二章 二年生

第46話 二年目

 センバツがいささか不完全燃焼に終わった。

 しかしこの敗北はむしろ、昇馬の大器であることを、世間に知らしめることとなった。

 一回戦から準決勝まで、全て完封勝利。

 また決勝も降板するまでは、一点も失うことがなかったのである。

 一回戦がパーフェクト、延長まで投げた準決勝がノーヒットノーラン。

 特にこの準決勝は、関東の雄桜印を封じたものだけに、より快挙であると言えた。


 そもそも昇馬は父親の代から、世界の主人公になるような器ではあるのだ。

 二年の春が終わった時点で、既に甲子園では10勝。

 また公式戦では、無失点の記録が続いている。

 上杉や直史、また武史にしても、一年生時の成績は、昇馬を上回るものではない。

 他には真田や蓮池、小川でもここまで、非常識な成績は残していない。

 もっとも上杉以外は、それなりに頼れる味方がいたから、というのはあるが。


 ともあれセンバツが終わって、いよいよ二年生となる。

 白富東は公立であるし、スカウトなども今はやっていない。

 だがここに入ればおそらく、二年間のうちに一度は甲子園に行ける。

 そんなことを考えて、そこそこの実力の生徒が、体育科に入ってきているとう話は聞いていた。

 現在の白富東を考えると、欲しいのは控えでキャッチャーが出来る選手。

 あとは何より、バッティングに優れた選手である。


「とりあえずはまあ、期待出来そうなん、一人は入ってきてるけどな」

 聖子がそう言ったのは、新学期が始まってからのこと。

 強豪私立などはセンバツに出てもいない限りは、既に練習に参加したりもしている。

 白富東は公立で、しかもセンバツに出ているため、そういうわけにはいかない。

「カズが入ってきて、これで得点力はアップだね」

 聖子にとってみれば、幼馴染の子分とも言える和真。

 鷺北シニアの四番打者は、県内の私立はもちろん、県外の私立、それこそ大阪あたりまで進学の予定はあったはずだ。


 ただ白富東に入っていれば、甲子園出場とレギュラー奪取。

 その両方が可能であるために、強豪の特待生に入らない程度の選手は、それなりに集まってきたのだ。

 数にしておよそ30人。

 もっともその中の数人は、エンジョイ勢や研究班が目当てであったりする。




 30人も新入部員が入ってきて、鬼塚としてはありがたいとは思う。

 この野球離れの時代に、興味を持ってもらうだけでもありがたいのだ。

 それに体育科として入ってきた新入生の中には、それなりの強豪に行ってもおかしくはない選手が複数いた。

 特にその中に、鷺北シニアの西和真や、MAXで130km/hを投げる一年生とそのキャッチャーがいたことは、監督として嬉しいことだ。

 昇馬たちが卒業した後も、鬼塚はこのチームを強くしていく必要がある。


 鬼塚は新入生に説明する。

 白富東の野球部は、強制する野球部ではない。

 もちろん基本的なトレーニングメニューは存在するが、選手の成長度合いによって、またその素質によって、限界というのは変わってくるものなのだ。

 変に全員で一致団結するのではなく、それぞれの能力をアップさせていく。

 そして結果として、チーム全体が強くなればいい。


 実力主義ではあるが、その実力とは野球の能力だけではない。

 チームを結束させ、強くさせることもまた、実力の一つだ。

 主力となる選手以外に、協調性でチーム内をまとめる力も必要になる。

 あとはぶっちゃけ、打撃力が重要である。


 白富東は去年の秋の大会以降、大差で楽勝した試合がほとんどない。

 県大会の序盤レベル以外では、せいぜい五点ほどしか取れないのだ。

 それも昇馬が勝負を避けられれば、より難しくなってくる。

 ただここで一年生の中には、即戦力として働ける選手もいる。


 和真の他にも数名、打撃力に優れた選手が入ってきた。

 ただし強豪に特待生で呼ばれるレベルなのは、和真ぐらいである。

 他は微妙な名門や古豪に、推薦で入るぐらいのもの。

 何より地元の出身者だけが、白富東には入ってこれるのだ。


 海外からの留学生というのも、今年はそんな裏技を使ってはいない。

 あくまでも県内から、集まってきている生徒である。

 東京や神奈川、あるいは近畿などの県外へ、特待生や推薦で進む選手は、ちょっと入ってこない。

 入ってくるのは一つは、県内の高校を選択した者。

 白富東の有利な点は、公立であること。

 実力はそこそこあっても、私立に入るには学費が、という選手が白富東には集まりやすいのだ。

 しかも公立ではあるが、寮まであるのだ。




 鬼塚はまず、新入部員の体力測定などを行った。

 その中にはもちろん、パワーのある選手もいる。

 またピッチャーの中には、即戦力でこそないが、二年も鍛えればものになりそうな、そういう選手も見つけた。

 この一気に大規模化した野球部においては、内部で競争が起こるだろう。


 三年生の中には、エンジョイ勢が多い。

 二年生には昇馬の存在を知っていて、あえて白富東を選んだ、鵜飼のような選手もいる。

 ただ一年生の平均的な素質は、上級生を上回るものだ。

 これで今年も実績を上げれば、来年はまたこの程度の新入部員は入ってくるだろう。

 白富東の黄金期は、さすがに再現が難しい。

 だが今後数年は、甲子園を目指す戦力が整うかもしれない。


 ともあれ次は、春の大会である。

 昨年の秋に県大会を優勝し、センバツまで出場した白富東は、春の大会は県大会本戦からの出場となる。

 そこで一度勝てば、第三シードは取れる。

 もっとも白富東は、当たり前のように優勝候補とは思われている。

 去年の春からずっと、県内では敵なしであるからだ。


 とりあえず近い県大会に向けて、ベンチメンバーを考えなければいけない。

 元から分析班であった選手は、ほっとして背番号を戻す。

 センバツにベンチには入ったものの、選手としての力は発揮する機会などなかった。

 ただデータ分析には、とても役立ってくれたものである。


 昇馬の完全なワンマンチームではないのだが、主力はごく一部である。

 またキャッチャーが入ってきたとはいっても、昇馬のボールを捕れるはずもない。

 少なくともこの春の大会では、それは難しいだろう。

 夏の大会までには、控えとして機能してほしいものだ。


 出来れば真琴は、ファーストとピッチャーを兼任させたい。

 打線の力が増したなら、全国レベルのピッチャー相手でも、何点かは取れる。

 真琴のピッチングは正直、強豪相手であっても、それなりに通用するものだ。

 またアルトもピッチャーとしての投げ方とは思わないが、かなりの球速は出る。


 昇馬は正直、一週間の球数制限を超えても、全く問題ない力を持っている。

 そもそも球数制限など、全力で投げるか八分で投げるかによって、負荷は全く違ってくるのだ。

 春季大会は、一年生を積極的に使っていく。

 その前提で鬼塚は、体力測定で無双する、昇馬の様子を見ていたのだった。

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