第37話 選抜されて

 シンプルに言えば、パワーがそのまま戦力につながる。

 もちろんそれは、正しくパワーをつければ、という話になるのだが。

 単純に筋肉を鍛えればいい、という話ではない。

 無駄に長距離を走りこんで、短距離の瞬発力をなくす、というのはいまだにやっているチームが多い。

 さすがにプロではやらないことがほとんどだが。

 ジョギング程度ならばともかく、ベース間の距離以上に走るというのは、さほど意味がない。

 白富東では、瞬発力を鍛えていく。


 ただ昔ながらの走りこみも、完全に無意味というわけではないのだ。

 どうやら余計な筋肉と思われているそれは、故障をしにくくしている筋肉であるらしい。

 同時に稼動域を減らしてしまって、結局スピードが出なくなったりはする。

 テニスのサーブなど、まさにそういう筋肉の構造。

 ピッチングにしても、似たようなことは言える。


 昇馬の筋肉はまさに、ナチュラルに作られた筋肉だ。

 そしてパワー以上に実は、耐久力とスタミナに優れている。

 それでも素手でボールキャッチは、さすがに無理であったのだ。


 年が明けてまだ、フィジカルトレーニングが中心の練習。

 そんな時間も過ぎて、一月中旬にはついに、センバツ出場の知らせが届いた。

 去年の夏に全国制覇を果たしたといっても、春にもまた勝てるとは限らない。

 学校関係者は悩みながらも喜んだが、生徒たちは素直に歓声を上げる。

 もっともその中に、昇馬の姿はなかったのであるが。


 一人黙々と、山々を歩く昇馬。

 そして罠にかかった害獣を確認していく。

 基本的には罠の設置者が、とどめと解体などをしていく。

 だが一人ではどうにもならない大物などは、昇馬も手伝いに入るのだ。


 家に帰って知らせを受けても、特に喜びもしない昇馬。

「嬉しくないの?」

「だって出られることは決まってたんだろ?」

「ほぼ確実ではあっても、確定ではなかったんだから」

 こんな会話が妹たちとの間ではあったりした。




 実際問題として、野球部全体の問題行動が発覚でもしない限り、選ばれないという選択はなかった。

 それこそ鬼塚のかつての金髪を、ひたすら敵視した高野連などのように。

 関東ベスト4に入ったのだから、出場も当然といっていい。

 それに桜印は帝都一を破って、神宮大会を優勝していたのだから。

 関東の出場枠が五枠になっていたのだから、出られるに決まっていたのだ。


 ちなみに東京の代表校も、もう一つ出場する。

 21世紀枠で、帝都一相手にそれなりの勝負をしたチームである。

 今年は関東から、七校がセンバツに出るわけだ。

 中でも帝都一、桜印、白富東は優勝候補として、まず先頭に名前が上がっている。


 出場が決定してから、野球部は忙しくなる。

 あちこちへの挨拶が必要になるのだが、それでも鬼塚はスケジュール調整をしっかりとしていた。

 肝心の野球が疎かになれば、完全に本末転倒。

 またそういった事務的な作業の他にも、出場校のデータ集めをしなくてはいけない。


 データ収集事態は、既に前年の秋から行っていた。

 各地の大会の上位が、そのまま甲子園に出てくることは、ほぼ決定しているからである。

 それこそ21世紀枠を除けば、意外と言えるような出場校は、ほんの少ししかない。

 そしてそんなチームにしても、ある程度は勝ち残っているからこそ、選ばれているわけである。

 だからセンバツなのだ。


「それにしても」

 夏に出てきたスーパー一年生を有するチームが、そのままかなり出場して来ている。

 甲子園に出てきたチームは、どうしても新チームの体制を作るのに、時間がかかってしまうのだ。

 だから秋にはあっさりと負けたりするのが、特に甲子園で長く残っていたチームほど多い。

 ただ主力が一二年生であったならば、そのままのチームである程度は通用する。


 もっとも秋から冬を越えて、どのチームも大きく変化はしているはずだ。

 センバツの前の短い期間で、練習試合は行われる。

 そこで試合勘を取り戻さなければ、甲子園の一回戦で散ることとなる。

 ただでさえ春のセンバツは、夏に比べるとまだ後があるのだから。


 なおあちこちの挨拶巡りに、昇馬は一切同行していない。

 練習でもないのならば、他にやることがあるのが昇馬である。

 もっとも練習試合までには、しっかりと戻ってくる。

 昇馬に会いたがるお偉いさんは多いだろうが、ぶっちゃけ寄付金などに関しては、直史と大介がその気になれば、二人だけで充分な額が集まる。

 鬼塚としてはそんな気分であったのだが、意外なと言ってはなんだが、順調に金も集まった。


 やはり白富東は、あの黄金の時代があるだけに、期待度が高い。

 特に大介の息子と、直史の娘がいるというのが、ストーリー性まで与えてくれている。

 昇馬がなかなか出てこないというのも、もったいつけているようで逆にいい。

 そんなことを思われるが、本人は普通にSBCなどでトレーニングをしているだけだ。


 秋の大会は不慮の事故と言うか、必要のない怪我によって、桜印に敗北したと言える。

 両利き投手の弊害が、守備という部分でついに出てしまったというか。

 普通のピッチャーなら間違いなく、本能的にグラブで捕っていたはずなのだ。

 昇馬はこの冬、かなり守備に練習時間を割いた。

 グラブをはめている手が、間違いなくボールに向かうように。

 ただ本人としても、かなり警戒はしている。

 相手が桜印でなく、上杉将典でなかったら、もっと気軽に打球を処理していたであろう。

 練習試合で対戦相手を虐殺し、白富東は実戦感覚を取り戻し、そして春のセンバツに旅立つことになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る