第43話 ベスト8

 白富東は準々決勝進出を決めた。

 そしてその翌日には、残りのベスト8チームも決定する。

 その中には注目の試合が、何試合もあった。

 高知の瑞雲と、岩手の花巻平の試合。

 共に将来の期待される、同年齢のエースがチームを率いている。


 瑞雲は去年の神宮大会にも出場している。

 花巻平も岩手の代表で、このセンバツには出場しているわけだ。

 特に瑞雲の中浜は、アメリカ帰りということもあって、去年の夏から注目されていた。

 もっとも結果としては、昇馬にホームランを打たれて負けたのだが。


 一年生の時点で、140km/h台の後半を投げるピッチャーが何人もいる。

 そんな怪物めいた世代の中で、頂点に立っているのが昇馬である。

 去年の借りを返そうと、中浜は奮い立っていたのであろう。

 しかし花巻平の獅子堂も、同じ怪物世代と呼ばれるピッチャーであったのだ。


 2-1という僅差ではあるが、花巻平の勝利。

 これで準々決勝で白富東と対戦するのは、花巻平と確定した。

 そしてこの日は、桜島実業と大阪光陰という、屈指の好カードも実現している。

 一時期ほどの圧倒的なものではないが、それでも普通に甲子園に出て勝ち進んでくる大阪光陰。

 桜島実業はともかく、攻撃力が凄まじい。


 ただ大阪光陰は、甲子園での勝ち方を知っている。

 プロで大成するバッターを何人も出した桜島であるが、チームバランスが打撃に偏っている。

 そこを突かれて大阪光陰に先手を打たれる。

 それぞれに打撃力のあるチームであったが、大阪光陰が勝ちあがったのであった。


 そしてこの日最後の試合は、地元兵庫代表で、去年ベスト4の仁政学院と、秋の神宮大会で優勝した桜印。

 桜印も去年の夏はベスト8であり、共に負けた相手は白富東であった。

 しかし桜印はこの試合、上杉将典を中盤までは温存する。

 二番手ピッチャーでさえも、イニング限定であるなら、充分なピッチングをするのが桜印だ。

 中盤から終盤、桜印は仁政学院の真田を攻略し、3-1で準々決勝進出。

 ベスト8が出揃ったのであった。




 現在のセンバツにおいては、この準々決勝の日以外は、一日の試合は三試合までとなっている。

 そして一番楽しいとも言われる、準々決勝の対戦が決まった。


 第一試合 帝都一(東京) 対 淡海(滋賀)

 第二試合 上田学院(長野) 対 理聖舎(大阪)

 第三試合 白富東(千葉) 対 花巻平(岩手)

 第四試合 大阪光陰(大阪) 対 桜印(神奈川)


 大阪代表が2チームとも残っている。

 あるいは大阪同士が、甲子園の決勝で当たるかもしれない。

 もっとも上田学院も神宮での実績は高かったし、大阪光陰も相手は桜印。

 どちらか片方ぐらいは勝ってほしいが、どちらも負けてもおかしくはない。


「ラッキーと言えるのかな」

 白富東までは、中一日でピッチャーが使える。

 しかし花巻平は、連戦となるのだ。

 獅子堂は相手が瑞雲の中浜ということもあり、フルイニングを投げている。

 本当ならば甲子園と言えど、継投をしていきたかったところだろうが。


 結果的に2-1という勝利であったので、二番手を使う余裕はなかっただろう。

 もっとも昇馬も尚明福岡相手に、114球を投げたのだが。

 これを見て多いと思ってしまうのは、直史に毒されている。

 ただ昇馬は去年、マダックスは達成している。

 同時にパーフェクトなども達成していると、あまり目立つことはないのだが。


 全打者を三球三振でアウトにする、そんなピッチングが出来ないものか。

 そもそも父を打ち取ることに比べれば、高校生を相手にするのは楽である。

 花巻平の獅子堂は、確かに去年の夏の雑誌特集などでも、かなり注目はされていた。

 一年生の段階で、140km/h台後半を出しているのだから、普通ならば超高校級であったろう。


 ピッチャーが正しく評価されない時代。

 昇馬と活動期間がかぶってしまった人間は、そう思われても仕方がない。

 また昇馬はバッターとしても超一流のため、他のバッターも評価されにくいのかもしれない。

 もっとも司朗に限っては、圧倒的な勝負強さが見えている。




 準々決勝が始まる。

 帝都一はこの試合、二番手ピッチャーを使っていく余裕があった。

 また短いイニングは、司朗も投げていく。

 淡海も充分に名門なのだが、帝都一はさらに選手層が厚い。

 5-1というそこそこのスコアで、問題なく準決勝進出。

 果たして相手はどちらになるのか。


 地元理聖舎の登場に、甲子園のスタンドは沸き上がる。

 一試合目で同じ近畿の淡海が消えてしまったため、より期待されているのだ。

 上田学院はそれに対して、機動力野球を展開する。

 また長野の方の真田は、しっかりとエースとしてのピッチングをした。

 3-2という僅差のゲームで、上田学院が準決勝進出を決める。

 ただしエースがフルイニング投げたので、ピッチャーの温存という点では、帝都一が圧倒的に有利だろう。


 そして第三試合、ついに白富東の試合。

 花巻平の獅子堂とは、一応練習試合では面識がある。

 あちらが帝都一に練習試合に来た時に、白富東も混ぜてもらったのだ。

 獅子堂は去年に比べると、明らかにスピードを増している。

 150km/hがそれなりに投げられるのは、二年の春なら相当のペース。

 ただ比べられるのが昇馬なので、そこは運が悪いと言えるだろう。


 そして実際に対決する、甲子園での試合。

 ここはしっかりと鬼塚が、作戦を立ててきていた。

 もっとも問題は、獅子堂をどうやって打つかという話。

 白富東の打力では、連打で点を取れるのは、昇馬とアルトの間だけであろう。

 今日の三番には、やはり真琴が入っているが、それでも飛ばすのは難しい。


 低反発バットになってから、高校野球は投手有利になったと言われる。

 実際に平均的な点数も、かなり落ちてはいるのだ。

 ただ大学に行ってもプロに行っても、木製バットであることは同じである。

 プロの木製に対応出来ない選手がいることを考えたら、高校野球で低反発バットを使うのも、悪いことではないだろう。

 そもそも金属バットは、折れにくいという絶対的な利点があったのだ。

 竹バットなどというものがあるのだが、基本的には練習用。

 こちらは木製よりもさらに飛ばないらしい。




 獅子堂の攻略法は、それほど難しいものではない。

 相手の決め球を、狙い打ちにすることである。

 よりにもよって決め球の狙い打ちというのは、逆張りのように思えるかもしれない。

 だが実際はそのボールこそが、自信を持って投げ込んでくるボール。

 確かに強力ではあるかもしれないが、同時に読みやすいボールではあるのだ。


 また自信をもって投げたボールこそ、打たれればショックは大きい。

 そのあたりも考えて、鬼塚が指示したのはアウトローである。

 高校野球においては、当たり前のコース。

 獅子堂は左打者へのアウトローにも、しっかりと投げ込める。

 右のピッチャーとしては、感覚的に本当に真っ直ぐ投げるようなものだ。


 フライボール革命のバレルとはまた違った考えだが、低目を掬い上げるというのも、ホームランを打つ方法の一つだ。

 MLBのスラッガーも、低目を打つのが得意、というタイプが多い。

 高めは危険というのは、あくまでも低めに投げたつもりが、高めに浮いてしまった場合。

 むしろ力のある高めのボールは、低めに投げることと同様に重要なのだ。


 そしてこの一回の表、第一打席。

 ボールカウントはツーツーからの五球目。

 アウトローに厳しく投げられたボールを、昇馬はレフトスタンドに放り込む。

 三試合連続のホームランで、白富東が先攻したのであった。


 昇馬一人の力で勝っているわけではない。

 しかし昇馬がいなければ、勝てないのも確かである。

 獅子堂はここから、七回まで無失点のピッチングを続けた。

 昇馬とアルトに連打を食らったこともあったが、失点には結び付けなかった。

 ただこの七回で、球数が120球を超える。

 そのタイミングで交代となったのである。


 ここから追加点、というのも難しかった。

 花巻平は二番手ピッチャーでも、それなりの選手が存在する。

 そして失点を確実に防ぐため、昇馬を敬遠することも許容する。

 たった一点差のため、昇馬から他のピッチャーに交代することも難しい。

 花巻平の打線も、逆転を諦めずに粘り強いバッティングをしてくる。

 とにかく昇馬をマウンドから降ろさないと、勝てないと思っているかのように。


 しかし昇馬の体力は、名門の打線を屈服させた。

 九回を投げて131球、2被安打、19奪三振。

 ポテンヒットが二本という、とんでもない圧巻の投球であった。

 ホップ成分の強い昇馬のボールは、ゴロよりはフライになりやすい。

 外野の前へのクリーンヒットは、一本もなかったのである。

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