第89話 現場と編成

 プロ野球の球団においては、ドラフトで選手を指名するのに、どこの意見が重要視されるのか。

 実は次代によって変わるし、球団によって決まっていたりもする。

 常識的に考えるなら、今の戦力を把握している、現場からの声を拾うべきであろう。

 ただ現場と言っても、一軍と二軍では役割が違う。

 当然ながらどちらの監督も、それなりに情報を共有して、今後のチームの戦力は考えるのだが。


 強いチームや、強くなりつつあるチームというのは、方針も明確になる。

 主力の故障で戦力不足が露呈しても、そのあたりは変わらない。

 昨今は高校生の段階で、既にフィジカルを鍛えまくって、伸び代があまりなかったりする。

 強豪校のエースや主砲ではなく、素材の高校生を下位で指名というパターンが多くなっているのだ。

 本当の即戦力は、大学や社会人から取ればいい。

 そんな中で司朗を、どう評価すべきなのか。


 一年生の時から帝都一で、四番を打っていた。

 長打も打てるが基本的には、チャンスで確実に打点を残すバッターであった。

 徐々に長打力は高くなっていったが、最後のセンバツからはそれが明らかに伸びた。

 冬の間の練習試合禁止期間は、集中的にフィジカルを伸ばせる季節でもあるのだ。


 甲子園で燃え尽きる高校球児も多いのだが、司朗はワールドカップと国体でも活躍している。

 これは確実にまだ伸び代がある、と多くのスカウトは判断したのだ。

 そして明らかにされる、その血統背景。

 実は鉄也以外にも、それを突きとめていたスカウトは、何人かいたのだ。

 隠してはいたがその球歴を追っていけば、分かる程度のものであったからだ。

 父の武史は、ピッチャーとしてNPBで活躍している。

 大学時代には一気に、その球速が伸びている。

 またプロ入り後、ピッチャーでありながら何本か、ホームランを打っている。

 ピッチャーでなくともバッターでも、それなりの選手になったのではと言われていた。


 選手の潜在能力は、遺伝的な要因が大きい。

 両親の身長を考慮して、選手の伸び代を考えるのは自然なことなのだ。

 そして司朗の場合は、母親も高校時代に、女子野球で日本一になっている。

 ポジションはキャッチャーで、バッティングにも優れたところを見せていた。

 父親が野球をやっていて、息子も野球をやるというのは、珍しいことではない。

 だが司朗の場合は両親が野球経験者で、母親も全国優勝をするレベルであったのだ。

 さらに調べれば、むしろ恵美理の方こそが、スポーツ万能であったことも分かる。

 武史は武史で、バスケットボールも得意な人間だった。


 こういった血統背景に、高校最終学年での急成長、さらに引退後もトレーニングをしているところを、プロのスカウトはしっかりと見ているのだ。

 昇馬などはマスコミに塩対応であるが、司朗はそこまで拒絶することもない。

 だが学校の方針で、かなりマスコミはシャットアウトされている。

 それでも引退してからは、ある程度の取材などを受けている。

 自分のトレーニングや練習に時間は、ちゃんと割いた上でのことだ。




 司朗の姿はストイックである。

 野球のために出来ることを、ずっと積み重ねてきた。

 このあたりを比較すると、昇馬は練習をしていないように見えるかもしれない。

 それは誤解であり、昇馬が鍛えるのは野球ではなく、己の肉体そのもの。

 練習嫌いに見える人間は、プロの世界では通用しない。

 もっとも昔から、隠れて練習をしているプロ、というのはそれなりにいたのだが。


 昇馬は昇馬で、基礎体力や体幹に柔軟性などを、自然の運動の中で伸ばしている。

 本人も自覚していないが、それはプロの長いシーズンに、耐えるための体作りだ。

 ただ分かりやすくスカウトが太鼓判を押すのは、やはり司朗の方であるのだ。

 昇馬は性格に問題があるように思われる。

 才能がありすぎたがゆえに、練習をしていないと勘違いされるのだ。

 そして本人もそれに対して、何か言い訳をすることなどはない。


 こんな司朗を獲得することを、どの球団も望んでいる。

 センターに打てる選手がいたとしても、他の外野で使えばいいのだ。

 体格的に内野などは、あまりやらせない方がいいのかもしれない。

 そもそも俊足で強肩の外野としての価値が高いのだ。

 元はピッチャーをやりつつ、その肩を活かすための外野であった。

 しかしプロのレベルでは、司朗のピッチングというのは、ちょっと通用しないものである。


 外野手として充分に需要がある。

 極端な話三つのポジションのどこかを守ればいいのだ。

 内野のポジションをコンバートするよりも、ずっと簡単なのが外野とは言われる。

 昭和の野球などはライトは、守備力の劣る選手がいるポジションだったりした。

 今ではライトはずっと難しく、カバーも重要なポジションとなっているが。


 司朗の条件を聞いた各球団は、それぞれが考え始める。

 高校生など札束を積み上げれば、落とせると考える人間もいるのだ。

 ただ司朗の場合は、実家の太さから考えてそれは悪手。

 むしろアメリカに一年間、修行のために行ってしまう可能性もある。

 あるいはそのまま、MLBに行ってもらったりしたら困るのだ。

 日米のプロ野球は、学生に対しては相互に、ドラフトで指名しないという了解を持っている。

 しかしなんらかの例外規定を作られる可能性はある。


 司朗を指名するならば、ポスティングを契約の条項に盛り込む必要がある。

 それを各球団は、どのように考えているのか。

 なおレックスは早々に、司朗の獲得からは退いている。

 ただピッチャーの出物である久世を獲得するのかというと、そこもまた迷いがある。

 即戦力の大卒投手とはいっても、今は必要なのは打撃力である。

 しかし三島がいなくなることを考えると、やはりピッチャーを取っておくべきか、とも思うのだ。




 素材としてみた場合、面白い選手はそれなりにいる。

 だがそれを一位で指名するほどか、というとまた違うのだ。

 一位指名というのはそれほどに、怪物じみた素質であるか、あるいは完全な即戦力であるか。

 そういったものを選ぶはずであるのに、まともに一軍の試合にさえ出ず、引退して行く者もいるのだ。

 今年の多くのチームは、司朗を一位で指名した後、外れた場合に誰を指名するのか。

 そのあたりの計算が、重要になってくるであろう。


 帝都一からは他に、エースの長谷川も指名されるのでは、と目されている。

 高校生は今の二年生が、素質としても実績としても、かなり目立っている。

 しかし三年生のピッチャーも、甲子園で活躍しなかったわけではない。

 そもそもスカウトというのは、即戦力か育成型か、チームの構成を見て編成会議で決まっていくのだ。


 その編成会議は、監督が意見を述べることもあれば、それはまとめられた上でGMなどが決める場合もある。

 基本的には現場のスカウトの、選手を見た目を重要視する。

 ライガースの場合は打撃面は、充分に足りているように見える。

 だが大介の後継者を、作りたいという意識はやはりあるのだ。

 もっともポスティングを既に、口にしているのが司朗だ。

 すると今のシステムだと、七年ほどしか使えないということになる。

 その七年のうち、どれぐらいを主力として使えるか、という話にもなるが。


「引退後も部内の練習に混ざり、また専門のトレーニングで体作りをしています。だから一位指名でも全く問題はありません」

 担当スカウトとしても、このように評価するしかない。

 ただあとは球団の編成でも、上層部がどう考えるかの話になる。

「神埼も久世も、ハズレ一位までは残っていないのは確実ですね」

 このあたりの認識は、どのチームも共通しているのだ。


 ピッチャーを選ぶかバッターを選ぶか。

 最近はともかくかつては、比較的ポスティングを認めていなかった、タイタンズなどはどうなのか。

 期待通りの主力となってくれるなら、ポスティング移籍は難しい。

 ただFAで海外移籍になってしまえば、人的補償なども発生せず、純粋に戦力ダウンとなる。

 この最初から契約に、ポスティングを認めてもらうという宣言は、生意気ではあるがそれだけの成績を残している。

 野球浪人も覚悟の上なら、金で引き止めることも難しい。

 ただ高卒野手というのは、一年目から活躍するのは稀なのだ。

 二年目から六年間、果たしてそれを認めるべきであるのか。


 球界の盟主などと言っていたのは過去のこと、確かに今も人気球団ではあるが、それは東京を本拠地としている地理的なものもある。

 やはり次代のスター選手というのは、我らが獲得しなければなるまい。

 そんなことを考えて、タイタンズも一位指名を決定する。

 セ・リーグのチームを司朗は期待しているが、パのチームも獲得には乗り出している。

 今のチームにピッチャーが必要か、バッターが必要か。

 それは二軍において、どのように次世代の選手が育っているか、それとも関わってくるのだ。




 本来はレックスなどが、一番ほしい人材であった。

 だが競合確実である以前に、直史とは対決したいと言っているのだ。

 レックスは結局、東名大の久世を一位指名するか、という方向で決まっていた。

 このあたりの情報は、おおよそ尾ひれなどもつきながら、普通に公開されていく。

 情報戦によって、牽制を入れていくのが、現代のドラフトである。


 戦力均衡のドラフトと言いながら、昔はタイタンズ一強の時代があった。

 そもそも一位指名であると、契約金が違った時代である。

 選手としても後の年俸を考えれば、資金力の高い球団に入りたい。

 それが当たり前のことであり、球団格差は大きかったのだ。


 またこの格差が一番大きかったのは、逆指名時代のことであろうか。

 大卒と社会人に関しては、選手が行きたい球団を、自分で指名できた時代。

 これは目玉の大卒選手がいたりすると、球団の裏金でとんでもない金額が動いていたのだ。

 契約金が一億と言いながら、実はその10倍の金が動いていた。

 あまりにこういったことが露骨であったため、やがて名前を変えつつも、最終的には消えていったが。


 今は各球団、それぞれが独立採算方式のため、下手に親会社の力が働く、ということもない。

 出場機会を考えて、志望する選手のしっかりといるのだ。

 絶対的なキャッチャーなどがいたら、そのポジションが空くのはかなり待たなければいけない。

 そのため球団としても、必要なポジションはちゃんと考えるのだが。


 キャッチャーというのは日米において、その働きがもっとも違うポジションであろう。

 日本の場合は特に、キャッチングやスローイングも重要だが、何よりもリードが求められる。

 圧倒的なバッティング力があれば別だが、基本的にリードの力は必要が。

 ただキャッチャーというのは、本当に難しいポジションだと言われている。

 なにせ社会人を通じて入ってきたキャッチャーであっても、まだ経験の蓄積が足りていないと言われる。

 そこからどれだけ成長するのか、その前にコンバートされたりもする。

 バッティングがよければ他のポジション、と回されてしまうことも多いのだ。


 ジンは様々なチームのスカウトと話をする。

 ただ今のドラフトというのは、随分とクリーンになっているので、監督から何かを言えることはない。

 しかし司朗は正直に言えば、チームを優勝させたいと考えている。

 するとセならライガースかカップスか、あるいはスターズ。

 パなら福岡か千葉、神戸といったあたりが外野のポジションで、司朗を使うかもしれない。

 この中で福岡などは、一年目から活躍するのは、難しいほどに選手層が厚い。


 タイタンズかスターズ、パなら千葉あたりがいいだろうか。

 どちらにしろ新人はしばらく、寮生活を送ることになる。

 高卒で四年、大卒や社会人は二年。

 ただ成績によっては普通に、もっと短く寮を出て行ったり、あるいはずっと寮にいたりもする。

「結局はどこに行きたいんだ?」

「センターが空いてるセのチームですけど、外野なら別にどこでも行けますからね」

 学校ではジンと、こんな会話をしていたりする。


 司朗はやはり、せっかくプロに入るのならば、そのトップに立ちたいと考えている。

 この場合のトップというのは、やはりMLBなのであろうか。

 リーグのトップとしては、確かにそうなのであろう。

 だが先に越えなければいけない壁は、直史との勝負にあると思っている。

 武史は間違いなく衰えている。

 父と一緒に優勝を目指す、というのも面白いかもしれない。 

 だが司朗にとって武史は、父親ではあるがあまり、それを実感してこなかった。

 長い間アメリカに、単身赴任していた影響である。




 司朗はなんだかんだ言いながら、ずっと親の庇護下で育った。

 プロの世界に入るというのは、寮生活が始まるというわけだ。

 もっとも家事に関しては、多くが自分ではやらなくてもいいことだ。

 一人暮らしと言うよりは、まさに寮生活なわけである。

 ただ関東の球団に決まれば、また実家に近いということになるが。


 日本各地に、プロ野球のチームはある。

 北は北海道から、南は福岡までといった感じだ。

 なんだかんだ言いながら、セ・リーグの方が楽だろうな、とは司朗も思っているのだ。

 このあたりは直史の影響が大きい。

 東京にいることの利点は、移動がとにかく少なくなること。

 それが分かっているからこそ、司朗がどういう選択をするのか、それは直史も気にしている。


 昇馬なども普通に、連絡を取ったりはしていた。

 むしろそのあたりのことは、真琴と話すことが多かったが。

 北海道も九州も、アメリカに比べれば近いものだ。

 武史はそんなことを言っている。

 しかしそんな武史も、基本的に日本においては、関東圏内のチームに所属しているが。

 今年の成績を見ても、充分にまだまだ戦力になっている。

 本当に来年、父と共に優勝を目指すかもしれない。

 もしもそんなことになれば、マスコミは派手に宣伝するだろう。

 ただそこまで都合がいいことはないだろうな、と司朗は普通に考えているのであった。

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