三章 飛躍

第80話 世界大会

 U-18のワールドカップは、アジア大会と世界大会が交互に行われるのが、おおよそ通例となっている。

 そしてその主力となるのは、日本の場合は高校三年生。

 もっとも過去に年齢の規定が違った時代には、大学の一年生や社会人一年生などで、チームを作ったこともある。

 ただ日本は長らく、このカテゴリーでは勝てなかった。

 理由としては単純で、甲子園や秋季大会と、日程が重なっていたからである。

 おおよそ期間が決まってからは、甲子園後の三年生をメインにメンバーが集められることとなっていた。

 だが夏の甲子園で全てを出し切った者や、次のステージはプロと決めている者など、モチベーションが低かったために実力を発揮し切れなかったと言える。


 またこの大会は集客力にも問題があった。

 地元の開催国であればともかく、その他の国の試合はあまり注目されることもない。

 もっとも現在では万全のメンバーが全員揃えば、普通に勝ててしまうのが、日本代表の強さ。

 ただ今年はピッチャーが、甲子園でちょっと故障などをして、集まらなかったというのも本当である。

「そういう割には、それなりにいると思うけどなあ」

「まだ足りないんや」

 このチームを率いるのは、大阪光陰の黄金時代を築き、今は後進にその監督の座を譲っている木下。

 本人としてはもう、そろそろ孫の年代の選手たちを率いるのは、時代が違って難しいと思っている。


 昇馬が合流したのは、他のメンバーよりは遅れてのことであった。

 相当数は見た顔であるが、それなりに知らない顔もいる。

 だがここにいるほぼ全員が、昇馬に負けた者、昇馬に負けた者に負けた者、その機会すら与えられなかった者だ。

 甲子園はおろか公式戦でも一度も対戦していないが、顔は記憶している者もいる。

 たとえば帝都一との練習試合や、刷新などとの練習試合において、遠方から混ざってきた者である。

 日本は国土が狭く、それでいて交通網が発達しているため、国内の練習試合相手は沖縄を除いて困ることがない、と昇馬は認識している。


 二年生で参加しているのは、昇馬だけである。

 今の三年生よりも、二年生にこそ、いいピッチャーは多いと思うのだが。

 それこそ将典など、と昇馬としては考えるのだが、甲子園で決勝まで投げていたピッチャーを、普通は一週間後の国際試合には使わない。

 決勝を完封してケロリとしているピッチャーなど、そうそういるものではない。

 また秋季大会の県大会の日程が、千葉県とは違っている都道府県も多いだろう。

 千葉の場合は夏休み中に、県大会の予選は終わらせている。

 昇馬は一年の夏から甲子園に出場したので、その予選を経験していない。


 シニアの最後の大会まで、全くの無名であった昇馬。

 もちろん今はその経歴も血統も、良く知られている。

 今の二年生には特に、ピッチャーのいい筋が揃っている。

 だが中でも昇馬は、特別な存在だ。

「シロちゃん」

「お~、しょーちゃん良く来たな」

「まあこの先、シロちゃんと一緒に戦うことも、ないかもしれないからね」

 プロにすればいくらでも、日本代表で戦う機会はあるのだろうが。


 昇馬の知っている顔で、関東の都県から出場しているのは、まず司朗である。

「あれ? シロちゃんのとこのエースは?」

 帝都一の長谷川ならば、普通に選ばれるレベルだと思っていた。

「基本的に一つのチームから、一人までしか選ばないようになってるからな」

 そのあたりは色々と、紆余曲折があったものなのだ。


 自分一人が二年生でありながら、三年生にタメ口である。

 これだから昇馬は強豪などに行かせない方がいい、と直史は言っていたのだ。

 一応白富東の中では、先輩呼びはしている。

 上級生なのだから、色々と教えてもらうこともある、というわけだ。

 だが他校の上級生には、全く敬意などは払わないし遠慮もない。

 そしてそれを咎める力など、この中にあるとしたら司朗ぐらい。

 もちろん司朗はそんなことはしない。




 日本代表は監督の他に、コーチやアシスタントコーチがいる。

 そしてベンチ入りメンバーは20人。

 ピッチャーは半分近くの9人もいる。

 これはワールドカップの球和制限が、かなり厳しいことが原因である。

 もちろんこの年代であると、ピッチャーは打力もあれば他のポジションも守れる。

 昇馬などは外野も守るし、バッターとしても強力である。

 昇馬が投げる試合に限っては、DHを使う必要もないだろう。


 内野はある程度の専門性が必要なため、特にショートなどは専門の選手が守る。

 対照的に外野手は三人しかいないが、センターは司朗で固定だ。

 外野は内野やキャッチャーから、コンバートされることも多いポジション。

 もっとも専門的な守備力を考えれば、打てて守れる外野は、当然ながらほしいはずだ。

 昇馬の場合は打力も規格外すぎるため、打線に組み込まないわけにはいかない。

 なんならDHとして出てもいいぐらいだ。


 守備力という点でも、強肩はライトで活かしやすいだろう。

 フィジカルモンスターでアスリートタイプのため、DHは他の選手に譲ってもいい。

 ライトの他にセンターも、それなりに守っていたのが昇馬である。

 ただ専門的にはやはり、ライトが一番多かったか。

 そもそも球数を最低限に、投げてしまえるピッチャーが最適なのは間違いない。


 それにしても、と事前の情報収集をしていなかった昇馬は、改めて細かいルールなどを確認する。

 そして日程も見てみたが、なんと試合間隔が連戦であり、休養日が一日もない。

 なるほどこれは、ピッチャーが大量に必要と言われるわけである。

 球数制限を別にしても、休ませるには多くのピッチャーが必要になるのだ。

 こんなルールであると昇馬は、色々な使い方をされるのが分かる。


 本当なら壮行試合が行われるし、簡単に紅白戦などもする。

 しかしそれは昇馬の合流前に、既に終わってしまっていたのだ。

 そこで故障が発覚し、代替のピッチャーを求めたというわけだ。

 本当ならば前にあった代表合宿で、予備選手となっていた誰かが、呼ばれてもおかしくなかった。

 だが勝つために必要なのは、昇馬であったのだ。


 ミニゲーム形式ではないが、投内連携ぐらいはさすがにやっておかないとまずい。

 ただ昇馬はどちらの手で投げるのか、という問題も出てくる。

「球数制限ってピッチャーにかかってるのかな、それとも腕にかかってるのかな」

 これは普通の高校野球でも、昇馬が気にした部分である。

 少なくとも高校野球は、左右の合計は関係なく、球数が制限されていた。

 簡単な投球練習兼バッティング練習では、昇馬は右で投げたりもした。

 そしてどちらの腕でも、球速は同じぐらいなのだ。


 この場にいる人間で、昇馬のピッチングを身近で見ているのは司朗のみ。

 改めて投げている姿を見て、その恐ろしさを感じる代表メンバーたち。

 父親とは違う、ピッチングでの圧倒的な制圧力。

 ただバッティングにしても、勝負されれば普通に打ってしまう。

 父親と違うのは、ボール球でも普通にヒットにしてしまう、そういう非常識さがないところだ。




 こんな昇馬であるが、一人だけで試合を制圧することは出来ない。

 球数制限が高校野球よりずっと厳しく、日程も詰まっているからだ。

 12チームを二つのグループに分けて総当たりを行い、そこの上位と下位でまたグループを分ける。

 この後の試合でもまた、リーグ戦をして勝率上位2チームが決勝戦を行う。


 アジアのチームは現在、一位から三位までが東アジアの三ヶ国となっている。

 日本、台湾、韓国というものだ。

 南北アメリカ大陸からは、5チームが参加。

 これにアジアの3チーム、ヨーロッパの2チーム、アフリカの1チーム、オセアニアの1チームで12チームとなる。

「ピッチャーの使い方が全然違うんだなあ」

 事前知識をほとんど入れてきていない、昇馬としてはのんきな感想である。


 日本代表は野手はともかく、投手は先日までの甲子園に出なかった三年生もいる。

 やはり甲子園の舞台で投げて、消耗して回復しきれていない選手がいるのだ。

 それでも召集されて、壮行試合で軽く故障をしてしまったりした。

 そこに決勝まで投げた昇馬を持ってくるのは、果たしてどうなのであろうか。

 もっとも昇馬としては、スタミナは充分であったし、特に体に違和感もない。

 個体としての強さが、もう根本的に違う。


 ピッチャ―としては誰もが、その実力を認めている。

 なんなら一年生の時点でも、日本代表に選ばれておかしくなかった。

 あるいは現時点で、WBCなどの日本代表でさえ、通用すると思われるのだ。

 だがこれまではあまり、他の有力選手との絡みがなかった。

 日本に戻ってシニアに参加した時、既にこの三年生たちは、高校野球の舞台に立っていた。

 それでも司朗の他に、面識のある選手は多い。

 またこの機会に、話してみたいと思っている選手も多いのだ。


 翌日には、台湾に向けて出発する。

 だがこの日は合宿所に宿泊するのだ。

 ちなみにチームキャプテンは、実力と実績的に司朗であったりする。

 異論の出るはずもない。だが司朗の父親を知れば、よりそのキャプテンシーは高まったかもしれないが。

 夕食時には普通に、一人で食べてしまおうかと思っていた昇馬。

 司朗はそこに何人か、知り合いの選手を呼んでくる。

 シニア時代から司朗は、普通に全国で名前を売っている。

 ピッチャーとしてもバッターとしても、評価は高かった。

 ただ当て勘とでも言われるものは、本当に優れていた。

 ホームランとまではいかなくても、得点圏での長打は多い。

 それに一年生の頃から既に、ある程度のホームランは打っていたものだ。


「神崎と仲がいいんやな」

 そう言ってきたのは、おそらく昇馬と組むであろうキャッチャー、琵琶学園の高島である。

 甲子園でもベスト8までは上がってきていたのだが、去年の夏も含めて白富東との対戦経験はない。

 強肩強打のキャッチャーとして、ドラフトの候補にも上がっている。

 本人も既にプロ志望届を出していて、三位前後で指名されるのでは、と言われている。

「まあ、監督同士が先輩後輩で、年に一度は練習試合もしてるんで」

「高島、しょーちゃんはアメリカ育ちで学校も進学校だから、野球部基準だとナチュラルで失礼だけど気にしたら駄目だぞ」

「まあ、うちの後輩っていうわけでもないし、それは気にせえへんよ」


 野球とサッカーの上下関係は、同じ高校生でも学校の部活とユースでは違ったりする。

「あとしょーちゃんはアメリカ基準で考えるから、下手に脅したりすると先制攻撃してくるから、マジで変に試すなよ」

「そこまでか」

「そんな人を狂犬みたいに」

「狂犬っていうか野生だろ」 

 この司朗の評価は適切である。

「高島が一番、キャッチング上手かったからなあ」

 ブルペンで昇馬のボールを受けたが、さすがに代表に選ばれただけあって、160km/hオーバーでも初球からキャッチしてきた。

 ただスピン量を少し上げたストレートを、初見でキャッチしたのは高島だけである。


 名字呼び捨てという野球部的には、ちょっとありえない昇馬の姿勢。

 もっとも白富東の中では、普通に上級生には先輩と言っている。

 ただ昇馬からすると、他の学校の上級生をどう呼ぶのか、根本的に知らないだけである。

 アメリカ帰りの経歴や、その実力に何より背景。

 一人だけの二年生であるが、その巨体は日本代表の中でも一番である。

「しかし大人連中は何を考えてるんだかな」

 司朗は司朗で、遠慮がない。

「いくら化物でもいきなり、代表に入れたらコミュニケーションが難しいだろうに」

「そこはシロちゃんがいるからじゃない?」

「そうなんだろうけどなあ」

 昇馬がある程度、その意見を尊重する相手。

 司朗はその中の少ない一人ではあるのだ。




 開催されるごとに、色々と制度が変わるワールドカップ。

 今年の日本はグループグループBに入っている。

 同じグループBに入っているのは、他にまずアメリカだ。

 最初のリーグ戦でいきなり、アメリカと対戦するわけである。

 あとはメキシコ、オランダ、ベネズエラ、南アフリカ。

 この中で完全にボーナスステージと言われているのが南アフリカである。


 今のランキングでは、この年代では日本がアメリカを抑えて世界ランキング一位である。

 そして二位のアメリカ、五位のメキシコが入っているあたり、バランスが悪いのではと思われてもおかしくない。

 ただ三位と四位に台湾と韓国がいるため、どちらにしろ東アジアの国をばらすとちょっと変な感じになるのだ。

「まずグループの中でリーグ戦を行い、上位3チームがスーパーラウンド、下位3チームはプレースメントラウンドに分けられて、さらにリーグ戦が行われる。ただし最初のリーグ戦でやった相手とは、もうここでは戦わない」

「ふむふむ」

「そしてスーパーラウンドの勝率上位2チームで優勝と準優勝を決めて、あとは三位決定戦もある。一位から12位まで決めるわけだ」

「ふむふむ」

「って、なんでこんな基本的なことを今さら説明しているんだ……」

「興味なかったから知らなかったんだよね」

 夕食後のミーティングもあったが、そこでも昇馬の知らないことが多かった。

 なのでこうやって、司朗から説明を受けているわけである。


「それにしても球数制限、めんどすぎるだろ」

 ほとんど三振でアウトを取る昇馬をして、そう言わしめているものである。

 一試合で40球までならば、翌日の連投も可能である。

 50球を超えてしまうと中一日を空けなければいけない。

「41球じゃなくて?」

「その時点で投げているバッターに対しては、50球まで投げられるということだ」

「ああ、そういう」

 連投は三日までで、どれだけ球数が少なくても、四連投は認められない。

 また最大の球数は105球となっている。


「じゃあ決勝は俺が投げればそれでいいわけか」

 ナチュラルにこんな発言をしてしまうのだが、監督もコーチもそのつもりであるし、他の選手も何も言えない。

 9イニングならばともかく、7イニングであれば充分に、昇馬が完投してしまえる。

 その点では昇馬だけではなく、高校野球の球数制限で鍛えられた、日本チームのピッチャーは圧倒的に楽であると言えよう。

 だが決勝までの試合を考えれば、昇馬も含めて継投をしていくべきだ。

 あとは全力で戦わなくても、勝てる試合を考えておくべきだろう。

 あるいはコールドでさっさと終わらせる、という選択もあるだろうが。


 日本が対戦して行くのは、オランダ、メキシコ、アメリカ、ベネズエラ、南アフリカという順番。

 おそらくスーパーラウンドに勝ち進んでくるのは、台湾と韓国に、中南米の国がどこか、といったところであろうか。

「キューバは参加してないんだな」

「あそこは政治的な理由で、南北アメリカの予選に出場しなかったんだ」

「そういえばそっか」

 実際のところキューバは、いまだに野球強国ではあるのだ。

 ただ政治的な理由で大会に不参加だったり、選手が集められなかったりする。

 さて、するとどう戦っていくべきであるのか。


 日本チームの戦略としては、昇馬をどう使うか、というところが悩みどころだ。

 最終予選とも言えるグループリーグでは、アメリカ相手には絶対に使いたい。

 アメリカ戦でフルイニング使っても、おそらく105球には達しないだろう。

 だがそうすると次のベネズエラ戦では使えないというわけだ。


 投手の運用次第で、順位は決まってくるだろう。

 そして投手力においては、日本は一番である。

 もっとも今年の三年生は、二年生に比べると不作などとも言われる。

 確かに軽く150km/hオーバーをしてくるピッチャーは、それほど多くもない。

「アメリカで165km/hオーバー投げてくるピッチャーもいるんだよな?」

「ああ、まあ球速だけなら確かにいるけど」

 投手としてのポジションは、クローザーに固定されているらしい。


 わずか1イニングだけに限定されたクローザー。

 昇馬としてはそれでも、自分より速い球には興味がある。

 もっとも自分の球を自分で試すことは出来ないので、どうしてもマシンの球で想定することになる。

 他の日本代表メンバーは、昇馬のボールで試すことが出来る。

 ただ大会を前にして、そんなにたくさん投げさせるわけにはいかないが。

「別に右で良ければ投げるけど?」

 そちらでも軽く、160km/hオーバーは投げるのが昇馬なのであった。

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