第66話 新世代の対決
外のボール球を大飛球にするというのは、大介もやっていたことだ。
バッティングの技術的なことだけを言うなら、さすがに大介には及ばない。
もっともそれでも危険は危険であるし、申告敬遠をした。
これで甲子園の空気自体が、おおよそ白富東の味方となってしまう。
近畿のチームであるなら、まだしもマシであったろう。
だが関東同士の対戦となると、甲子園は勝手な好みに分かれる。
まだ一回の表であるし、昇馬は確かにスラッガーであるが、簡単にホームランを打つわけではない。
それでも帝都一は、昇馬をここで敬遠したのだ。
(ここで勝っても負けても、決勝は微妙になるかもしれないな)
エース同士の投げ合いというのも、確かに見所はあるだろう。
しかしそういった対決では、不戦勝が一回あったのを除いては、将典は全て昇馬に負けているのだ。
二人にはまだ来年がある。
そう考えるとこの試合で、昇馬と司朗の対決を見たいと、観客が考えるのは当然である。
プロに進んだなら、何度も対決は見られるだろう。
だがこの高校野球では、これが最後の機会なのである。
多くの野球ファンは夢にも思っていないことだが、昇馬はそもそも野球を続けるかどうか、まだ決めていない。
やりたいことを考えるのならば、アメリカの大学に行くことが、一番ではないかとさえ思っている。
おそらくほとんどの高校球児よりも、ずっと広い世界を見てきた昇馬。
だからこそと言うべきか、さらに広い世界を見たいと思っているのだ。
野球が楽しくないわけではない。
だがアメリカでは同じぐらい、バスケットボールもしていた。
運動神経などと呼ばれる、肉体操作のセンスのためには、ダンスなども少しやってみたものだ。
昇馬の肉体が年齢に比して、しっかりとした筋肉に包まれているのは、そういった総合的な鍛え方によるものだ。
本人としては格闘技も、そこそこ身につけたつもりでいる。
しかしアメリカ育ちであると、基本的に危険には、最初から近づかない方法を考える。
かつては日本にも、ドラフト一位競合必至と言われながら、プロに進まなかった者もいた。
そのあたりがややこしいために、今はドラフト前に、調査書とプロ志望届によって、プロへの意志を確認することとなっている。
それでも武史のように、とんでもない条件をつけてくる人間はいるが。
志望の球団以外なら社会人、というのはかつてはよくあったものだ。
今ではお利口さんが増えて、12球団どこでも、という選手が増えてきたが。
ただし広島と関西の、カップスでなければ、ライガースでなければ、という主張はそれなりにされる。
子供の頃から憧れていたチームに、入りたいと思うのは当然のことである。
また広島県民の、カップスへの愛情に関しては、野球界でも知られていることなのだ。
一回の裏、帝都一の攻撃である。
司朗を二番に持ってきた、帝都一の打線。
四番に持ってきたなら、おそらく三打席しか回ってこないので、これは間違いでないだろう。
桜島、名徳、尚明福岡と、強力打線の四番に、三度しか回ってきていないのだ。
そしてリードオフマンの一番バッターを、三球で三振にしとめた昇馬。
初回から165km/hを出してきて、甲子園が盛り上がっている。
昇馬は高校入学以来、自責点0のピッチャーである。
実は練習試合では、デッドボールで出したランナーがピッチャー交代後にホームに帰っているので、公式戦ではという注釈がつく。
しかし負けた試合においても、自分には黒星がついていない。
この圧倒的なピッチャーに対して、帝都一はともかく、司朗を出来るだけぶつけたかった。
さすがに一番にしなかったのは、ネクストバッターズサークルから、そのピッチングを確認してもらうためだ。
司朗はバッターボックスに入る。
そこからマウンドの上の昇馬を見上げるのだ。
雑誌の甲子園特集号では、身長が194cmと記載されていた。
司朗も188cmあるが、昇馬はそれよりもさらに大きい。
そして単に身長が高いだけというわけでもない。
瞬発力と、そこから生まれるスピード。
ピッチングもバッティングも、それぞれボールとスイングのスピードが、重要な要素となっているのだ。
筋力とパワーは同じものではない。
そのまま訳すと力となるが、筋力には種類があると言えるだろうか。
筋肉の質でもあるが、同じ重量のものを持ち上げる時、素早く持ち上げられるか、遅いが長く持ち上げられるか、これは違うものであろう。
一般的にパワーと呼ばれるのは、このスピードのある筋力である。
普通の人間はどちらかに偏っているが、心臓の筋肉などは双方の特性を持っているとも言える。
そして人間の中には、両方の特徴に近い筋肉を持っている人間も、わずかだがいるのだ。
スポーツ選手というのはだいたい、瞬発力が重要である。
野球はピッチングもバッティングも、そしてスローイングや走塁も、瞬発力が重視される。
走る距離なども、おおよそは一気に100m以内。
塁間の距離だけを考えると、まさに瞬発力のスポーツだ。
ただし基礎体力は必要である。
プロになると年間143試合、MLBだと162試合。
またこのトーナメントであると、甲子園も三回戦以降は、中一日で投げていく必要があるのだから。
昇馬は司朗に限っては、完全に油断しないようにしている。
別に普段から、本気になっていないというわけではない。
普通に全力で投げて、それで打たれたら仕方がないな、というぐらいには考えているのだ。
だが司朗は、完全に一人のバッターとして捉えている。
(そういや尚明福岡にも、粘るやつがいたなあ)
既に名前は忘れている昇馬である。
司朗に対しては、しっかりと真琴のリードの意図を考えていかないといけない。
だが初球に関しては、高めにいっぱいというサインであった。
まあそこなら大丈夫かな、と昇馬も感じ取る。
司朗のような超能力めいた読みではないが、昇馬にも野生の嗅覚がある。
そこならば大丈夫だ、と思って投げて打たれたことはない。
大介には大丈夫だ、と思えたことがほとんどないのであるが。
高めいっぱいに、全力のストレート。
司朗はスイングしたが、バットに当たったボールはバックネットに突き刺さった。
一回の裏で立ち上がりであるのに、165km/hが出ている。
ただ昇馬は最初から、全力で投げられるようにと、いつも考えているのだ。
特に武史のような、球速自体は変わらなくても、スピン量が大きく変わる、などということはない。
残りの球数を考えれば、延長戦にもつれ込まない限り、問題はないだろう。
ただ帝都一の作戦を考えると、一点も許すのは怖いと考える。
真琴も一緒に言われているが、あそこの監督は直史と組んで、甲子園で実質パーフェクトを達成させたキャッチャーなのだ。
単純な読み合いであるのなら、充分にこちらを読んでくる。
それに司朗は、しっかりと165km/hに初球から当ててきた。
二球目、昇馬の投げたボールに、司朗は反応しなかった。
それはゾーンから外れていって、ワンバンするチェンジアップであったからだ。
140km/h台後半のチェンジアップとは。
ただ球速の緩急差は、確かに存在するのだ。
司朗は左バッターであるので、昇馬が左で投げる限りは、逃げるツーシームが使えない。
だが逃げるスラーブを使っても、おそらくは意味がないだろう。
使う変化は縦の変化と、球速の緩急。
ただし見せ球として使うならば、それもありである。
ツーシームと言われていたが、シンカーのような変化をした。
昇馬のボールが落ちたのである。
わずかな落差であったので、どうにかついていくことは出来た。
しかし想定していた、むしろ浮き上がるようなツーシームとは、違う変化をしていた。
縫い目で変化するわけで、そこを調整出来るとは聞いていない。
(シンカーの割には速すぎる)
司朗はバッターボックスで考えていたが、実は単なる投げそこないだ。
ただしこれによって、ファールグラウンドに転がったボールで、ストライクカウントが増える。
司朗は一度バッターボックスを外して、わずかに集中を行った。
いくら読みというかテレパスのようなもので、相手の球種を読んでも限界がある。
なぜなら高校野球レベルでは、そもそもコントロールがまだそこまで安定していないからだ。
なんなら荒れ球を武器に、勝負してくるパワーピッチャーもいる。
右で投げる場合の昇馬はそうであり、そういったピッチャーへの対処も考えてきた。
去年はともかく、今年はもうあの右にも、ちゃんと対応は出来る。
ただそう考えていると、普通に左バッター相手には、有利なサウスポーで投げてくる。
おそらく真琴が読んだのだろうな、と司朗は考えているが、実際にはちゃんと鬼塚も加わったものだ。
(遊び球を入れるか?)
カウント的にはありだが、昇馬の発する気配が見えない。
しかし後ろの真琴の気配は、勝負だと告げていた。
昇馬は気配を抑えている。
獣が狩りをする時のように、はっきりと精神を平静に保っている。
そしてそこから投げられた、第四球。
はっきりと投げられたストレートは、司朗のバットと激突した。
普段は浅く守っている外野だが、アルトはすぐに後退した。
しかし定位置まで下がったところ、落ちてきたボールをキャッチ。
平凡なセンターフライであるが、そもそもそこまでボールが飛んでくることすら、昇馬の場合はないのである。
(やっぱり強いバッターだな)
昇馬の球を、普段から打っているアルトとしては、そう判断せざるをえない。
この試合は案外、外野の守備がどう動くかで、失点するかどうかが決まるのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます