第94話 どらふと!

 神宮大会の前にプロ野球ドラフト会議が行われる。

 正式名称は新人選手選択会議であるらしいが、まともにこれを使われることを、聞いたことがある人は少ないであろう。

 今年の注目としては、やはり神崎司朗の存在が挙げられる。

 俊足巧打の外野手として、元から評価は高かった。

 しかし最終学年に入ってからはパワーまでも身につけて、ほとんど止められないバッターとなっていた。

 公式戦での高校通算記録では、打率が八割ほどで、甲子園に限っても六割ほど。

 長打力でも高校通算100本塁打を記録したので、どこもが指名したい選手となっている。


 そして司朗が一位指名されれば、それは新たな記録が刻まれることとなる。

 即ち親子一位指名という記録だ。

 来年であれば昇馬なり将典なり、一位指名されてもおかしくはない。

 だが一年早く生まれたために、NPBでの初めての例となるのだ。


 一位指名は間違いないが、果たして何球団の競合になるか。

 ピッチャーが不足しているチームは、東名大の即戦力と見られる久世を指名するのでは、と思われている。

 だがこちらもこちらで、将来的にはMLBへの移籍を考えているという。

 そんなことはプロで実績を残してから言えとも思うが、先にこうやって宣言しておくのは、本人の気持ちの問題でもあるのだろう。

 おおよそこういう場合、球団が事前に一位指名を洩らしていたりする。

 しかし実際には、そういう情報と合致しなかったりするのだ。


 帝都一から指名されるであろう選手は、まず司朗が確定。

 エース長谷川もそこそこの順位で指名されると見られている。

 六球団が注目し、調査書を出していたのだ。

 ただ上位指名はないかなと考え、大学進学も視野に入れている。

 六大学の帝都大に、そのまま進めるルートなのだ。

 最終的にプロに行くほどに、成長するかどうかは分からない。

 だが大学野球の世界というのは、卒業後まで色々とつながっている。


 野球で生きて行くというのは、何もプロ野球の選手だけが選択されるわけではない。

 プロに関わるにしても、裏方の人間もいるのであるから。

 普通に球団職員もいるし、それこそ球場の販売店の人間もいる。

 野球を中心として、とても大きな経済活動が発生しているのだ。

 そこで食っていく限り、プロ野球は必要になる。


 だがやはり、プロを夢見る人間は多いのだ。

 その中でどれだけの人間が、本気でプロのトップになって、それだけで生活出来るようになるのか。

 司朗にとってそれは、夢ではなく現実だ。

 わずかにあった迷いも、勝負のためには消えていく。

 果たしてどちらのリーグになるのか、それすらも決められない。

 もう長くはないであろう、直史の選手寿命。

 それと公式戦で対決することが、司朗の今の最大の目標である。




 司朗はあちこちに、プロ球団とのコネクションがある。

 たとえば実の父である武史からは、最初に入った球団であるレックスと、現在の所属するスターズ。

 また高校の監督であるジンからは、やはりレックスとのつながりがある。

 チームとしては他に、東京つながりでタイタンズ。

 こう考えていくとやはり、関東の球団の方が、指名してくるのであろうか。


 ただ他の球団もスカウトのみならず、編成部のトップまで含めて、練習を見に来たりしていた。

 広島や兵庫、また愛知などからである。

 比較的少ないのは、福岡からの視線であろうか。

 もっとも福岡は素材型の選手を好むため、完成形に既に近い司朗は、あえて取りには来ないのかとも思われていた。


 司朗は内々で、出来ればセのチームがいいとも言っている。

 ただライガースやタイタンズは、ピッチャーの補強をしていくべきであろう。

 レックスがなしと考えると、もうスターズにフェニックス、そしてカップスあたりとなってしまう。

 スターズは武史がいるだけに、親子で同じチーム、という話題づくりをしにいくかもしれない。

 司朗としてもスターズを、拒んでいるわけではないのだ。


 ピッチャーがほしいかバッターがほしいかで、やはり選択は決まるだろう。

 また競合した後に外れた場合、誰を指名するのかということも、球団の首脳陣は考えているはずだ。

 あえてこの二人を指名せず、他を一本釣りというのも、ドラフト戦略としては正しい。

 またそれぞれのスカウトが抱えている、下位で化けそうな選手というのもいるのだ。


 今のドラフトというのは、もう随分とクリーンなものとなっている。

 それだけに司朗が色々と注文をつけているのは、球団からしたらマイナスのイメージにもなる。

 だが言っていることは、かつて大介が言ったのと同じことなのだ。

 つまり上杉と対戦したいから、それ以外のチームで、というものである。


 こっそりとではあるが、見つからないように密室の中で、スカウトと邂逅したりもする。

 その時点で司朗は、指名されても問題ないかどうか、それを語っていくのだ。

 また指名自体は問題なくても、その後のポスティングがどうなのか。

 これに関してはやはり、福岡が難色を示しているのだ。


 おそらくプロ入り後、五年ほどはNPBで働くだろう。

 長くて七年で、メジャー挑戦といったところか。

 金では動かないということを、どの球団も知っている。

 なのでおそらく、金で引きとめようというチームも、指名は避けてくるだろう。

 いっそのことライガースに行けば、さらに打撃力がアップするか。

 弱点を補うのは助っ人外国人に任せ、次の打線を作っていく。

 そういう考えもあるはずなのだ。




 野球部のクラブハウスに、報道各社の全員が集まることは無理であった。

 だから急遽、体育館を解放している。

 いくら帝都一が名門と言っても、複数球団から一位指名が確実と見られる選手など、そうそういるものではない。

 しかし守備と走塁、強肩が揃っていて、それを上回るバッティングを持っている。

 そんな司朗であるからこそ、外野のどこかにポジションを持って、上位打線を形成してほしいのだ。


 セのチームで一位指名を明言しているのは、タイタンズとカップス、そしてフェニックス。

 だがスターズとライガースも、他の選手を広言しているというわけではない。

 タイタンズなどはむしろ、東名大とのパイプが太いのだから、不足しているピッチャーを考えれば、むしろ久世を指名した方が自然ではないのか。

 だが新聞に書かれる名前は、司朗なのである。


 パで獲得を狙っているのは、北海道ウォリアーズ、埼玉ジャガース、千葉マリンズのこれまた3チーム。

 だが残りのチームにしても、他の選手を指名するとは、言っていないのも確かであるのだ。

 ただレックスだけは、司朗の獲得に、さほど積極的ではなかった。

 司朗はプロ入りを迷っていて、そして決めたのは直史との対戦のため。

 確かに高卒野手としては、久しぶりの大器ではあるのだろう。

 しかし契約においては、色々と条件を出してきそうで、それが迷う要因となっている。


 福岡コンコルズはまさに、ポスティングの点で迷っている。

 そもそも損得だけを考えれば、25歳まではNPBにいた方がいい。

 金銭的には間違いなくそうなのだが、司朗は完全に損得では動かない。

 実家が太いだけに、余裕があるのだ。

 むしろ野球に対して飢えていれば、直史が引退すればもう、次のステージを目指すかもしれない。

 それを見据えてどういう契約を望むか、それが分からないのである。


 契約条件が折り合わなければ、野球留学でアメリカに行くという。

 あるいはそのままメジャー傘下のリーグや、他の独立リーグに入ってしまうかもしれない。

 ハングリー精神というのは何も、金銭だけを目的とするわけではないのだ。

 もちろんプロは金を稼いでこそ、という考え方も間違っているわけではないが。


 ピッチャーとバッター、それぞれ一位で指名したい選手は一人。

 ただ素材としてさらに優れている、という選手ならばいるかもしれない。

 実際に地方の大学のリーグなどは、選手の評価をするのが難しい。

 一人だけ優れていたとしても、それでは全国までは勝ち上がってこれない。

 それでもプレイを見ていれば、おおよその評価は出来るであろうが。


 どのポジションの選手がほしいか、というのも重要なのだ。

 レックスは完全に、長打がある勝負強いバッターを探している。

 ポジションとしてはキャッチャーとショートは、しっかり打てるバッターが揃っている。

 あとはセンターぐらいであるが、それよりはもっと打撃を重視して、外野の両翼のどちらかに置けないか。

 ファーストは今年で25歳となる近本がいる。

 四番としてレックスでは打っているが、ケースバッティングのタイプの好打者だ。

 出来ればもっとパワーのいる選手がほしい。

 三島がポスティングで高く売れたら、それで助っ人外国人を取るのが、レックスの打線強化としては手っ取り早いのではないか。


 幸いと言うべきなのかどうなのか微妙だが、レックスの今の打線には、外国人選手が入っている。

 上手くそこを補強していって、ちゃんとそれなりの数字が出ている。

 それなのに得点がそこまで伸びていないのは、連打があまりないからだ。

 もっともそれをもって、勝負強いバッターがいない、などと言うのも乱暴であろう。




 いよいよドラフト会議が始まる。

 それぞれの球団がGMや編成、場合によっては監督までやってきている。

 一位指名が呼ばれていくが、最初から司朗の名前が呼ばれた。

「ジャガースか……」

 だがフェニックスもまた、司朗を指名していた。

 両チーム共に、外野が完全に埋まっているわけではないチームだ。


 ピッチャーもまた、東名大の久世が複数指名されている。

 二位以降はウェーバー制だが、一位のみは入札。

 この日本のシステムは、アメリカよりも優れたところだと司朗は思っている。

 アメリカはちょっと前までは、完全にウェーバー制という、下位だったチームから指名するものであった。

 もっともそれを狙ってわざと負けるということがあったため、それも変化している。


 ピッチャーとバッター、共に目玉は一人ずつ。

 その中で一本釣りを狙っていったのは、レックスと福岡だ。

 レックスは首都大学リーグの大砲を一位指名。

 ポジションが外野であるので、どこかに入ることが出来ると考えてのものだろう。

 福岡は熊本の高校生スラッガーを指名。

 これは同じ九州だからこそ、そのポテンシャルをしっかりと確認出来たということなのだろう。


 福岡と言えば育成が充実していると言われるが、一位指名などがなかなか、一軍に上がってきていない。

 いくら大量に育成で獲得し、その中から一軍の主力が出てきても、やはり上位指名をしっかりと育ててこそのドラフトだ。

 一年生の時には甲子園に出ているが、その後は九州大会まで。

 ピッチャーが強くなければ、やはり甲子園を目指すのは難しい。

 他の球団も指名は想定していたが、一位指名ではやはり司朗の方が、ずっと能力は高いと思われているのだ。


 レックスと福岡、そしてライガースが一本釣りに成功。

 ライガースが指名したのは、関西大学リーグのピッチャーである。

 やはり地元という意味合いもあるが、しっかりと数字も残しているピッチャーだ。

 ドラフトで久世を指名しても、外れる可能性を考えて、こちらを選んだのであろう。

 ピッチャーの補強が重要なことは、ライガースの編成も分かっているのだ。


 最多指名をされたのは司朗で、タイタンズ、カップス、フェニックス、千葉、東北、埼玉の六球団であった。

 そして大学ナンバーワンと呼ばれるピッチャーの久世は、スターズ、神戸、北海道の三球団である。

 なるほど確かに千葉は、ピッチャーは枚数が揃っている。

 そこに打撃でもてこ入れをしたかったのだろう。

 司朗としてはセが半分というのはありがたい。

 出来ればセのチームで、直史と対戦したいと思っているからだ。


 それにしてもタイタンズこそ、久世を獲得するべきではなかったか。

 東名大とタイタンズの間には、かなり太いパイプがある。

 もちろん司朗は司朗で、あちこちから声はかけられていた。

 そこで遠慮なく、ポスティングの件も話している。

 だから六球団のうち、タイタンズが指名してきたのは意外であった。

 

 逆にスターズが指名してこなかったのも、意外なのである。

 スターズは話題づくりのためには、絶対に司朗を欲しかったはずなのだ。

 得点能力という点でも、スターズは司朗を指名してよかったはずだ。

 なのに久世を指名したというのは、投手陣の能力の低下を、考えてのものであろうか。

 ただピッチャーに関しては、来年のドラフトが豊富そうである。

 昇馬と将典だけではなく、150km/hを二年生の時点でオーバーしている選手が、何人もいるのだ。




 司朗がこの六球団の中で、特に行きたいチーム。

 やはりセのチームであるか、あるいは千葉であろう。

 レギュラーシーズンの中で対決するだけではなく、日本シリーズでの対決まで考慮する。

 今の東北と埼玉は、はっきり言ってあまり強くない。

 千葉は去年も日本シリーズに出たので、ここならばレックスやライガースと、対戦してもおかしくないだろう。


 オフの練習やトレーニングでは、充分に直史を打てるのだ。

 だが自分よりもずっと、格上の打者である大介が、公式戦では直史を打てない。

 なんならオープン戦を見ても、直史はそれなりに打たれている。

 練習と試合では、全く違うピッチング。

 特にオープン戦とレギュラーシーズンでは、全く違うと言えるだろう。


 やはりこの中ではカップスであろうか。

 外野のポジションのどこかを、司朗ならば奪うことが出来る。

 フェニックスもポジション争いは、それほど厳しくないであろう。

 だがフェニックスはとにかく、今は弱すぎるチームなのだ。


 千葉に行くとしたら、それはそれで親近感がある。

 父の出身地であり、年末年始には必ず行っているところ。

 ただ選手として見た場合、本拠地球場は風の影響があるため、それを読むのが大変であろうか。

 風のことを考えれば、タイタンズかフェニックス。

 だがタイタンズの場合は、育成選手や助っ人外国人など、ポジション争いが厳しくなりそうだ。

 高卒の野手が一年目から、レギュラーを取るのは難しい状態であろう。


 ただタイタンズは、ピッチャーを補強ポイントとしていたはずだ。

 それなのに司朗を指名したのだから、早期の活躍も期待しているのだろう。

 将来的なメジャー移籍も考えると、やや敬遠したいチームである。

 だが司朗はスカウトに対しても、その旨をちゃんと告げているのだが。

(やっぱりカップスかマリンズかな)

 確率としては三分の一。

 果たして誰が、このクジを引くのか。


 球団社長も来ていれば、GMが来ているところもある。

 また監督が来ていて、それがクジを引くところもあるのだ。

(まあどのチームでも、あとは契約条件次第なんだけど)

 下手にメジャーを目指すよりも、一つ年下のピッチャーたちの方が、対決するのは難しいかもしれない。

 そして各球団の代表が、クジを引いていった。

 中身を確かめて、ガッツポーズをする。

「おやまあ」

 思わず司朗としては、そんな声を発してしまった。

 そんな彼に対して、カメラのフラッシュが浴びせかけられる。

 そして大量の、インタビューに応える時間がやってくるのであった。

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