第33話 無二の戦力

 高校野球で一番大きな戦いとなると、当然ながら選手権だ。

 通称が夏の甲子園。

 そこで優勝してしまった昇馬は、油断というわけではないが、おおよそ高校野球のレベルを悟ったつもりであった。

 悟った上で、この試合に勝つのは厳しいと思っている。

 またおそらく勝ったとしても決勝で、負ける確率はかなり高いのでは、とも思っている。


 上杉将典は、夏の時点ではわずかながら、まだスタミナ不足だと感じさせた。

 夏の甲子園でそれなりに投げていけば、体力を削られるのは当たり前なのだ。

 だがこの秋の大会では、暑さで体力を削られることはない。

 また地元開催ということで、その点でも有利とは言える。


 白富東は先攻を取ったが、あっさりと三者凡退に終わってしまった。

 昇馬に続いてアルトも、見事に打ち取られたのである。

 白富東は九番になった真琴と、一番二番以外のところでは、とても将典の球を打てない。

 それだけの絶対的な戦力差があるのだ。


 三年生が引退したという条件は、白富東も同様である。

 だが元々桜印クラスのチームになると、ベンチにぎりぎり入らなかった、ベンチ入りクラスのメンバーが応援団にいたのだ。

 抜けた戦力を、二年生からすぐに補充出来る。

 これが強豪と弱小の違いである。

 白富東は弱小ではないが、選手層は圧倒的に薄い。

 女子の中では成人を含めて最高クラスの真琴でも、男子に混ざれば強豪校のベンチには入れないほどのものだ。

 ピッチャーとして完全に専念するなら、また話は変わってくるのだが。


 


 一点を争う勝負になる。

 それは最初から分かっていたことだ。

 桜印も新チームになり、昇馬との対戦経験がないバッターが、それなりにスタメンに入っている。

 だが春季関東大会と、夏の甲子園とで、二度の敗北を味わったそれは、しっかりと後輩にも受け継がれていた。

 一回の裏、あっさりとではないが、桜印も三者凡退。

 ただどうにか当てていく程度のことは、出来てはいる。

 あまりカットばかりになると、バント扱いになってしまうので、そこはちょっと問題ではあるのだが。


 二回の表、白富東は四番からであるが、あっさりと三者凡退。

 変化球をほどよく混ぜて、将典はカウントを稼いでいる。

 ただ昇馬もだが、基本的には三振を奪っていくタイプ。

 打たせて取るタイプではないので、どちらの球数が増えていくかが、ここは問題になるだろう。


 二回の裏、桜印の攻撃。

 夏には三番を打っていた鷲尾が、ここでは四番になっていた。

 パワーだけのスラッガーではなく、しっかりと守備力も高い強打者にして好打者。

 ライトを守っていて、ピッチャーも出来るという、優れた選手である。

 当然ながら来年のドラフト候補、などとも言われている。

 ただやはり、強いて言うなら四番ではなく一番を打つようなタイプだ。


 高校野球においては一発よりも、重要な場面で確実に、外野フライを打てるほうがいい、と考える監督もいる。

 ある程度それは確かだろうが、やはり四番には長打力が求められる。

 鷲尾も県大会とこの準決勝までに、しっかりとホームランを打っている。

 ポコポコと打っているわけではないが、それでも充分なほどの数だ。

(さて、どうするか)

 自分に対しても、圧倒的な球威で勝負してくるのか。

 鷲尾はそう考えていたが、甘い考えをしないのが、昇馬と言うよりは真琴である。


 夏までと違い最近は、あまり弟の頭脳を頼りに出来ていない。

 ただここまでに蓄積されたデータや、リードの仕方については、しっかりと学んでいる。

 なのでツーシームから、右打者の鷲尾のアウトローへ投げ込む。

 これでまずはファーストストライクが取れるのだ。


 春は怪我で欠場していたため、鷲尾の昇馬との対戦は、あまり多くはない。

 ただ右バッターという点で、昇馬のボールの出所が、ある程度は分かりやすいというところはある。

 だが一打席目は、完全に捨てている。

 しっかりと球種を見た上で、一試合を通じて攻略するつもりなのだ。

 もっともそういう桜印の判断を、白富東側もある程度は理解している。




 ストライク先行でどんどんと投げ込まれる。

 秋になってからあまり出ていない、160km/hが出ていたりする。

 鷲尾はそれでも一打席目から、しっかりとストレートをバットに当てていった。

 ピッチャーフライとなって、そこそこ呆気なくアウトになったものだが。


 試合は明らかに、投手戦の様相である。

 もっともそれは事前に予想されていたことだ。

 おそらく一年生ピッチャーとしては、昇馬の次に評価が高いのが、上杉将典である。

 この秋にはもう150km/hオーバーを投げていて、変化球のコントロールも絶妙。

 ただピッチングスタイルは、父親ではなく叔父に似ている。

 その叔父にしてもレジェンドクラスの、立派なピッチャーではあるのだ。

 甲子園優勝投手でもあるし。


 一巡目は双方が、パーフェクトに相手を抑えるピッチングであった。

 しかし球数の方は、昇馬の方が多くなっている。

 将典も充分なストレートを持っているのだが、バックへの信頼感が違う。

 打たせて取るということを、やっても問題ないと考えているのだ。


 白富東は鵜飼にしても、また聖子にしても、確かに優れた野手ではある。

 だが全国レベルのチームで研鑽された、素材の違う守備に比べれば、どうしても差は出てくるのだ。

 そもそも二人はまだ、一年生ということもある。

 守備範囲の広さや反応速度では、全体的に桜印の方が、白富東を一段階上回る。

 選手の素材を考えれば、それで済むだけでも充分に凄いのだが。


 そして二巡目、四回の表。

 昇馬は二打席目、将典の投げたカッターを、今度はしっかりと捉えた。

 フェンス直撃のツーベースヒット。

 ノーアウトランナー二塁で、ここから上手く進塁打を打てるなら、それで一点が入る。

 だがそう都合よくはいかないのが、今の白富東の打力だ。

 二番のアルトを、申告敬遠で歩かせてしまったのだ。




 送りバントとスクイズが成功すれば、それで一点は取れる。

 だが鬼塚は基本的に、送りバントはよほどの時にしかしない方がいいと考えている。

 また北里のようなゴロ打ちの名手、バントの名手がいるわけでもないので、ここは素直に打たせるしかない。

 下手にバントをさせようとしたら、内野フライでも打ってしまう可能性が高いのだ。


 進塁打でいい。

 ボールを地面に叩きつけるという、今のトレンドに真っ向から歯向かうようなスイング。

 それで充分だと鬼塚は思うのだが、そもそも150km/hオーバーを変化球混ぜて投げられれば、それすらも簡単なことではない。

 いっそのこと送りバントに、徹底していればよかったのではないか。


 真琴を三番にしておけば、まだしもどうにかなったかもしれない。

 だが一打席目の真琴は、これまたあっさりとアウトになってしまっている。

 キャッチャーの負担が、今日の試合は大きい。

 関東大会に入ってからの二試合、確かにどちらも強豪ではあった。

 しかし桜印は、それをさらに上回る超強豪であるのだから。


 ノーアウト一二塁で、しかも二塁には俊足の昇馬。

 それなのに将典は、まず二人を三振でツーアウトとした。

 昇馬は足は相当に速いが、将典は盗塁の隙を与えない。

 最後には内野ゴロを打たせて、問題なくスリーアウト。

 一人が出塁した程度では、どうにも一点に結びつかない。

 そんなとんでもない状況が、今の白富東の打線なのだ。


 やはりホームランを狙うしかないな、とベンチに戻ってきた昇馬は考える。

 実際に鬼塚なども、同じ考えであったりはする。

 投手戦はまだまだ続きそうだ。

 しかしその内実には、大きな違いが出てきていたのだった。

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