第44話 四度目の対決

 大阪光陰と桜印の試合は、意外なスコアになった。

 いや、双方の戦略を考えれば、そういうものでもないのか。

 大阪光陰はここ数年、世代トップクラスピッチャーの獲得に失敗している。

 それでもこうやって、センバツへの出場は果たしているのだが。

 去年の夏も、理聖舎に甲子園行きを阻まれた。

 しかし入学して野球部に入れば、卒業するまでには必ず一度ぐらい、スタンドから応援することは出来る。

 ベンチに入ることは、一般入学では諦めた方がいい。


 大阪光陰はいまだに強豪ではあるが、わずかに力を落としている。

 ただこの強さには、波があるのだ。

 強豪が過ぎても今度は、チーム内での競争が激化しすぎる。

 確かに大阪光陰は全国制覇を狙えるチームだが、入学以前中学生の時点で、ある程度のフィジカルを要求する。

 両親の体格までも調べて、特待生待遇を与えるかどうかを決める。

 また仕上がるのが遅そうな選手は、ちょっと取りづらくなっているのだ。


 昇馬と同じ世代のピッチャーで、大阪光陰に入学したピッチャーは、既に完成したタイプであった。

 それだけに一年の夏から公式戦には出ていたが、あまり伸びてはいない。

 甲子園だけを目指すなら、甲子園制覇を目指すなら、今でも大阪光陰は第一に上がるチームである。

 しかしながらプロでの大成を願うなら、育成に定評のある学校を選んだりする。


 結局は指導者の問題であるのだ。

 その点では帝都一は、長期政権から長期政権の移行が、上手くいったとも言える。

 大阪光陰もベスト8まで勝ち進んでいるのだから、弱いはずはない。

 だが桜印はわずかながら、エースの将典を温存して、勝つことに成功していた。

 桜印は将典の入る前年から、かなり積極的にスカウトをしていたのだ。 

 将典もまた父と同じく、地元のシニアチームに入っていた。

 そのため大きな結果は出せなかったが、大器であることは明らかであった。

 アメリカから昇馬が戻ってくるまでは。


 桜印が完全にチームとして完成するのは、来年の夏になる予定。

 しかしこの時点でも、大阪光陰に勝利した。

 ベスト4である準決勝に進出したのは、去年の夏のベスト8よりも一つ上。

 そして対戦相手は、またしても白富東となったのである。




 帝都一と上田学院、白富東と桜印。

 またか、と言いたくなるような、白富東と桜印の対決である。

 去年の春季関東大会で、準決勝で対戦したのが最初。

 そして夏には甲子園で、準々決勝で対戦している。

 秋の関東大会でも、三度目の対決。

 ここでは昇馬の迂闊な負傷があって、ようやく桜印が勝った。


 桜印は関東大会の余勢をもって、神宮大会でも優勝した。

 これが四度目の対決。

 ただしここまでの三度の対決で、昇馬からは一点も取れていない。

 この対決が終わったとしても、またすぐに春の関東大会で当たりそうな気がする。

 大介と上杉は、結局高校時代、公式戦で対決することはなかった。

 しかしその息子同士は、逆に何度も対決する運命にあるらしい。


 それにしても決勝ではなかなか当たらない。

 どこで当たったとしても、そう変わらないのかもしれないが。

 しかし桜印としては、トーナメントの出来るだけ後のほうで、当たりたいというのが本音である。

 白富東は昇馬以外にも、充分に全国レベルのピッチャーが二枚いる。

 ただし全国レベルを相手に、しっかり完封出来るのは昇馬ぐらいだ。


 超高校級のピッチャーであっても、強豪を相手に完封は難しい。

 特にこの、トーナメントの日程においては。

 しかしこの昇馬の、公式戦無失点記録。

 果たしてこれが、どこまで続くのであろうか。

 上杉や直史であっても、ここまでの記録は残していない。

 甲子園で達成したノーヒットノーランやパーフェクトの数では、昇馬の方が上ぐらいなのである。


 準決勝が始まる。

 第一戦が、帝都一と上田学院。

 上田学院も真田新太郎を中心として、堅い守備が特徴である。

 そして攻撃の面においては、機動力野球が重視されている。

 単純なピッチャーやスラッガーの力で、勝とうと思っているチームではない。

 チーム全体で戦略を考えて、それによって勝つチームなのである。


 もっともチーム力勝負というなら、帝都一の方が上であろうか。

 守備はやはりしっかりと鍛えてあるし、機動力はそれ以上。

 もっとも帝都一の方は、キャッチャーが強肩である。

 単純に盗塁を試していっては、試合にも負けるだろう。




 上田学院はここまで、走って勝って来た。

 盗塁数が残った4チームの中では、圧倒的に多い。

 しかし帝都一のキャッチャーも、圧倒的な強肩を誇る。

 なので足を活かすとなると、盗塁よりは走塁の方が重要になる。


 第二試合の白富東も桜印も、この試合の行方を見守っている。

 勝った方が決勝で、対戦する相手だからだ。

 超高校級のピッチャーが二人もいる帝都一が、やはりここでもチーム力では有利。

 叔父とは似ていない真田新太郎は、上背があるためにまだ、本格的なウエイトが出来ていない。

 実際に去年の夏、白富東は甲子園の初戦で、上田学院と戦った。

 そこから導き出されるのは、上田学院の方がまだしも、楽な相手ということだ。


 帝都一はとにかく、選手のスカウトの力が強いのだ。

 これは上に大学がある、付属の高校というのも関係している。

 六大学リーグでプレイしたいなら、帝都一も有力な進学先となる。

 東東京にあるというだけで、充分な魅力もあると言えるが。


 去年対戦した限りだと、確かに真田新太郎は、いい球質のストレートを投げていた。

 それを活かしたカーブやチェンジアップが、武器となっていたのだ。

 夏からは相当に成長し、一試合の中で何度も、150km/hオーバーを出してくる。

 まだ二年生の春なので、さらにここから成長してくるのだろう。

 この学年の高校生は、明らかにピッチャーが豊富。

 故障しない限りは、ドラ一レベルのピッチャーが多くいる。

 もっとも実力だけを加味すれば、昇馬が競合となるのは当然の話だ。


 帝都一も相変わらず、ピッチャーをしっかり揃えている。

 確かに一人一人を比べれば、昇馬には劣るのかもしれない。

 だが継投が常識の現代においては、スタミナ切れのエースよりも、二番手三番手が重要になってくる。

 暑さで消耗する夏ほどではないと言っても、センバツも日程的にピッチャーには苦しい。

 球数制限もあるため、帝都一はおよそ70球前後を目途に、ピッチャーを代えている。


 上田学院も、他にピッチャーがいないわけではない。

 ただ帝都一の打線を抑えるには、やはりエースが必要なのだ。

 先制したのは上田学院であったが、終盤に入るあたりで帝都一を抑えきれなくなった。

 しかし最後まで、司朗にホームランを打たれることはなかった。

 打線の厚みに負けた、ということが言えるであろうか。

 甲子園の連続決勝戦出場記録。

 そんな奇妙なものを、帝都一は作りつつある。




 またか、とは白富東も桜印も、同じ感想である。

 白富東は去年の夏も、決勝で帝都一と対戦した。

 桜印は神宮大会で、帝都一と対戦している。

 関東のチーム同士の決勝になるとは、この時点で決定したのだ。

 どのみち近畿のチームは、既に全滅していたのだが。


 地元のチームが消えたとしても、今年のセンバツは見事に観客動員が多い。 

 昇馬や司朗だけではなく、強力なピッチャーの投げ合いというのが、この大会の売りになっているのだ。

 近畿のチームが準々決勝まで残ったのも、動員数には関係している。

 そしてこの準決勝は、昇馬と将典の投げ合いに注目が集まっていた。


 父親同士はピッチャーとバッターの対決であったが、息子たちはそれぞれのエース。

 ただ高校野球のレベルでは、どちらもお互いのチームの主砲ともなっている。

 昇馬は見事に一試合に一本ずつ、ホームランを打っている。

 将典もこの大会では、一本打っていたのだ。


 低反発バットを使うようになった現在、ホームランがなかなか出なくなっている。

 その中で圧倒的なパワーを誇っているのが、昇馬なのである。

 ただ司朗もまた、この大会ではホームランを量産している。

 それでもなお、スコアは比較的少ない決着が続いている。


 この試合もそうであった。

 白富東の先攻で始まったこの試合、先頭打者の昇馬に対して、将典は正面から勝負してくる。

 昇馬が既に160km/hオーバーを投げているから勘違いされるが、将典もまた二年の春の時点で、155km/hを出しているのだ。

 明らかに両者とも、プロに行く素材ではある。

 緩急に加えてスライダーを使うことで、昇馬は第一打席を凡退。

 三者凡退というスタートで、試合は開始されたのであった。

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