第52話 五度目の対戦

 いくら同じ関東とはいえ、公式戦でここまで何度も当たるものであるのか。

 そう考えたがお互いに、お互い相手にしかほとんど負けていない。

 春と夏は白富東が勝ち、秋の神宮は桜印が勝ち、センバツは白富東が勝つ。

 勝った中で優勝していないのは、削りあいで昇馬が投げられなくなった、センバツの決勝のみである。

 またセンバツの決勝で白富東を破った帝都一も、去年は白富東と桜印以外には負けていない。

 神宮は上田学院が決勝に残ったが、結局は桜印に負けたのだ。

 完全に関東三強とでも言うべき事態になっている。


 東京、神奈川、千葉は確かに、野球部のチーム数でも、全国トップ5に近いぐらいである。

 ただその中では明らかに、千葉の成績は落ちていた。

 しかし白富東の黄金期に、何度も全国制覇を達成している。

 また気付いていない人間がほとんどだが、それぞれのチームの主力は、親の代からのライバルである。

 神崎司朗、白石昇馬、上杉将典。

 全員が父親が、野球殿堂入りクラスの実績を残しているのだ。


 親の代からの因縁であるのか。

 それとも血統に含まれた、宿命であるのか。

「そんな非科学的な」

 笑うのは佐藤明史。これもまたレジェンドの息子である。


 もっと単純な話になる。

 確かに遺伝はあるだろうが、それよりも文化資産を投下されて育てられている。

 明史などはそれが、知能の面に強く出ている。

 だが他の三人は、母親もスポーツ万能なのだ。

 もっとも明史が運動神経がないというのは、単純に子供時代に体を動かせなかっただけ。

 その証拠に姉の真琴は、女子野球なら日本代表の主力レベルである。


 明史は自分が、スポーツで活躍することは諦めている。

 ただ体を全体的に鍛えるため、水泳教室には行っている。

 中学では将棋部に入って、一年生で既に最強。

 今からでもプロになれるんじゃね、とは言われていたりする。

 もちろん明史はそういったタイプではない。

 それにプロを目指すなら、中学から本格的に目指すのは、かなり難しいのだ。

 もっとも地理的に言えば、将棋会館まではかなり近い。この条件だけでも充分に恵まれている。

 既に一度行ってみて、プロの指導対局をしてもらったりした。


 飛車落ちなら普通のプロにも勝てる。

 アマチュアではかなりの強さであるし、本格的にやるなら確かに、プロを目指してもいいのかもしれない。

 だがプロを目指している同じぐらいの年の奨励会員相手だと、ほとんど勝てない。

 つまり圧倒的な才能までは、持っていないということだ。

 それより致命的なのは、将棋は趣味でいいと思っているメンタルであろうが。

「アマチュアから竜王になるんだ!」

「最近のマンガの流行だよね」

 明史の得意なのはデータ収集と分析である。

 将棋に使う脳とは、ちょっと違うものであろう。




 帝都一は準決勝で埼玉の、花咲徳政相手に戦う。

 これで決勝で関東の覇権を争うことになる。

「まあ今年は夏になってどことやっても、白富東が有利だろうけどね」

「そうだろうな」

 駒を四枚落としてもらって、司朗も明史と対局しながら話す。


 元々白富東は、圧倒的に戦力が一年に偏っていたのだ。

 三年生が抜けても、本当の主力は一人も減っていない。

 そこに和真をはじめ、強豪が特待生で取るような選手と、ぎりぎり推薦に入るかどうかという選手が、体育科などで入ってきた。

 鬼塚は高校野球までは、頭脳でフィジカルの才能を補えると思っている。

 それは明史も同じ意見だ。


 ただ例外的に、将来はプロになるだろうな、という選手がいる。

 もっとも高校生は成長途中であるので、まだ完成していない選手が、投打の両方にいる。

 その中で昇馬などは、一年の時点で既に完成されていたように見えて、実はまだまだ上限があったというタイプ。

 そして和真は卒業するまでには、プロでほぼ通用するぐらいに成長するかな、と思われているタイプ。

 今の時点でも素材としては、プロ級なのである。


 この白富東の優位は、むしろ来年が最大化する。

 それこそ昇馬が故障でもしない限り。

 一番強力な年代が、最終学年となるのだ。

 そして今年入ってきた素材が、一年かけて高校野球レベルにまで、充分に到達する。

 あとは一年生に、どんな選手が入ってくるか、といったあたりが問題であろうか。


 もっともその年代になれば、司朗はもう卒業している。

 関東では将典がどう、白富東を抑えていくか、という話になるだろう。

 ただ昇馬や将典の年代は、他にも怪物クラスの素材がうじゃうじゃいる。

 おそらく過去最高に、高校生のピッチャーが充実したドラフトになるのではないだろうか。

 もちろんこの中には、打撃にも優れた選手もたくさんいる。


 かつて春日山が甲子園を、制覇した時と似ている。

 上杉は一年の夏に全国を取れなかったが、その姿を見て強豪のレギュラーを争うレベルの選手が、大量に春日山に入学した。

 その一つ下の年代が、死ぬ気で頑張って春日山を強くした。

 だからこそ上杉正也と樋口のバッテリーは、甲子園を制覇できたのである。

 その分厚い三年生を失ってからも、甲子園にはやってきた。

 しかし決勝にたどり着くほどの戦力は残ってなかったのだ。


「問題は夏なんだよな」

「夏も白富東が一番有利だと思うよ」

 去年の夏、昇馬が一年の夏である。

 はっきり言って白富東は、強豪や超強豪、そして地元といったあたりのチームとばかり戦い、それでも優勝したのだ。

 今年はあそこまで極端なトーナメントにはならないだろうし、それに他のピッチャーが成長して、得点力も上がっている。

 対して帝都一は、ほぼ去年と同じ戦力。

 ならば強化された白富東には、おそらく勝てない。


 むしろ勝利のチャンスがあるのは、桜印であろう。

 将典と共に入ってきた一年が、二年になって戦力が上昇している。

 去年の秋、神宮で優勝したのは桜印であるのだ。

 また今年の春のセンバツも、桜印があそこまで白富東を苦しめたからこそ、帝都一は漁夫の利を得ることが出来たとも言える。


 最後の夏、帝都一が勝てる確率は、ほんの少し下がっている。

 しかし選手が化けるのが、甲子園という舞台であるのだ。

 一年生の新戦力は、帝都一にもいる。

 あとわずかな、高校野球生活。

 司朗は少なくとも、バッターとしては昇馬に負けまいと、エゴをむき出しにしている。

 そしてそれ自体は悪いことではないのだ。




 いよいよ春の関東大会、白富東と桜印の準決勝が始まる。

 もう一方の決勝進出は、おおよその予想通りに帝都一となった。

 これでどちらが勝ち進んできても、またも因縁の対決である。

 去年の春から関東大会は常に、白富東と桜印の試合が存在している。

 思えば父親の代から、プロでは宿命のライバルのようにも言われたものだ。


 迷惑な話である。

 昇馬からすると、父は父であり、自分は自分。

 もっとも将典の場合は、己の血に誇りを感じることはある。

(この試合、どれだけ削りあってくれるかが、うちの勝算につながるわけなんだが……)

 なにしろ今日試合をして、明日が決勝なのだ。

(桜印が来てくれた方が、少しは楽か?)

 司朗がそう考えるのは、昇馬と将典の決定的な違い。

 それは球速ではなく、体力である。


 昇馬は一年夏の大会を、完全に一人で投げぬいた。

 昭和かよ、と言いたくなるような、そんな見事なピッチングであった。

 二年のセンバツも、球数制限さえなければ、決勝も最後まで投げていただろう。

 将典も相当に強力なピッチャーだが、体力では昇馬が圧勝するはずだ。


 毎日150球投げても、一週間ぶっ通しで投げ続けられる。

 それが昇馬の体力であり、実際はもっとたくさん投げられる。

 高校野球の制限は、一週間で500球以内。

 昇馬にとっては普通に投げられる球数であるのだ。

 また場合によっては、右で投げてもいい。

 片手で500球以内、両手合わせて700球以内とでも規定があれば、センバツを勝っていたのは白富東であろう。


 将典も間違いなく、とんでもないピッチャーであるのだ。

 高校二年の春の時点で、ストレートが150km/h台の半ばを超えている。

 また球種もあるし、ボールのキレもあるタイプだ。

 完投能力もあるし、実際に昇馬とは投げ合った。

 だが完投して連投するというのは、さすがにありえないことであろう。

 昇馬はそのありえないことを、平然とやってくる。


 思えば不思議なものである。

 かつては将典の父の上杉が、勝負に勝ってルールに負けた、などと言われた。

 夏の甲子園の決勝で、延長になって球数制限で降板したからだ。

 今度はそのルールが、上杉とプロで対決して、大介の息子を縛っている。

(あとはあの一年生が、打点を入れられるかどうか、だな)

 延長のタイブレークになったら、一気に白富東が有利になる。

 奪三振能力は、昇馬の方がかなり高いからだ。




「またか……」

 こういった声は主に、桜印のベンチやスタンドから聞こえてくる。

 既に対戦が決まった時から、今日まで何度も。

 負け越しているのだから、桜印がそう言ってもおかしくはない。


 将典が入ってきて、こいつはすげえと驚いた。

 一年生で150km/hオーバーなどというのは、全国的に見ても、歴代で数人しかいない。

 ただ春の関東大会で、白富東と対戦した。

 160km/hを投げる一年生に、21個の三振を奪われてノーヒットノーランまで達成された。

 桜印は去年の同じ時期に比べて、戦力は上がっている。

 将典が入るのに合わせて、かなり積極的に選手を集めたからだ。

 二年生がかなり、スタメンに入ってきた。

 しかしそれを言うならば、白富東は一年生が、四番に入っている。


 将典はしっかりと、和真のことをマークしている。

 そもそも母親同士が、高校時代の友人であるからだ。

 友人というだけではなく、掛け持ちだが女子野球を一緒にやって、全国制覇をした関係である。

 父親も確かに、早稲谷でスタメンを打っているだけの、ドラフト候補ではあった。

 しかしむしろその身体能力などは、母親の遺伝子が強いのでは、と思われる。


 パワーだけならあのチームの中で、明日美の次と言われていた。

 実際に本職のバレーボールでは、日本代表となっている。

 膝の故障がなければ、どれだけ活躍していたであろうか。

(まあ他にも、母さんの知り合いが多いんだよなあ)

 やりにくいわけではないが、色々と知られているような気がする将典である。


 ただ、将典も知らないことだが、去年よりも桜印が有利になっていることが一つある。

 それはデータ分析に関する面だ。

 もちろん試合の流れを読んだりするのは、プロで活躍した鬼塚などが、得意とするところではあった。

 しかしまさか、データ分析を最も活用出来る人材が、今は東京に行ってしまっているとは、想像も出来ないことであろう。


 どちらのチームも、中心となる選手が変わってきている。

(白石はもちろん、コインブラに加えて西)

 この三人をどう処理して行くかが、試合の趨勢を決定付けるのではないか。

 その将典の推測は、完全に正しい。


 なおもちろん忘れているわけではないが、昇馬の母親とも、明日美はチームメイトであった。

 もっともそれは大学での話で、また日本代表での話でもあったが。

 野球はフィジカルスポーツであるが、ひょっとしたらブラッドスポーツでもあるのか。

 そう思えるほどに、この世代の関東の中心選手は、親の代からの付き合いが長いのであった。

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