第83話 7イニングの無駄

 日本はグループBのリーグ戦を、全勝で駆け抜けた。

 南アフリカとの対戦では、本職投手ではない司朗なども投げたのだが、これでも圧勝。

 その前のベネズエラ戦も、コールドとまではいかないが、9-3の楽勝であった。

 結局最初のグループラウンドでは、アメリカとの6-4という試合が一番際どかった。

 それでも昇馬は圧倒するピッチングを見せて、3イニングを無安打に抑えたのであった。

 しかしリードしていた展開であったため、期待のランドルフとの対戦はなかった。


 ここまで戦ってくると、7イニングで終わるワールドカップが、なんとも軟弱なものに思えてくる。

 もっとも連戦ではあるので、ピッチャーの球数制限は仕方がないことなのだろう。

 そしてもう一方のグループでは、台湾がホームということもあり、危なげなく全勝した。

 これでスーパーラウンドに進出したのは、グループAからは台湾、韓国、プエルトリコの3チーム。

 日本のいるグループBからは、日本、アメリカ、ベネズエラという結果になった。


「メキシコが残らなかったんだな」

 昇馬はのん気に言ったものだが、おそらくそれは昇馬のピッチングで、主に打線陣の心が折れてしまったからではないか。

 他にはランキングの決まった時と今では、メンバーがもう変わってしまっていることもあるだろう。

 ここからは両リーグの上位三ヶ国ずつが集まり、順位を決定するプレースメントラウンドと、優勝と三位決定戦の進出を決めるスーパーラウンドとなる。

 アメリカとベネズエラでは、グループラウンドの結果がそのまま適応されるため、下手をしなくてももう、対戦しない可能性がある。

 アメリカのランドルフとは、ちょっと対戦してみたかった昇馬なのだが。


 ピッチャーとして見た場合、アメリカの打線のパワーは確かに脅威であった。

 だがフルスイングを意識しすぎたか、緩急についていけなかった。

 おそらく本物の技術らしいものは、大学なりMLBの支配下マイナーで、身につけるべきと考えているのだろう。

 この年代はまだ育成の段階。

 カレッジのスポーツはそれなりに注目度が高いが、それでもまだパワーとパワーのぶつかり合いという要素が強い。

 まずフィジカルを鍛えるというのは、日本でも同じことになってきている。


 夢のない話だ。

 そして皮肉な話でもある。

 昇馬のような遺伝的にも、そして環境的にも恵まれたフィジカルモンスター。

 小柄に生まれていれば、それはそれで体重別のスポーツでもしたであろうか。

 父親が体格のハンデを完全に、ものともせずに活躍している。

 それに触発されて、階級差のないスポーツにもっと、のめりこんだかもしれない。


 ともあれ残りの試合は四試合。

 韓国、プエルトリコ、台湾の順番で対戦していく。

 そして勝率の高い2チームで、決勝戦を行う。

 同日には三位決定戦も行われる。


 この日程だともしも台湾が勝率上位であった場合、連戦で日本と戦う可能性もある。

 日本はここで、投手の起用を考えていく必要がある。

 南アフリカ戦では、やや低い戦力のピッチャーで勝つことが出来た。

 そのためまた昇馬をはじめ、強いピッチャーを使っていける。

 そして決勝戦は、昇馬を使えばいい。

 105球も投げられるなら、おそらく7イニングは終わらせることが出来る。




 決勝で昇馬に投げてもらうには、スーパーラウンドの三試合、どれかには休ませる必要がある。

 アメリカとベネズエラには、グループラウンドの対戦成績がそのまま適応される。

 そしてここまでの試合を見た限りでは、一番楽に勝てそうなのは、韓国である。

 しかし韓国との試合を休めば、それ以降の試合は三連戦となってしまう。

 もちろん昇馬としては、その程度なら大丈夫と自認している。

 たったの40球ぐらいならば、疲れることすらないのだ。

 その言葉を聞いても、判断するのは監督の木下である。

「試合の勝敗次第だが、台湾戦に休んでもらおう」

 木下の判断は、あえてリスクを取るということであった。


 韓国とプエルトリコに勝ったなら、台湾に負けても日本は7勝1敗。

 現時点では台湾が5戦全勝、アメリカと韓国が4勝1敗である。

 勝率が同じになれば、直接対決の勝っている方が上と見なされる。

 すると日本は韓国に勝てば、まず決勝進出は決まるのだ。

 また木下の見た試合の様子からすると、プエルトリコはアメリカ型の野球。

 単純なフィジカル勝負であれば、昇馬のボールで戦意喪失するかもしれないのは、グループラウンドと同じことである。


 台湾と韓国の東アジアタイプの野球は、今回の大会で南北アメリカタイプのベースボールに対して、かなり有利だと分かっている。

 日本は他のチームの試合の勝敗を見てから、ピッチャーの起用を考えていけるのだ。

 まずは韓国との試合、これに勝たなければいけない。

 韓国は他のチームとの対戦が不利になるのを承知で、日本相手には勝利しようとして来る。

 チーム全体の実力はともかく、ここが厄介な点だ。

 日本は韓国相手に、全力を注ぐことなど出来ないのだから。


 ただ因縁をつけてくる相手の前に、既に昇馬は飽きていた。

「なんか相手弱くないか?」

 アメリカ相手にはそれなりに期待したのだが、それでもエンジョイベースボールであった。

 真剣にはやっているが、飢餓感をというものがなかった。

 甲子園で戦ってきた、都道府県代表の方が、よほど執念を感じさせた。

 そしてそれは日本代表においてさえ、同じようなことが言えるのだ。


 甲子園とワールドカップ、どちらの方が重要なのか。

 それはまるでアメリカに対して、WBCとワールドシリーズ、どちらの方が重要なのかと尋ねるのと、同じことであると思えた。

 高校球児が野球をするのは、甲子園に出場するためである。

 なんなら甲子園で一勝すれば、それでもう満足してしまうし、出場しただけで満足してしまう者もいる。

 ここにいるのはプロか、大学を経てプロを目指すのがほとんどのメンバーだが、観客数の少ないこの大会、甲子園のほうがよほど重要だ。


 チームは学校と、地元の期待に応えて出場している。

 夏は平気で四万人以上が入り、応援の演奏が激しいあの甲子園。

 それに比べると国際大会とはいえ、ワールドカップには熱量が足りない。

 南国の台湾では、普通に日本の夏場と同じ暑さはある。

 だが観客の熱気にしても、甲子園とは比べられるものではない。


 そんなところにやってきた韓国戦である。

「気をつけろよ」

 木下は特に昇馬にそう言った。

「韓国のピッチャーは平気で、当たる内角に投げてくるからな」

「りょーかいっす」

 試合前にそう言われた昇馬としては、わざわざ木下が言ったことを、ちゃんと理解している。




 韓国が先攻のこの試合、日本は昇馬を先発させる。

 3イニングを投げてもらって、序盤で一気にリードを奪う作戦だ。

 一番ピッチャー昇馬というのは、これまでもやってきたことだが、DHを上手く使えないのが痛いと言えば痛い。

 もっともこの年代であればピッチャーであっても、チームに戻ればクリーンナップということがほとんどなのだ。


 味方になって見てみても、本当におかしい。

 バッティング練習をしていれば、全てを柵越えで入れてしまうのだ。

 緩急を考えて、カーブを混ぜてもらってバッティングをしていても、練習では普通に長打になってしまう。

 試合ではこれに、さらにボール球が混じるため、なかなか上手くいかないのだろうが。


 そんな昇馬は本日も、三者三振の安定のスタート。

 だが韓国も、エースをしっかりと出してくる。

 内角に気をつけろ、というのは確かにその通りであった。

 肘の辺りを狙ってくるような、ボール球からいきなり入ってくる。

(親父だったらこれも、普通に打っちゃうんだろうなあ) 

 腕を畳んで打つことは、むしろ昇馬のように手の長いバッターは、難しいのだ。


 あっさりと回避して、次のボールを待つ。

 外に投げられたボールを、あっさりと左方向に打っていった。

 また内角に投げられることを考え、踏み込みは弱かった。

 だがヒットにする程度ならば、普通に出来ることなのだ。


 初回からまた一番と二番で点を取っていく。

 圧倒的な先制攻撃が、日本代表の武器になっている。

 ただ昇馬はそろそろ、この大会にも飽きてきていた。

 自分がそれほど働かなくても、日本代表はかなり強い。

 しかし負ける展開の時には、普通に負けることもあるだろう。

 その時の昇馬は、球数制限で投げることが出来ない場合だ。

 そんな制約の中では負けても、本当に負けたものとは言えないだろう。


 プロの世界では決戦において、球数制限などはない。

 そういう点ではWBCなども、MLBの興行のためのものでしかないのだ。

 最近は大介も、WBCには参加などしていなかった。

 年齢的にきついというのもあったのだろうが、アメリカチームの欺瞞にも気付いたからであろう。

 野手はそこそこ出ているが、ピッチャーは相当にチームの側が温存する。

 かつて日本側がエースクラスを揃えた時には、全く優勝出来なかったものである。 

 これでアメリカもピッチャーの主力を出して、勝てなかったら言い訳が出来ない。

 もっともその各国のエースクラスも、MLBに所属していたりはしたのだが。


 メジャーリーグは確かに、世界中のトップクラスの選手を集めていた。

 それだけに全盛期、上杉がほとんど投げず、それでいて投げた1シーズンでパーフェクトクローザーとなっていたのは、かえって皮肉にも感じられる。

 今は佐藤兄弟に大介もNPBに復帰し、あちらでは新たなスーパースターが出現していない。

 直史や大介を追いかけるために、NPBのチャンネル登録が増えているという、奇妙な現象も発生している。

 そしてライガースの応援などを見て、ハマってしまうアメリカ人もいるのだとか。

 レギュラーシーズンから既におかしい、と言われるライガースの応援は、確かにそうなのだろう。




 韓国はそれなりに粘ったものの、序盤につけられたリードに追いつけなかった。

 そして次のプエルトリコ戦、ここでも昇馬は投げる。

 台湾がなんとアメリカにも勝って、ここまで日本と並んで全勝を続けている。

 おかげでアメリカも韓国と同じく二敗したので、日本はプエルトリコにさえ負けなければ、決勝には進めることになる。

 ただ強いとは聞いていた台湾だが、これほど強いとは思わなかった。


 ピッチャーがいいのと、あとは打線が集中して、しっかりと点を取ってくる。

 基本的にはスモールベースボールだが、今年はタレントが揃っているというのもあった。

 ただランキングが三位ということを考えれば、それほど不思議でもないのかもしれない。

 昇馬がリリーフで投げて、プエルトリコ戦も勝利。

 そして決勝のために、台湾相手のリーグ戦は休みである。


 台湾はベネズエラ戦にも勝ったため、スーパーラウンドの最終戦は、全勝同士の日本と台湾の対決。

 なお決勝戦はどちらが勝っても、もう一度同じ対戦になるのが決定している。

 この試合はさすがに、現地でも注目されることとなる。

 台湾がアジア最強の日本相手に、果たして勝つことが出来るのかどうか。

 もっとも日本チームは、この試合には負ける可能性も、充分にあると考えている。


 三連戦になるために、この台湾戦では昇馬は投げないのだ。

 投げるのは明日の決勝戦で、そこでは球数に遠慮なく、フルイニング投げられるであろう。

 7イニング制で105球というのは、直史ならば余裕で完封してしまうだろう。

 昇馬であっても9イニングならば、100球前後でおおよそは完投してしまうのだ。


 これまでの試合に比べて、はるかに大量の観客が入っている。

 聞いてきたところ、ここまでの試合の最高は、台湾と韓国戦の動員で、おおよそ3000人であったという。

 今日はその倍以上が入っていて、内野席は全て埋まっている状態だ。

「台湾も鳴り物の応援するんだなあ」

 主催者発表では9000人が入っていて、かなりの盛り上がりを見せている。

 ただ日本の高校球児たちは、この程度の人数には慣れている。

 またほぼアウェイというのも、近畿以外のチームはおおよそ、経験しているものなのだ。


 甲子園というのは基本的に、大阪と兵庫の応援が猛烈である。

 そして近畿、さらには四国や中国となって西日本勢の応援が多い。

 あとは意外と、沖縄出身者が大阪などで働いていて、その応援も多かったりする。

 なんといっても沖縄には、プロ野球球団を作るのは不可能なのだ。


 これを見てやっと、やる気になってきた昇馬である。

 やはり観客がいないと盛り上がらないな、と考えるのが日本の高校野球に毒されてきたところだろうか。

 アメリカでもそうであったし、日本もシニアなどは、そこまでの盛り上がりはなかった。

 だが高校野球はアマチュアなのに、甲子園のおかげでとんでもないブランドになっている。

 父親とは違う性格のようでいて、お祭りが好きなことは似ている。

 しかしやる気を出した昇馬だが、この試合はピッチャーとしてはお休みなのである。




 台湾は基本的に親日の国家である。

 また同時に安全保障の点でも、緊密な連携が必要となっている。

 かつてはソビエトの脅威、近年では中国の脅威。

 もっとも大陸国家である中国は、海戦では日本に勝てない。

 核兵器を使えば話は別だが、それをするともう話が終わってしまう。


 直史などは基本的には財界の人間であるが、同時に経済は安全保障を前提として成り立っている。

 そこで昇馬に話したりもしたのは、核兵器の有効な使い方。

 それは海上での使用であり、相手の都市などを破壊しない使い方。

 これならばかろうじて、国際世論をどうにか出来るのでは、という悲観的な見方をしている。

 なおもちろん、その対象となるのは米海軍ではなく、海上自衛隊である。


 単純にアジアの同胞という以外に、そういったシビアな理由で、日本と台湾は友好的になっている。

 またかつて日本統治下にあったところから、文化が似ているということもあるだろう。

 歴史を調べてみれば、単純に友好関係などとは言えないのだが、それでもこういった試合においては、普通にフェアプレイが成立してくれる。

(でもまあ、全力でやるのは変わらないよな)

 一打席目からいきなり、またもホームランを打っている昇馬である。


 台湾もこの試合、落としても決勝を同じカードで行うと、分かっているのだ。

 そのためピッチャーに関しては、日本と同じく主力級を出してきていない。

 戦力の平均値を比べれば、日本は台湾を上回る。

 だが突出した部分で、上手く戦うのが短期決戦である。


 7イニングというのが、高校球児にとっては中途半端なのだ。

 かといってピッチャーが、50球以上を投げると一日の休みが必要となる。

 この試合はまたも、司朗も登板予定が入っている。

 そのためDHが使いにくいというのは、以前の試合とも変わらない。

 国際大会ではU-15も、DHを普通に使っている時代である。

 ピッチャーがそれだけ、専門職と思われているのだ。

 まあピッチャーに関しては、確かにローテーションがあるため、プロでDHを作るのもいいだろう。

 だが日本においては基本的に、一番優れた選手がピッチャーをする。

 つまりバッティングにおいても、充分な能力を持っていたりするのだ。


 適度に点が入る試合になった。

 ただ台湾の場合は、ピッチャーが完全に分担されているらしい。

 日本と違って上手く、本職だけで回していく。

 そのため捉えようとしたところで、ピッチャーをすぐに代えていく。

 これは長打の一発がほしくなるが、日本は基本的にスモールベースボールなのだ。


 WBCなどにおいても日本は、投手の継投で勝って行く。

 ピッチャー大国であることは変わりはない。

 ただこの年代は、比較的ではあるがピッチャーが弱かった。

 それがこのスーパーラウンド、第三戦の結果につながったと言えよう。

 4-3というわずか一点の差。

 日本はこれに、追いつくことが出来なかった。

 ピッチャーの運用制限がもっと緩ければ、あるいは日程がもっと楽なものであれば。

 そうすれば勝っていたのは、日本であったかもしれない。


 重要なのは決勝戦で勝つこと。

 選手たちはそれが分かっているが、それでも負けて悔しいことは当然である。

「なんつーか、スカッとしない試合だったな」

 自分はスカッとホームランを打っていながら、昇馬はそんなことを言う。

 ピッチャーもやった司朗は、この試合はやや打撃が低調に終わっている。

 それでも大会のホームラン王は、昇馬と司朗が六本で、三位以下を引き離している。

 司朗の場合は首位打者と打点王も取れそうで、日本が優勝すればMVPなのかもしれない。

 ただそれはないだろうな、と当の司朗は思っていたが。


 決勝は昇馬が投げるのだ。

 もう次の試合を考慮する必要がないため、105球を投げることが出来る。 

 日本代表がやっておくべきことは、試合が終わるまでに一点を取ること。

(怪我でもしない限り、本当にそれで勝っちゃうからなあ)

 スタジアムからホテルに戻るバスの中で、昇馬は少し不機嫌である。

 自分の力の及ばないところで、試合の勝敗が決まってしまったという感覚。

 気質的にやはり、昇馬はピッチャーであるのか。

 そんな従弟を心配する司朗は、キャプテンであるが同時にお兄ちゃんであった。

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