第54話 白帝戦

 昔、白富東と大阪光陰が、何度も甲子園の決勝で戦ったことがある。

 あまりにも圧倒的であった時代、それは白光戦、あるいは光白戦などと呼ばれたものだ。

 だが私立と公立が、いつまでもそう同じ戦力で拮抗するはずもない。

 また大阪光陰も今は、優勝候補とは毎年言われても、優勝候補の筆頭と言われることは、やや少なくなっていた。

 それがドラマ性の強い高校野球では、当たり前のことなのだ。


 これで帝都一とは、公式戦で四度目の対決。

 しかし練習試合も行っているのが、二つのチームの関係性である。

(結局どんだけ……ってマダックスかい!)

 鬼塚は昇馬に完投させたが、100球に到達していなかった。


 帝都一もしっかりと、データ収集と分析はやっている。

 それで分かっていることは、去年の春と比べると、白富東が圧倒的に強くなっているということだ。

(これは勝てないかな)

 やってみないと分からないが、意外とデータ派で頭を使う鬼塚が指揮官だ。

 そして野球において一番大事なポジション、先発ピッチャーの力で白富東は上回っている。


 高校入学以来、まだ一点も取られていないピッチャー。

 そんな化物を相手に、帝都一はどうにか攻略を考えなければいけないわけだ。

 しかし難しいのは昇馬が、シンプルにフィジカルモンスターでないということだ。

 これまでの試合をずっと見てきたら、当たり前のように分かる。

 フォアボールの数が圧倒的に少ない。

 デッドボールの方が多いということは、内角を積極的に攻めているということだ。

 そのメンタルこそが、既に高校生を超えているのか。

 メンタルとフィジカルが合わさっているので、とにかく攻略が難しい。


 桜印は主力の上杉将典を含め、去年よりレベルアップしているはずだ。

 だからこそセンバツでも、タイブレークまで試合がもつれ込んだのだ。

 しかし新入生の加入による戦力アップは、今のところ白富東が一番。

 ジンとしては高校や大学時代、対戦した西の息子と思うと、感慨深いものがある。

 ただ主力級のバッターが、一人増えたのは間違いないのだ。


 帝都一の戦力は、現時点では去年より、わずかに落ちている。

 司朗は確かにパワーアップしたが、ピッチャーのレベルが問題だ。

 もちろん帝都一レベルとなると、毎年全国レベルのピッチャーを、一人は入学させてくる。

 しかし去年の轟に比べると、三年の長谷川はわずかに、ピッチャーとしての力で劣る。

 ただ二番手三番手のピッチャーを使って、継投して行くという作戦は使える。


 白富東は昇馬以外に、アルトと真琴が全国レベルの打線に対抗出来る。

 少なくとも今年の一年には、厳しい相手に使えるピッチャーはいないらしい。

 しかしそもそも論を言うならば、二年生の三人だけで、帝都一相手にも充分であろう。

 この決勝での勝ち筋を見つけるとしたら、昇馬を使えば連投になるというところか。


 鬼塚はシニアのコーチの時代に、選手が壊れないように注意していた。

 高校に入ってからは、昇馬は投げすぎのようにも思えるが、本人は軽くピッチングしている。

 それでもここで勝つとしたら、連投での疲労か、あるいは集中力の低下を祈るしかない。

(本番はあくまでも、夏の甲子園だけどな)

 司朗がいる間に、どうにかもう一度頂点に立ってみたいジンであった。




 ジンが思っているほど、白富東はこの試合、圧倒的に有利というわけではない。

 公立ということもあって近い栃木県での試合ということで、現地で宿泊することなく、一度千葉に戻ってきているのだ。

 そしてまた翌日、早くに起きて遠路を移動する。

 10時開始の試合であるので、早起きすれば間に合うのだ。

 一方の帝都一は、普通にレギュラー陣は宿泊し、近くのグラウンドなどで試合に備えている。


 人間は目が覚めてから、およそ三時間は経過しないと、完全に脳が肉体を制御出来る状態にならない。

 その点では早起きは、むしろありがたいことであったが。

 甲子園の決勝レベルのカードということで、高校野球大好き小父さんは、どこから出てきたのかものすごく多い。

 しかし白富東に関しては、部員以外ではその保護者ぐらいしか、見に来ることは出来ていない。

 それでも関西でやる甲子園に比べれば、ずっと楽な時間帯に行われるのだが。


 この時間帯、電車は比較的空いている。

 なのでその中で、ウォーミングアップもどきをしたりもする。

 吊り手を持って、懸垂の運動。

 いやいや、それは使うべき筋肉ではない、と鬼塚が呆れて注意する。

(戦力の内容的には、桜印よりもむしろ楽な相手か?)

 鬼塚はそう思っていて、実際に司朗さえ敬遠してしまえば、ほとんど得点されることはないだろう。

 だがアマチュアの、しかも春の関東大会では、勝負を避ける理由がない。


 敗北することも、また一つの糧である。

 昇馬は日本に帰って来て以来、自分が原因で負けた試合というのを経験していない。

 強いて言えば去年の秋、自分の無茶な守備によって、戦線離脱したことが、自分の責任になるだろうが。

(敗北を教えてくれる選手が、どこかにいないかな)

 鬼塚は目の前の試合に集中しながら、他の地区の動向も確認している。

 おおよそ実力通りに、それぞれの地区を勝ち進んでいる。


 今年の夏を制覇出来れば、おそらく来年のセンバツと、そして来年の夏も勝つことが出来る。

 もっとも体育科で進学した生徒たちを、しっかりと鍛えたならばだが。

 ただ基本的に、スタメンは三年が多くなる。

 それは下手でも練習さえすれば上達する、守備を鍛えてあるからだ。

 わずかな得点力の上昇よりも、安定した守備力。

 今の白富東には、そちらの方が必要である。




 昇馬は目が覚めると、すぐに肉体が臨戦態勢に入った。

 ただ完全に体が動く、という状態にあるわけではない。

 今の自分ならどれだけ動けるか、というのを感知出来るのだ。

 昨日は酸素カプセルなどに入って、充分に回復するようにした。

 連投となるが、場面によってはアルトと、交代する部分が出てくるかもしれない。


 比較的地味な、春の関東大会。

 しかし今日の試合は、予想通りにかなりの観客が集まっている。

 夏の県大会の、終盤よりも多いだろうか。

 地元勢が決勝に進んだわけでもないのに、驚くべきことである。


 白富東の選手たちは、一年生などは特に、この観衆に驚いている。

 県大会の決勝などでも、ここまでは多くなかったろう。あれは地元であったのに。

 やはり甲子園のスーパースタークラスがいると、変化もしてくるものなのだろう。

 持ち回りで行われる関東大会で、こんなカードが実現する。

 高校野球ファンというのは、いまだに大量にいるものなのだ。


 試合の前の練習で、選手たちは体をほぐす。

 このあたりやはり、現地に宿泊していた帝都一の方が、地味に有利ではあるだろう。

 ただそれだけに、負けてしまっては言い訳が出来ない。

 先攻を取ったのは、その帝都一である。


 試合前の練習を見ていて、ジンは公立の悲哀を感じていた。

 自分が現役の頃は、センバツにつながる試合は、しっかりと地元で宿泊出来たものなのに。

 春の試合は負けても、ここまで来ればもう問題はない。

 ただ悔しいだけである。

 ジンは最初から継投を考えているが、鬼塚は果たしてどうするのか。

 スタメンを見たところ、打力の高い三人を、また一番から三番に揃えている。


 この三人で、なんとか一点を取る。

 他のバッターには、ほとんど期待しない。

 潔いと言うか、エースに任せきりと言うか。

 ネットなどでは投げさせすぎなどと言われているが、実際のところは本人しか分からないだろう。

 ただ従兄でもある司朗からの情報で、まだまだ余裕があることは分かっている。


 高校野球レベルなら、昭和の野球が展開可能。

 ジンは昇馬の能力に関して、そういった認識をしている。

 他に問題になるのは、昇馬以外の選手である。

 なんとかエラーが誘えれば、そこが突破口になるか。


 準決勝の昇馬のピッチングは、やや相手のバッターを打たせていくものであった。

 そのため奪三振の数は平均からやや減ったが、内野の間を抜いていくヒットが二本あっただけである。

(さて、この最大戦力をどう攻略するか)

 ジンはそう考えていて、鬼塚は逆に考えている。

 昇馬をいかに疲弊させないかが、勝負の行方を決めるのではないか。

 タイブレークにでもなれば、それこそ帝都一が有利。

 しかし白富東の打順の、三連星をどうにかしなければ、どこかで点は取られるだろう。


 まずは一回の表、帝都一の攻撃。

 いきなりここでランナーが出たら、試合の流れは変わってくるだろう。

 四番の司朗にまで回ってくるかどうか。

 色々と考えるジンに対して、鬼塚の考えはもっとシンプルだった。

 昇馬をまともに使えたら、即ち勝つのである。

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