第51話 打力で得点
関東大会一回戦を、楽に勝った白富東。
鬼塚は二回戦の目的を、勝利に設定しない。
「先発で昇馬に投げてもらって、途中でアルトか真琴に交代、そして終わり3イニングをまた昇馬に」
「コールドで勝っちゃったら?」
「……その時は準決勝で試そう」
実際に今の白富東は、攻撃力が相当に増している。
和真の加入が、本当に大きく働いていた。
たった一人の加入ではあるが、それによって打線のつながりが増えたのだ。
昇馬のピッチングで鍛えられた、ストレートに素直に強いスラッガー。
県大会の決勝ぐらいになってからは、注目度も高まっている。
昇馬を徹底的にマークした上で、あとはアルトを抑えればいい。
そう考えていたため、真琴に打たれたりして負けたチームはあったものだ。
だが今では和真も加わったため、マークすべきバッターが増えている。
それでも一発の長打力は、昇馬が一番危険なバッターではあるのだが。
これを勝てば次は、おそらくは桜印。
いったい何度対戦すればいいのか、と思っているのはこちらばかりではないだろう。
一年目の夏から秋にかけて、白富東は戦力を落とした。
その結果が秋の敗北とも言えるであろうが、昇馬が怪我をしたことが大きい。
昇馬がいなくても、強豪レベルに普通に勝つ。
それぐらいの力があれば、来年もまたいい選手が入ってくるのではないか。
高校野球はやはり、エースの力が大きい。
ただそのエースを、いかに効果的に使うかは重要である。
刷新にも強力なピッチャーがいる。
去年の春から秋にかけては故障で、治療とリハビリに専念していた。
センバツにも出ておらず、万全の状態に戻るのを待っていたという三年生。
右腕の沢渡。一年の夏に、甲子園のマウンドを踏んでいる。
「あ~、そういや有名だったのに、見なかったね」
「センバツまではベンチ入りしても出さなかったけど、春の大会からは出てるんだ」
「まあ最後の夏に焦点を合わせたってことか」
そのあたり刷新の監督も、分かっていることなのだろう。
プロに行く素材だと、明確に見極めている。
早々に故障からの治療とリハビリを優先させて、その間も本当のエース不在ながら、刷新は甲子園に出たりしているのだ。
「先発で出てきているけど、フルイニングは投げないだろうな。どこまで回復しているかと、マウンド感覚を取り戻すのが目的だろう」
鬼塚も県大会や一回戦、数字のデータは集めている。
(本当はセンバツにも出したかったんだろうな)
刷新の監督の迷いは、かなり大きいものであったろうと鬼塚は思う。
だが高校野球は、夏の甲子園が最大の目標なのだ。
本格派のスピードの魅力、というのは今も昔も変わらない。
だが鬼塚などは、とりあえずストライクに投げなければな、と考えている。
ノーコンのピッチャーというのは、フォアボールから自滅していくことがある。
だがゾーン内で散らばっているピッチャーは、それなりに怖いのだ。
ど真ん中のストレートであっても、腰を引いた状態では打てない。
果たして今日は、どういう試合になるのか。
長く公式戦に出ていないので、映像のデータは随分と昔のものだった。
ストレートは150km/hに届いていないが、これが一年生の時の話である。
おそらく今は、150km/h以上出るのではないか。
(一回戦の映像を見る限り、コントロールは四分割ぐらいか。
アウトロー、アウトハイ、そしてローとハイ。
おおよそストレートは上下に投げ分けているらしい。
スピードガンでは150km/hを何度も出しているが、問題は体感速度だ。
かなり相手のバッターが、仰け反る場合も多い。
「球種はスプリットとスライダーは確かにある。あとはツーシームにストレートのギアを変えてくる感じか」
変化球の方のコントロールは、おおよそアバウトだ。
そして内角に投げてくることが少ない。
真ん中の球がなく、上下には分けている。
だが内角の球を投げれば、当ててしまうと思っているのだろうか。
真ん中から外側のストレートでしか勝負しない。
また左バッターに対しては、スライダーはあまり効果的でないだろう。
昇馬にあえて右打席で打ってもらう必要はない。
それにしてもこの第一のエースを温存しても、センバツなどは勝ち進んだのか。
栃木では一強とも言われているが、関東大会を勝ち進んだのは驚きだ。
ちなみにそのセンバツでは、一回戦で敗退している。
桜島と当たって、見事に砕け散ったのであった。
間違いなく全国クラスのピッチャー。
浦和秀学のピッチャーに比べれば、間違いなく格上。
これをどう、和真が打っていくのか。
昇馬やアルトではなく、和真が打てるかどうか。
それが鬼塚の考える、今度の試合でのポイントである。
打てた。
ツーランホームランで、一回の表から白富東が先制。
昇馬との勝負を避けて、アルトを打ち取ったところは良かったのだが、そこで和真と勝負してしまった。
県大会でもコロコロと打っているし、一回戦でも打っているのに、打たれてしまった。
確かにこれまでとは、ピッチャーの格が違ったのも確かだが。
本格的な右腕。
それとの対戦経験を積みたいなら、昇馬に右で投げてもらえばいいだけである。
160km/hオーバーで想定していたのだから、それ以下ならもっと打てる。
ただこの試合、ホームランはこの一本だけであった。
守備に関しては昇馬が、一巡目九人まで連続三振。
このあたりで既に、試合の流れも勢いも、決定的になっていたのだろう。
四回からは真琴が投げて、七回からはまた昇馬に戻る。
ただここの昇馬は、右で投げている昇馬である。
両利きのピッチャーであるが、それなりに多い左打者に対してさえも、右で投げた。
そんなことの意味があるのか。
本当ならないはずだが、こういった散らかったデータを、撒いておきたい鬼塚であった。
結果としては5-0で完勝。
ただもう序盤で試合が決まっていた割には、刷新も崩れなかったな、というのが鬼塚の認識である。
おそらく向こうの監督が、何か上手く引き締めたのだろう。
ともあれこれで、関東大会も準決勝進出が決定。
「また桜印かよ……」
誰かが言ったが、それは桜印ベンチでも、誰かが言っていたことであろう。
そして逆の山からは、帝都一と花咲徳政が勝ち上がっている。
準決勝に勝ったら「また帝都一かよ」と言うことになりそうであった。
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