第50話 二度目の春の関東大会

 センバツの最中から始まる春の大会。

 予選などは都道府県によっては、本戦出場が決まれば後はしなかったりする。

 北海道などは広域であるため、それも仕方がないのだろう。

 栃木県で行われる今年の大会、白富東は二日目に一回戦を戦う。

 相手は埼玉県三強の一角とも言われる浦和秀学。

 一時期は二強になりかけていたが、また返り咲いている。


 この試合での先発をどうするか、鬼塚は迷ったものだ。

 だが全国レベルの強豪相手でも、今のアルトならば正面から戦える。

 そう判断して、先発を任せている。

 作戦としては3イニングずつの継投。

 単純に球数の節約以外に、あえて見せておきたいものがある。

 昇馬一人を削っても無駄だと、とりあえず関東のチームには教えておきたい。

 実際に千葉県大会では、昇馬は二試合しか投げなかった。


 元々アルトも真琴も、強豪のエースでもおかしくないピッチャーではあるのだ。

 しかし鬼塚は選手を信じ切れなかった。

 ただ監督は、選手を信じてはいけないと思っている。

 信用はしても信頼はしない。

 あくまでも試合の結果に責任を持つのは、監督なのであるから。

 ただし負けて悔しいのは、選手たちなのである。


 ここで絶対に、勝たなければいけないわけではない。

 本番は夏なのである。

 既に県大会のシードを取った以上、負けても問題はない。

 むしろ序盤に負けて、手の内を見せないことも駆け引きだ。

 しかしそんなことをしても、強豪は甲子園までの二ヶ月余りで、チームを違うものにしてくる。

 ならばここで叩き潰して、本番になる夏の甲子園で当たった時に、畏怖させるようにしたい。


 昇馬は無敗のピッチャーである。

 怪我をした時と、球数制限でマウンドを降りた時以外は、一度も負けていない。

 その昇馬は存在だけで、相手を威圧し取れる作戦を限定させることが出来る。

(ナオ先輩やタケは、こういうように使われてたんだなあ)

 使う側に立って、初めて気付く鬼塚である。




 五月後半、いよいよ関東大会が始まる。

 一日目に白富東の試合はなく、二日目からが出番である。

 一回戦と二回戦は、昇馬を使わなくても勝てるであろうチーム。

 もちろん打線の援護は絶対に必要であるが。


 浦和秀学の特徴は単純である。

「フィジカルエリートを集めて鍛えただけだ」

 単純であるがゆえに、強力なのは確かだ。

「ピッチャーの球速と持ち球、あとリードの傾向はデータの通り。そして長打狙いのバッティングをどう攻略するかは、内角を攻めることにある」

 強く踏み込んでフルスイング、というこれまた単純なバッティングの傾向。

 しかしそれだけに強力であり、県大会のほとんどをコールドで勝ちあがってきていた。

 それでも決勝では敗退しているので、千葉で一位の白富東と、一回戦で対決するわけだが。


 はっきり言って勝つだけなら単純である。

 フィジカルで勝負するなら、それ以上のフィジカルをぶつけるのみ。

 昇馬だけではなく、アルトのフィジカルでも、浦和秀学を上回ることは出来るだろう。

 そして左打者を揃えているこの打線には、真琴のサウスポーも効果的。

「バッターは全員振り回してくるけど、四番の富樫だけは要注意だな」

 プロ注目のバッターは、高校通算50本オーバーのホームランを打っている。

 そして打線の傾向が揃えられた中で、唯一自由なスイングを許されているのだ。


 現代の高校野球は、完全な情報戦となっている。

 そして効率が最優先される。

 もっとも本当にトーナメントを勝つには、それだけでは足りない。

 だが根本的なフィジカルの強化というのは、アマチュア野球の精神としては、むしろ正しいのかもしれない。

 それに打つだけではなく、守備の力も相当のものがある。

「ぶつけることを恐れるな」

「OK」

 アルトがあまりにあっさり頷いたので、鬼塚はアレクを思い出した。

 そういえばアレクもピッチャーをした時は、ぶつけることを全く恐れない選手であった。




 関東大会が始まって、同一球場での第一戦、まずは刷新学院が勝ちあがってきた。

 一回戦に勝てば、次の対戦相手となる。

 去年の春も対決しているので、かなり縁が深いと言えるだろうか。

 もっともそれを言うなら、桜印と帝都一とは、それ以上の因縁があるのだが。


 浦和秀学については、白富東の先発が昇馬ではないと知って、勝利のための作戦を考える。

 アレクや真琴も去年、甲子園以外では投げているのだ。

 また春の県大会は、昇馬を完全に温存していた。

 千葉県大会の決勝を、二人の継投で二失点に抑えている。

 

 甘く見ていい相手ではない。

 だが夏の甲子園でパーフェクトやノーヒットノーランをやるピッチャーに比べれば、どんなピッチャーでも楽である。

 そう考えたのは、日本人の思考としては当たり前であったろう。

 しかし先発のアルトは、左打者も右打者も関係なく、内角を厳しく攻めてきた。

「がっ」

「いけね」

 ぶつけては帽子を取って頭を下げる。

 だがそれで内角攻めを止めるわけではない。


 四番の富樫は右打者である。

 右のピッチャーは一般的に、左バッターに対した方が、内角攻めはしやすいと言われている。

 しかしアルトは普通に、胸元にえぐりこむボールを投げ込める。

 攻撃的なわけではなく、これぐらいなら大丈夫だろう、という気持ちなのだ。

 デッドボールは反則ではない。

 故意に頭を狙うなら別だが、しっかりと構えた肘を狙うあたりに、コントロールされている。


 アルトからすれば、サッカーの試合の展開次第で、平気で死人が出るのがブラジルである。

 ぶつけてもヘルメットをしているし、まず大きな怪我になることはない。

 あまりにも見事な割り切り方に、浦和秀学はビビッてしまった。

 ちょっとまずいのではとも思うが、実際に当てたのは最初の一つ。

 ゾーンをわずかに外した内角のボール球を、そこまで怖がる必要はない。


 これが大介であれば、ボールがバットの届く位置にやってきた、と喜ぶだろう。

 昇馬であっても同じことで、素直にぶつかって一塁に進んでもいい。

 審判としても明らかな暴投とは違うので、なかなか判断のしようもない。

 だが踏み込んでフルスイングをするバッターには、インローが本当に打てないのだ。


 バッティングの効率化の弊害と言えるだろうか。

 3イニングを投げてアルトは、ヒット二本に死球一つの、ランナー三人を出して終わった。

 そしてその間に、白富東は得点している。

 昇馬を避けたところに、その昇馬をランナーに置いたところで、四番に座る和真のセンターオーバー。

 一塁から一気に帰ってきた昇馬に、その後もゴロなどで点を取って、二点を先取。

 五回からはピッチャーが真琴に代わった。




 真琴のピッチングも、左のサイドスローの角度を上手く利用したものである。

 右バッターには打たれたが、左打者をことごとく封じ込めていく。

(今日は調子いいぞ~)

 そもそも左のサイドスローに、女性選手に特有の体の柔らかさ。

 ボールの出所が分かりにくいのは、左バッターにとっては特にそうだ。


 右バッターにはまだしも、打てる球ではある。

 だがそこで、ストレート並の球速ながら、沈むボールを投げるのだ。

 魔球と呼ばれるジャイロボール。

 安定して投げるこれを、打ってもゴロにしかならない。


 ピッチャーもすることから今日は、体力の消耗も考えて九番を打つ真琴。

 ただ女子でもホームランを打つ長打力があるのは、既に知られている。

 足も速いがそれはあくまで女子基準。

 敬遠してあえてランナーに出したら、一番の昇馬を敬遠して、足を封じることが出来る。


 ただしそんなにランナーをためたら、後ろにいるアルトと和真が打ってくる。

 それで追加点が入ったため、三打席目の昇馬とは勝負してしまった。

 アウトローのいいコースを、そのままバックスクリーンに運ばれる。

 さらにその後に、また和真が一発を放り込んでいた。


 当初の予定と違い、アルトは四回までを無失点で投げていた。

 その後の三回を、真琴も無失点で抑えている。

 残り2イニングとなったところで、昇馬の登場である。

 六者連続三振という、派手な終わり方であった。

 スコアは6-0とコールドぎりぎり。

 浦和秀学は白富東に、軽く捻られたと言っていいだろう。




 鬼塚としては狙い通りの結果であった。

 継投で一点も取られなかった、というのがまず大きい。

 ただピッチングの方は、あまり考えていなかった。

 それよりもバッティングで、和真が打ってくれているのが、本当に大きい。


 去年はこのレベルの相手なら、昇馬かアルトの一発に期待する以外、ほとんど点が取れなかった。

 あるいは相手のミスを待つか。

 だが浦和秀学ははっきり言って、鍛え方が王道過ぎる。

 高校野球はもっと、相手の裏を書いていくものであったはずだ。

 それとも選手が揃っていない年は、これで上に素材を送り込むのが目的なのか。


 実際に注意していた富樫には、ヒットを二本打たれている。

 もっとも長打を打てていないので、それは許容範囲内なのだが。

 次の対戦は明後日、刷新学院である。

 栃木の王者であり、エースにはドラフト候補を抱えている。

 このピッチャーを、和真が打てるかどうか。

 それによって今年の夏、甲子園の戦い方が決まる。


 その和真はいつもの通り、聖子にいじられているのだが。

「ピーピー泣いてたんがここまで打てるようになったんはうちのおかげやからな」

 やめてさしあげろ。


 年上のパワーを使って、聖子はいくらでも和真の過去を暴露出来るらしい。

 ただ鬼塚としては和真が来てくれたのは、本当にありがたいことなのだ。

 もっとも和真としても、白富東に来たならば、昇馬にバッティングピッチャーをしてもらえるという、とんでもない経験が出来るわけだ。

 最後の一年間に関しては、次の一年生に期待すればいいか。

「せやからお母さん同士が同級生やねん」

 権藤明日美と同じ学校の出身である。


 和真が白富東に来たのは、確かに下手な私立に行くよりも、夏の千葉県大会で優勝出来ると思ったからだろう。

 二年までにバッティングの実績を残しておけば、ピッチャーがいなくて最後の一年は勝てなくても、プロからドラフトにはかかる。

 いや、既に今の時点で、レックスなどは目をつけているわけだが。

(確か聖子は東京の大学に行くつもりなんだよな。それならレックスに行けば……寮は埼玉か)

 確実に聖子にホれておる。

(強く生きろよ)

 とりあえず重要なのは、刷新に勝つことである。

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