第82話 力の一番と技の二番
一番昇馬に二番司朗というこの打順。
後続のバッターもそれなりに打てる人間を揃えることで、とんでもない破壊力になっている。
海外のピッチャーの日本のピッチャーに劣る部分は、盗塁対策というのがよく言われる。
MLBなどは特に、ピッチクロックと牽制球の制限のために、かなり盗塁数が爆増したという現実がある。
ワールドカップにも20秒ピッチクロックはあるが、そもそも高校野球は投球間隔が短い。
そのためさほどの問題となってはいないのだ。
今大会の日本代表は、ピッチャーの層が薄いと言われている。
確かに去年に比べるとプロからの指名も少なくなりそうで、また今の二年の方が充実しているとも言われる。
具体的には甲子園の決勝、両チームのエースが共に二年生であった。
「白富東、決勝ではえげつないことしてたよな」
「何が?」
待球策のことであるが、桜印も同じことは考えていたのだ。
ただ、実行が不可能であったというだけで。
このグループラウンド第三戦、アメリカとの試合は、かなり重要なものとなる。
試合のシステム的に、このグループラウンドか、あるいは上位の勝ち進むスーパーラウンド、一度だけは負けてもまず決勝に進める。
グループAの方では台湾と韓国が、地理的な条件もあってか順当に勝利している。
この2チームが勝ちあがってくることは、まず間違いないであろう。
日本としてはグループリーグをトップで通過したい。
それもただトップなだけではなく、全勝での通過だ。
世界ランキング一位であるのだから、当然ながら狙うべきであろう。
ただ試合をリードされて終盤に入ると、ランドルフがクローザーで出てくる。
アメリカとしても国際大会で、いつまでも日本に勝たせているわけにはいかない。
世界最強のリーグがあるのだが、そもそも世界中の選手を集めているのだから、それも当然という話だ。
サッカーにしても今は、ヨーロッパのリーグが最強である。
しかし選手は南米から、多くの人材を獲得している。
いくらアマチュアで他の国が強くても、結局はアメリカのリーグにやってくる。
それで自尊心を満たしているところが、アメリカという国にはあるのかもしれない。
なんだかんだと言いながら、外の力も吸収して行くことで、強くなってきたのがアメリカという国だった。
昨今はさすがに、思想の汚染がひどすぎると思われる。
もっとも外からの人間を受け入れて、色々とひどくなっているのは、日本も同じであろう。
島国の利点を活かせなかったのは、政治の失敗である。
ただ昇馬には、こういった思想はない。
アメリカに住んでいた時には、ランドルフなどという名前は聞かなかった。
おそらく成長して急激に、スピードが上がったのであろう。
終盤に入ってこれを、打てるとしたら昇馬か司朗ぐらい。
武史のボールでスピードには慣れているのだ。
ただこの試合は、序盤が重要になる。
昇馬が先発せずに、リリーフで使われるのだ。
公式戦でもこれまで、リリーフをしてきたことはある。
だが優勝候補のアメリカ相手に、二年生がリリーフをするという状況。
もっともこれを聞いても、出来るだろうなとしか思われない。
ただメキシコ戦と同じく、序盤から心を折りにいかないのか、という疑問はあった。
これには木下は、明確に答えることが出来る。
「アメリカはこのスピードに、ある程度対応出来るだろうから」
同じチームのクローザーが、このスピードで投げるのだ。
昇馬には基本、最後の3イニングか、スコア次第では2イニングを投げてもらう。
メキシコ戦の場合、初めてリアルで見た昇馬のボールで、メンタルの対応が間に合わなかったとも言える。
だがアメリカは、既にこれを知っているのだ。
知っていれば打てるというわけではないが、少なくとも覚悟は出来ているだろう。
甲子園にしても昇馬を、なんとか攻略しようというチームがいくつもあった。
アメリカ全土から集めた選手が、それを上回るという可能性はあるのだ。
ただ100マイルで小さく曲がるボールなど、メジャーに行かなければ見られないだろうが。
先攻はアメリカに取られた。
この試合に限ったことではないが、出来ればこちらが先攻を取って、昇馬と司朗の二人でいきなり殴りつける、という手段が取りたかった。
スモールベースボールを行う日本であるが、ダイ・シライシの息子は特別である、という認識をアメリカ側も持っていた。
父親はバッターとして永久不滅の記録を作り、息子はピッチャーであるが投げる時にはDHを使わない。
スラッガーとしての能力が、相当に高いことも知られている。
日本の先発は刷新の沢渡。
同じ関東のチームであるので、昇馬も司朗も対戦したことがある。
栃木県の名門強豪としては、昭和の時代から知られている。
最後の夏の甲子園にも出場していたが、上田学院に三回戦で負けている。
白富東もこの間の春の関東大会で当たっているが、昇馬は6イニング投げて14個の三振を奪っていた。
そんなに攻略が難しかったかな、と昇馬は思い出そうとする。
だが勝った試合は基本的に、すぐに忘れてしまうのが昇馬である。
和真がホームランを打った試合であるが、そのあたりも記憶があやふやだ。
興味がないことこそ人は、なかなか憶えていられないものなのだ。
昇馬はアメリカでも、普通に野球はやっていた。
だが本格的に、州の代表選手に選ばれるような、そこまでの熱意は持っていなかった。
野球の大会で何日も拘束されるなら、他にやりたいことはある。
とはいえあちらにいた頃から、とんでもないモンスターがいるとは言われていたのだ。
他のスポーツにも誘われたが、バスケットボールの他には格闘技などを少し。
それよりも州をまたいで、猟銃などを撃ってみたりした。
そんな昇馬はとりあえず、この初回の立ち上がりをライトから眺める。
沢渡はそれなりにいいピッチャーであったが、昇馬の対戦した中では、特に注意すべきピッチャーでもなかった。
対戦して攻略が難しかったのは、やはり桜印の将典である。
何度も対戦しているが、そのたびに進化しているので、アジャストするのが難しい。
お前が言うなという問題であろうが。
アメリカ戦ということもあってか、この試合の観客数は多かった。
考えてみれば現在の、世界ランク一位と二位の試合であるのだ。
台湾もプロ野球リーグがあるわけで、当然ながら注目度が高い。
ワールドカップが自国で行われるとしたら、それは注目されるだろう。
日本にしてもサッカーのワールドカップがあった時、日本以外の強豪チーム同士の試合は、しっかりと注目されていた。
たださすがにU-18という年代別では、そこまでの訴求力はないか。
甲子園はおろか地方大会でも、高校野球はもっと客が入っている場合が多い。
特に県大会などでも、準決勝や決勝にまで勝ち上がると、野球好きおじさんがやってくるのだ。
スタジアムの規模に比べれば少ないが、それでも1000人は入っている。
基本的に日本の試合は注目度が高く、他の国の試合と比べても、比較的客の入りは多い。
もっとも時間帯や曜日の都合もあるだろうが。
出来るだけ客を呼べそうなカードは、休日になったり夕方以降になったりしているのだ。
アメリカの攻撃は、かなり積極的である。
分かりやすいパワー野球ではあり、正面から投げた沢渡は、いきなり長打を浴びていた。
そこから修正はしたのだが、先に一点を取られる。
もっともそこを最少失点にするところが、日本の野球と言えるだろう。
そしてその裏、日本の攻撃。
今日も一番は昇馬の打順である。
アメリカのピッチャーはそれなりに、データが残っている。
このピッチャーは既に、リーグ戦でも投げているのだ。
サウスポーではなく、球速が160km/hに達するピッチャー。
正確には100マイルなので、さらに速いのだ。
まだ原石のままなんだな、というのが昇馬の感想である。
日本の場合は高校野球で、既にある程度の完成形にするものと、素材のままで伸ばすのと、指導者の質が大きく二つに分かれる。
だがプロにいくのは、既に高いレベルのプレイをしながら、まだまだ伸び代があるという選手。
伸び代のない完成形の選手は、なかなか取ることは難しい。
高校生の時点で既に、成長曲線が止まっている選手は、それなりにいるものなのだ。
アメリカは日本よりもずっと、アマチュアの場合は選手を伸ばす方向にある。
大学にまで行っても、カレッジベースボールは相当の人気だが、プロとは違うという意識が大きい。
自分の可能性がどういうものなのか、判断するのが日本よりもずっと遅いのだ。
猶予がある、という言い方をしてもいいかもしれないが。
25歳ぐらいになって、ようやくメジャー昇格という選手も珍しくない。
それでしっかりと戦力にはなっているのだ。
中にはもう10代の頃から、戦力になるという選手もいないではない。
だがMLBでは最初は、誰もがルーキーリーグから入る。
もっともアメリカでも、ドラフト外から入ってきた選手などは違う。
他の国のプロリーグの選手などであったりすると、当然ながら即戦力を求められる。
そこで意外なほど、アメリカの野球には適性のないことが、分かったりする選手もいるのだ。
このピッチャーも、完全にまだ素材なのだろう。
(なんかほとんど警戒されてないってのも、新鮮なもんだな)
そう思いながら、昇馬は遠慮なく甘いゾーンのボールを打った。
161km/hが出ていたという、アメリカの先発の中でも、ストレートには自信を持っていたピッチャー。
ただ最近はアメリカでも、普通に球速だけでは通用しないと、分かってきてはいるのだ。
かといって球速の出ない技巧派を求めるのではなく、球速があって技術もあるというのが、あちらの当然になっている。
昇馬の打球はライナー性のもので、そのままバックスクリーンに着弾した。
特にガッツポーズもせずに、ダイヤモンドを一周する昇馬。
この後には司朗もホームランで続き、大会二度目のアベックホームランとなったのであった。
アメリカの野球は、ベースボールである。
ルールが同じであっても、性質が全く違うと言われていたりする。
プレイボールで始まるベースボールは、楽しむためのもの。
もちろん真剣に勝負してこそ、本当の楽しさに行き着くのだろうが。
一発勝負であると、やはり高校野球のトーナメントを経験している、日本の方がシビアに作戦を立ててくる。
だが甘いところに入ると、アメリカ人は振り回して、長打を狙ってくる。
ホームランを打つのが現在のトレンドではあるし、確かに体つきも日本代表より、一回りは大きいだろう。
ほとんどの選手が、180cm以上の日本代表より上なのだ。
昇馬よりも大きな選手もランドルフ以外にいる。
ただ体格だけを言うなら、他のチームにも昇馬以上の長身はそこそこいるのだ。
日本は二人目のピッチャーを出していったが、基本的には点の取り合いになっている。
これは昇馬が三人目として、3イニングを抑えることを期待されている。
ただ昇馬は自分に自信がないわけではないが、この打線を相手にするなら、将典の方が適任なのかなとも思った。
5-4で日本リードのまま、五回の表に突入する。
ここからが昇馬の出番である。
キャッチャーは日本の場合、並行起用をしている。
ピッチャーとキャッチャーの相性というのが、どうしても関係してくるからだ。
ただ昇馬のボールをキャッチする技術となると、高島が一枚上手となる。
そもそもキャッチャーとして、チームを甲子園に連れてきた選手なのだ。
「コントロールのいいピッチャーは、リードするの楽だ」
ブルペンで投げていた時には、そんなことも言っていた。
アメリカ側としても、一番の要注意ピッチャーとは理解していたはずだ。
甲子園の映像を手に入れれば、昇馬が一点も奪われていないのが分かるはず。
もちろんコーチ陣はちゃんと、データを仕入れている。
ただ多くのアメリカチームの選手は、この後の進路を決めている。
奨学金をもらって大学に進み、自分のキャリアをどう作っていくのか。
大学ともなれば全米規模の大会もあるため、いよいよ自分の本当の実力が分かってくるのだ。
昇馬はその前に、立ちふさがる存在である。
基本的にリードは、高島に任せている。
だが初球からインハイというのは、相手を脅すためのものであるか。
この国際大会、実は少しアメリカには、不利な部分もあったりする。
それはストライクゾーンが、通常のものとなっているということだ。
アメリカの場合は基本的に、内角のボールは少し、ストライクゾーンが狭くなっている。
バッターに当たらない外角で勝負しろよ、というのが暗黙の了解なのだ。
これは昇馬も知っている。
だがそれを承知の上で、インハイを要求されるならば、投げてしまうのが昇馬なのだ。
ここまでフォアボールよりも、圧倒的にデッドボールが多い昇馬。
遠慮なく投げたインハイのストレートに、相手の打者の腰は大きく引けた。
昇馬を見る視線に、厳しいものが混ざっている。
もちろん昇馬としては、そんなものは怖くはない。
そもそもコールはストライクとなっているのだ。
次からは外のボールを投げて、最後にも外のボールを空振りさせる。
さほどのスピードも出していなかったが、沈むタイプのツーシームを投げたのだ。
続いてこのイニング、バッターは三者三振。
想定以上のスピードと、何よりも軌道と考えていただろう。
ストレートを打てないことで、速球に強いはずのアメリカ打線も、相当に驚いたようであった。
スピード自体には、なんとか付いて来る事が出来るのか。
100マイルオーバーのピッチャーなど、MLBならば珍しくはない。
ただこの年代でも、なんとか当ててはくる。
すると昇馬としては、球数のほうが気になる。
ツーシームを投げてゴロを打たせようと思うのだが、アメリカ打線のスイングはそれを、ファールにしてしまう力を持っている。
なるほどフライボール革命は、手元で曲がる球に対応する手段の一つだ。
ただアメリカ打線は、分かっている限りでも完全に、アッパースイングの信仰者たち。
それならば高めのストレートを投げれば、それには対応出来ない。
ゾーンの高さの調整で、空振りを奪っていく。
そしてチェンジアップを投げることでも、空振りを奪うことは出来るのだ。
高島のリードは昇馬の特徴を、完全に引き出したというものではない。
だがこうやって実戦で試していくうちに、かなり息が合うようになってくる。
こんなピッチャーがいれば、それはもう高校レベルなら、無双も出来るであろう。
琵琶学園のエースは、球速はそれなりにあるが、コマンド能力はかなり低め。
要求してもその通りには投げられないので、ストライクかボールか、あるいは球種でリードするしかなかった。
プロも注目していたが、取られるとしても完全に、素材枠になるものだろう。
高島自身は、大学進学を考えている。
将来的にはプロに進みたいが、高卒のキャッチャーというのがなかなか、プロで通用しないことは知っている。
また経験を積めば通用しそうでも、打撃がよければそれまでに、コンバートされてしまうのだ。
だから大学でもしっかりと実績を残し、そこからプロ入りを目指すのだ。
キャッチャーというポジションにこだわりたい。
高校ではやはり、対応するピッチャーの数も、それほど多くないのだから。
琵琶学園は一応、ピッチャー五人体制を取っていた。
その全てを高島は把握していたのだが、それでもプロのピッチャーに比べればどうであるのか。
やることが多いのが、プロのキャッチャーである。
もちろん高卒で正捕手にまでなれば、それは長く活躍出来るものかもしれない。
しかしキャッチャーは、本当に正解の見えにくいポジションだ。
このポジションをやりたいのならば、より多くのピッチャーの球を受け、経験を積んでいかなければいけない。
その点では昇馬と組んだことは、高島にとっても幸運であった。
これだけのスピードボールであるのに、コースどおりに投げるコマンド能力がずば抜けている。
インハイに平気で投げ込むなど、高校生レベルではない。
まさに超高校級の、さらにその一つ上。
怪物と呼ぶに相応しいピッチングで、アメリカ打線を封じている。
この剛速球を持っているのに、緩急の取れるチェンジアップ、カーブ、そして変化量の多いスラーブなども投げられる。
またサウスポーのツーシームは、左バッターの懐を抉る。
本来ならば打ちやすい内角であっても、このツーシームが打てない。
これだけのピッチングをしているのに、バッティングも優秀。
一番と二番のコンビだけで、日本代表は多くのチャンスを作り出している。
(映像のデータだけを見ていても、分からないだろうなあ)
ストレートにタイミングを合わせていても、カーブで空振りが取れる。
あまりにも楽なリードを知ってしまって、高島は甘くなってしまいそうな思考を、何度も現実に揺り戻すのであった。
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