第45話 勝負とルール

 宿命の対決、などと言われていたりもする。

 しかし実際のところ、上杉と大介は、高校時代は対戦することがなかった。

 公式戦の対戦機会は、上杉が三年、大介が一年の夏に、甲子園で勝負するしかなかったのだ。

 もっとも白富東のあの当時の戦力で、どこまで勝ち進めたかは微妙なところだが。


 子供の世代としては、将典は意識している。

 偉大な親を持つと、子供は苦労するというものだ。

 まして上杉家は、長男が野球への適性がなかったため、その期待までも負っている。

 そういったところのないのが、白石家のいいところであろうか。


 ただ、家風がそもそも違う。

 一般庶民であった大介などは、祖父はともかく曽祖父の名前さえ、父方は知らない。

 上杉の場合は特に父方上杉家は、佐藤家と同じく長く家系図が残っている。

 もっともそういった流れも、いつまで続くものやら。

 大学で柔道をしている長男と違い、将典は将来をそこまで縛られてはいない。

 ただ野球派閥というのが、父から受け継がれるかもしれない。

 なんとも厄介なものなのである。


 昇馬はそのあたり、全く気にすることはない。

 血統が大事なのは、サラブレッドだけで充分だ。

 もっともアメリカにしても、財閥は長くその経歴がはっきりとしていたりする。

 だが昇馬は思うのだ。

 親がどうであったかなどを、気にするのは人間だけであると。


 二人はそれぞれ、別の形の精神力の強さを持っていた。

 チーム力で優る桜印に、白富東は昇馬の他わずか数人。

 だが得点されなければ、こちらが負けることはない。

 将典は三振を奪っていくが、昇馬の奪三振はそれ以上。

 明らかに打力で上回る桜印が、全くランナーを出すことが出来ない。


 我慢比べと思っていた。

 だが試合が進むにつれ、これは消耗戦だと分かってきた。

 現在の高校野球は下手なカットをすると、スリーバント扱いでアウトと判定されることがある。

 それを分かった上で、どちらのチームも相手のエースを削りにかかる。

 しかし昇馬はそれが分かっていても、三振を奪えるピッチャーだ。

 将典も三振を取っていくが、変化球を上手く使っている。

 とは言え球数は、どちらも極端に多くなったりはしない。




 まずいな、と鬼塚は考えていた。

 桜印の監督の早乙女も、同じことを考えていた。

 お互いのエースの出来が良すぎる。

 いや、自軍のエースの出来がいいのは、もちろん悪いことではないのだが。

 お互いの打線がそれぞれ、当てることに精一杯になっている。

 まだしも白富東は、ヒットをわずかに打っている。

 だが桜印は完全に、昇馬の前に封じられていた。


 またこの試合も、デッドボールが一つ。

 しかしそれ以外は、誰もランナーが出ていない。

 将典も完封しつつ、三塁を踏ませることすらない。

 三振の数が増えていくまま、試合も終盤に入る。


 0-0のままである。

 スコアは全く動かず、ひたすらエースが投げ続けている。

 そしてついに延長に入った。

 タイブレークに突入である。


 かつては決勝以外の試合でも、13回からがタイブレークの開始であった。

 しかし今では延長に入れば、そこからタイブレークが始まるようになっている。

 古い野球ファンからは、あっさりと試合の勝敗が決まってしまった、見ごたえがないとも言われている。

 無死一二塁から始まるこの制度、ノーヒットノーランは継続されるが、パーフェクトはなくなる。

 ここから相手の得点を抑えるというのは、かなり大変なのである。


 将典は白富東をここまで、三安打の一四球に抑えていた。

 10回の表の攻撃は、だから比較的楽なバッターとの対決となる。

 白富東の得点力は、一番から三番までに偏っているからだ。

 実際に10回の表、白富東はランナーを、三塁まで進めるので精一杯。

 そして10回の裏、桜印はランナーを二人置いて、二番からの好打順である。


 ただ、ピンチはチャンスともなるのだ。

 昇馬はここで、さらにギアを上げていった。

 163km/hのストレートを、延長に入ってから出してくる。

 この馬力に関しては、もう対戦相手も観客も、そして味方すらも呆れるしかない。

 三者連続三振で、このピンチを切り抜ける。

 明らかに桜印の士気は、これによって落ちたと思えた。


 だが将典も、あの父親を見て育った人間である。

 こういう時にどうすればいいのかは、はっきりと分かっていた。

 11回の表、下位打線から始まった白富東は、三振二つであっさりとツーアウト。

 そしてここで、一番の昇馬の、四打席目が回ってきたのだ。

 逆に言えば三振でアウトになったことで、昇馬に打席を回せたとも言える。




 ここまで既に、150球を超えて投げている将典である。。

 普通ならもう限界であろうが、白富東の下位打線相手には、そこそこ抜いて投げることが出来た。

 おかげでここで、全力の勝負をすることが出来る。

 もしも敬遠したとしても、次のバッターはアルト。

 今日打たれたヒットのうち一本は、アルトのものである。

 ツーアウト満塁からならば、ヒット一本で一気に二点は入るかもしれない。

 タイブレークの条件であっても、昇馬から二点を取るのは難しい。


 将典は勝負を選択した。

 ストレートに加えてスライダーが、決め球とも言える。

 左バッターに対してであるが、高速スライダーはまともに捉えにくい。

 だが昇馬はここで、そのスライダーを狙い打ったのだ。

 打球はレフト線の深いところへ。

 二塁ランナーが一気に帰ってくるには、充分なものであった。


 この後のバッターを、将典は封じた。

 しかしタイブレークでついに、試合は動いたのである。

 そして11回の裏、桜印は五番の将典から。

 ランナーは二人いる状況で、ヒット一本で帰ってくることが出来るかもしれない。

 しかしバッター将典は、ピッチャー将典に比べると、やや落ちる。

 昇馬のボールを打ったが、内野フライに倒れた。


 昇馬もまた、球数は随分と増えている。

 だが球威は全く衰えていない。

 そもそもコントロールを無視すれば、まだ右投げが残っているのだ。

 もっともタンナーが最初からいる状態で、やや盗塁しやすい右で投げるのはリスクが高い。

 左で投げ続けて、最後のバッターまで奪三振でスリーアウト。

 準々決勝に続き準決勝もまた、1-0というスコアで勝利したのであった。


 決勝のカードは、去年の夏と同じく、帝都一との対戦となる。

 しかし勝利に沸くベンチの中で鬼塚は、戦う前からほぼ勝敗が決まっているのが分かっていた。

 逆算したら、どうにかなったというのだろうか。

 いや、対戦相手を考えれば、それもまた難しい。

 それでも尚明福岡や花巻平との試合で、どうにか出来たのではないか。


 11回を完封して、出したランナーはタイブレークを除けば、デッドボールの一つのみ。

 つまりノーヒットノーランである。

 延長に入ったからとはいえ、奪三振は23個。

 しかも昇馬本人は、まだ充分に体力を残していた。




 これでも負けることは、鬼塚には分かっていた。

 同じようなことによって、負けたピッチャーが過去にいる。

 それは皮肉にも、将典の父である上杉であった。


 高校野球の規定では、球数制限は一週間に500球まで。

 そしてセンバツは二回戦から、決勝までが一週間となっている。

 クジ運が悪かったと言える。

 トーナメントに入ったばしょによっては、三回戦から決勝までが、一週間の範囲内になることもあったのだ。

 この五日間で昇馬は、401球を投げている。

 決勝は七日目であり、つまりそこで99球までしか投げることが出来ない。


 本当にトーナメントの入った場所が悪かった。

 また桜印とこんな投げ合いにさえならなければ、もう少しは余裕が出来たであろう。

 尚明福岡は2-0で勝ったので、リードしていた場面で他のピッチャーを使うべきであったろうか。

 少なくとも花巻平は、1-0であったので、アルトも真琴も使うのは難しかった。


 それぞれの試合で1イニングか2イニングでも、他のピッチャーに投げさせるべきであったか。

 だが桜印がここまで、昇馬やアルトを封じてくるとは思わなかったのだ。

 少しでも負担を分散すれば、決勝でも最後まで投げられたであろうか。

 99球で試合を終わらせるピッチャーなど、プロまで含めても直史ぐらいしか知らない鬼塚である。


 アルトも球速を増しているし、真琴も変則的で、それなりに封じることは出来たはずだ。

 そもそも何度も考えるが、この試合がここまで延長になったのが、一番の要因である。

 あとは昇馬に、打たせて取るピッチングを学んでもらうべきか。

 対戦した相手が強豪ばかりであったというのも、悩ましいものではあった。




 決勝戦は、鬼塚の心配どおりの結果となった。

 白富東は昇馬の出塁からアルトのヒットで、先制点を奪えた。

 しかし八回の途中で、昇馬の球数が規定に達する。

 リリーフとして投げたのは、アルトの方である。

 ここで真琴とどちらを使うかでも、鬼塚はかなり迷ったのだ。

 それを顔に出さなかっただけ、指揮官としては優秀であったろう。


 九回に一点を取られて追いつかれた。

 そしてまた延長戦に入り、タイブレークからのサヨナラ。

 2-1という結果で、帝都一が優勝を果たしたのであった。


 負けてなお強し、という昇馬の評価が上がっただけである。

 もちろんその昇馬から、ヒットを打った司朗も、評価は高いのだが。

 四試合を完封勝利し、その中にはパーフェクトとノーヒットノーランが一つずつ。

 決勝もヒットこそ打たれたものの、自身の失点はなかったのである。


 帝都一はこれで、春のセンバツは二連覇ということになる。

 司朗は四つの大会のうち、三度優勝し、一つは準優勝。

 これで最後の夏に優勝したならば、白富東の最強世代であった、武史が四度優勝したものに並ぶこととなる。

 ただこの試合の結果は、かなりの問題を含むものとなった。


 昇馬は完全に、余力を残していた。

 余力をもう少し使って、早めにバッターを三振に取っていれば、かなり決勝も楽に戦えたであろうに。

 たださすがにそこまで、先のことを考える余裕はなかった。

 鬼塚にしてもまさか、球数制限で負けることになるとおは、桜印相手の試合が決まってから、やっと思いついたものである。


 尚明福岡は強力打線であったし、花巻平は1-0という獅子堂との投げ合い。

 そして桜印は将典との投げ合いであって、全く余裕などはなかたのだ。

 それでも向こうの下位打線相手に、少しは投げるべきであったか。

 いざとなれば外野に移していた昇馬を、すぐマウンドに戻すような感じで。


 そういう手段もあったであろうが、机上の空論に過ぎない。

 白富東はどうにも、負けたという実感のない敗北であった。

 鬼塚としてはこれは、自分がどうにか投手の運用を、やってのければ勝てたとも思える。

 だがどうすれば正解だったのかは分からない。

(結局はチーム力の差だとは言えるんだが)

 新一年生の中には、それなりに即戦力になりそうな選手が、数人は存在する。

 夏に向けて白富東は、チーム力全体の強化を図っていくのであった。

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