第32話 三度目の対決

 上杉将典は、もちろんある程度父親のことを、尊敬してはいる。

 だがその影響力が強すぎるのも、問題だとは感じているのだ。

 父の持つ力を、自分のものと勘違いしない。

 そういった賢明さを持つあたり、参謀に向いていると言えるであろうか。


 プロ野球選手の息子は、意外なほどプロに進んだりしない。

 もちろんある程度の運動神経は、遺伝するのは間違いないが。

 たとえば上杉も、長男は体格が良すぎたと言おうか。

 そのくせ肩の強さはそれほどでもなかったので、野球には向いていなかった。

 そこで柔道をやったりするあたり、ドカベンの逆方向とでも言おうか。

 それはそれで全日本クラスの選手になっているので、やはり傑出はしているのだろう。


 遺伝子の強さというなら、上杉家もそうだが佐藤家も、相当に強い。

 白石家と混じった場合、昇馬のような化物が生まれてくる。

 ちなみに妹たちがやっているのは、テニスや水泳やスケートなど。

 白石家は一極集中ではなく、分散投資で体を鍛えている。


 将典の場合は、上に兄が一人、下に妹が二人いる。

 妹たちも色々とやってはいるが、そこまで過度の期待はされていない。

 保守的な政治家家系ということで、むしろおとなしめとも言えるだろうか。

 芸術分野の才能と言うべきか、二人ともバレエなどをやっている。

 習い事によって広がる人脈、というものを父が考えているからだ。


 上杉勝也の築き上げた、野球人脈の継承者。

 それが将典の期待されているものである。

 もっとも自分でも楽しいと思えなければ、ここまで頑張ることは出来なかっただろう。

 また投げる力がさほどなく、野球を諦めた兄の無念も感じている。

 そして何より、昇馬にはもう負けたくはない。


 関東大会準決勝。

 ここまで勝ち残っていれば、もうセンバツは決まったようなものだ。

 しかし、だから負けていいなどと考えているなら、全国の頂点には立てない。

 負けず嫌いという点では、一流のスポーツ選手なら全員がそうだ。

 この二試合昇馬は両方を完封しているが、将典は他のピッチャーとも登板機会を分け合っている。

 一人のピッチャーで勝ちあがるのは無理だという、その鉄則に従って他のピッチャーも使う。

 もっとも昇馬は夏の甲子園を、結局は一人で投げて優勝してしまったのだが。

 夏の段階では明らかに、昇馬の方が上であった。

 そしておそらくまだ、将典は追いついていない。




 県立球場にて行われる、本日の二試合。

 準決勝の第二戦で、白富東と桜印が対戦する。

 なお第一試合では、栃木の刷新学園が、7-2とそこそこの点差をつけて勝利している。

 ただこの時期の点差というのは、春までには埋まったり逆転したりするものだ。

 ともかく決勝の相手は決まっている。


 ただここに問題がある。

 準決勝と決勝の間は、連投になるのだ。

 土日を中心にしか使えない、秋季大会では仕方のないことだろうか。

 これが一番大変になるのは、昇馬にばかり投げさせている白富東。

 だが刷新と桜印、どちらが強いかと比べてみると、おそらく桜印であろうと思われる。


 センバツ出場も決まったので、無理だけはさせてはいけない。

 そう考える鬼塚としては、決勝に勝ち残ればアルトと真琴を使おうと、内心では決めていた。

 ただ問題なのは、もしもこの試合で、延長にでも突入すればどうするか、ということだ。

 上杉将典の能力的には、昇馬さえ勝負を避ければ、あとは完封する実力があるとも言える。

 そもそも白富東が、根本的に圧倒的に打力不足なのだが。


「あっちもエースか……」

 オーダーを交換して、鬼塚は呟く。

 将典以外のピッチャーであれば、どうにか一点を取ってしまう。

 そしてあとは昇馬に、完封してもらうのだ。

 こんなものは作戦とも言えない。

 だが勝つことを前提とするなら、これぐらいの判断をしなければいけない。


 幸いと言うべきか、昇馬は体に異変を感じたら、すぐに言ってくるタイプだ。

 高校野球というものに対して、死んでもいいから甲子園に出る、などというような意識を持ってはいない。

 それは覚悟が足りないとか、信念がないとかそういうものではない。

 全く違う部分でもって、精神的な強さは持っている。

 負けても死ぬわけではない。

 甲子園に行けなければしのう、というぐらいの覚悟でやっている選手はいるが、本当に負けて死ぬわけもない。

 昇馬は緊張感に慣れているがゆえに、強いと言えるのだ。




 昔の高校野球では、普通にエースが連投で完投をしていたものだ。

 もっとも鬼塚としては、高校野球どころかプロ野球で、連投をしていた直史を見ている。

 本質的なフィジカルの頑健さでは、おそらく昇馬は直史以上だ。

 それでも連投をさせようなどとは思わない。

 高校野球で一番重要なことは、選手を故障させないことだと鬼塚は思っている。

 たとえ高校で野球を終えて、その上のステージになど興味がないと言われても。

 

 まずは一回の表、白富東の攻撃。

 打順は一番に、いつも通りに昇馬を置いている。

 一番打席が多く回ってくるように、この打順である。

 アルト以外にもせめて、平均的に長打を狙える選手が、もう一人ぐらいいればありがたいのだが。

 ただ昇馬に打撃まで求めてしまうのは、さすがに酷なのである。

 またあえて歩かせた上で、走らせてスタミナを奪うという、そういう作戦も取れなくはない。


 今日は真琴は三番ではなく、九番という打順に入っている。

 おそらく四打席目は回ってこないだろうが、一打席目から三打席目までに、どうにかチャンスを作ってほしい。

 そんな意図でもって、鬼塚はこの打順にした。

 しかし重要なのは、向こうの指揮官がどれだけ、この試合に勝つことを意識しているか。

 昇馬の第一打席で、その姿勢が分かる。


 初球からしっかり、ゾーン内に入れてきていた。

 そしてそのボールを、昇馬は初球から振りぬいていく。

 わずかに球威に押されて、ボールは大きく左方向に切れていく。

 だがスピード自体には、しっかりとついていけていた。


 将典もこの短期間では、さほどピッチャーとしてのレベルを上げられてはいない。

 重要なのは秋から春の、対外試合禁止期間だ。

 そこでどれだけ鍛えられるかが、特に一年生にとっては重要になる。

 ボールを使った練習もだが、フィジカルをしっかりと鍛えること。

 今では高校野球でも、フィジカル重視は当たり前のことなのだ。


 将典は二球目も、しっかりと投げ込んでくる。

 スライダーをこれまた打ったが、今度は右方向のフェンスに当たってしまう。

 ファールを二つ打たされて、ストライクカウントが増えていく。

 もっともどちらもゾーンの球だったので、見逃しても結果は変わらないが。

(白石昇馬の弱点は、ここだな)

 下手にコンタクト能力が高いだけに、ゾーンの球なら確実に、ゾーンでなくても高めや低めは、手を出してしまうのだ。


 それは必ずしも悪いことではない。

 打てると思った球を、打っていくのだから。

 しかし三球目、投げられたのはチェンジアップ。

 これもまた昇馬は、しっかりとひきつけた上で、掬い上げるように打っていった。

 ライトが大きく後退し、そしてファールゾーンに出て、このボールをキャッチ。

 まずはフライでアウトである。

(駆け引きをもっとすれば、なんとか抑えられる)

 将典の出した、甲子園以降の試合を見ての結論は、とりあえず正しい結果につながってくれた。

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