第49話 初夏へ
県大会を戦っているうちに、ゴールデンウィークが終わってしまった。
関東大会は、ある意味甲子園以上の短期決戦。
五月の18日から21日までにまず、準々決勝が行われる。
そして次の土日に、準決勝と決勝が行われるのだ。
今年は栃木県で開催されるので、地元からは3チームが出場する。
トーナメント表を見る前から、一回戦から帝都一や桜印と対戦しないのは、向こうも都大会や県大会で優勝しているから分かっていた。
しかし順当に見ていくと、ちょっと頭が痛い展開になるのではと思えてくる。
高校野球でもこのレベルに達すると、多少の実力差が逆転して、試合の勝敗が決まることは多い。
だが順当に勝ち進めば、準決勝が桜印との試合で、決勝が帝都一との試合になりかねない。
もちろんそれまでにも、対戦する相手は強いところばかり。
一回戦は埼玉の浦和秀学。
二回戦はおそらく、栃木の刷新になるのではないか、と予想される。
「つーかもう、桜印とやるの飽きたんやけど」
聖子はそんなことを言っているが、確かに公式戦だけでも、もう四回も対戦している。
昇馬が負傷した一試合を除けば、他の三試合は白富東が勝っているのだ。
帝都一とも三度対戦している。
こことは練習試合でも対戦しているだけに、洒落にならない頻度で対戦している。
高校野球はどんでん返しの試合が多いはずが、帝都一、白富東、桜印の三つが強すぎる。
帝都一はここ四大会のうち、三大会の甲子園で優勝。
白富東は去年の春の関東大会に夏の甲子園、桜印は去年の神宮と、それぞれが全国制覇をずっとしている。
高校野球はトップクラスのチームになると、わずかなプレイから逆転が起こるのは充分に考えられるのだ。
それなのにこの試合の展開は、いったいどうなっているのか。
特に白富東は桜印と帝都一以外には負けていないし、桜印も白富東以外には負けていない。
そして桜印に昇馬が削られていなければ、白富東は帝都一に負けていなかったであろう。
関東三強、と言ってもいい情勢になっている。
この春の関東大会で、もしもこの3チームがベスト4にまで残ったら、まさにそうとしか言えなくなるであろう。
今回の大会は、球数制限で昇馬が降板、ということにはならない日程だ。
しかし準決勝と決勝が、連戦になっているのである。
センバツはまだしも、準決勝と決勝の間に、一日の休養日があった。
それなのにひょっとしたら、将典と投げ合った翌日に、帝都一と対戦する可能性があるのだ。
また0-0のまま、タイブレークの延長に突入するのか。
そうなると奪三振能力の高い、昇馬の方が有利である。
もっとも将典も平均で、一試合あたり15個ほどは三振を奪っていくピッチャーだ。
20個近く三振を奪う昇馬が、とにかく異常すぎるのだ。
センバツでは延長もあったが、決勝で敗北するまで95奪三振を記録していた。
100球以上を投げたとしても、昇馬は特に疲労を感じてはいなかった。
しかし土日が連投となったら、考えておかないといけないこともある。
それは右でも投げるということだ。
特に司朗が相手であった場合は、右の荒れ球を使った方がいい。
球数制限に縛られることがないなら、純粋に疲労度を考えると、ある程度は右でも投げていくべきなのだ。
確実性は左の方が高い。
しかし右の方でも、160km/hほどのストレートにわずかなムービングは使えるのだ。
スピンが左ほど安定していないため、むしろ手元でわずかに変化する。
あるいは打たせて取るならば、右の方がいいかもしれない。
左は確実性が高すぎて、三振を狙って奪えるのだ。
もっとも右も、コントロールが正確すぎないので、むしろ三振を奪えるのだが。
県大会は一回戦と準決勝しか、昇馬は投げなかった。
そのため疲労などは、全く残っていない。
関東大会の日程は、一回戦と準々決勝の間が中一日。
そして準々決勝と準決勝の間が、中四日となっている。
土日を使っているため、こういった試合間隔になるのは仕方がない。
やはり準決勝と決勝が、連戦になるのが辛いところだ。
センバツでもホームランを打っていた司朗だが、都大会ではさらに打っている。
相手のピッチャーが弱いということもあるが、簡単にヒットの感覚でホームランを放り込んでいた。
もっとも本質的には、打点を増やすことは前から変わらない。
勝負を避けられてしまうのを恐れてか、少し打率は下がっているのだ。
準決勝では早大付属を倒し、決勝では東名大菅生を倒している。
どちらも甲子園の常連ではあったのだ。
(敗因を考えないとな)
監督である鬼塚は、二度の敗因について考えている。
一度は昇馬の怪我であり、二度目は球数制限によるもの。
この一度目はともかくとして、二度目は間違いなく監督の責任である。
トーナメントの組み合わせ次第だが、夏の対戦相手は間違いなく、昇馬を削ってくるだろう。
もっとも昇馬は、夏からさらにレベルアップしている。
それでも高校野球は、勝利のために徹底した戦術で勝負する。
昨今はカット狙いが、バント扱いされる例が増えて、それはありがたいことではある。
しかし粘ってこられると、厳しいのは確かなのだ。
去年の夏、昇馬の投げた球数は、一試合あたりの平均が109.1球であった。
対してセンバツは、延長になった準決勝と、途中で降板した決勝を除けば、111.6球となっている。
一週間に500球以内というのが、現在の球数制限。
夏の日程を考えると、やはり一週間に四試合は見ておく必要があるだろう。
運がよければ一週間で三試合に抑えられるのだが。
昇馬を温存するのも、丸一試合温存というのは難しいだろう。
アルトか真琴を使って、3イニングほど投げてもらう試合を、二つほど作る。
そもそもセンバツにしても、準決勝が延長にならなければ、充分に足りたはずなのだ。
それを考えるとやはり、先発は二人のうちどちらか、という試合を作らなければいけない。
そして3イニングか5イニングは、どうにか抑えるのだ。
監督となった今だからこそ、鬼塚は自分たちの現役時代が、上手く行っていたのだと分かる。
直史が基本的に、それほどマウンドにこだわらないピッチャーだったからだ。
だからこそ温存して、大阪光陰相手に延長まで投げぬくことが出来た。
直史は甲子園に四度出場したピッチャーであるが、実は通算で10勝もしていないのだ。
主に岩崎と武史に、登板機会を分けたことで、大阪光陰相手に全力を出せたと言うべきだろう。
今の白富東にしても、センバツは他のピッチャーにも任せるべきではなかったか。
だが一回戦の紀伊高校こそ4-0で勝っているが、他は2-0が一試合に、1-0が二試合。
二点取った相手は、強打の尚明福岡だけに、他のピッチャーを使うのは危険であった。
ただそのリスクを犯しても、真琴などで3イニング投げさせていれば、決勝まで勝てたのではないか。
結果論から導けることだが、鬼塚としては悔いが残る。
関東大会は、一回戦から真琴とアルト、二人にある程度のイニングを投げさせる。
それでもし一回戦負けになったとしても、それは仕方がない。
ただ二人には、全力で3イニングを抑えてもらう。
あるいは2イニングでも構わない。
全国レベルの相手と、公式戦で戦って、負けても問題のない試合。
それはもう夏までには、この関東大会しか残っていないのであった。
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