第59話 蹂躙せよ

 昨年の甲子園優勝校で、春のセンバツの準優勝校。

 新たな戦力は加入したが、引退した三年に主力級はなし。

 こんなチームが県大会で消えるなど、ほとんどの者は思わないだろう。

 おまけにエースの主砲は、来年の競合ドラ1確定の逸材。

 他にもドラフトクラスの人間は、二年生と一年生にいるのだ。


 白富東は千葉の一強。

 かつては確かにそうであり、甲子園でも準決勝ぐらいまでは、普通に勝ち進んでいる時代があった。

 やがてそれも指導者陣の交代などにより、停滞期がやってきた。

 それでも平均的に、チーム数の多い千葉で、ベスト16ぐらいまでは勝ち残ることが多かったのだが。


 昇馬が入学以来、白富東は県内の試合では負けていない。

 一応はBチームなどを使った練習試合では、負けていることもある。

 だが春と夏と秋、この三つの大会の全てで優勝続き。

 同じ時代に千葉県にいた他の学校の選手は、運がないと言われていたであろう。

 もっとも昇馬の登場と同時に、県内の強豪から他の県へ、進学先を変えたシニアの選手はかなりいる。

 直接対決してみれば、打てないことが分かっていたからだ。


 結果的にではあるが、千葉県の今の一年と二年は、総合的に見て層が薄くなっている。

 さすがに来年は、昇馬が三年で引退するため、一年の新入生もそれなりに厚くなりそうだが。

 これと似たようなことが起こったのが、過去の上杉のいた新潟県である。

 地元の名門シニアにいたわけでもない上杉であるが、その力は誰もが知っていた。

 よって私立に選手が集まらず、一つ下には公立ながら春日山に、それなりの選手が集まったのだ。


 今年の白富東は、去年よりもさらに強い。

 昇馬とアルト、そして真琴あたりを抑えれば、失点だけはどうにか防げた。

 そんな去年よりも、和真一人が加わったことで、どうにもならない場面が増えた。

 得失点差以上に、大きな実力差が存在する。

 シード権を持つチームと対戦しながらも、あっさりと五点ぐらいは差が付いていく。

 ただシード校はさすがに、五回コールドは免れたりもする。

 もっとも白富東が、昇馬をある程度温存していたからでもあるが。


 鬼塚は分かっていた。

 この夏、全国の全てのチームは、昇馬から点を取る方法を考えてくると。

 そして一番かどうかは分からないが、比較的可能性の高くなるのが、球数制限でマウンドから降ろすこと。

 これで実際にセンバツは、白富東は敗北しているのだから。


 だからこそ他のピッチャーを使う。

 アルトは本職が外野と言っても、充分なスピードを持っている。

 アレクのことを思い出すが、利き腕が違うという以外に、アレクはナチュラルにほとんどのボールにスライダー、あるいはカットの回転がかかっていた。

 球速自体はアルトの方が速いが、クセ球ということでアレクは打ちにくかったな、と思い出す鬼塚である。


 問題なく準決勝まで、全ての試合でコールド勝ち。

 もう昇馬がいる間は、千葉ではどうにもならないのでは、とさえ思われている。

 三回戦と四回戦は、昇馬が投げていないにもかかわらず、コールドで勝利。

 五回戦は先発で投げて、五回コールド。それもランナーを一人も出さない参考パーフェクト。

 準々決勝は七回コールド勝ちで、五回を投げて無失点。

 ついに来た準決勝も、先発して無失点で七回コールド。

 コールドのない決勝戦がどうなるのか、相手のことを少し心配している鬼塚である。


 高校野球を七回に短縮しろという声があるらしいが、それよりは甲子園でもコールドゲームを導入した方がいいのではないか。

 実際にそれぐらいの点差は、ついてしまうのが甲子園である。

 もっともコールドの点差から奇跡の逆転勝利、というのもあったりはする。

 しかしそんな例外を根拠に、9イニング制をいつまでも続けるべきなのか。

 一律に七回に短縮するよりは、そちらの方がよほどいいであろう。




 決勝の相手はトーチバである。

 これで二年連続、夏の県大会の決勝のカードは同じだ。

 だが去年はこれで、昇馬にパーフェクトをされているトーチバである。

 決勝をパーフェクトというのは大きな見出しになったもので、トーチバの選手は悔しい思いをしたものだ。


 そんなトーチバだが、実は意外と今年の一年も、それほど悪くない選手が入ってきている。

 昇馬やアルトが卒業したら、白富東の戦力は大きく落ちる。

 その三年の夏こそまさに甲子園の切符を手に入れるチャンスである。

 トーチバは系列が多いので、神奈川の東名大相模原を筆頭に、全国に大学付属の強豪校がある。

 ただその神奈川でも、上杉将典の力によって、桜印が圧倒的な力を誇っているのだが。

 もっとも他にもいい選手を揃えているので、昇馬が卒業した後であっても、桜印の天下は続くかもしれない。


 そういえばシニアで対戦した横浜シニアの選手は、かなりの人数が神奈川の強豪に進んでいた。

 桜印以外に進学した者は、甲子園が遠くなったかもしれない。

 もっとも神奈川は、センバツに二校出ることも珍しくない、全国屈指の強豪地区。

 だが夏の試合に限っては、やはり一校しか出場できない。

 記念大会であると、例外も出てくるのだが。


 指揮官である鬼塚の頭は、既に甲子園に飛んでいる。

 こういう時こそ試合に意外な展開が出るのだが、昇馬もまたフラグクラッシャーである。

 先発で投げるからには、どんどんと三振を奪っていく。

 守備陣がエラーを出す危険性もない、連続三振が進んでいく。

 いくら高校野球とは言っても、これはチームの多い千葉県の決勝である。

 それを蹂躙していくあたり、昇馬のピッチャーとしての能力は、もう高校生の大会には出してはいけないレベルだ。


 疲れが下手に甲子園に残らないよう、左だけではなく右でも、数イニングを投げておく。

 これでむしろ相手は、混乱してまともに打てなくなる。

 たださすがに四番ぐらいであると、ドラフトの候補でもある。

 なんとか昇馬のストレートを、当てることは当てるのだ。

 しかし追い込んでからは、ギアを上げて高めで三振に打ち取るが。


 最初に出したランナーは、デッドボールであった。

 内角を攻めればどうしても、デッドボールの危険性は出てくる。

 袖のあたりにかすったりすると、それでランナーになれるのだ。

 もっともこのランナーは、女子のキャッチャーである真琴の肩を甘く見すぎて、盗塁失敗の刺殺などをされている。

 さらにもう一度、デッドボールでのランナーは出たりした。


 昇馬の投げるインコースのボール球は、プロならばどうにか避けられるはずなのだ。

 だが高校野球は、基本的に外の球で勝負することが多い。

 それだけに内角でしっかりストライクが取れる、昇馬は強いピッチャーなのだ。

 しかしゾーンだけを投げていれば、バッターは踏み込んで外角だけではなく内角をも打ちにくる。

 だから少しはボール球を投げる必要もあって、それがデッドボールになるのは仕方がない。




 トーチバの四番はプロのスカウトも注目していたが、一つデッドボールを受けて、残りは三振であった。

 高めの球は打てなくても仕方がないが、デッドボールの後に外の球に踏み込めなくなったのが致命的だ。

 相手が悪すぎたとするには、あまりにも伸び代が見えない。

 ぎりぎり下位指名か、あるいは育成指名になるだろうか。

 一番いいのは、大学で四年間、鍛えてきてくださいというものだろう。

 東名大は大学のリーグでも、特に強いリーグのチームだからだ。


 なんだかんだと高校時代には、40本のホームランを打っていたのだ。

 ただ通算ホームラン数というのは、あまりあてにならないものである。

 甲子園で何本打ったか、というものならある程度の信用も出来るだろう。

 しかし練習試合や、地方大会の序盤で雑魚から打っても、意味はないと思う。

 昇馬などは公式戦だけに限っても、二年のこの夏までに、30本以上のホームランを打っている。

 ナチュラルボーンスラッガーは、ピッチャーで駄目ならバッターとしてでも、使える可能性を秘めている。


 こんな怪物と、ある程度まともに戦えているだけ、やはり上杉家の遺伝子は強いのか。

 他にある程度勝負になっているのは、司朗のいる帝都一だけ。

 白石家と佐藤家の間には、強烈なニックスが作用しているのかもしれない。

 いやいや、それはさすがに試験数が少なすぎるか。

 とは言え白石家の子供たちは、男も女も関係なく、運動能力が高すぎる。

 これがサラブレッドの世界であれば、昇馬の遺伝子に高い値段がつくだろう。

 あるいはアメリカの精子バンクに、登録すべきかもしれない。

 もっともいくら性能がよくても、アジア人の遺伝子を受け付けない層は多いだろう。


 強すぎる選手を得ていると、監督はむしろ胃が痛くなる。

 野球関係者は全て、昇馬を無事にプロの世界に送り込むことが、鬼塚の役目だと思ったりしている。

 まだ高校二年生で、いくらでも成長の余地があるのだ。

 もっとも昇馬本人は、プロの世界にあまり興味を持っていなかったりする。

 それこそアメリカならば、スカラシップを取って大学に行き、そこからMLBの指名を受けた方がいい、とまで考えたりもするだろう。


 世の中の価値基準が、野球ばかりにあるわけがない。

 これは当たり前のことなのだが、野球を通じて社会的に成功した例を見ていたり、その分野の市場などをしっていると、ちょっと理解出来ないのであろう。

 何よりも昇馬には、別格の素質がある。

 それでも自分が本当にやりたいことは何なのか、昇馬は己に問いかけるのだ。

 勉強もしっかりとやっていて、人の中にいるよりも、人のいないところを好む。

 昇馬のこの人格は、確かに野球をやるには向いていない。


 高校生らしさ、というものが全くないのだ。

 さわやかな高校球児というイメージに、完全に応じる気がない。

 進路を決める際にも、正当防衛とはいえ暴力事件を起こしていた。

 そのあたりの危険性も考えれば、昇馬の扱いには気をつけるべきなのだ。


 昇馬は普通に、暴力で身を守らなければいけない状況を、何度も経験してきた。

 だから普通にいちゃもんをつけられても、先制攻撃をする場合がある。

 たとえば相手が脅してきた場合、アメリカならば普通に銃で、いきなり攻撃する場合が正当防衛に認められることがある。

 さすがに昇馬の体格では、相手が凶器でも出さない限り、難しい問題ではあるのだが。

(本当にこいつ、プロの世界に行っていいのかなあ)

 決勝も結局は、7-0というコールドのスコアで勝利。

 全く危なげのない、二年連続の夏の出場であった。

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