第53話 最高戦力

 春季関東大会準決勝第二試合。

 先攻は桜印である。

 スタメンに二年生が五人もいる、去年からは相当に戦力が更新された打線。

 もっともセンバツで対戦した顔ぶれと、さほど変わっていないものでもある。

(順当にいったら、こちらが勝てるはずなんだが)

 鬼塚はそう思っているが、確信できるほどの明確な戦力差はない。

 戦力強化というならば、その幅は白富東の方が上であろう。

 またこれがあったら負ける、というポイントも鬼塚は分かっている。


 新一年生の加入、特に和真の加入により、白富東は打力が格段に向上した。

 スタメンこそ一年は和真だけだが、ベンチには相当数がいる。

 これはおそらく試合の終盤、代打が必要になった時に、機能してくれるはずである。

(まあもう負けても、俺が色々言われるぐらいで、問題はないんだけどな)

 心配しなければいけないのは、それこそ故障ぐらいである。


 ここまで勝ち進んだら、故障するより負けを選んだ方がいい。

 実際のところ、和真が将典に対応出来るか、それを確認したくはあったが。

 夏の県大会までに、強豪と当たる機会はいくらでも作れる。

 だが将典クラスとなると、もうほとんどいないのだ。

(桜印も上杉将典に合わせて、全力で特待生を五人集めたはずだよな。……ん? 五人?)

 将典は特待生などではなく、父親の選挙基盤の強豪、ということでここに入ったはずだ。

 するとあと一人、特待生で入った二年生がいるはずである。


 ピッチャーにもベンチメンバーにも、二年生はいる。

 そして出身について調べたならば、ある程度は分からないか。

(つーか特待生以外にも、関東以外から引っ張ってきてるな)

 まったく、将典はシニア時代、弱いチームにいたため意外と、名前が売れていなかった。

 それでも引っ張ってこれたのは、おそらく父親の上杉の結びつきではないか。


 おそらく桜印は、今年入った一年生も、相当のメンバーを集めたはずだ。

 すると戦力が最大化するのは、白富東と同じく来年であるか。

 帝都一は去年か、今年が戦力の最大化する年だ。

 そう考えると最後の一年は、桜印が最大のライバルになるのかもしれない。




 昇馬の攻略方法を、他のチームは考えている。

 これまでに負けたのは、怪我をして引っ込んだ試合と、球数制限が上限に達した試合のみ。

 それを考えるとあまりにも、圧倒的な勝率を誇っている。

 甲子園での勝敗は、脅威の10勝0敗。

 特に一年の夏は、圧巻の数字であった。

 センバツでも桜印が粘らなければ、決勝でまた頂点に立っていたであろう。

 そのあたりを考えると、因縁はこの両者の間に深いものがある。


 親の代から考えると、本当にとんでもない対戦だ。

 もちろん司朗との対決も、かなりの熱戦ではある。 

 しかし昇馬にとってみれば、従兄の兄ちゃんという面が強い。

 そう考えるとやはり、将典との対決が、避けられないものであるのか。


 最初の試合に負けたのも、桜印戦で負傷したからである。

 次に負けた原因は、桜印戦で削られたからだ。

 直接負けたのは帝都一だが、その前段階のポイントで、桜印相手に消耗している。

 ルールさえなければ、500球を超えて投げられただろうが。


 球数を減らす工夫をしなければいけない。

 そう考えてはいるのだが、どうしても三振を奪いにいってしまう。

(う~ん、ツーストライクまで追い込んだら、三振を奪った方がいいよね)

 リードしている真琴としては、そう判断するしかない。

 重要なのは球数を減らすことだ。

 昇馬の体力自体は、決められた球数の上限を超えても、まだ充分に戦えるのだ。


 とりあえず一回の表は、2奪三振の三者凡退。

 投げた球数は12球である。

 一番打者が追い込まれてからも、二球粘ったのだ。

 二番と三番は、そこまで粘ることはなかった。


 この関東大会だけを考えれば、別に無理に球数を減らす必要はない。

 だが重要なのは、夏の甲子園である。

 県大会では充分に、他のピッチャーでも戦うことが出来る。

 甲子園にしても去年の夏のような、強豪とばかり当たることは、むしろ珍しい。

 センバツにしてもどうも、強いチームとばかり当たっているのだ。


 強豪を相手に、昇馬の球数を温存する実験。

 それが実戦で出来る機会は、まさにもうこの春の大会ぐらいか。

 出来ればこの桜印戦に勝って、次の帝都一相手でも試したい。

 特に帝都一に関しては、唯一昇馬を攻略しうる、司朗がいるのだ。

(とりあえずは、桜印戦で勝つことだけど)

 一番バッターとして、昇馬が打席に立っている。




 いきなり冒頭にラスボス登場。

 将典としては苦しいところだ。

 鬼塚としては和真という計算できるバッターが増えたので、昇馬を一番から外すことも考えた。

 一番打席が回ってくるということは、それだけ消耗も激しいからだ。

 しかし実際のところ、昇馬は体力を余してでも、余裕で投げてしまえる。

 ならば使い倒さなければもったいないし、実際に昇馬は足もあるのだ。


 将典も既に二年生のこの時点で、155km/hを投げる逸材だ。

 バッターとしても五番に入っていて、ホームランも打っている。

 しかし根本的にはピッチャーであり、タイブレークまで昇馬と投げあったこともあった。

 現時点でも非常に完成度の高いピッチャーだが、まだまだ成長の途中である。


 父も叔父も、最終的には160km/hオーバーを投げるピッチャーになった。

 父の方はさらに上の、170km/hオーバーであったが。

 そんな将典から見ても、昇馬は化物である。

 普段は将典こそが、チームメイトからさえも、化物扱いされているのだが。

 

 一回の裏、昇馬の打席。

 パワーだけでホームランに持っていくが、同時に昇馬は器用なバッティングも出来る。

 なにしろオフシーズンともなれば、本格派と技巧派の、頂点とも言えるプロと、ある程度の練習が出来るので。

 もちろん完全にプロアマ協定違反であるが、昇馬はあまり遵法意識がない。

 法律を守っていて殺されるよりも、法律違反の武器を持っておけ。

 ばれても犯罪になっても、前科にさえならなければそれでいい。

 もっとも昇馬の場合、その巨大な肉体こそが、既に凶器ではある。


 普段から出来れば、ちゃんとケースに入れたバットを持っておく。

 立派な武器ではあるが、同時に野球をするための道具だ。

 暇な時があれば素振りでもして、しっかりと練習をしておく。

 なお他にキャンプ用品に使えるナイフなども、おおよそは常備しているのが昇馬である。


 そんな昇馬であっても、手元で動いてくる将典のボールは、なかなかにしとめるのが難しい。

 敬遠をすれば楽なのであろうが、しっかりと勝負をしてきた。

 決め球としてはチェンジアップかスライダーなのだろうが、タイミングを外す球はカーブも持っている。

 そして左右に動くムービングがあれば、普通はとても打てるものではない。

 昇馬はなんとか打ったが、あまり大きな当たりではない、と誰もが思った。

 しかし外野の頭を越えていった。


 スタンドにまでは届かなかったが、フェンス近くまでとんだツーベース。

 ノーアウトから得点圏に、ランナーを背負うことになったのである。

 そして二番にはアルト。

 この打順で白富東は、ロースコアゲームの中で一点を奪っていった。




 アルトゥール・コインブラ、通称がアルト。

 なお世間でジーコと呼ばれている、史上五人に入るぐらい偉大な選手とは、本名が同じである。

 将棋好きの藍田さんが、娘に苺と名前をつけるのと、似たようなノリであろうか。

 昇馬や将典が化物の中でもさらに突出しているので目立たないが、甲子園でも何本もホームランを打っているし、二年生の時点でMAX148km/hのストレートを投げるのは、充分に強豪のエースクラスだ。

 もっとも本人はピッチングより、バッティングや守備の方が得意なのだが。


 将典はこのアルトのことも、充分に注意していた。

 だからこそ逆に、セーフティバントを仕掛けてきた時に、反応が遅れたと言えるだろうか。

 もっともこれは、昇馬を三塁に進ませればいいというものでもある。

 ぎりぎりアウトには出来たが、これでワンナウト三塁という、エラーでもボークでも一点が入る状況になってしまった。


 そしてここで、今日は三番に入っている和真である。

 白富東の中では、おそらく三番目に危険なバッター。

 だがまだ一年生であるこいつを、どう料理するか。

(まあ単純に一点を防ぐためなら、むしろ塁を埋めた方がいいんだろうな)

 刷新の沢渡から、ホームランを打っている。

 四番以下の打力は、それほどのものではない。


 ただここは春の関東大会。

 最悪ここで負けても、最後の夏を先輩たちから奪うことにはならない。

(この一年を、どうにか打ち取る)

 将典はそう考えているのだが、和真からすれば過大評価もいいところである。

(平気で150km/hオーバー投げてるよな)

 本日の試合では球場の球速表示が出ていないが、おおよそは分かっている。


 スライダーの鋭さと、あとはストレートとチェンジアップの緩急差。

 それがえぐいピッチャーであると、和真は説明されている。

 その上で鬼塚が言ったのは、まさにこういう場面でのことであった。

(ストレートを外野に打つ)

 早めのカウントから振っていった。

 

 将典もさすがに、甘く見ていたと言うべきであろうか。

 もっとも実力を試すつもりであれば、それは絶好のチャンスでもあったろう。

 自分のMAXのストレートを、果たして打てるかどうか。

 アウトローへの鋭いボールを、和真は左方向に高く上げた。


 ぎりぎりファールにはならない。

 しかし充分に、レフトが追いつく距離ではある。

 もう三塁の昇馬は、タッチアップの準備に入っている。

 これは無理だな、と将典は苦い表情を浮かべた。


 定位置からならば、昇馬であっても刺されたかもしれない。

 しかし追った体勢からキャッチしていては、とても間に合うものではない。

 ボールは内野に帰ってきたが、それでもノースライで昇馬はホームベースを踏む。

 結果的には送りバントと犠牲フライで、一点を取った計算になったのであった。




 バッターとしてもクリーンナップに入っているのだから、昇馬との対決がある将典だ。

 二回の表の初対決、ストレートと思って打ったボールが、案外重かった。

 内野ゴロで終り。得点のきっかけが掴めない。

(今のボール、ムービングだったのか?)

 ミートしていなかったからこそ、重いと感じたのか。


 元々昇馬は、ツーシームもかなり投げる。

 左バッター相手にであれば、懐に飛び込んでくるボールとなる。

 だが右打者の将典相手には、ツーシームはわずかに逃げていく変化。

 バットのスイートスイートスポットより、少し先で捉えてしまうことになる。


 球速表示はないものの、ほぼ160km/hオーバーで安定している速球。

 ストレートだけではなく、ツーシームも投げているのだ。

 意識的に投げ分けて、しっかりと三振だけではなく、ゴロも打たせるピッチングが出来ている。

 まるでランナーの出ない試合。

 鬼塚としては出来れば、少しでも昇馬の球数を減らしたい。

 本人の体力的には大丈夫でも、明日の決勝のことを考えて。


 桜印の方はたった一点ながら、まともにランナーが出ることすらない。

 そんな中で流れを変えるべく、将典は昇馬の打席で、真っ向勝負する。

(そうだよな、エースとしてはそれが正しい判断だ)

 桜印の監督も、それが分かっているのだろう。

 将典も緩急を使って、しっかりとチェンジアップを振らせようとする。


 しかし昇馬は、その遅いチェンジアップに対して、バットが出るのを遅らせた。

 右足を踏ん張ることによって、腰の回転やバットの出を遅くする。

 だがスイングスピード自体は、むしろ速くなるのだ。

(バットが撓りそうだ)

 鬼塚が見ている先で、昇馬のバットは打球を掬い上げる。

 そしてボールは高々と上がり、スタンドにまで到達した。


 あのチェンジアップを、あれだけ待ってホームランに出来る。

 ピッチングの方も規格外だが、昇馬は既に甲子園で、五本もホームランを打っているのだ。

 同じぐらいのレベルのチームが揃う、関東大会ではどうなのか。

 そちらでも同じぐらいのペースで、ホームランを打っている。


 まだ二点差である。

 しかし今日の昇馬の様子なら、これで決まりであろう。

「決まったな」

 決勝進出を先に決めて、スタンドで試合を見ていた帝都一。

「ピッチャーとして少し器用さも憶えて、それにバッティングはチームの層が厚くなった」

 ジンとしては勘弁してくれ、と言いたくなるところだ。


 春の高校野球関東大会。 

 決勝のカードは二年連続で、白富東と帝都一の対決となったのである。

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