第65話 骨肉の争い

 準々決勝の四試合が全て終わった。

 第三試合まで全てが関東のチームが勝利し、このまま関東大会が甲子園で行われるのか、と甲子園の観客は少し冷めかけていた。

 それが第四試合、日奥第三と天凜の試合、大きな天凜への応援となったのかもしれない。

 天凜というとかつて直史が甲子園デビュー戦で、ノーヒットノーランをしたりと、白富東を天敵としている。

 その天凜が、ややチーム力は上と見られていた日奥第三に勝つのだから、高校野球というのは分からない。

 近畿最後の砦として、どうにかベスト4に一校残れた、とも言える。


 準決勝は第一試合が、白富東と帝都一。

 第二試合が桜印と天凜という、少しだけこれまでと変わった形の対戦となった。

 そして一日の休養日。

 帝都一の監督であるジンは、正直なところため息をつきたい気分だった。


 白富東と桜印が対戦すれば、またあの二人の投手戦となる。

 明らかに戦力を増した白富東だが、桜印はそれをちゃんと計算していたはずだ。

 春の関東では負けているものの、どうにか対応してくるのが名門の力である。

 そうやって0-0のまま延長戦にでもなれば、少しは昇馬も消耗するか、と思っていたのだ。


 帝都一は去年に比べると、エースの格がわずかに落ちている。

 だからこそ神宮大会でも、桜印に勝てなかったのだ。

 高校野球はピッチャーである。

 もちろんこの夏の甲子園では、どれだけエースを温存出来るか、ということも重要になってくるが。

(まあ強いところと弱いところだけを見たら勝てないが)

 ジンはそのあたり、帝都一が上回っているところが分かっている。

 一つには監督だ。


 鬼塚もプロで、一軍を15年以上も続けてきた。

 日本一になった時のレギュラーの経験なども、選手としては豊富である。

 だが指揮官として、高校野球を采配してきた経験は、わずかなものである。

(ポストシーズンの日本シリーズよりもシビアな戦いだ)

 一度負ければ終りのトーナメントであるのだ。

(とは言っても司朗がいるのに、負けているのがうちなんだけど)

 センバツで優勝したことで、どうにか面目は立った。

 司朗がいる間の五回のうち、四回は優勝してやるつもりだったのだが。


 高校野球はピッチャーが命。

 白富東は三回戦で、わずかだが昇馬を休ませている。

 試合の序盤で相手を封じ、その間にリードしてしまった。

 そのまま試合の流れを変えなかったが、果たして鬼塚はどう考えてくるのか。

 もちろん先発は、間違いなく昇馬であろう。

 白富東の打線の中でも、昇馬をどう抑えていくのか。

 あるいは決勝のために、点差が三点ほど開いたなら、昇馬を交代させるかもしれない。


 昇馬の投げる白富東が、一番苦戦した試合というのは、勝った中では桜印と延長になった試合であろう。

 決勝の相手が桜印とは限らないが、将典はそこそこ休みながら準決勝まで進んでいる。

 超高レベルの神奈川代表は、確かに戦力分析では天凜より強い。

 もっとも天凜にも、近畿ということで地元の応援がついている。

 ただし決勝のことを考えると、出来ればここで無理はさせたくないのだ。




 白富東はセンバツにおいて、帝都一に敗北している。

 しかし帝都一は昇馬が降板するまでに、先に一点を取られていたのだ。

 上手く継投によって、どこまで戦えばいいのか。

 またピッチャーは司朗を入れてエースクラスが三枚。

 だが司朗には完全に、バッティングに専念してもらわないといけない。


 昇馬は本当に、基礎体力がすごすぎる。

 瞬発力に優れていることは確かだが、それ以上にタフネスさが魅力なのだ。

 鬼塚としてはこの酷暑の中、体力的には平気で投げられる、昇馬の能力が恐ろしい。

 ただ問題は球数なのだ。

 帝都一との試合も、もちろん問題はある。

 だが決勝で将典と投げあうことになったら、せっかく節約出来た球数が、またオーバーしてしまう可能性がある。

 可能性としては、本当にわずかであるのだが。


 二試合で346球投げられる。

 一試合に173球ともなれば、充分すぎるだろう。

 タイブレークの制度は、昇馬のような奪三振の化物にとっては、かなり有利なものになっている。

 なにせバントさえも、ほとんど許さないのだから。


 鬼塚はこの試合、もちろん昇馬を先発させる。

 だが試合展開次第では、途中のイニングをアルトか真琴に任せる、ということも考えている。

 特に真琴のピッチングは、帝都一が普段対戦しているのとは、違ったタイプであるのだ。

 もちろんジンであれば手は打ってくるだろうし、点差がなければ昇馬に完投してもらうしかない。

 だが状況によっては、という話はしておいた。


 そして準決勝である。

 帝都一は勝負をかけてきた。

 不動の四番であった司朗を、二番バッターに持ってきている。

 四番であれば下手をすれば、三打席しか回ってこない。

 ならば足もある司朗を、二番に置くというのも分からないではない。


 先攻は白富東。

 打順は変えることなく、昇馬が一番バッターである。

 鬼塚はこのあたり、色々と悩むことはあるのだ。

 責任感のある監督ほど、こういったオーダーには悩む。

 一番のピッチャーというのは、塁に出ればそれだけ、消耗するのは確かなのだ。

 

 事実上の決勝戦では、などとも言われる。

 確かに去年の夏と、今年のセンバツと同じカードではあるのだ。

 もっとも桜印も去年の神宮では、帝都一を降して優勝している。

 それに関東大会では、白富東にも勝っているのだ。


 今年の夏までの高校野球は、関東のこの3チームが、突出していたということになるのだろう。

 この夏が終われば、司朗は引退して帝都一は主砲を失う。

 ここ数年の最強っぷりは消えて、東東京の代表を争うところまで、チーム力は落ちるか。

 ただ甲子園で圧勝する帝都一を見て、入ってきている下級生が、それなりにスタメンにもいるのだ。

(一番と四番が二年生か)

 帝都一の選手層だと厳しいが、一年生も一人スタメンにいる。

 またベンチに登録されている中では、他に二人もいるのだ。




 帝都一は先発に、エースナンバーの長谷川を持ってきた。

 確かにエースではあるが、去年の轟と比べると、やや劣るかなという印象がある。

 初回から先頭打者を申告敬遠は、さすがにしてこない。

 だがストライクは投げるな、とジンは釘を刺している。

 昇馬は確かに飛びぬけたスラッガーだが、特に第一打席が一番打率が高い。

 そこさえどうにかすれば、まだ攻略出来るバッターになる。


 ピッチャーとして怪物なだけではなく、バッターとしても通算で70本以上を打っている。

 今年の甲子園においても、五本のホームランを打っているのだ。

 チームのためという言い訳を置いても、まともに勝負するべき相手ではない。

 長谷川はしっかりと、ボール球を投げていった。

 だが外れたとしても、届くところならば打ってしまうのだ。


 大飛球がレフト方向に切れていく。

 もう少し押し込むちからがあれば、ポールの内側へ入っただろう。

 息を吐いた長谷川は、ベンチにサインを送る。

 ジンはここで、昇馬に対して申告敬遠を行った。


 初回から先頭打者を申告敬遠。

 これには甲子園の観客も、野次を飛ばしてきたりする。

 だがジンとしては冷静に、勝利の可能性を考えているだけだ。

 ピッチングに意識が向かえば、第二打席以降は打率が落ちる。

 全ての打席を敬遠など、そんなことはしないのが高校野球に命じられているものである。


 昇馬が帝都一に来ていたらな、とジンは思ったりする。

 そうしたらSSコンビとして、五季連続甲子園制覇も成し遂げたであろう。

 過去に行った最高の記録は、白富東の四季連続。

 今年のセンバツに負けているので、昇馬自身ももう、達成不可能な記録になっているのだ。


 一回の表は、無得点で終わる。

 アルトと和真の強力打線も、どうにか抑えることが出来たのだ。

 そして一回の裏は、昇馬と司朗の対決。

 準決勝で最大の注目を浴びる、二人の対決であった。

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