第41話 早熟かあるいは

 一回戦から二回戦の間には、中三日の休みがある。

 さほどの力も入れずに完封した昇馬には、充分な回復の時間であった。

 むしろ回復とすら言えず、調整程度であったかもしれない。

 しかし二回戦の相手は尚明福岡。

 去年の夏は昇馬が完封したが、それでも九州では屈指の、打撃力を誇るチームである。


 去年は1-0で勝利し、昇馬は19奪三振を記録した。

 そこから考えれば、戦力はどう変化しているだろうか。

 あちらは四番の主砲が引退したが、エースの宗像は二年生であったし、三番を打っていた一年の風見が四番となっている。

 強豪校だけにあまり、戦力は低下していないと見るべきだろう。

 そもそも福岡代表は、チーム数が多いだけに強いのだ。


 地域がらもあるだろうが、九州にはそれなりに、野球の強いチームが多い。

 また沖縄などを除いても、宮崎などにはプロ野球のキャンプがある。

 そこまで変わらないとも言われるが、精神性は九州人は闘争心に長けるとも言われる。

 もっとも四番の風見は、兵庫県出身であるのだが。


 昇馬には完全に負けていた。

 だがそこで折れないほどには、力を持っていたのだ。

 一回戦は二桁安打で、風見もホームランを含む三打点。

 9-1というスコアで二回戦に勝ち進んでいる。

 冬の間にどれだけ成長したかは、風見もかなりのパワーを加えている。

 もっとも昇馬の球速が、まだ上がっているということには、脅威を感じざるをえなかったが。


 身体的に昇馬は、高校一年生の時点でもう、ほぼ完成しているのではと思われていたのだ。

 極端なまでに早熟だからこそ、あそこまでのストレートが投げられた。

 実際には昇馬は、まだ身長の伸びが止まっていない。

 センバツ前の計測では、190cmに至っていたのだ。

 そして上半身に関して言えば、特別な筋トレはやっていない。

 インナーマッスルは鍛えて、より壊れにくい体は作ったが。


 どこの筋肉をどう鍛えるとか、そういう考えはしないのだ。

 昇馬が鍛えるのは、自然と体を動かすこと。

 なので実はこの体格ながら、ブレイクダンスが出来たりもする。

 全身がバネのようであり、そしてジョイントの連結も上手くいく。

 しっかりと投げるのだが、それが両方の腕で可能なのである。




 七日目の第三試合、白富東と尚明福岡の対決。

 一回戦で紀伊高校から23奪三振という話を聞いていて、当然ながら尚明福岡の選手は空気が重くなっている。

 九州男児の負けん気というのも、さすがに去年から今年の昇馬を見ていれば、無鉄砲に楽天的にはなれない。

 だが白富東も、条件によっては負けることがあるのだ。

 そして攻撃力は、去年の夏よりも落ちている。


 昇馬とアルト、そして真琴と続く打線を、どこかでしっかりと断ち切る。

 ホームランを打たれてしまえば、それこそ完封されかねない。

 だが逆にあちらも一点も取れなければ、ピッチャーにかかるプレッシャーはとてつもないものになる。

 もちろんそれは同じことが、尚明福岡にも言える。

 しかし尚明福岡は、白富東と再戦する時のことを、既にずっと考えていたのだ。


 覚悟が違うのである。

 もっとも覚悟の違いで、ピッチャーの力量差が変わるわけでもないだろうが。

 既に準備をしていたのなら、それだけ余裕を持つことが出来る。

 強打の尚明福岡が、ロースコアゲームというか、一点を争うゲームを覚悟する。

 もしもプロ入りすれば、昇馬とは必ず戦っていく、宗像に風見。

 怪物にはさっさとMLBに行ってほしいと思うが、自分の可能性もまた、諦めるような段階ではない。


 もちろん白富東側も、色々と考えてはいる。

 尚明福岡のエース宗像は、サウスポーのスライダー使いである。

 よって右打者の方が、相性がいい。

 シンカーも使ってくるが、スライダーほどの極端な変化はないので、やはり右バッター有利。

 そんなわけで昇馬は、本日は右打席で勝負するつもりである。


 先攻は白富東。

 今日は大阪の理聖舎の試合もあったため、スタンドは完全に埋まっている。

 そもそも昇馬を見るためだけに、甲子園に観戦に来ている客も多いのだろう。

 千葉の代表とは言え、父親の大介はライガースの主力。

 連続三冠王記録が、どこまで続いていくかが期待されているのだ。


 どれだけ試合の展開を見据えているか。

 鬼塚としてはそのあたりで、結果が出ると判断している。

 重要なのはお互いに、ピッチャーがどこまで投げぬくかということ。

 球数制限はあるが、昇馬のボールを考えると、そこまで多くはならないはずなのだ。




 一回の表、先頭打者は白石昇馬。

 それが右打席に入った時、確かに宗像はプレッシャーを感じた。

 スライダーは警戒しているが、シンカーなら打てると判断しているのか。

 ともかくホームランだけは打たれてはいけない。

 宗像のピッチングは、仕方のないことなのかもしれないが、逃げのピッチングになっている。


 ボール球でも一つ、昇馬は振っていった。

 だが基本的にはゾーンの中でも、かなりボール判定されておかしくないところに、宗像は投げている。

 高校野球のストライクゾーンは、プロに比べればやや広い。

 それは別にこの試合だけではなく、おおよその試合で一緒なのだ。


 そもそもストライクを、外角でしか取れないというピッチャーもいる。

 アウトローが最強というのは、高校野球の間違いのない真実だ。

 その出し入れというのが、配球の基本なのである。

 だが昇馬ならば、ボール球でもスタンドに持っていける。

 それは既に知られているのだ。


 際どいところはカットする。

 するともうゾーンでは勝負できない。

 一打席目はまず、フォアボールによる出塁。

 手の長い昇馬は外角であっても余裕で届く。

 スタミナの削りあいは、とりあえず白富東の有利に働くらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る