第58話 そこそこスーパーな一年生
おおよそ毎年、スーパー一年生と呼ばれる存在がいる。
去年などは間違いなく、昇馬がその筆頭であった。
さらにその前年なら、一年生で帝都一の四番を打ち、夏を優勝させた司朗であったろう。
そこまでの派手さではないが、白富東では和真が、スーパー一年生などと呼ばれている。
実際は他にも数人、ベンチ入りしている一年生はいるのだが。
練習試合ではお互いの実力を測るため、かなり本気で挑んでくる。
その中で昇馬は、ホームランを量産していた。
アルトや和真も打つのだが、昇馬の場合は普通に勝負に来れば、普通にホームランを打ってしまう。
163km/hまでは確実に記録しているのに、バッターとしても完全なスラッガー。
これはピッチャーで獲得して怪我などをしても、バッターで通用するのでは、とプロのスカウトでさえ取らぬ狸の皮算用を始めていた。
だがそれを身近で見ている鬼塚も、現実的な話だなと感じてしまう。
佐藤家の遺伝子と、白石家の遺伝子。
それが組み合わさると、こういう怪物が生まれてくるのか。
鬼塚も知らされているが、白石家は下の子供たちも、スポーツは万能である。
長女はバレエをやっていて、千葉の市内に通っている。
レッスンをするために、佐藤家の実家の一室を改造した、という話も聞いている。
もっともその中では、五女の百合花が、最近は昇馬の山歩きに付き合うようになったらしい。
山歩きは基礎体力を鍛えるのにいい。
普通のトラックを走ったり、砂地を走ったりするよりも、足にかかる衝撃は軽い。
もちろん踏み外してしまえば、それで怪我につながることにもなる。
しかし足首の柔らかさを鍛えるためには、本当に悪くないトレーニングなのだ。
「ゴルフって楽そうに見えるけど、一日に10kmぐらいは歩くんだな」
二時間ちょっとも平地を歩けば、10kmにはなる。
だがゴルフ場だと起伏が結構あるので、意外と辛いらしい。
それでも日曜日に休み休みしながらやる分には、いい運動なのであろう。
しかし選手権大会ともなると、それが長くて四日かかるし、事前の練習などを色々合わせると、一週間がかりの運動になる。
また大会に出る前の予選というのもあると、百合花は言っていた。
野球は速筋のスポーツである。
ピッチングもバッティングも、それに守備も走塁も、素早いプレイが求められる。
ただしプロ野球は、年間で143試合もあるのだ。
MLBであれば162試合に、加えてワールドシリーズを最後まで戦えば、果たしてどれぐらいの試合になるのか。
勝ったり負けたりして、180試合ほどは計算するべきであろう。
昇馬がそう言ったら百合花からは、普通に反論があった。
女子のプロゴルフはトップレベルであれば、NPBのレギュラーシーズンとそうそう変わらないぐらいの日数を、戦うことになるのだ。
これは国内の女子ゴルフの試合、それもJLPGAの試合だけであり、アメリカの出場枠を取ったらアメリカへ、イギリスの出場枠を取ったらイギリスへ、またそのどれとも違う招待で海外に向かうこともある。
日本のゴルフは基本的に、冬場はオフシーズンだ。
だが冬場であっても、アジアのツアーはあったりする。
ただ逆に試合にも出られないプロというのも、かなりの数がいるのだ。
野球で言えば一軍のスタメンと、一軍のベンチメンバー、それに二軍の選手と別れているように、プロのゴルファーでも絶対的な格差がある。
それは内容で言えば、プロ野球よりよほどひどいものだ。
プロであれば一軍でも育成でも、最低保証年俸というものがある。
だがゴルフの場合、必要経費が自分持ちであるだけではなく、予選落ちすれば一銭にもならない。
それでも女子スポーツであるならば、ゴルフかテニスが圧倒的に稼げる。
実際のところは競艇なども、かなり稼げるらしいが。
ほ~ん、と昇馬は思ったものだが、実際のところ日本はゴルフ大国なのである。
女子ゴルフの賞金王は、普通に年間の獲得賞金が一億を超えてくる。
たったの一億か、と考えてしまう昇馬は、父親のMLBでの年俸が基準になってしまっている。
ただ日本は国内で、ちゃんと女子のツアーがある。
試合数自体は実は、男子よりもはるかに多いのだ。
女子のスポーツは基本的に、男子よりも劣っている。
何がと言えば、それはパフォーマンスがである。
競馬も、そしてマシンの性能に由来する競艇も、男子の方が上である。
ただこれは単純に、母数の違いであると言えるだろう。
しかしプロの世界というのは、単純にパフォーマンスが高ければいいというものではない。
要するに見たいと思われるならば、需要が生まれてくるわけである。
ゴルフ自体の人気は、一時期よりもかなり下がっている。
それを端的に示すのは、ゴルフ場の数の減少だ。
バブル最盛期に計画され、完成したのがおよそ21世紀の初頭。
そこからはほぼほぼ毎年減り続けている。
このあたり野球は、やはり強いと言ってもいいだろう。
一軍の選手の最低保証年俸が、1600万円であるのだから。
しかし昇馬は、たかだか10年だか15年だかしか働けないのに、その金額は少ないな、と思う人間だ。
かなり一般の感性からは離れているこの少年は、逆に現実的でもある。
山の管理をするのは、自分の役目になるかもしれない。
それこそ30年や50年、これからやっていくかもしれない。
プロスポーツの選手が大金を稼いでも、破産しているという話は向こうでよく聞いた。
昇馬はそれもあってか、あまり金に興味がない。
経済的に恵まれた家に生まれたから、というのもあるだろうが。
昇馬は昇馬だ。
だから百合花のことを、バカにするつもりもない。
野球などしょせんは、日米中心のローカル競技。
それに比べたらゴルフは、イギリス発祥の歴史あるスポーツだ。
紳士淑女のスポーツ、という呼び方には馬鹿らしいものがあると思うが。
スポーツマンシップなどという言葉を、昇馬は信じない。
だから平気で内角に投げて、平気でボールを当てる。
もちろん帽子を取って謝るが、アメリカではこの習慣は逆にやってはいけない。
スポーツは勝負の世界である。
完全に記録だけを計測する100m走が、どうして予選があってから、最後に並んで走るのか。
結局はそこに競争を見たいからだ。
競争が嫌いなわけでもない昇馬だ。
だがそこに変な綺麗ごとがかかっていると、それなりに閉口する。
善悪だの良否だの、そういったものは不純物と考える。
それよりもずっと純粋なのは、野生での生活である。
昇馬としても生来、そんな好みがあったとは思わない。
しかし今では、人間の社会での生活は窮屈だな、という程度には考えている。
夏の千葉県の大会が始まる。
Aシードの白富東は、一回戦はお休みだ。
そして二回戦、問題なく勝てそうな公立が相手。
ここでマウンドに立っていたのは、三年生でも二年生の三人でもなく、一年生の和真であった。
和真も肩の強さから、ピッチャーの練習をしたことはある。
しかしサウスポーなわけでもないし、ピッチャーには向いていなかった。
ピッチングというのは、特殊な技能なのである。
和真が投げられるのは、基本的にど真ん中のみ。
外野からの送球というのは、それが第一のものであるのだ。
球速の計測というのは、普通に行っている白富東だ。
ただわずかな助走をつけて、投げるのが外野の送球では多い。
純粋に助走をつけて投げれば、150km/hを出してくる。
だがマウンドでは、せいぜい120km/h台の後半といったところ。
それでも一年生としては、普通にいい方であるだろう。
今の一年生からも、ピッチャーを育てなければいけない。
昇馬のいる三年間を指導して終り、というわけではないのだ。
和真がピッチャーに向いていないというのは、本人もしっかりと言っていた。
だが本番でどうなるか、鬼塚はそれが見たかったのだ。
「打たせてええで」
珍しくも和真に優しい声をかける聖子だが、その表情がバカにしている。
そこでむっとして力んだ和真は、スピードこそそこそこ出ていたが、はっきり言えば棒球。
それでも相手が一般の公立であったため、ボコボコに打たれることは防げた。
鬼塚もシニアまではピッチャーをしていたし、白富東に入学後も、弱い相手にはピッチャーをしていた。
普通に130km/h出るような、そんな鬼塚であったのだ。
アレクはそれよりも速く、しかもサウスポーであった。
だがそれでも、ピッチャーは最終的にやらなかった。
白富東のピッチャーは、全盛期で直史、岩崎、武史、淳の四人と数えられる。
トニーもかなり速かったが、ピッチャーとしての適性は微妙であった。
和真が向いていないというのは、確かであった。
それでも3イニングを投げて、三点までに抑えることが出来た。
「来年ピッチャーが入ってきてくれればなあ」
鬼塚はそう思うが、今は昔よりもさらに、ピッチャーの需要が高まっている。
球数制限は昔からあったが、今ではそれもより厳しくなり、さらに継投が主流になっているのだ。
昇馬や将典など、完投出来るレベルのピッチャーは化物だ。
それでも対戦相手によっては、苦しいところがある。
ピッチャーとしての素質は低いが、一応はちゃんと経験者である五人。
サウスポーもいないこの五人を、上手く使っていくことを、再来年は覚悟しなければいけないだろう。
恵まれた学校以外は、ピッチャーの確保には本当に苦労しているのだ。
初戦の二回戦は、序盤は苦しい試合であった。
単純にピッチャーとして和真が苦しかったのと、それがバッティングにも影響したからだ。
中盤からはもう、素直に昇馬がマウンドに登る。
これは夏の初戦なのだと、改めて考える。
負けてしまえばもう、三年生は引退なのだ。
たったの一度も負けられない、そんな試合なのである。
実験をするならば、春の試合で行っておくべきであった。
鬼塚は反省したが、それでも試合が崩壊するほどではない。
昇馬のピッチングが、全てを上書きしていった。
最終的には10-3というスコアで、七回コールドになっていた。
試合の終盤になってから、和真も打てるようになったのだ。
このあたりの長打力を別にしても、序盤から白富東は、相手のリードを許さない。
昇馬が敬遠される場面で、しっかりと点を取る。
アルトの長打が、序盤の鍵になっていた。
正直なところ、これでピッチャーは本職に任せるべきであったろう。
しかし鬼塚は続く三回戦も、三年生のピッチャーに先発を任せた。
夏の大会の序盤というのは、試合間隔も充分にある。
なので昇馬は、全く消耗してはいないのだが。
三年生にとっては、最後の試合なのである。
だからその三年生も、バッテリーを組んで試合に臨む。
ここからは普通に、白富東の強さが出てきた。
あちらも一回戦と二回戦は突破しているので、夏の試合には慣れてきていたであろう。
だが白富東の三年生は、勝つための手段を学んでいる。
ここもまた、何点かは取られていく。
しかし昇馬からアルト、そして和真と並べた打線では、連続して敬遠するのも難しい。
高校野球であっても、敬遠にブーイングをするおっさんはいるが、白富東のOBではないと信じたい。
もっとも勝負してしまって、三人に仲良く一本ずつ、ホームランを打たれていたが。
13-2というスコアで、五回コールド。
白富東は何も問題なく、県大会を勝ちあがってきていたのである。
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