第48話 温存

 春の県大会本戦が始まった。 

 センバツ準優勝の白富東は、当然ながら注目されている。

 決勝で負けたとはいっても、実質的には引き分けのようなもの。

 準決勝で桜印と当たらなければ、決勝でも勝っていた可能性は高い。

 それだけ甲子園というのは、クジ運の要素が関係してくる。

 県大会まではしっかり、シードなども決めてくるのにだ。


 そのうちセンバツなどなら、シードもやってくるかもしれない。

 ただ夏の甲子園は、競技というより興行の面が強い。

 いきなり優勝候補同士が対戦する。

 そういった筋書きのないドラマが求められたりもするのだ。


 本戦の一回戦、ここで勝てばとりあえず、シードは手に入る。

 春のセンバツの白富東の敗因を見て、夏の大会は多くのチームが、昇馬に球数を投げさせようと考えてくるだろう。

 ただ白富東は間違いなく、打撃力は高くなった。

 一回戦、昇馬が先発をする。

 確実にシードだけは手に入れなければいけないからだ。

 夏の大会、もしも負けるとしたら、センバツと同じような展開になるだろうか。

 もっとも去年の夏は、決勝まで全てが、強豪との対決であったのだが。


 神宮にも出ていた上田学院に瑞雲、地元の仁政学院に、強打の尚明福岡。

 桜印と帝都一は言うまでもない。

 今年はせめて、もう少し楽な相手と戦いたい。

 決勝まで全ての試合が二点差以内であったのだ。

 もっともセンバツも、初戦の紀伊高校は4-0であったが、他は全て二点差以内であった。


 確実にシードは取って、そこからは一年生に試合経験を積ませる。

 ピッチャーとキャッチャーのポジションさえ、控えの選手を使っていく。

 もっとも昇馬はライトを守るので、打撃力は落ちない。

 一回戦は余裕で五回コールド。

 バッターとしては二打数二安打の1ホームランであった。

 よくも二打席も勝負してくれたな、という気持ちの方が強い。


 そして二回戦から、ハイスコアゲームの試合となっていった。

 ただしそれは比較の問題で、白富東は守備が強い。

 バッテリー以外のセンターラインの守備は変わらないのだ。

 セカンドの聖子は、下からの突き上げに、ある程度脅威を感じているらしいが。


 三年生のバッテリーと、一年生のピッチャーも使っていき、七回コールド。

 11-4というスコアで、昇馬はまたホームランを一本打っていた。

 ただし一打席は外野フライで凡退し、他の打席は敬遠されたが。

 ランナーに出ると一番打者なので、盗塁を軽々と決めてくる。

 50m走のタイムが6秒ジャストというのも速いが、それ以上にスタートが早い。

 こうやって盗塁で敬遠の選択肢をなくすのは、父である大介と似たようなところがある。




 ここからは準々決勝となる。

 少なくとも準決勝まで進めば、夏の序盤に本当に強いところとはそれほど当たらない。

 センバツと違って夏は、県大会から甲子園まで、それほどの間が空いていない。

 既に千葉のベスト8であるから、それほど弱い相手ではない。

 しかしこのあたりから、昇馬以外の打線が動くようになってきた。


 四番に入っているのは、一年の和真である。

 この試合も昇馬は、先発として投げてはいない。

 ただ先発のアルトも球速が140km/h台後半なので、充分に全国レベルのピッチャーだ。

 完封はともかくとして、大量点を取られる心配はない。


 一回の表から、ランナー二人を置いて、和真のホームランが飛び出した。

 まあ昇馬は既に、公式戦だけで高校通算30本以上のホームランを打っている。

 練習試合ではあまり、打っていないところが集中力の違いであるのか。

 単純に手の内を見せたくない、というのもある。


 やはり攻撃力の上昇が、白富東を強くした。

 この日は和真がさらに二打点と、打撃面で圧倒的な数字を残す。

 昇馬は勝負を避けられたため、ボール気味のコースを一本ヒットにしただけであった。

 他にもう一人、打てるバッターが入ってくると違う。

 結局は8-1の七回コールドで、この試合も勝利する。


 一回戦で昇馬が投げた以外は、他のピッチャーで勝っている。

 ベスト4まで進んだので、もうあとは負けても問題はない。

 ただし鬼塚の考えとしては、関東大会を経験しておきたい、というのはあったのだ。

 春の関東大会は、神奈川や東京のチームも出てくる。

 そこに加えて埼玉や栃木あたりは、間違いなく強豪が出場してくる。

 群馬もまた侮っていいものではない。


 そういうわけで準決勝は、昇馬の先発となっていた。

 対戦相手からすれば、これは罰ゲームのようなものだ。

 しかし関東大会には行きたいし、少しでもいいシードを取りたい。

 なんとかして勝ちたい、と思うのも当然である。




 昇馬との対戦を避けたい。

 それはバッター昇馬相手なら、可能なことである。

 しかしピッチャー昇馬から、逃れる方法というものはない。

 そしてこの試合も、和真がホームランを一本打った。

 公式戦二本目のホームランで、他のチームも和真の打撃に、そろそろ気付いてきたであろう。

 昇馬やアルトを歩かせても、まださらに打てるバッターがいる。

 一点でも取られてしまえば、高校通算いまだに無失点の昇馬が、最後まで投げてしまう。


 5-0という一方的な試合になった。

 五点差を一方的と言うかは微妙だが、打たれたヒットは一本で、デッドボールを一つ与えただけであったのだ。

 そして奪った三振の数は21個。

 ただ五回コールドで勝った一回戦などは、15個のアウトのうち12個が三振であったりもした。

 奪三振能力がとんでもない。


 これで関東大会出場は決定した。

 あとは決勝であるが、ここで鬼塚は昇馬を、クローザー的に起用することに決めていた。

 アルトと真琴、そして他のピッチャーでどこまで出来るか。

 これは余裕でも傲慢でもなく、他のチームに見せ付けるためのもの。

 昇馬を削ったとしても、他にもいいピッチャーはいる。

 そう思わせなければ、また春のセンバツのようなことになりかねないのである。


 そして決勝戦は、5-2で勝利した。

 主に上位で、しっかりと点を取ってくる。

 真琴は3イニングを投げて無失点で、アルトも3イニングを投げて一失点。

 結局は昇馬のピッチングがなく、そのまま優勝してしまったのである。


 思った以上に強い。

 それが鬼塚の感想である。

 あとは関東大会でも、昇馬以外のピッチャーを使わなければいけない。

 帝都一や桜印はともかく、他の強力なチーム相手でも、しっかりと抑える姿を見せ付けておきたい。

 昇馬の体力自体は、センバツでも別に消耗してはいなかった。

 ただ球数だけが、問題になったのである。


 一試合とは言わない。

 3イニングだけでも、どうにか抑えられればそれでいい。

 センバツは結果論から言えば、どこかでどうにか3イニングほど、他のピッチャーを使わなければいけなかったのだ。

 そのあたりの博打を打つのを、鬼塚は恐れてはいけない。

(この関東大会で、そのあたりの計算をする)

 トーナメント表を見てから、それを考えないといけない。


 県大会の決勝レベルでも、五点ほどが取れるようになった。

 和真が入ったことで、昇馬やアルトを敬遠することが、さらに難しくなったのが大きい。

 実際にホームラン以外でも、和真は打点となる長打を打っている。

 課題であった打撃力。

 白富東にそれが備わりつつあるのである。

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