたものの、打席はそのまま回ってくる。
そこで中浦がツーランホームランを打ち、青森明星が逆転する。
ただし瑞雲も、また一点を取ってくる。
2-2のスコアのまま、延長戦に突入したのであった。
高校野球はもう、延長戦に入ると完全に、別のゲームになると言ってもいい。
タイブレークとなると、どちらのチームも確実に、一点ぐらいは取ってくるのだ。
ここで10回の攻防、双方が一点を取って11回に。
11回も一点ずつを取って12回に。
サッカーで言うならPK戦のようなもので、より細かい戦術もある方が、一点を取りやすいのだ。
最終的には12回、5-4で青森明星が勝利した。
一度は外野に下げた中浦を、もう一度マウンドに戻して、どうにか抑えたという試合であった。
(これはうちの方が、断然有利じゃないのか?)
鬼塚はこれを見ていたが、その判断は間違いでないだろう。
どちらのチームも、エースを温存したかったはずなのだ。
それでも勝利の欲に、青森明星は勝てなかった。
白富東は完全に、昇馬の疲労が少ない状態で、決勝に臨むことが出来る。
青森明星は果たして、エースの中浦をフルイニング登板させることが出来るのか。
(なんというか、関東大会の方が大変だったな)
鬼塚はそう思ってしまうが、それは別に傲慢というわけでもなく、純粋な事実であると思う。
青森明星も東北の強豪だが、総合的な実力は桜印の方が上だろう。
そしてそのエースにしても、まだ完全な状態では投げていない。
成長痛があるらしい、とも聞いていた。
ならば無理をさせてはいけない、と考えるのが鬼塚なのだ。
未来にはプロの世界が広がっていると思うと、そういう感想になってくる。
ともあれこれで、神宮大会の決勝カードも決定した。
高校野球今年最後の公式戦。
前評判ではやはり、夏の選手権を制した、白富東が圧倒的に優位などと言われているのであった。
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