第57話 二度目の夏の前に

 春の関東大会が終わると、いよいよ毎週練習試合が詰まってくる。

 白富東はセンバツ準優勝、昨年の夏は優勝という結果を残し、センバツで負けた帝都一を関東大会で倒している。

 県内の強豪との練習試合は、基本的には少なくなる。

 夏を前に手の内を見せるのを、嫌うチームが多いためだ。

 逆に県外の強豪は、同じく県外の強豪と戦うようにする。

 いくら早くても甲子園までは当たらない相手なのだから、いい練習試合になるのだ。


 去年の白富東は、それでもまだ多くの練習試合を組んではいなかった。

 しかし今年はあちらの方から、どんどんと練習試合の申し込みがある。

 特に多いのは、神奈川のベスト8レベルといったところか。

 東名大相模原と、横浜学一の二強が、両方とも連絡をしてきた。


 私立であるとこの時期に、バスを使って遠征するチームも多い。

 東北や関西から、はるばるとやってくるチームなどである。

 さすがに九州や中国四国となると、そういうことも少なくなる。

 あるいは大学との練習試合を組んでいる高校もあり、このあたりは人脈の格差というものが言えるだろうか。

 もっとも白富東も、元プロの鬼塚に加え、鶴橋の線や直史の線から、色々な伝手は存在する。

 またこの時期には、帝都一との練習試合も組まれていた。

 ついこの間、対戦したばかりなのに、である。


 関東の中でも、特に帝都一と桜印は、どうすれば全国制覇が出来るか、おおよそ分かっている。

 まず大前提として、白富東に勝たなければいけない。

 昇馬は自分の投げた試合でも、負け投手になったことは一度もないのだ。

 そんな化物を倒すためには、果たして何をしたらいいのか。

(高校生の中に、一人だけ現役メジャーリーガーが混じってるレベルだからなあ)

 ジンはそう思っているが、ただのメジャーリーガーではなく、大型契約のメジャーリーガーレベルだ。


 先日の試合、帝都一はバックネット裏に、当然ながら情報班を配備していた。

 白富東も日曜日が決勝だったため、どうにか情報班の手が回った。

 昇馬の球速は、164km/hを記録していたという。

 前後1km/hぐらいは、実際の速度と差があるであろう。

 その昇馬からは結局、二本しかヒットを打つことが出来なかった。

 ただ重要なのは、白富東から二点を取られているということだ。


 去年の春と夏、そしてこの間のセンバツ。

 帝都一は三試合で、一点しか取られていなかった。

 そして二試合は完封され負けて、一試合は昇馬が降板して勝てた。

 今年は帝都一に絶対的なエースがいないということもあるが、白富東の得点力が上がっているのである。


 わずか一点、されど一点。

 帝都一ばかりではなく、桜印からも二点取っている。

 全国レベルの強豪相手だと、ほとんど1-0で勝っていたのがセンバツまでの白富東。

 だが春季大会からは、明らかに得点力がアップしているのだ。

(西の長男かあ) 

 高校時代は甲子園を賭けて争い、大学時代は同じ六大学リーグで対戦した。

(私立の特待を蹴って、白富東だもんなあ)

 少なくとも二年の夏までは、甲子園に行けるとは思う。


 バッターの昇馬を抑えるのは、敬遠という手段がある。

 もちろん高校野球で、そして甲子園でそれを何打席もやってしまうと、どういう結果になるかは分かっている。

 だが場面によっては、一打席ぐらいは敬遠してもいいだろう。

 ただその出塁率もいい昇馬の後ろに、打てるバッターが二人入っているのだ。

 アルト一人までなら、どうにか出来た場面が多い。

 しかし今は、和真がそれ以上に打っている。


 まだ一年生だぞ、とは言えないであろう。

 それを言うなら司朗も昇馬も、一年の時点から活躍していた。

(なんとか一点を取ることと、なんとか無失点に抑えること)

 出来るとしたらそれは、司朗がいる今年の夏までであろう。

 来年はおそらく、まともにやっては絶対に負ける。


 ジンはひたすらに考える。

 そして白富東との、合同練習試合がやってくる。

 今年は東北から、花巻平がやってきている。

 3チームによる対戦であるが、帝都一はどうにかして、昇馬の攻略法を考えなくてはいけない。




 どうすれば昇馬を打てるのか。

 それを一番考えているのは、敵ではなく味方の指揮官である鬼塚かもしれない。

 とりあえず昇馬のスペックが化物すぎる。

 だがそんな化物であっても、必ず弱点なりなんなり、攻略法は存在するものだ。

 実際に鬼塚は、ある程度のことは思いつく。

 昇馬以上の化物が、過去にはどのように負けてきたか、そのデータを知っているからだ。


 野球とはある程度の、偶然性の強いスポーツだ。

(考えてみればこんなスポーツ、ずっと無失点はありえないよな)

 それこそエラーや、それ以前の失投がある。

 昇馬はフォアボールこそないが、デッドボールは数回当てているのだ。

 内角を厳しく攻めた結果、ではある。

 だが昇馬のスピードでは避けきれず、ぎりぎり当たってしまったという選手は多い。


 それでも根本的には、コントロールがいいのが昇馬だ。

 そして相手のカットを許さない、圧倒的なストレートとチェンジアップを持っている。

 大きく曲がるスラーブもあるので、緩急と変化の二つは、もう充分であるだろう。

「というわけで、自分たちの攻略法を考えてみよう」

 今日の鬼塚の座学は、そういうものであった。


 白富東は史上最強のチームであった。

 直史と大介が揃っていた年の、二年の秋からはそう言われる。

 実際は二年の夏も、直史のトラブルがなければ、優勝していたかもしれない。

「そう、トラブルだな」

 こればかりは本当に、どうしようもないものである。

「トラブルなんて言ってたら、わざとデッドボール当ててくるろか?」

「まあそういう汚すぎるプレイも、やるやつはやるだろうけど、純粋にデッドボールはあると思う」

 高校野球は衆人環視の中で行われるので、やりすぎると観客が敵に回る。


 実際に起こったトラブルは、昇馬が捕球でミスをして、ベンチに引っ込んでしまったことだ。

 あれと同じようなことが、今後も起こることはありうるだろう。

「あとはカット打法の球数?」

「せやけど今はスリーバント扱いやん」

「上手い選手は上手いけど、160km/hはなあ」

「露骨にカットしてくるやつがいたら、ぶつけてもいいんじゃないか?」

「んなわけないやろ」

 聖子は突っ込んだが、昇馬としてはデッドボールを当てるのは平気であるらしい。


 


 帝都一との練習試合は、お互いの戦力をやや隠す形で、二試合を終えた。

 その代わりと言ってはなんだが、花巻平との対戦は、かなりガチなものになった。

 もっともこの試合、白富東は打順をいじっている。

 一番にアルトを持ってきて、昇馬は四番。

 最強であるべき二番打者には、和真を置いている。


 真琴は相変わらずラストバッターである。

 もっとも真琴の場合、打率も出塁率も悪くない。

 チャンスを作り出すバッターとしては、充分な存在であるのだ。

 ただキャッチャーをするので、この試合も九番に回っているだけである。


 花巻平の獅子堂とは、センバツで対戦している。

 この時の試合も、1-0という最少得点での決着であった。

 その一点も昇馬のホームランによるもので、まさに一人で試合を決めていた。

 もちろん昇馬としては、19個も三振でアウトを取ったとはいえ、他の八つはバックに取ってもらったものだと分かっているが。


 準決勝の桜印戦も、延長で148球を投げている。

 だがその前の花巻平戦も、地味に131球投げさせられているのだ。

 このあたりで粘られていなかったら、もっと楽に勝てていたであろう。

 決勝で敗退した理由の一つは、ここにもある。


 その花巻平相手には、昇馬が獅子堂からツーランホームランを打った。

 さらにもう一点、和真が長打で点を取った。

 当然のように昇馬は、相手にまともなヒットも許さない。

 そして終盤になると、ピッチャー交代である。

 アルトではなく、変則派に近い真琴が、マウンドに登ったのだ。


 これで白富東の外野は、センターにアルト、ライトに昇馬、レフトに和真という恐ろしい体制になっていた。

 実際にここから、真琴は外野にボールを運ばれる。

 しかしそれをヒットにしないのが外野の俊足連中。

 下手なヒットであれば、外野ゴロにしてしまうぞ、という肩の持ち主たちである。


 外野のシフトの強力さだけを考えれば、これが一番強いのではなかろうか。

 もちろん昇馬かアルトにキャッチャーをやらせた方が、いいのではないかという見方も出来る。

 しかしこの試合は、そのまま一点も許さず、白富東が勝つこととなった。

 3イニングを投げて、全国レベルの強豪から無失点。

 やはり変則派に近い、左のサイドスローは打ちにくいらしい。


 夏の日を迎える、ほんのわずかに前の試合。

 白富東はこの日も含めて、順調に練習試合の日々を消化していったのであった。

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